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桜霞
2025-06-29 10:44:48
4913文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】7
※つどい設定があります。
※雑高要素が香るほどあります。
※モブがたくさん喋ります。
※捏造がたくさんあります。
※なんでも許せるひと向けです。
誤字脱字がありましたら、該当箇所のみ教えて頂けると、大変助かります。
よろしくお願いします。
ある日。
山本が火薬の買い付けに行っている間、高坂は倉庫を検める作業を言いつけられた。組頭は黄昏甚兵衛の護衛で、尊奈門を連れて港まで行っている。タソガレドキから海に行くまでは相当の距離があるため、二人はそうそう帰ってこない。
身を隠した女中を、高坂の視線はしかし、捉えきれなかった。
「高坂さん、これは」
「、ああ
……
それは一番奥に」
女中はそのまま人気のない場所に移動すると、捕まえていた鳥を逃した。羽ばたいた鳥を離れたところから確認した娘が、よし、と立ち上がって素早く移動する。
市女笠を深く被って、娘は一路、タソガレドキ忍軍の隠れ里へ向かった。里に近づいてからは、できるだけ自分を示す特徴を持った跡を残さないように、そして里の誰にも見つからないように、組頭の屋敷へ向かう。
順調に屋敷前に辿り着いた娘は、最後に軽く身だしなみを整えた。可憐だが派手すぎない衣に、汚れは一切付いていない。
「ごめんください」
可愛らしい声音が屋敷を訪う。数拍して、はい、とどこからか声が張り上げられた。少しすると足音と気配が近づいてくる。
板戸を開けて出てきたのは、薄汚れてくたびれた衣服に、煤けた手足、頭に手拭いを巻いた、愛想の無い女だった。
───しまった、下女か。いや、下女など置くか?
「こんにちは。突然、申し訳ありません」
花嫁行列に侍従の一人もいなかったと随分噂になったから油断していた。この数年で人を雇ったのだろうか。しかし他に人の気配もない。
「なんの御用でしょうか」
では、この女が、組頭の。
娘は、ゆっくりと市女笠を顎で止めていた紐を解いた。
「雑渡さまから、今日からここでお世話になるように言われて来たんです」
しゅるりと衣擦れの音がして、日差しが娘を明るく照らし出す。
はにかみながら、幸せそうに頬を綻ばせる娘は、「かよと申します」丁寧に頭を下げた。
「
……
ああ
……
左様ですか」
どうぞ、と奥に通される。娘は静々とそれに従った。
床の間には目立つものといったら季節の花が生けられている花器くらいしかなく、他に物もなかった。質素、簡素という言葉が娘の脳裏に浮かぶ。勝手に開けた押入れには布団と唐櫃がしまわれており、中を覗き見ると大した衣服は入っていなかった。
なんだ、我儘は口だけか、と娘は結論づけた。きっと組頭に丸め込まれて、なんやかんや我慢を強いられているのだろう。いい気味とほくそ笑みながらしばらく待っていると、手足の汚れを落とした彼女が、煎茶を持って部屋に戻ってきた。どうぞと差し出されて、娘は遠慮がちに茶飲みを手に持った。
「あ、あの
……
もしかして、雑渡さまからは
……
」
「何も聞いておりません。が、どこかで行き違ったのでしょう」
彼女は淡々としている。娘がそうですかと恐々俯いて楚々とした素振りを見せても、何か思うところは無いようだった。自尊心は崩せないってわけね、と娘は内心で彼女を嘲った。
「さて、かよさん。ご家名をお伺いしても」
「あ、
……
生田
いくた
と申します」
咄嗟に家臣団の中から家名を引っ張り出した娘は、彼女が他の家臣団の内情など知るまいと高を括って自分を落ち着かせた。
彼女は表情を変えず、そうですか、と徐に懐から包みを取り出した。畳に置いて、娘の方に差し出す。包みの中身を推量できず、娘は包みを受け取った。それなりに重みがある。
「あなたの聞いていたものと違っていれば、ご遠慮なく仰ってください」
なんだ、と包みを開いて、娘は静かに息を呑んで、内心ぎゃっと悲鳴を上げた。包みから現れたのは金貨だった。その辺の武家ですらお目にかかれないような代物である。
「化粧代はこれで宜しいかしら」
「、は」
反射的に顔を上げた娘に、彼女は小首を傾げてみせた。
「何を惚けておられるのです。あなた、ここに雑渡の子を産みにきたのでしょう」
「
……
っ!」
まさか、子を孕めぬ妬み嫉みに歪むお前の顔を見に来たなどとは言えず、娘は唇を戦慄かせた。
「わ、
……
わたしは
……
、」
何を探っても頭の中は真っ白で、若々しさを邪魔しない化粧や、可愛らしさと綺麗さを引き立てる衣ばかりが目立っている。彼女のきちりとした姿勢の前で、他に出せる物が無い事に、娘はようやく気が付いた。
彼女は眉一つ動かさず、静かな双眸で若々しい娘を、ただ、じっと見つめていた。
不意に、その視線が襖の向こうに移動する。
「奥方さま。高坂でございます」
「!?」
ビャッと娘の肩が跳ねた。
───高坂!? なぜ、
「お入りなさい」
反射的に身を固くした娘は、開けられる襖の方から顔を背けるので精一杯だった。
高坂はしかし、襖を開けただけで、それ以上部屋に入ろうとはしなかった。
「市へゆく準備が整いましてございます」
そう言って、静かに頭を下げる。
彼女は嘆息した。高坂のこれは嘘である。
本来の予定では、高坂は今日この屋敷を訪ねる予定ではなかった。しかし、こうして高坂が頭を下げたのだ。これに乗ってやらねば、後で雑渡に叱られるのは彼女の方だろう。
彼女は立ち上がった。幼く、まだ垢抜けない娘を見下ろす。
「金子は差し上げます。仮にも目付に生田を名乗った胆力への褒美です。あの家に娘はおりません」
「───」
衝撃が娘を静かに刺し貫いた。呆然として動けなくなった娘から、二人の気配が遠のいてゆく。
ネズミの足音さえ目立つ静寂に、娘はようやく動き出した。自分の痕跡を消して、脱兎の如く里を後にする。風の木擦れに、娘の息切れが妙に目立った。
───くやしいくやしいくやしい!
化粧代だと彼女は言った。しかし金子を受け取ったその瞬間、娘はハリボテの派手な衣装に身を包む売女に突き落とされた。金子のやり取りで立場を維持するだけのおんなに、たとえいっときでも身を落とされて、薄汚い着物をきちりと身に纏っている彼女だけが清廉だった。途端に惨めが娘の総身を支配し、娘は身動ぎひとつできなくなってしまったのだ。
何より、高坂に知られてしまった。高坂は必ず組頭に奏上するだろう。待っているのは、
……
。
恐怖が、娘を突き動かす。
手を伸ばしてくれる者はいなかった。彼女を出迎えたのは、誰もいない、自分の物さえ勝手に長屋に送り返された詰所だった。
結局、娘が詰問されることも、罪に問われることもなかった。
いつも通り、組頭の視線は娘を素通りしていく。全身を支配していた恐怖が落ち着く頃、娘は高坂を呼び止めた。
「ちょっと」
高坂は一人だった。彼女が高坂に声をかける隙を敢えて作られたのかもしれなかった。しかし、娘になりふり構っていられる余裕はなかった。
「なんなの。情けをかけたつもりなの」
「そうだ」
あっさりとした返答を、娘は数拍かけてようやく咀嚼し、飲み込んだ。瞬間、カッと音を立てて娘の顔が怒気に染まった。
「正しく、御方様からのご温情だ」
「は
……
、あんたは組頭の言うことしか聞かないもんだと思ってたわ。浮気?」
「なんとでも言え。次は無い」
これで終わりだと言わんばかりに高坂は身を翻した。
娘は誰にも言いふらさないだろう。戸を立てられぬ人の口に、自らの失態を囀るほど愚かではあるまい。
何も無かったことにするのは彼女の意向だ。高坂は、これで本当に何も無かったことにした、
……
つもりだったのだが。
「陣左。あれはなんと言っていた?」
後でおいでと雑渡に言われた時点で察するべきだった。雑渡と高坂しかいない部屋で、なんの脈絡もなく話を切り出した雑渡に、しかし高坂は雑渡が全容を知っていることを悟った。
「
……
おそれながら」
「おまえは私のものだよ、陣左」
あれではない。
雑渡が静かに告げる。高坂は素早くその場にかしずいた。
「仰せの通りにございます」
「では、答えられるね。あれは、何を言っていた」
二度、同じことを雑渡に言わせてしまった。三度目は無い。
高坂は一度、深く呼吸した。呼気は少し震えていた。
◇
高坂が彼女を連れ出した後、彼女は何も言わなかった。ただ黙って、町への道を辿っていた。高坂はいつも通り、その少し後ろに控えていた。
予定外の外出についても、高坂があの娘を知っているだろうことも、この後あの娘に何が待ち受けているのかも、彼女は問わなかった。
「
……
何も聞かれぬのですか」
沈黙に耐えきれなかったのは高坂だった。彼女はどこかいたずらっ子のようにくすりと忍び笑いを零した。
「聞いて答えてくれるのですか?」
「
…………
」
高坂が口を噤む。彼女は笑みを深めた。
「然らば聞きません。無駄なことです」
けれども、無意味では無いのに。そう縋るのを、高坂はグッと堪えた。彼女が高坂達に縋ることで心を楽にするのは、高坂たちだけだからだ。答えを得られない彼女は、ずっと飢えたまま、助からない。
「
……
どこまで本気でしたか」
「真の名を出さぬ時点で本気も何もありますか」
「あの金子は」
「私のへそくり。ですからあのひとへの報告は不要ですよ。つまらぬことでお手を煩わせて、帰るのが遅くなっては困ります」
「つまらぬことですか」
「つまらぬことです」
高坂の奥歯が、ぎしりと小さく不穏な音を立てた。
「
……
まことの名であれば、受け入れたのですか」
「はい」
「何故」
「子ができぬよりはマシです」
高坂は音を喪った。
彼女の静かな声だけが、高坂の耳朶に触れた。
「子ができぬのは、私のせいです。きっと
……
」
彼女は笑んでいた。
静かで、綺麗な微笑みだった。彼女の瞳は穏やかに凪いでいた。
けれども、高坂は、彼女が、自分に、雑渡に、向ける笑顔を知っている。
「
……
雑渡さまは、側女など取られませぬ」
「そうでしょうね」
困ったおひとだこと、とほろ苦く、彼女が笑う。
先ほどよりは数段マシな表情に、高坂は、ほんの少しだけ安堵した。そうして、身の内を引き締める。
「大丈夫です」
「はい?」
「私がいます」
彼女は目を丸くして、そうしてくしゃりと眉を下げ、不器用に微笑んだ。
「ありがとう」
「はい。いえ」
「あなたにそこまで言ってもらえる日が来るとはねえ」
「
……
そういうところは嫌いです」
「んふふ、私はあなたのそういうところ好きよ」
彼女はいつも通りに町へ行き、細々としたものを二、三買った。
至極いつも通りの一日だった。
◇
高坂は、すべてを語らなかった。
「
……
女がひとり、おそらく奥方さまを揶揄するために屋敷に訪れ
……
奥方さまが、少し話されて、女は帰しました」
「知っている」
暗にそれ以外のお前だけが知っていることを話せと、高坂の双肩に圧がかかる。高坂は垂れた頭の下、意識して深く呼吸した。
「
…………
大事にするなと。
……
子ができぬのは、ご自分のせいだと、仰せでした」
「
……
そう」
雑渡は嘆息した。かかる圧が少しずつ軽くなって、高坂は詰めていた息を吐き出した。
「陣左は会いたい? 私たちのこどもに」
「、それは、はい。ぜひ」
「そうか。
……
私は会いたくないよ」
瞬いて、高坂は思わず顔を上げた。そこにはいつも通りの雑渡がいた。
「
……
何故でございますか」
「生死の境を彷徨って尚、私は同じことをする」
雑渡は静かに、ただ字面をそのまま読み上げるかのように淡々と言った。
「死ぬってことが、分かってるだけなんだよ。陣内を見てるとね」
吐息混じりに、雑渡が言う。
「私はひとの親の器でないなと、常々思うよ」
だからね、と雑渡が高坂を見た。隻眼が、若い男を映す。
その視線は、高坂を通して、ひとりの少年を見ていた。
「こどもには、会わないようにしている」
見覚えのある、忘れたくない眼差しを受けて、高坂は、きゅむりと口を噤んだ。
「左様で」
高坂は、たった一言を返す。雑渡は満足げに、うん、と頷いた。
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