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Hizuki
2025-06-27 23:01:15
2927文字
Public
あんスタ[零薫他]
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対価はとびきりの笑顔で
【あんスタ】零薫。薫が求めているものを探しに行く零の話。寮を出て同棲している2人、少しだけ泉もいる。喜ぶ顔が見られればそれだけでいい。
「久し振りに見たと思ったら、珍しいもの買ってるじゃん」
ようやくお目当てのものを見つけて、会計を済ませて外に出る。邪魔にならないところで改めて手元のビニール袋の中身を覗いていると、珍しい声が自身を呼び止めた。
「おお、瀬名くん。久し振りじゃのう」
「あんた、甘いもの好きだったっけ?」
日本に戻ってきたのは仕事の関係なのだろう。重ねられた問いかけには、意外とでも言いたげな音が乗っていた。彼の口振りからすると、会計をしていたところから見られていたらしい。見られていたからと言って何も困ることはないけれど。
「いや、これは我輩の分ではないんじゃよ」
袋の中に入っているのはロールケーキだった。自分の分ではない、という言葉に納得がいったようで、瀬名くんが頷いてみせた。
「あ~
…
そういうことね。かおくんの分か」
「うむ。見つからぬと日々嘆いておるからのう」
迷わず名前が出てきた辺り、瀬名くんも薫くんの投稿は知っているようだ。薫くんの探し物は、とあるコンビニのキャンペーンで今だけクリームが増量されているロールケーキ。最近の薫くんのSNSには、それが見つからないという嘆きが重ねて綴られている。というのも、仕事が重なっていて店頭に並んでいるタイミングと合わないのが一番の理由で。『どこにあるんだろう
…
俺のロールケーキ
…
』という薫くんの切実そうな一言を見たことと、今日ならば自分の仕事の後に余裕があるから探しに行ってみようと思ったわけだ。
「代わりに探しておったんじゃけど、ようやく見つけたんじゃよ。我輩もこれで何軒か回った後での」
連日の仕事で疲れて帰ってきたところに追い打ちをかけたくはないから、家ではその話題には触れないようにしていた。薫くんの投稿にファンの子達が残してくれたコメントも参考に回ってみたものの、こんなに何店舗も回ることになるとは思わなかった。軒数を数えるのは早々に止めたから、もう何軒目かも覚えていないけれど。前回の時に薫くんがすんなりと手に入れていたのも見ていたから、余計にそう感じるのかもしれない。
「喜ぶんじゃない?最近本当に忙しそうだし」
「ふふ、薫くんの喜ぶ顔が目に浮かぶようじゃ」
自分の口元が緩むのが分かった。とはいえ、これで薫くんが喜んでくれるというのなら、何の苦にもならない。むしろお釣りが来るくらいのものだ。
「はいはい、惚気ないでくれる?それじゃ、俺は行くから」
呆れ気味にそう言った瀬名くんはすたすたと歩き出した。自身に声をかけてくれたのは気まぐれだったのだろう。
「行ってらっしゃい。気を付けての」
彼の耳に届いたかどうかは分からないけれど、送り出す言葉を背にかける。自分も目的は果たしたから、後は薫くんの帰りを待つだけ。時間が合う時の食事はできるだけ一緒に取るようにしているものの、流石に今はそういうわけにはいかない。今の仕事が落ち着くまでは外で食べて帰ってくると薫くんから聞いているから、ここ数日の夕食は一人だった。遅い時間に帰ってきて物音を立てたくないという彼なりの気遣いだ。もちろん誰かとタイミングが合うようなら一緒に食べてくることもあったけれど、今日は早く持ち帰らなければならないものもあるから、自然と足は家の方に向いた。道すがらで弁当を買い、冷蔵庫にロールケーキをしまう。開けてすぐ目に入るだろうところにそれを置いて、冷蔵庫のドアを閉めた。
薫くんから『これから帰る』という連絡があってからおよそ30分後、玄関の方で物音がした。そこから続けて聞こえる音は、帰ってきてからの薫くんの一連の動きを知らせる。荷物を置いて、手洗いとうがいを済ませ、空になったタンブラーを手にリビングのドアを開ける。時間は日付が変わる少し前だった。
「ただいまぁ~
…
」
疲労が滲んだ声が聞こえてきた。目を通していた台本をテーブルの上に置き、キッチンの方に向かう。薫くんがタンブラーを洗うことは分かっているからだ。
「おかえり。今日も遅くまでお疲れさまじゃよ」
「
…
ありがと」
入口の柱にもたれかかって声をかけると、薫くんは笑みを返してくれた。蓋を開けてパッキンを外し、それを洗って食器カゴに立てる。ふぅ、と小さく息を吐いた薫くんがこちらを見て首を傾げた。じっと見ているのが気になったらしい。
「開けてごらん」
そう言って薫くんの後ろを指差した。そこにあるのは冷蔵庫だ。不思議そうにしながら薫くんは冷蔵庫のドアを開ける。
「
…
え!?零くんこれどうしたの!?」
入れてあるものに気付いたようで、勢いよくこちらを振り返った薫くんが言う。驚いた様子で声もやや大きくなり、目を丸くしている。
「今日の出先で見つけてのう。薫くんにと思って」
「え~嬉しい!ありがとう零くん!」
ドアを開けていた手を離し、満面の笑みでこちらに飛び込んできた。その後ろでぱたんと冷蔵庫が閉まる。見つけた、とあっさり一言で括れるようなことではなかったけれど、今の薫くんを見ればかかった労力などやっぱりどうでもよくなってしまう。肩口に顔を埋めて、背中に腕を回されると、ふっと薫くんの香りがした。宥めるように頭を撫でると、ぎゅっと力を込められる。一緒に暮らしていても、最近の薫くんの多忙ぶりでは抱き締めるという簡単なスキンシップすらも久し振りだった。
「一緒に食べよ!」
少し身体を離したかと思うと、嬉しそうにそう言った。今度は自分の方が首を傾げることになった。
「うん?薫くんが食べたかったんじゃろ?」
まさか自分も一緒に、なんて言われるとは思っていなかった。そもそも食べたいと言って探していたのは薫くんで、連日の疲れを癒す足しになってくれればと思って買ってきたものだ。それをわざわざ一緒に、という真意はどこにあるのだろう。
「零くんと食べたらもっとおいしくなるの!」
「
…
ふふ。では、お言葉に甘えようかのう」
声を弾ませてそんなことを言われては断る方が申し訳なくなる。ならば、薫くんの言葉に乗って、彼の望みを叶える方がいいだろう。スプーンは1本しか入っていなかったから、薫くんに預けておけばいい。
力を緩めた薫くんがもう一度冷蔵庫を開ける。ロールケーキを手にリビングの方に向かい、それをスマートフォンで写真に収めている。きっと後でSNSに上がるその写真には、祝福の反応が溢れるはずだ。自身が薫くんの隣に腰を下ろすと、「いただきます」と手を合わせてからパッケージの封を開けた。スプーンで一口分を掬って口に運ぶ。
「ん~、おいしい~!」
薫くんは顔を綻ばせる。
「
…
はい、零くんも」
そう言ってロールケーキを掬ったスプーンをこちらに差し出してくれる。ふわりと柔らかいスポンジケーキに、程よい甘さのクリーム。
「どう?」
「
…
うむ、おいしい」
こてんと首を傾げて薫くんが尋ねる。あまり馴染みのないものではあるけれど、幸せそうにロールケーキを頬張る薫くんを見ていたからか、確かにおいしく感じられた。何より薫くんが可愛い。明日もう一つ買ってこよう、と心に決めて首を縦に振った。
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