syanpon
2025-06-26 19:49:00
10929文字
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青時雨に秘密をひとつ

うさぎさん(nmdusg)とのリレー合作小説です!!
起承転結の起と転をわたしが、承と結をうさぎさんが書いてくださっています……!!
キスにまつわる学生現パロのオトスバです!!!




  これは多分、罰だったのだと思う。思えばあまりにも独り善がりだったから。
 どんな気持ちでオットーが試合に挑んでいたかなんて考えもせず、勝手にひとりで舞い上がって、空回りして。
 こうして何もかもが終わってから後悔したってもう遅い。だからこれはきっと――思い上がっていた、愚かな自分への罰だ。

 *

――……知らねぇ、天井だ……?」
「っ、ナツキさんっ……!」

 意識が浮上して目を開けば、視界には見覚えのない天井の模様が映った。
 鈍く痛む頭を抑えながら身体を起こすと、傍らに座りスバルの右手を握っていたオットーが勢いよく立ち上がる。

「俺、なんで、」
「ああよかった、意識も記憶もはっきりしていますね。ここは病院ですよ。ボールがナツキさんの頭に当たってしまって……軽い脳震盪を起こして、それで」
「なんだその乙女ゲームのヒロインみたいな展開。まさか俺ってばすごいフラグ持ち?」
「あんたはまたそうやって茶化して……
「いやいや、だって勝ち確の試合だったしさ。少しくらいハプニングが起きたって気にしねぇよ。俺だってほら、こうしてピンピンしてるし……って、オットー?」
……
「勝ったん、だよな……?」

 気まずそうに視線を逸らされた意味を、スバルは正しく察する。途端に吹き出した冷や汗が、嫌な温度で背中を伝っていった。

「な……んで……

 だって、勝ち星はほぼオットーたちの方にあがっていたはずだ。あと三分だった。たった三分、なんて言い方はあまりにもスポーツを冒涜しすぎているが、それでもあの状況からの逆転負けなんて到底納得できるはずがない。

「僕のせいです」
「は……?」
「試合どころじゃなかったんです。鼻血を出して倒れたあんたを見て冷静に試合に挑めるほど、僕は人間出来てませんよ」
「負けたのは俺のせいだって、言いたいのか……?」
「っ、なんでそうなるんですか! ナツキさんは被害者ですよ、負けたのがあんたのせいなんてそんな馬鹿なことあるわけが――
――でもあんなの、お前だったら避けてただろ……!」

 張り上げた怒鳴り声に、はく、とオットーが息を呑むのがわかった。病室内の空気が確かに重くなったのを肌で感じても、負の感情に一度衝き動かされたスバルの口は止まらない。
 自分自身のことだから理解している。軽い脳震盪を起こしたとはいえ、当たった衝撃はそこまでではなかったこと。だから、スバルがちゃんと気を付けてさえいれば防げた事故だった。
 瞼を引き絞ったあの瞬間、スバルはほんの一瞬だけオットーから逃げたのだ。自分で嬉々として立てた作戦の決行がなんとなく怖くなったから、目を逸らして、現実から逃避した。勝って『しまったら』と、そう思ってしまった。
 そんな後ろめたい気持ちを僅かでも抱いてしまったから罰が当たったのだ、間違いなく。

「見に行かなきゃ、よかった」
「な……
「お前と友達のままでいた方がよかった……っ」

 堪えきれず、とうとう目尻から涙がこぼれた。頬を伝うそれはひとつ、またひとつと絶え間なく重力に従い落ちていく。次から次へと溢れる後悔の念は誰の手にも掬われず、ただひたすらに寝具へと染み込んでは布の色を変えていった。

 オットーと同じ気持ちになれたことは、スバルにとっては僥倖以外の何物でもない。自分の心と向き合うのが遅かっただけで、多分、自覚させられる前からスバルはオットーのことが好きだった。
 隣にいることが当たり前だったし、これからもそうだろうと不透明な未来を信じて疑いもしなかった。――けれど。
 スバルと恋仲になったオットーは、いつしか周りの目ばかりを気にするようになって。
 校内で話しかけても、通学路で手を繋いでも、隣町にある公園のベンチで想いを伝えても、オットーはまず先に周囲に目線を向けるようになってしまった。
 スバルがオットーへ向ける気持ちは何ひとつ変わってはいないのに、関係の名称を一文字変えただけで二人の『当たり前』はいとも呆気なく日常から切り離されてしまった。
 もっと触れたいとは思う。キスだってしたい。だってどうしたって好きだ。オットーのことも、こんなにも誰かのことを愛おしいと思える自分のことも。

 どうしてそこまでキスがしたかったのか、なんてそんなの決まってる。
 別にキスそのものが目的だったわけじゃない。年頃ゆえの興味や、あわよくばなんて期待があったのは事実だけれど、それ以上に、キスをする瞬間だけはオットーの視界を独り占め出来るかもしれないと思ったからだ。
 色素の薄い肌を茹で蛸さながら耳まで真っ赤に染めて、口をまごつかせながら、それでも嬉しそうに笑ってくれるであろうオットーをこの目に映したいと思ったからだ。
 だからキスがしたかった。当たり前の関係のまま、スバルだけに許された触れ方で、スバルはオットーに触れたかった。その計画も、誰でもないスバルのせいで台無しになってしまったけれど。

……ナツキさん……

 シーツを握りしめながら俯いて泣き続けるスバルの頭上に、途方に暮れたオットーの弱々しい声が降ってくる。
 スバルだってもう、どうしたらいいかわからなかった。これ以上言葉を重ねれば、きっと重ねただけお互いが傷つく。それが明白だとわかっているのに、結局はこうしてオットーの優しさにかまけて当たり散らすことしか出来ないのだから本当に笑える。
 スバルには友人であるオットーを手放すことも、恋人のオットーを諦めることも出来ない。だってどっちも欲しいのだ。たとえそれが欲張りで我儘で傲慢な感情だと頭で理解してはいても、誰でもないスバルがオットーのことを余すことなく知っていたかった。

「ナツキさん、僕の方を見てください」
「今は、無理」
「どうしてですか」
「自他共に認める目つきの悪さが今この瞬間、現在進行形で殺人者の目つきに変わってんだよ。わかんだろ。こんなひでぇ顔、人様に見せられるわけねぇだろうが」
……まったく。馬鹿ですね、あんたは本当に」

 オットーがスバルへと向けた吐息混じりのその言葉は、呆れたような、それでいて慈しむような、とにかく不思議で柔らかな色をしていた。
 嫌悪も怒りもない、ただただスバルの心へ語りかけるだけのその凪いだ声に、目線が自然に上へと向いていく。

「ああ――やっと、こっちを見てくれましたね」

 視界に飛び込んできたオットーの表情に応えるための言葉を、生憎スバルはこの場に持ち合わせていなかった。
 それは単に、宝物を愛でるようにスバルを見るオットーの眼差しに語彙をなくしたということもあるが、それよりも、言葉を紡ぐための場所がオットーの口唇によって塞がれていることが理由としては大きくて。
 すなわちそれはオットーにキスをされているということでもあった。

――、」

 時間に換算すれば、片手で足りるほんの数秒。
 伏せた瞼に添えられた長い睫毛だけがやけに鮮明に映って。それなのに呼吸も心臓も活動を止めたみたいに実感がなくて。
 ただ、唇って本当に柔らかいんだな、とか。
 意外とオットーの唇って見た目より厚くて、熱いんだな、とか。
 キスするなら、せめてもう少し綺麗な状態が良かったな、とか。
 そんな感想とも言えない感想が脳内を忙しく埋めつくしていた。

……好きです、ナツキさん」

 ゼロだった互いの距離に隙間ができて、そこに落とされた掠れ声にようやくオットーの唇が震えていたことを知る。
 ゆっくり、ゆっくり、名残惜しそうに離れていくその移ろいを、スバルは瞬きも忘れて見つめていた。

「ナツキさん。僕は、あんたが好きです」
……っ」
「たとえナツキさんが僕と恋仲になったことに後悔をしていたとしても、愛想を尽かしてしまったとしても、僕はようやく手に入れたこの幸せを易々と手放すことは出来ません。だって、出来ることなら僕はナツキさんの一番の友人であり、恋人であり続けたいんです」
「オットー……

 青色の瞳が、まっすぐスバルを見据えて気持ちを伝えてくる。
 両肩に置かれたそれぞれの手に不自然に力が入っているのを感じて、スバルは握りしめていた手を解き、オットーの手背へと重ね合わせた。

「俺も、お前のことが好きだよ。好きで……好き、だったから暴走しちまった……ごめん」
「いえ、そもそも不安にさせてたのは僕ですし、今回はお互い様ってことにしましょう。それよりナツキさん」
「ん、なに?」
「もう一度――今度は、目を閉じて」

 肩に乗せられていたオットーの手がふわりと浮いて、そのままスバルの両頬を優しく挟む。目の前にあるのはいつものレンズ越しではなく、スバルを愛おしそうに見つめる澄んだ青色だ。
 中腰になっているオットーと目線を合わせるため僅かに上を向いたスバルは、ここでようやく自身が懸念していた眼鏡と身長差の問題を突破していたことに気付く。

「なんか、こう……雨降って地固まる、的な……?」
「ずぶ濡れは御免ですけどね」

 乾いた唇にオットーの熱が落ちてくる。
 ひとつ落ちては、またひとつ。
 絶え間なくスバルに降り積もるそれは、まるで青葉の木々から落ちていく初夏の雨粒のようで。
 ああ、夏の雨に濡れるのなら二人でも悪くないかと、スバルはオットーの肩に手を回し、何度目かの口づけを受け入れた。
 

 *

 
 どんなにドラマチックな週末を終えようと、変わらず月曜日というものはやってくる。
 ある程度の歳を重ねた人間であれば誰しもが知っていることだが、それをこうしてわざわざ言葉にしているのには海よりも深い事情があった。

「俺の科学のノート、マジでどこに行ったわけ……?」

 もはや気付かない方が幸せだったかもしれない。
 諸々の症状に異常がなく無事に病院から夢見心地で帰宅した日曜日の夜、ふとスバルの脳内にある一冊のノートが浮かんだ。
 それは言わずもがなスバルにとっては相棒であり、黒歴史であり、恩人でもある科学のノートで、血相を変えて身の回りを探したものの遂に行方を掴むことはできなかった。
 ボールが頭に当たる直前まで握りしめていたから、観戦場に取り残されているかもしれない。
 けれどあんなに周りに人がいて誰も拾っていないなんてことも考えづらい。
 いや、だからと言って誰かに拾われていて、ノートの最後を見られでもしたら――

――俺の学校生活、お先真っ暗じゃんか!!」
「うわ、急になんですか。おはようございます、ナツキさん」
「お、おはよう、オットー」
「昨日はいろいろありがとうございました。それからこれ。すみません、渡し忘れてしまって」

 そう、オットーが取り出したるは一冊の緑色のノート。
 表紙に『科学』と題されたそれは、間違いなくスバルが探していたものであった。が。

「いや、お前かよ!? 拾ってくれてありがとう、届けてくれてありがとう! けどよりによってお前かよ!?」
「何を喚いているのかわかりませんが、それ科学のノートですよね? そんなに見られちゃ困ることが書いてるんですか?」
「え、いや……なん、にも……?」

 しまった、危うく墓穴を掘るとこだった。
 目を泳がせながらスバルは言葉を濁し、奪うようにオットーからノートを受け取ると机にそそくさと突っ込む。
 今日にでも新しいノートに変えよう。そうしよう。確か家にもう一冊緑色のノートの予備があったはずだと、スバルは大して埋まっていないノートと決別する意を決めた。

「じゃあほら、ノートも無事に見つかったことだし? ちょうどあと五分で授業始まるし! 何を隠そう科学だし! お前も前向け、前!」
「突っ込んで聞いてくださいと言わんばかりの仰々しい態度ですが……はいはい。わかりましたよ」

 じっとりと怪しげに睨むオットーの視線を躱し続け、ようやくオットーが前を向いてくれたことに安堵の息を吐く。
 間もなく授業が始まる。スバルはもう一度机の中に手を入れ、一番上に重ねられた一冊のノートを取り出した。
 そして何気なく表と裏をひっくり返し、裏表紙を――

――ッ?! おま、オットーお前、全部知って……っ!!」

『キスがしてみたい』と小さく書かれた横に添えられた文字に、スバルは顔を真っ赤にして前の席の恋人の肩を力任せに叩く。
 するとオットーは愛おしげに眉尻を下げスバルへ笑いかけると、一語一句違わずノートに書かれた『返事』を口にした。

「『今度の試合、絶対勝ちます。楽しみにしていますね』」