【スタゼノ】愛の言葉

スタゼノワンドロワンライ 第208回お題「頬」「りんご」
リクエストいただいたジューンブライドなスタゼノのお話です。二人で同僚の結婚式に参列しています。

 自分が悪い男だってことは分かっている。それでも恋人を離せないでいるのは、彼が欲しくてたまらないからだ。手を離さないでいられるなら、どんな手を使ったっていい、FBIに、もしくはCIAに追いかけられたって構わないと思えるくらい、俺はあいつにやられていたから。
 改めて今そう思ったのは、俺がかつての同期の結婚式に、ゼノと共に列席しているからだった。林檎みたいな頬をした子供が、花嫁のヴェールを持って海辺近くの芝生を歩く様を感慨深そうに見ている、そんな今はNASAに在籍している友人の結婚式にいるからだった。
 
 
「いい結婚式だったね」
 パーティーが終わった後の夜、会場を抜ける段になって、ゼノが肩をすくめて笑ってそう言った。彼はいつもより少しだけ華美な黒のスーツ姿で、俺は正装である軍服に身を包んでいた。それはいつもの二人きりの休日よりちょっと窮屈だったが、それでもいい式だった。完璧な式だった。香りの良い花、夜を照らす明るいランタン、そして真っ白な布で飾られたガーデンウェディングの会場は手が込んでいて美しく、出された料理ももちろん美味かった。
「そうだね」
 俺は制服のジャケットから煙草を取り出しながら短く返事をした。会場からはまだゆったりとした音楽が流れていて、それは余韻となって俺達を包んだ。
 甘い甘い永遠の愛を誓う結婚式。そんな場所で俺は当てられてしまって、彼の横顔に甘さを覚えて、どうしようもない気分になってしまった。
「これからホテルに戻って飲み直す?」
 海のさざなみを聞きながら、美味いカクテルでも飲む? 自分をごまかすようにそう言うと、ゼノはやはり笑って、君が望むんならと返した。俺はじゃあ決まりだって言って、ホテルに向かって、結婚式場から離れて歩き始める。
 同僚だった俺だけでなく、彼がこの結婚式に呼ばれたのは、今回結婚した部下が関わった実験の主導者だったからだ。俺よりも先に空軍からNASAに行った友人には少し嫉妬したが、それでだっていい式だった。あいつはいい男で、新婦もいい女で、ブライズメイド達もとびきりの美人が揃っていたから。
 そんなことを考えながら歩いていると、ゼノが足を止めた。それはまるで、会場から流れ出す音楽を聴いているようにも、俺達が証人になった、あの確かな幸せを見つめているようにも思えた。
 なんとなくむず痒い。誰かの幸せを見ると、まるでそれの切れ端を掴んだような気になるから。俺達も幸せの中にあって、それが誰かに祝福されているような気になるから。だからなのかもしれないが、俺はこの沈黙がくすぐったくて、煙草に火をつけ、じっと会場を見つめる彼の横顔を見た。ランタンの明かりに輝く後ろに撫で付けた銀髪、黒の盛装。それはいつもよりもずっと甘く、祝福された結婚式を見つめている。良い式だったね、あんたも結婚したくなった? 俺と結婚する、そんな夢を見た? 俺はちょっと見ちまったね、あんたが俺の側にずっといる、そんな夢を見ちまったね。
「スタン」
 ゼノが俺の名前を呼ぶ。俺はそれに煙草を携帯灰皿ににじり消し、微笑む彼の鼻筋にキスをする。
 ここには誰もいない。いたとしても出された酒で酔っ払った連中ばかりだ。そんなところで恋人にキスをしたって、誰も何も言わないだろう。
「何、ダーリン? 俺と結婚したくなった?」
「さぁ、どうだろうね。君は僕と結婚したくなった?」
 ゼノが楽しそうに笑って、俺の唇に自分のそれをそっと重ねる。俺はそれにからかわれている気になって、でもそんな恋人の冗談が面白くて、角度を変えておままごとみたいなキスを続ける。
「何? このままリムジンでロサンゼルスまで行って結婚式を挙げる?」
「あんな丁寧な式を見た後でドライブスルーウェディング? 君ってロマンチストなのかそうじゃないのかたまに分からなくなるね」
 ゼノが俺の頬に手のひらを乗せ、そして今度は深く口付ける。甘い花の香り、ゆったりと流れる音楽、真っ黒な目の端を輝かせるランタンの明かり。俺達はそんな中でキスをして、そしてステップを踏みながら新郎新婦のダンスを模す。俺達はさっきまでずっと酒を飲んでいて壁の花だったから、こうやって踊るのは久しぶりだった。とはえい酔っ払うとよくダンスをしたのだけれど、そのほとんどは誰もいない部屋で二人きりだったから、こんな美しい空の下で踊るのは初めてかもしれなかった。
 満天の星空、その中で輝く月。俺達はそんな憧れた夢の中みたいな場所にいて、そうして抱き合っている。初めてキスをした時も、星空の下でだったな。あの時俺は必死で、あんたを求めるのに必死で、愛想を尽かされないように具合をはかりたくてこっそりあんたを観察したんだっけ。懐かしい思い出、懐かしいキス。そんなものを思い出しながら、俺達はキスをする。
 そんな時、誰かが足音をさせて、会場を出て行った。周りを気にしない大きな笑い声、新郎新婦へ見せる微かな嫉妬。俺もあんな嫁さんが欲しいよ、お前じゃ無理だよ、もっと稼がなくちゃあな、何だよ、金目当ての女しか俺には寄って来ないって?
 するとそんな愚痴を聞いたゼノが俺が被っていた軍帽を取り、それで口元を隠した。俺はちょっと驚く。人の目があったら、離れるとばかり思ってたから。
 そして俺達は気分よくホテルに戻ってゆく参列者が抜けてゆくとまたキスをして、そのままゆったりと踊る。あたりは幸せの中にある。そんな場所で抱き合っていても、きっと誰も何も言わない。もう幸せな式は終わって無礼講の時間なんだ、たとえ俺達を知っている人々がいても、見て見ぬふりをしてくれるだろう。だから俺は軍帽をゼノから奪い取って、そのまま手のひらを腰に当てる。
 俺は自分のことを、とてつもなく悪い男だと思っている。だって俺は夢のためにと言い訳をしてゼノから手を離すことすら出来なくて、くだらない冗談で将来のことを誤魔化していたから。
 特殊部隊の隊長をやっている限り、俺はあんたと結婚出来ないだろう。後ろから撃たれるのが嫌で、親しい友人にすら、信頼している部下にすら自分達のことは言っていなかったから。でもいつかって思うのだ。夢を叶えて、そう、俺があの月に行って、あんたの研究が成功したら、誰にも何も言わせられないくらいの成功を手に入れたら、本当にあんたを自分のものにしたいって思うのだ。
 俺達は星空の下でダンスを踊る。静かに、静かに。そして俺は繰り返しゼノに口付け、あと少し待ってと、もう少しであんたの夢に追いつくからって、そう誓って、それを愛の言葉の代わりにするのだった。



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