こばと
2025-06-29 15:45:51
3282文字
Public タキ書♀
 

しあわせの在処


タキ書♀馴れ初め本「be my...」の2人の結婚式ネタです
書きたい部分だけ書いたのでいろいろ説明不足ですが、いつかタキ書♀結婚本を出すときに諸々は補完できたらいいなと思います!



 ずっとこのまま独りで生きていくのだと思っていた。
 何にも縛られることなく、心の赴くまま自由に生きたい。それが、俺の望みだったから。
 自分が背負えるだけの荷物と責任だけ携え、西へ東へ。気ままに吹く風になって、水平線から昇る朝日と山間に落ちていく夕日を追いかけるように、まだ見ぬ世界を巡ろう。
 そう心に決めて、ほとんど身一つでベリルウッドを飛び出したときに始まった、長い人生という名の旅。敷かれたレールの上じゃなく、自分自身で選び取った道の途中で無数の出会いと別れを繰り返してきた。
 次にまた会える確証も、約束もない。でも、それでよかった。それくらいの気楽さが、ちょうどよかったのだ。ひと所に留まるような性質をしていないのは、自分がいちばんよく分かっていたから。
 そんな俺が、はじめて未来の約束を交わしたいと願った存在がレイだった。
 二百年ぶりに現れた書記生。ミーティアの後輩。はじめは、ただそれだけだったのに。
 いつの頃からだろう。彼女の屈託ない笑顔に癒され、かけがえのない温もりに肩の力を抜いて、寄りかかることを覚えていったのは。今となっては、もう遠い記憶だ。
 隣にいることが当たり前で、でもそれと同じくらい、隣にいてくれることを当たり前だと思っちゃいけない最愛の人。
 あいつと出会った頃の俺は、自由であることの対価が『誰にも迷惑をかけずに一人で生きること』だと信じていて、自分を大切に想ってくれている人たちの心配や好意にすら背を向け、ただがむしゃらに世界を飛び回っていた。
 そんな俺に目を逸らすなと、ちゃんと向き合って言葉を尽くせと、背中を押してくれたのがレイだった。
 言葉はいつだって不完全で、思ったことの半分も伝わらないかもしれない。言いようのない感情を無理やり言葉に当てはめようとしたら、変に拗れて捻じ曲がってしまうことだって、時にはあるだろう。
 けれど言葉にして伝えようと努力すること、分かり合おうとする姿勢が大切なのだと、彼女が俺に教えてくれた。
 終着点なんて分からぬまま、片道切符で飛び出した俺の旅路。「いってきます」も「おかえりなさい」も、俺の旅には存在しないはずだったのに、ぜんぶ彼女が塗り替えていってしまった。
 美しい景色を見つけて、美しいと感じる心。珍しい宝石を見つけて、わくわくと弾む心。一人で歩いていたときには知らなかった、誰かに見せたい、分かち合いたいという気持ち。二人分の視点を重ねて見つめる世界は、あまりにも輝いていて。この先の旅路をレイと一緒に歩んで行けたら、きっともっとこの世界は広がっていくのだろう。
 俺の、俺だけの道標。もうあの暗い森で迷子になった幼い頃のように、道を見失うことはない。いつだって俺を照らしてくれる、あの笑顔がそばにあれば。
 この世界には、絶対なんてものはない。でも、白いタキシードに身を包んだ今、これだけは言える。俺の帰る場所はこの世でたったひとつ、彼女の隣だけ。それが、俺のしあわせの在処だ。

 *

 控え室になっている空き教室の扉をノックする。柄にもなく緊張しているのが自分でも分かった。けれど一拍置いて、こちらも普段よりわずかに上擦った声で返事があって、扉越しにどんな顔をしているか手に取るように伝わってくる。
 想像だけの姿で、自然と頬が緩んで。ふっと息を吐くように小さく笑って、ゆっくり開けた扉の先。
 純白のウェディングドレスに身を包んだレイが、こちらを振り返っている。
 ぱちぱちと彼女が瞬きを繰り返すたび、小さな星が瞬いているようだった。その頭上には、俺が新たに贈った三つ目の永久の花冠が輝きを放っている。
 見晴らしの丘で摘んだ色とりどりの花と、あちこち駆け回って集めてきた宝石を編み込んで作った、世界でたったひとつの花冠。本当はドレスに合わせるならティアラとかのほうがいいんだろうけど、俺たちにぴったりなのは永久の花冠以外にないと思った。
「タキ、先輩」
 結い上げられた髪からこぼれた後れ毛がくるんと愛らしくカールしていて、そのすぐそばでパールの耳飾りが花嫁の顔まわりを彩る。
 それは、俺の母親がスタンリー家に嫁ぐ際、嫁入り道具の一つとして持ってきたイヤリングを加工して、レイに似合うように新たにデザインし作り直したものだった。
 彼女とともに生きていくと決めたとき、けじめとして俺は一度スタンリー家に戻った。もちろんそうしようと思うに至ったきっかけがあって、そんな中でレイが俺の背中を押してくれたのがデカいけど。
 逃げるように一人で飛び出したあの家を、今度はレイと二人で後にする。挨拶を終えて、どこか晴れやかな気持ちで門を潜ろうとした俺たちを、まさかあの母が追いかけてくるとは思わなくて。呆気に取られている間にレイの手に握らされていた小さな宝石箱の中身が、今彼女の耳もとで俺たちの門出を祝っていた。
 それはベリルウッドで古くから伝わる、花嫁にしあわせをもたらすおまじない。

『Something old, something new, something borrowed, something blue』
 なにかひとつ、古いものを。
 なにかひとつ、新しいものを。
 なにかひとつ、借りたものを。
 なにかひとつ、青いものを。

……ふはっ。その先輩っての、そろそろやめねーか?」
「あっ、えっと……そう、ですね。えへへ……やっぱりまだ、慣れなくて」
「いいよ、少しずつで。そのうち慣れるだろ。夜はちゃーんと、タキって呼べるもんな?」
「なっ! へ、変なこと言わないでくださいっ!」
「変なことじゃなくて、事実だろ?」
「そう、です、けど!」
「あはは、顔真っ赤」
「そりゃそうですよ!」
「ん、俺の色だ」
……っ!」
 赤く染まる頬も、言葉を紡げず悔しそうに見上げる潤んだ瞳も、ぜんぶ俺のもの。俺だけのためにくるくると変わる表情が、たまらなく愛おしくて。するりと頬に伸ばした手に、オールドレースのロンググローブに包まれた小さな手が重なる。
 それは、グレイ夫人が結婚式で使ったグローブらしい。いつまでも仲睦まじい夫妻にあやかって、何か花嫁が身に着けられそうなものを借りたいと申し出たときの、二人の喜びようは凄まじかった。俺とレイの結婚式でこれだけ張り切るなら、実の息子の結婚式なんて一体どうなることやら。
「くくっ……
「な、なんですか?」
「いや、今日を迎えるまでのこと、ちょっと思い出してた」
……たくさんの人に支えられて、ここまで来られましたね」
「レイ、今日からよろしく」
「はい。一緒に、歩いていきましょうね」
「ああ」
 俺たちらしい結婚式を考えたら、自然と候補として挙がったのは、二人の出会いの場であるミーティアでの人前式だった。ここには赤いバージンロードも鐘の鳴るチャペルもないけど、俺たちを見守るフィクステラの錬金術師たちが証人だ。
 今も変わらずさらさらと砂を落とし続けるマギアグラスの前まで、二人手を繋いで並んで歩いていく。
 彼女が自分の元まで歩いてくるのを、俺は大人しく待ってることなんてできないから。欲しいもんなら自分から迎えに行って、しっかりと掴まえる。だってそういうもんだろう?
……そういえば、最後のサムシングブルーは結局何にしたんだ?」
「それ、今聞きます?」
「ま、大体予想はついてるけど?」
「やらしい顔してますよ」
「レイは、なら聞くなって顔してるな」
「分かってるなら聞かないでください」
「あははっ」
……夜のお楽しみ、です!」
 そう言ってヴェール越しに見上げてくるかわいすぎる横顔に、衝動のままくちづけを落とさなかった俺を誰か褒めてほしい。
 あーくそ、あとで覚えてろよと捨て台詞のように心の中だけで叫んで、眩しく輝きを放つ砂時計の前、ゆっくりと彼女のヴェールを持ち上げた。


 
 終わり

アーティスト:Omoinotake
テーマソング:アイオライト