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ふるさと さくら
2025-06-28 13:00:18
5107文字
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各エンディング分岐のネタバレあり
夜渡りたちがラスボスを倒して、再び円卓に戻ってくるまでの話
全てが終わると、荒涼の丘は果てなく風を吹かせるのみとなった。
原初の夜の王、名も無き輪郭を夜渡りたちはついに打ち倒した。これは姿なき主の悲願、引いては夜渡りたちの最終目標であった。最も恐るべき夜の王を倒すことさえできれば、狭間の地には明けが訪れて、狂気を内包した昏き時間は終わりを迎える。そうすれば、全ては蝕まれることもなくなるのだ。そうなることは、円卓に集った夜を渡る者たちにとっては願ってもいないことであるはずだった。
……
果てなき静寂。鎧の向こう側に感じ取れる微風が、目の前に広がる砂丘が、故郷に似て非なる情景を想起させる。冷たい全身のままに一歩を踏み出そうとすれば、背後から懐かしさを覚える淑女の声が聞こえてきた。
「ようやく、夜の王を倒したのね。私たちは」
振り向くと、そこには目元を隠した円卓の巫女────懐中時計を見つけたことで夜渡りとしての地位を取り戻してからは、レディと名乗るようになった妙齢の女性が傷だらけのまま佇んでいた。己にとって、彼女は導きを担う円卓の巫女であり
……
生き別れたままの、たった一人の肉親である。面と向かって、彼女にその事実を伝えたことはついぞなかったが。
声をかけられた青年こと追跡者は、レディの呼び掛けにゆっくりと振り向いた。彼自身もまた、激闘を経たことによって満身創痍に等しい有様だった。口を開けば淡々とした言葉が漏れたが、傷だらけの兜は彼の何もかもをひた隠しにしていた。
「
……
あぁ。ようやく、ここまで来た」
来てしまった、とは言わなかった。望んでいなかったとは露ほどにも思っていない。だが、ただひたむきなままここまで来たかと指摘されれば、そうではないと首を振る自覚があった。自分は円卓を訪れた当初の気持ちのままでは、もういられないのだろうということを、追跡者は分かっていた。
その理由は、他でもない────目の前の彼女に起因する。
「さぁ、円卓に戻りましょう。他の夜渡りたちが待っているわ」
淑女の誘いは、清廉としている。その声はまさに、円卓の指導者に相応しい。もしもここに立っているのが、たとえば夜に仲間を壊された鳥人の騎士であったならば、こうして迷いを浮かべることもなかっただろうか。あるいは近海の海賊であれば、豪快に笑いながら円卓へ凱旋を果たしたかもしれない。他の夜渡りであっても、きっと等しくそうしただろう。
きっと、この恐ろしくも裏切りに等しい考えを潜めているのは、俺ひとりに違いないのだ。
「
……
どうしたの?」
彼女が足を止める。自分が何をしようとしているのか、なぜ歩き出さないのか不思議に思ってこちらを向く。風向きが変わったことを肌で察知する駿馬のように、彼女の勘は鋭く正確だ。それが今だけは、ひどく煩わしい。
手の内で脈打つものを、隠しきることはできないだろう。どうするべきか、自分は最後の最後まで迷っていた。己の我を突き通すべきか、葛藤するほどの出で立ちを彼女は経ていた。たなびく金糸の髪をどこからか盗んでみせた戦利品で束ねた上で戦に挑んだ彼女は、もはや円卓と共に沈むことに何ら迷いを抱いていなかった。憑き物が落ちたかのように、すべてが上手くいくと信じて疑わないその姿に、本当にその希望を砕くべきかと躊躇したのだ。俺はまだ足踏みをしているのに、彼女はどんどんと先に行く。後ろに控えている俺が何をどう思っているのかすら知らぬまま、根を張った巫女である己以外が救われる方法を見つけたと、歴然と立ち振る舞う彼女の選択の方が正しいのではないかとさえ思った。
けれども、この迷える背中を押したのは────思いもしない助力者だった。
「! あなた
……
」
レディの声色に困惑が満ちる。この手に握りしめた代物が何なのか、理解したのだろう。それもそうだ、あの古い紙片を持っていたのは他でもない彼女なのだから。元の持ち主が、救われるかもしれない方法を知らないはずがない。
「
……
渡して。それは、使ってはならないものよ。あなたが何をしようとしているのかくらい、分かるわ。だから
……
!」
ゆえに、レディは夜を終わらせる巫女として俺に駆け寄ろうとした。その手に隠したおぞましき雫を盗みとってやると言わんばかりに。
しかし、彼女の腕はすんでのところで届かなかった。
「────あ、」
伸ばされた指先が、胸元のブローチに触れそうになっていた。だがレディは触れ合えぬその距離のまま静止して、程ないうちに目隠しを取り落としてしまった。彼女の口元が僅かに震える。小さく吐かれた息の波が、我が身を兄と呼んだのが確かに分かってしまう。
その瞬間、違えたと思った。戻れなくなってしまったかもしれないと、膝が震え出しそうになった。そこで彼女に駆け寄っていれば、何かが違ったのだろうか。けれども、追跡者はついぞそうすることはなかった。レディを、巫女を
……
妹を昏倒させたもう一人の夜渡りが、後退りすることを許さなかったからだ。
「今更怖気付いたのか? 風鳴り丘の戦士よ」
深く隠されたフードの奥から、揺らめく青き炎が覗く。施設の刺客たる鉄の目、射抜くような視線に穿たれた追跡者は、ようやく死の淵でふらついていた自己を取り戻したかのように、はっとして目を逸らした。この男は、レディの妨害を阻んだ。ということは、自分のしでかそうとしていることに気がついているのか
……
?
「
……
なぜ、彼女を害した」
ぽつり、と責めるような響きが落ちる。すると鉄の目は、ぐったりとしたレディの身体を荷物のように背負いながら、こちらに冷たい視線を送ってきた。
「簡単なことだ。俺は夜を続けることにした、その起点をお前が作るのであれば手を貸す。それだけだ」
……
鉄の目の言っていることは、よく分からない。夜を続ける、それは夜渡りに課せられた使命とはかけ離れた主義である。なぜ彼がそんなことを思い立ったのか、それすらも今の追跡者には思考する余裕がなかった。こうしている間にも、近づく夜明けが全身を凍らせていく。夜が明ければ、この身は朽ちる。死の気配は、どうしようもなく決意の後押しを強いていた。
「まぁいい、するべきことが分かっているなら話すことはないだろう。少なくとも俺とあんたの方向性は一致している、だったら本懐を阻まれるよりかはマシじゃないか? 素直に受け取っておけ」
彼の言葉もまた、もはや進む道は一つなのだと覚悟するに至る助力となった。
そう、だ。
そうだとも、何のためにここまで戦ってきたのか、思い出すべきだ。故郷を壊した夜の王は、討ち果たされた。ならば、残るは家族を守ることのみに全てを捧げればよい。
手の内に脈動するものを握り直して、青年は僅かに頷いた。そしてすっかりボロボロになった兜の隙間から、意識を閉ざした彼女の顔を覗き見る。それはあまりにも懐かしい、寝顔だった。
「鉄の目」
呼びかければ、暗殺者は揺らめく瞳をこちらに向けてきた。
「この後全てがどう変質するのか、俺には見当がつかない。だから
……
妹を、頼む」
せめて彼女だけでも、俺が新たなる王になる瞬間を知らぬようにと。叶えてくれるかどうかは分からなかったが、鉄の目は何も言わずに頷いた。
そして少し離れた場所に佇む夜渡りの拠点に向かって、ゆっくりと歩き去っていく。肉親を連れて行く彼が振り返ることは、ついぞなかった。
「
………
」
砂の大地に、静寂が広がっていく。
何も言わぬまま、追跡者は夜の王が残した遺骸の前に佇んだ。それにしても、凍えるほどにここは寒い。先程までの激闘がまるで嘘かのように、死の淵に立たされた自らの身体が、魂が冷えきっていく。そんな中で隠し持った銀色の雫は、まるで律動を止めぬ臓腑のように熱く、ここではそれだけが生命を繋ぎ止める唯一の手段のように思えた。
(これでいい)
これでいいのだ。妹の想いや仲間の悲願を裏切ることになったとしても、構わない。彼女が生きて円卓から解放される可能性が微塵にでもあるのならば、他に望むことはない。
ただ、鉄の目と違う部分があるとすれば。
それは己に限って言えば、夜は必ず終わることを信じている
……
ということだろうか。
(皆、ここまで勝ち残るほどに手練の戦士だった。ならば、きっと俺のことも討ち果たしてくれる)
だから、次の円卓を信じることにした。自分が王となった後、きっと夜渡りたちはこの身を討ち滅ぼすだろう。
けれども、その結末をこの目で確かめる必要はないのだ。
ぐらり、と力が抜けた。膝が砂に埋もれて、身体は横倒しになって崩れてしまう。断線する意識が、あの丘で生まれた自分の終わりを告げ始める。
なるほど、再誕とは死と同義であったのか。そんなことを考える暇もなく────追跡者はひた隠しにした瞼を下ろして間もなく、物言わぬ鎧の塊と化した。
ありがとう。
そう言って、友は崩れ去った。
「
………
」
もぬけの殻となった衣服のひとつひとつをかき集めて、拾い上げる。そうだ、たまには彼女の装いに扮してみるのも悪くないかもしれない。それが輪の彼女と、夜から解き放たれたあの子への手向けとなるならば僥倖だ。
寝台から起き上がり、馴染み深い書庫に向かおうと足を伸ばす。しかし軽やかな足取りを止める声が聞こえてきたことで、隠者はその場に佇む方を選んだ。
「あんた、大ルーンを捧げなかった方の魔女か?」
顔を向ける必要はない。この目で確かめずとも、右の壁に寄りかかる男の瞳には繰り返した証が焼き付いている。その気配がこちらにまで伝わってくるのだ。
こうして痛いところを突かれるのは、鳥人の騎士に秘密を暴かれた時以来だろうか。だが、騎士と違って暗殺者には誠実を向ける必要はない。罪を背負っているのは、何も自分の方だけではないからだ。
「そういうあなたは、何回目?」
そこで初めて、つばの広い魔女の帽子越しに男を見据える。すると鉄の目は肩を竦めて、簡潔な言葉を吐くのだった。
「もう数えるのはやめた」
「あら
……
それで、どうして声をかけてきたの?」
「ほんの気まぐれだ。少なくとも、あんたは円卓を欺いたことを覚えていない時があるからな。今回は確信があったから、敢えて確かめてみただけだ」
「そう。じゃあ、お礼に教えてあげるけれど。あなたも、夜を終わらせなかったことを覚えていない時がある。お互い様だね」
そう事実を伝えると、鉄の目はなぜか目を逸らした。何が気に入らなかったのだろうか。首を傾げるものの、鉄の目は用は済んだとばかりに片手を上げて隠者を追い払おうとする。
「呼び止めて悪かった。あんた、この後はあの騎士と読書会だろう。早く行ってやれ」
「
……
そうだね。じゃあ、また」
軽く言葉を交わして、円卓に向かう。守護者の待つ部屋に辿り着くには、構造上どうしても中央の祝福の部屋を通り抜けなければならない。その眩い光を目の当たりにするたび、様々なことを思い出すのだ。
たとえば、ここでは狭間の囚人が描き進める筆が、未だ拙い滑りであること。
あるいは、ここには真っ直ぐで気高いあの人形が、未だ存在していないこと。
そして。
「お疲れ様、巫女さん」
円卓の横を通り過ぎる際に軽く声をかければ、白い外套をまとった女が口元に笑みを浮かべた。彼女はまだ、懐中時計を失くしたままだ。そしてその傍らでぼんやりと大剣を擦る戦士もまた、何も覚えていない。彼と彼女は、まだ互いの正体を知らぬままなのだ。
その事実を噛み締めるたびに、魔女は思う。夜はまだ、終わっていないのだと。ここにはまだ、探し出してやるべき幼子が取り残されているのだと、もう一度自覚することができるのだ。
それはきっと、あの暗殺者も同じなのだろう。
短い廊下を抜ければ、見知った横顔が見えてきた。難しそうな表情で、細かな文字に目を落とす猛禽の姿もまた懐かしい。この彼は、まだ己の罪を知らないのだ
……
いずれ知ることになれば、彼はきっと我が身を裁こうとするだろう。その景色を、何度も見てきた。けれども、これまでに彼が悪しき魔女を断じたことは一度もない。償う気持ちは本当なのに、いつだって彼は許しと清算を選ぶのだ。
(あなたになら、裁かれても構わないのにね)
しかし、その真意を口にすることはないまま。
深奥の森の賢者は、今日も学びを乞う騎士の隣に座る。そして再び廻りゆく時に身を任せるがごとく、幾億回目の授業を語り出すのだった。
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