A4
2025-06-29 20:19:13
6987文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

大いなる勘違いに振り回される話/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

ヤマもオチも意味もないんですけど、振り回されるのが本当に好きで書いてしまった…。兄は妹がからむとトンチキになると思ってる。

めずらしく、アキラから着信があった。
あいにく、仕事中で出られなかったが、履歴から彼のアイコンをタップする。すぐにつながり、まず耳に入ってきたのは安堵の声だった。
「ああ、よかった。ライトさん、今、いいかい?」
「いいからかけてる」
「そりゃあ、そうだね。これからブレイズウッドに行っても、いるのかな」
「こっちに来るのか?」
「うん、会って話したいから」
どきりとする言葉だった。が、これまでに何度も期待しては打ち砕かれているので、ライトは内なる自分に言い聞かせる。彼の言葉は言葉に過ぎず、何の意味も持っていないのだと。アキラが「会って話したい」と言った場合は、会って、話すだけなのである。
ライトは予定を思い返した。明日はパイパーとともにアイアンタスクで新エリー都に行く。
「いるにはいるが、俺が明日そっちに行く。明日なら時間を作れるぞ」
「わかった、じゃあ今から出発する」
「なんだって?」
ライトは思わずデバイスを見つめた。そうしたって画面にはアイコンしか表示されていないが、そうせずにはいられないアキラの宣言だった。
「日付が変わる前には着くだろう、家で待ってて、それじゃ」
止める間もなくアキラとの通話は切れた。
もう一度、ライトは訝しげにデバイスを見つめた。
真っ暗な画面に映った自分の姿が、間抜けだった。

予告通り、日付が変わる数分前に、アキラは社用車を飛ばしてやってきた。いつもの定位置に停車したのを見て、ライトはのっそりと歩いて出迎えにいった。
「こんばんは、ライトさん。見て、月がきれいだよ。まるで猫みたいな細い三日月だ」
「猫?」
「知らない? あんな形の口になって笑う猫がいるんだ」
「猫って、笑うのか」
「笑う猫もいる」
そう言うアキラの口元も弧を描いていた。煙に巻かれた気分になってライトは鼻を鳴らす。
「それで、一体全体どうしてここへ?」
「言ったじゃないか、ライトさんに会って話したいって」
「ああ、今、会った。話を聞くだけだな」
「立ち話もなんだから、どこかへ……って、僕は勝手にあなたの家に歓迎してもらえると思っていたんだけど、迷惑だったかな。門前払いのためにここに?」
「まさか。我が家へ案内しよう。仮住まいだがな」
「ライトさん、機嫌が悪い?」
「いいや」
「拗ねているみたいだ。間違っていたら悪いけど」
歩きながらアキラが面白そうにこちらを見てくる。
彼にとって自分は気安い存在になっているのか、こうして、からかうような視線を向けてくる。それが嬉しくもあり、煩わしくもあった。アキラの前で自分がどうありたいのか、わからなくなってくる。年上の友人? 肉体関係のみのドライな知り合い? 単なるプロキシと、エージェント? そのどれも、自分の欲しい関係ではない。しかし、求めることもできなかった。
ライトは肩をすくめた。
「ああ、ほんの少しがっかりしている。あんたから連絡があれば嬉しい。だが、あんたが俺に用事がある、それ以上でもそれ以下でもないってことにな」
「もちろんセックスしたっていいけれど」
あっけらかんとアキラは言う。ライトはまた、勝手に落胆する。不足を感じるのは自分が過剰に期待しているからだ。この青年に何を言ったってのらりくらりとかわされるだけなのに。
ライトが寝起きしている場所に着いて、アキラは目を丸くした。
「前と違う」
「だから迎えに行ったんだ」
「どうして、同じブレイズウッドの中で転々とするんだい?」
「そりゃあ、ここが本拠地じゃないからさ」
カリュドーンの子、というより、走り屋は、メインのテリトリーはあるが、基本的にはそこに定住している人々の土地に間借りしている立場である。仕事で長距離離れるときはライトは引き払うことにしていた。荷物もないから身軽に動ける。戻ったときに前と同じ部屋を借りることもあれば、こうして、新たなところに居座ることもある。
ライトが使っているのはキャンピングカーだった。
「キッチンもシャワーもトイレもある。完璧だろ」
「確かに。なんだかわくわくする」
アキラを招き入れて、ライトはソファに座った。その隣にアキラも腰掛ける。これはテーブルをたたむとベッドになるタイプだった。
「あいにく、水しかないが」
「ありがとう」
ペットボトルの水を渡すと、アキラはきょろきょろと興味深そうに観察しながら受け取った。
「で、話を聞こうか」
「ああ、うん。ライトさんは前に、金さえ払えばどんなことでもすると言っていた。……とリンから聞いている」
「言ったかもな」
ライトは鷹揚に頷いた。今でこそ郊外の覇者たるカリュドーンの子という陣営にいるが、元々は傭兵団を率いてそれなりに危ない橋も渡ってきた。地下闘技場でも、目の前の青年には言えないようなこともやってきている。後ろ暗いことに手を染めるのも、その必要があれば、ライトにはなんでもないことだった。シーザーという善性のかたまりの側にいると忘れがちだが、そもそもライトは日の当たるところにいる人間ではないのである。
アキラは自分の端末を指で操作し、その画面をライトに見せた。
「あまり手持ちがないんだけど、これで、あなたを買いたい」
……買う」
「そう。買う」
ライトは動揺した。どんなことでもある程度は対応できるつもりだったが、今、その自信は打ち砕かれたといってもよい。脳内で軌道修正をはかる。地下闘技場を出てから、いろんなことがあったじゃないか。バーニスにイカれた勝負をしかけられたことであったり、パイパーの暴走運転で昇天しかけたこと、ルーシーにその舌鋒でこてんぱんにやられたこと、そう、カリュドーンの子に所属してから、想定外のことはいくらでもあった。もう自信を持つのはやめよう。あまりにも世界の方がイカれている。
「安すぎる?」
「内容による」
「ワンナイトの誘いの方じゃないよ、言っておくけれど」
「それにしちゃ高すぎる」
「そう? 相場がわからないな」
アキラは目元を緩めて笑った。彼がリラックスしているときはそのように微笑むので、ライトは胸をなで下ろす。この後の話も緊迫したものにはならなさそうだ。もちろん、油断はできない。
「実は、リンを尾行してほしいんだ」
「は?」
「わかるよ。実の妹にそんなことをするなんて。でも、これは僕とFairyからの依頼なんだ。リンは何かを隠している」
「そりゃあ、誰だって秘密の一つや二つ、あるだろう」
「ああ、僕とあなたの関係とか?」
今日は、思わぬところから攻撃が飛んでくる。ライトは咳払いした。リンには秘密にしていないはずだし、ライトも公言しているわけではないが、周囲はわかっている。というか、付き合っていない関係であることに同情している。しかしそれをここでアキラに説明しても、無駄だった。そこから発展するものはない。
「隠したいことがあるなら、見守ってやったらいいんじゃないか」
「僕も最初はそう考えた。でも、これが、逢い引きだったら話は別だ」
「逢い引き……!?」
アキラは膝の上で手を組んだ。横顔は真剣そのものだ。
「ここのところ毎日、昼を食べたら散歩に行くといって出かけるんだ。その間僕は店番をしている。彼女がどこをぶらついてるかは知らない。予想はつくけれど。ある日、Fairyが言った。誰かと会っているようだが、僕がそのことを知っているのかと」
それからアキラは何食わぬ顔でFairyとともに街の監視カメラをハッキングし、彼女の行動をたどったらしい。身内とはいえプライバシーの侵害も甚だしい。リンが知ったらそれこそ縁を切られるのではないかと思ったが、ライトは黙っていた。妹のことになるとアキラは輪をかけておかしくなる。
「毎日、ルミナ・スクエアで帽子をかぶった男と……エージェントでもないし、店の常連でもない、ましてやプロキシの依頼人でもない奴と会っている。時間は十分程度だけど。ライトさんにはその男と会っているところまで尾行して、偶然を装って登場して、彼女の恋人だと告げてくれ」
「なんだって?」
「こんなこと絶対に許しはしないんだけれど、今回は別だ。その男と会わなくなるならなんだっていい。あなたが現れたら相手も諦めるだろう」
アキラの瞳は昏くなっていた。思い詰めた表情だ。
様々な考えがライトの脳裏を駆け巡る。本当にリンがその男を好いていたらどうするのか。全然まったくそういう関係じゃなく事情があって、それで自分が恋人だと現れたらわけがわからなくなるのではないか。そもそもそんなことで、あの豪胆な妹をどうにかできるのか。
最終的に、ライトは根負けし、頷いてしまった。報酬は丁重に断った。
「する?」と聞かれたが、後ろ髪を引かれる思いでそれも受け入れなかった。
こんな状態で彼を抱いたら、まるで体目当てに依頼を受けたみたいだ。とうてい、それは許容できないのだった。

さて、パイパーとアイアンタスクで新エリー都にやってきたライトは、午前中に仕事を終えてパイパーと別れた。彼女には簡単に事情を話した。
「青春だな〜。若さがまぶしいぜ」
「どこがだ」
「周りには茶番に見えるけどさ、楽しそうだぜ、ライト」
パイパーがくつくつ笑いながら言う。確かに、そうかもしれなかった。おかしな成り行きだが、ライトは絶望はしていなかった。
ルミナ・スクエアにやってきたライトは地下鉄の出入り口から出てきたリンを確認した。
何処へ行っても目立つことを自覚しているが、変装などするつもりはなく、ただ、彼女の姿を捕捉して、遠くからついていく。リンは途中で道行く犬や猫に気を取られていたが、どこも寄り道はせず、公園へと向かっていった。
ルミナ・スクエアの川に面した公園は袋小路になっていて、そのままついていくと確実にバレてしまう。そこで、ライトはカフェの二階に上がり、テラスから彼女を見守った。
公園には誰もいなかったが、リンがフェンスに寄りかかってデバイスをいじっていると、帽子をかぶった小柄な人物が軽快な足取りで公園に入っていくのが見えた。ライトは目を細めた。何か、アキラからの情報と食い違うものがある。
しかし、アキラとの約束を反故にするわけにもいかない。
切りのいいところでリンの前に現れて、相手が誰か聞けばいい。
テラスを降りて公園への階段を上った。
「よお、ビデオ屋の店長さん」
ライトは手を上げてリンに声をかけた。
フェンスに寄りかかってティーミルクを飲んでいたリンが目を丸くする。
「ライトさん? どうしてここに?」
「あー、カモメを見に?」
「ポート・エルピスの方がいるでしょ。ここ、カラスばっかだよ」
「カモメもいるだろ」
ライトは二人から少し距離を取って、リンに話しかけた。
「今日は休みか?」
「ううん。お昼に散歩してるの。またお店に戻るよ。ライトさんも来る? お兄ちゃんに会っていくでしょう?」
リンの無邪気な問いかけに、ライトは曖昧に頷いた。今朝まで一緒にいたとは言えなかった。何もなかったとしても……
視線を感じてそちらに顔を向けると、帽子をかぶった少女——そう、少女が軽く会釈した。
「ども」
「ああ」
「二人ってもしかして知り合い?」
「ううん。会うのは初めて。でも、知ってるよ、あなたのこと」
少女はピンクの髪をしていた。静かだが独特の雰囲気がある。ライトは知っていた。彼女は堅気ではない。どちらかといえば、こちら側だ。しかし、彼女の存在自体、覚えはなかった。
「情報屋の間では有名だよ、あなた。初めまして、私はレイン」
「ライト。カリュドーンの子のチャンピオンだ」
「うん。先代がスカウトしてきたひと。そして、あそこでの無敗、だよね」
…………
「根掘り葉掘り聞くつもりもないよ。単なる出回ってる情報でしか知らないし、知ろうとも思わないから。私は、前にリンたちに助けてもらって、今もたまに協力し合ってる。ハッカーだよ」
「そうか」
「なになに、なんだか二人とも、気が合う?」
リンが楽しそうに言う。が、レインと名乗った少女は帽子のつばを下げて表情を隠してしまった。
「久しぶりに仕事っぽくなったから。もし何か知りたいことがあれば、ビデオ屋を通じて声かけてくれれば、手伝えることもある、かも。そんな感じだね」
「俺自身が使うことはないだろうが、気に留めておこう」
「うん。そういうのがいいよ」
じゃあね、また、と言ってレインは公園から出て行ってしまった。
「邪魔……だったな」
「そんなことないよ。レインとの用事は終わったし。で、ライトさんはどうしてここにいるのかなあ」
「カモメを……
「はいはい、もういいから、そういうのは。お兄ちゃんでしょ」
ぐ、とライトは言葉を詰まらせる。この兄妹を前にすると嘘がつけなくなるのは何故なのだろう。
「なんか最近あやしいと思ってたんだよね。気になるなら私に直接言えばいいのに」
「アキラはあんたを心配してたんだ」
「それならなおのこと私に直接言うべきでしょ」
「正論だな」
「で、どうするの、ライトさん」
リンは腕組みをすると、ライトに迫った。自分より小柄な少女に詰め寄られて、ライトは一歩、引いてしまう。
「このままお兄ちゃんのところに一緒に行く?」
「後で顔を見せるとは言ってる」
「お兄ちゃんってたまに、すっごくばかになっちゃうよね。私に知られたくないとかいいながら結局、わかっちゃうようなことして。もう、今日は好きなものを奢ってもらおう。ライトさんはそのとき、私の味方をしなきゃダメなんだからね」
言って、リンはライトの腕を取った。そして、細い腕を巻き付ける。
「おい」
「これはライトさんへの罰。このまま店に一緒に行くよ」
「あんたが変な噂されるぞ」
「それが目的でしょ?」
べーっと舌を出されて、ライトは天を仰いだ。
兄も兄なら妹も妹で、この二人は実に良く似ていた。

店のドアを開けたとき、いらっしゃい、と言いかけたアキラの顔はすぐに曇った。
それがサングラス越しでもわかり、ライトは冷や汗をかく。リンはずっとべったりとライトにくっついていて、ここまで帰ってくるまでの間に、リンの知り合いには「あらあらいいわねえ」なんて微笑まれてしまった。
「ライトさん、説明を」
「お兄ちゃん、それより、おかえりって言って」
「おかえり、リン。で、ライトさんは説明を」
ライトはリンを見下ろした。腕にしっかり張り付いているリンは片眉を上げる。助けるつもりはないようだった。
「公園に行った。で、あんたの言った通りにしようとしたが、相手は男じゃなかった。リン、友人だろ? それで、ここに帰ってきた」
「どうしてリンと腕を組んでいるんだい?」
「あー、見たままだ。まるで猫みたいにくっついて離れない」
「わかった」
何がわかったのか知らないが、アキラは深いため息と共に一つ頷くと、カウンターを出た。
「リン、店番をよろしく。ライトさんは二階に」
「お兄ちゃん、あまりライトさんをいじめないであげて」
「いじめたりなんかしないさ」
ねえ、と呼びかけられるが、何を返したっていい方向に向かうとは思えなかった。
リンを置いて二人はアキラの部屋に入る。
ドアを閉めるなり、ライトはアキラに詰め寄られた。
「邪魔をしろと言ったけど、リンと距離が近すぎる。どうしてこんなことに?」
「だから、あんたとFairyが男だと言ってたやつは女で、しかもレインってハッカーだった。あんたも知ってるんだろう? どういう事情かは知らないが、二人で会ってティーミルクを飲んでた、それだけだ。で、リンは俺があんたの差し金だろうと見抜いて、ずっと腕にしがみつかれてた」
「リンにしがみつかれて嫌だったのかい?」
「どう答えたら正解なんだ?」
「何を答えたって許さないよ」
「あんたの立案だろう」
ライトがぼやくと、アキラはため息をついた。
「確かに、僕が悪かった。スーパーAIのFairyの言うことを鵜呑みにしてしまった。レインだったら、情報を少し改ざんするのもお手のものだ。何故会っていたかはわからないけれど、どこの馬の骨とも知れない男じゃないから、いいだろう」
「俺は許されてるか? お役御免でいいか?」
「うん」
渋々、アキラは頷いた。
振り回されているのはこちらなのに、何故かアキラが被害者ぶっているのは解せなかったが、しかたがない。
それに、とライトは自分に問いかける。
振り回されて嬉しがっていただろう?
反論の余地もない。
どんなにくだらないことでだって、接点があるだけで、満たされる。
「アキラ」
「うん」
「報酬はいらないと言ったが、一つだけ、ねだってもいいか」
アキラが目をぱちくりとさせて首をかしげる。
何を言われるか、想像もしていないらしい。
その様子がなんともかわいらしく、惚れた弱みを実感する。
「キスとハグがしたい」
……二つだけど、いいよ」
アキラが頷くや否や、ライトは彼の細い体を腕におさめ、やさしく抱きしめ、口づけした。
昨日会ったときからこうしたかった。
ねだらなければできないもどかしさも、今はどうだってよかった。