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溶けかけ。
2025-06-25 20:48:06
1337文字
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ほぼ日刊
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予定調和のオペレッタ
偽装結婚するヌヴィフリのお話。(終幕後数年経っている設定)
その日、フォンテーヌが震撼した。
スチームバード新聞の号外。それも執筆者が"あの"シャルロットであったこともあり、信憑性を疑う者はフォンテーヌ人のなかには誰一人としていなかった。
「号外! 号外だよー!」
響き渡る声。
号外を受け取った人々の瞳が驚きに見開かれ、ぽかんと口を大きく開けている。普段は上品に口元を覆い隠し、声を荒げることのない貴婦人たちですら例外はなく、皆一様に同じ言葉を口にした。
ありえない──と。
「すっかり噂になっているね」
パレ・メルモニアのスイートルームのバルコニーで一人の少女が眼下の混乱を興味深そうに見下ろしていた。
「それが目的であるからな」
「ふふっ
……
まさかキミがこんな愉快な手を使うなんてね」
二人の演出家の指には同じ意匠の指輪が輝いていた。
「せっかく夫婦になったんだ──練習でもしておくかい?」
フリーナがヌヴィレットのジャボに指をかけて引いた。二人の距離が近づき、吐息がかかるほどの距離で止まった。
「
…………
なんて、冗談さ」
白魚のような指がするりとジャボを泳いで逃げていく。先ほどまで妖艶な笑みを浮かべていた女性は快活で悪戯好きな少女の顔をしていた。
「驚い、た
……
?」
不意に大きな手がフリーナの視界を奪った。文句を言う間もなく、柔らかなものが唇を掠めていった。
「
……
ファーストキスは檸檬の味だと聞くが
……
どうやら精神状態を表した比喩によるものらしい」
顎に手をかけ、考え込むようにヌヴィレットは言った。それから顔を上げ、凍結反応を起こしたように固まるフリーナに呼びかけた。
「どうかしたかね? フリーナ殿
……
ふむ? 偽装とはいえ、夫婦間で敬称をつけるべきではないな。故に、私は君のことをこう呼称するとしよう
……
『フリーナ』と
……
」
ぴくりとフリーナが反応を示す。頰にはさっと朱が差したかと思うと顔全体へと瞬く間に広がっていった。
「う
……
」
「う?」
「うわああああああ!」
フリーナは踵を返すとヌヴィレットを押しのけて、走り去る。豪奢な扉が大きな音を立てて開き、反動で緩んでいたと思しきネジを撒き散らしながら閉じる。
「
…………
練習をしようと言い出したのは君だろう
……
?」
止めようと伸ばした腕は虚しく空を掴むだけであった。
「ふっ
……
」
空を彷徨っていた指先を口元へと導いたヌヴィレットは愉快そうに喉を鳴らす。
互いの利益によって結ばれた偽りの関係を続けることが彼女のためだと考えていたのだが──。
「少しばかり期待しても良いかね?
……
フリーナ殿」
偽装とはいえ、説得力を持たせるために提出した婚姻届は本物だ。婚姻には恐ろしく複雑で面倒な手続きを必要とするフォンテーヌであるが、数百年間、最高審判官として生きてきたヌヴィレットにとって、婚姻の手続きなど赤子の手を捻るよりも容易いことであった。
「酷い男だと、君は憤るのだろうか?」
ヌヴィレットはバルコニーに出ると未だ混乱の最中にあるフォンテーヌ廷を目を細めて見つめる。これで、ヌヴィレットとフリーナの婚姻はフォンテーヌ人の白日の元に晒された。
──あとは彼女がこの手に落ちてくるのを待つだけだ。
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