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Hizuki
2025-06-26 22:32:48
2701文字
Public
あんスタ[薫あん]
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おいしさの理由
【あんスタ】薫あん。あんずから差し入れをもらう薫の話。少しだけ千秋もいる。探していると見つからない。
『どこにあるんだろう
…
俺のロールケーキ
…
』
昨日の夜、寝る前に一言だけ流しておいたSNSの投稿にはたくさんの反応が付いていた。俺を励ますものや応援のコメント、こういう店舗のこの時間ならあるかも、といった予測や、目撃情報まで様々だった。
俺が探しているのは、とあるコンビニのロールケーキ。キャンペーンで今だけクリームが増量されている、というもの。前回の時は初日に買いに行けたのだけど、今回は仕事が忙しくなるタイミングと重なってしまって、未だにありつけずにいる。その嘆きを日々SNSに流している、という有様だった。仕事の行き帰りや、移動時間で通りかかることがあれば覗いてはいるけれど、入荷のタイミングとは重ならないし、俺を迎えてくれるのは空になってお詫びの札が立てられている商品棚だけだった。
「あ、よかった!薫さん!」
「あれ、あんずちゃん?久し振りだね~。どうしたの?」
打ち合わせを終えて、次の現場に向かう途中で、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、声のした方を振り返る。小走りでこちらに向かってきたのはあんずちゃんだった。そして、手にしていた小さな白のビニール袋を俺に差し出した。
「薫さんに差し入れです」
「え、俺に?」
「はい。会えなかったら事務所に預けていこうと思ってたんですけど、直接渡せてよかったです」
あんずちゃんに会うどころか、声を聞くのだって久し振りのことだった。こうして顔を見られただけでも嬉しいのに、差し入れまで届けてくれるなんて。次の仕事の前に何か軽く食べておこうと思っていたところだったから、ちょうどよかった。
「嬉しいな~、ありがとう。楽屋でいただくね」
「いえいえ。それじゃ、私これから別の現場なので失礼しますね」
ぺこりと頭を下げてぱたぱたと駆けていくあんずちゃんの後ろ姿を見送る。中身によっては何を食べるか考える必要もあるし、受け取ったビニール袋の中を覗き見る。
「
…
え、これって」
中に入っていたのは、俺が探していたロールケーキで。プライベート用のメッセージアプリを立ち上げて、あんずちゃんとのトークルームを開くと、そのまま文字を打ち込んだ。
『あの、あんずちゃん、これ』
間を置かずに既読が付いたかと思うと、画面に入力中の吹き出しが表示される。
『ずっと見つからないって言ってたから、代わりに買ってきちゃいました』
メッセージに続けられたのは胸を張っている可愛らしい熊のスタンプだった。やはり、というべきか、あんずちゃんも俺の連日の嘆きを目にしていたらしい。彼女だって忙しいだろうに、こうして気にしてくれたことが嬉しい。
『わざわざありがとう
…
!すっごく嬉しい
…
』
『収録、頑張ってくださいね!』
応援の言葉まで添えてくれて、もう何と言っていいやら。まだ数日この忙しさは続く予定だけど、何とか乗り切れそうな気がした。ひとまずデザートは手元にあるから、メインになるものと飲み物を買って楽屋に向かう。もちろん、棚にロールケーキはなかった。
買ってきたものをテーブルに置いて、SNSに載せるための写真を何枚か撮っておく。それから買ってきたものを完食してから、ロールケーキの封を切った。一緒に入れられていたスプーンでクリームを掬って口に運ぶ。ずっと待ち望んでいたものがやっと食べられるという喜びと、わざわざあんずちゃんが俺のために買ってきてくれたという優しさがトッピングされたそのロールケーキは、いつもの何倍もおいしく感じられた。
『ありがたいことに、今日の差し入れでいただきました~!すごくおいしかった~!』
写真を付けて上げておいた投稿には、ここ数日の中で一番多い反応が付いていた。これでおめでとう、と言われるのは少し違う気がしなくもないけれど、ファンの子達を含めて喜んでくれているというのはしっかりと伝わってきた。
「すまん羽風、相席させてもらってもいいか?」
ようやく仕事が一段落して、ちゃんとお昼の時間に食堂でゆっくりできるのは久々のことだった。スマートフォンに視線を向けていると、馴染みのある声が聞こえてきた。
「もりっちじゃん。どうぞ~」
「ありがとう、助かった!」
顔を上げた先に立っていたのはもりっちで、どうやらピーク時と重なって空席がないらしい。テーブルの上のトレーを自分の方に少し引いて、首を縦に振った。食べながら互いやユニットの近況を知らせ合い、内容は次第に他愛のない話に移っていく。
「そういえば、ロールケーキ食べられてよかったな!」
誰かと顔を合わせる度に話題に上るのは、やっぱりこの間のロールケーキの話だった。大体かけられる言葉もSNSと同じで、嬉しいけれどさすがにそろそろ恥ずかしくなってきてもいる。
「あはは、ありがと
…
。実はあれ、差し入れしてくれたのあんずちゃんなんだよね」
互いに知っている相手だし話してもいいかと、それを届けてくれた人物の名前を告げる。すると、もりっちは箸を動かす手を止めた。思い返すように手を顎に寄せる。
「
…
なるほど、あれは羽風の分だったのか」
「ん?どういうこと?」
何かを知っているようなもりっちの口振りが気になって尋ねてみる。
「たまたまあんずが買っているところに出くわしてな。確か、そこで5軒目だと言っていたぞ」
「え、そんなに回ってくれてたんだ
…
!?」
今度は俺が手を止めることになった。あんずちゃんがあのロールケーキを買っていたところに偶然もりっちがいたということにも驚いたけれど、それ以上にあんずちゃんが回ってくれていた軒数に驚いてしまった。
「
…
そりゃおいしいはずだよね」
彼女だって何だかんだと多忙だというのに、その隙間の時間でそんなに探してくれたことを改めてかみ締める。そしてそれを直接届けに来てくれたということも。思わず深い息が漏れて、手で顔を覆った。何度か深呼吸をして、中断していた食事に手を付ける。話はロールケーキの件から逸れていき、区切りがついたところで互いのお皿の上は空っぽになっていた。
「さてと、幸せのお裾分けももらったことだし、午後もお互い頑張ろうじゃないか!」
「そうだね。教えてくれてありがと」
今日のこれを『幸せのお裾分け』なんて綺麗にまとめてくれたもりっちがトレーを持って立ち上がる。落ち着いたとはいえ午後からも仕事はあるし、夕方からはユニットでのレッスンもある。あんずちゃんへのお礼はまだ考えている途中だけど、ひとまずは目の前のことから。同じように荷物とトレーを持つと揃って席を後にした。
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