しちろ
2025-06-25 17:42:13
4363文字
Public LOM・連載主人公の短編
 

ジオの宮殿に光射す

W主と瑠璃真珠がドレスアップしてパーティーに行く話。

「不合格」
……は?」
「二人ともダメですわ。ぜんぜんダメ」
 イベントを控えた、ジオの宮殿である。
 いつもの旅装束から一転、冠婚葬祭に出られる程度にはめかしこんだ若人二人を前に、クリスティー商会の女主人はぴしゃりと言った。
「お二人とも、メインではないとはいえ、私のパーティに出ていただくのですから、きちっとしていただかないと……
「そうはいっても、これでも目いっぱいおしゃれしてきたんだけどなぁ」
「一応、手持ちから選んでは来たけど」
 文句を垂れているのは、パーティドレスのカイと、スーツのシオン。クリスティーから、パーティの招待を受けてここに来ている。
 なにしろ、宮殿のパーティである。カイはここぞというとき用の、とっておきの一張羅で来たし、シオンもカイが見たことない程度にはきちんとした格好をしている。友人のめずらしいスーツ姿を見たカイは、ちょっと悪くないなと思ったが、本人には言っていない。
 クリスティーは、頭部にある蛇の目でカイとシオンをじろじろ見ると、わざとらしくため息をついた。
「先にいらした珠魅のお二人もそうでしたわ。てんで方向違い。……まあ、先の二人よりは、あなた方のほうがまだマシかしら」
「えっ、珠魅? 誰か来てるの?」
「ラピスラズリと真珠ですわ。私としてはビーナスをお呼びしたかったのですけれど、仕事でお忙しいのですって」
 となれば、瑠璃と真珠姫に相違ない。都市復興で多忙極めるディアナと、おそらくはルーベンスの名代として来たのだろう。
 クリスティーは眼鏡の縁を押し上げて、有無を言わさぬ口調で言った。
「カイさん、シオンさん。この宮殿の更衣室とうちのメイドをお貸ししますわ。そちらで、相応しい装いにしてもらいなさい。サザビー、案内を」



 カイが案内された更衣室には、先客がいた。
「し、真珠……ちゃん?」
「あ! おねえさま! やっぱりあえた!」
 カイの声に、喜色満面の真珠姫が振り返る。
 最初の一言、カイが疑問形になったのには訳がある。真珠姫に会えた喜びが一目で吹っ飛んでいた。それほどまでに衝撃的な姿だった。
「真珠ちゃん……それは、どうしたの?」
「あ、あのねえ」
 真珠姫は至極上機嫌で、何の疑いも抱いていないらしい。
 しかし、おかしいものはおかしい。どう見たって、誰が見たっておかしい。
 どうしたことか、真珠姫の頭の『盛り』が1メートルくらいあるのである。

 時は、少しばかり、遡る。
 生まれて初めて、人間のパーティに出席することになった瑠璃と真珠姫は、悩んでいた。
「宮殿のパーティー……どういう格好でいけばいいのかしら?」
「内輪の会だろ? このままでかまわんだろう」
「だめよ、瑠璃くん! ディアナさんとルーベンスさんのかわりなんですもの。わたしたち、ちゃんとしなくっちゃ」
 しかしながら、二人とも人間の正装というものが、よくわからない。珠魅とは違うのだろうか。ディアナに聞けばいいのだろうが、そんなことで族長の手を煩わせたくはなかった。
 真珠姫は、瞑想するように目を閉じた。
「うーん、パールもわからないって」
「だろうなぁ。朴念仁の騎士だからな、あいつ」
 次のジン曜日、瑠璃はレディパールのハイパースラッガーを喰らうことになるだろう。
「ここはやっぱり、ご主人のクリスティーさんみたいなイメージに合わせるのがいいんじゃないかしら」
「なるほど、一理あるな」
 その結果が、これ。
 ラピスの騎士は、フランス国王・瑠璃十何世みたいな格好であり、真珠のお姫さまはフランス王妃・真珠ー・アントワネットのような有様だった。

──どうしよう……真珠ちゃん、大まじめだし……。笑っちゃいけない……笑っちゃいけない、けど……

 カイの目の前にいる真珠姫ときたら、ロケットでも発射できそうなトルネード縦ロールに、ベルサイユ調のド派手なドレス。頭にはミニチュア煌めきの都市が丸ごと乗っており、涙がなければ核を狩ればいいじゃない、みたいなことになっている。
 なお同時刻、男性の控室では、付け髭×かつら姿の瑠璃十何世に謁見する羽目になったシオンが、呼吸困難になるほど笑い転げている。

……まあ、先の二人よりは、あなた方のほうがまだマシかしら』

 クリスティーさんが言ったことが分かったよ……
 カイはひそかに思った。合格はもらえなかったが、少なくとも、これよりはまともであろう。
 こんこんとノックがされた。
 「はーい」と返事をすると、いかにも年季の入ったベテラン風のメイドが入ってくる。
「本日、お着替えをお手伝いさせていただきます。よろしくお願いいたします」
 きびきびと挨拶した後、メイドは手慣れた様子でメイク道具から下着から、女性を美しく仕上げるために必要な用品を一揃え並べていく。カイと真珠姫の目が輝いた。
「カイ様、真珠様。早速ですが、衣装はどうしましょうか? このなかから、どれでもお好きなものをお選びくださいな。例えば、こちらの薄桃色のドレス。マドラ海岸沿岸で採れる桃色珊瑚のビーズが胸元にあしらわれており……
 女の子ならだれもが憧れる、夢のような世界。少女たちの胸はみるみる膨らむ。

──わあああ、お姫様みたい! これでよかったかも!!

 もはや、はしゃぐ気持ちを隠せないカイと真珠姫。
 二人の少女を前に、メイドがきらりと目を光らせた。異様な迫力。そしてその手には、あまりに細いコルセット。
「私が担当させていただくからには、お二人とも最大限まで美しくなっていただきます。……覚悟してくださいませね?」
「は、はい……
 






「俺、これだけでも、今日ここに来てよかったかも」
「シオン、アンタ、覚えてろよ」
 シオンにさんざんっぱら笑われた瑠璃は、乱暴にかつらを脱いで吐き捨てた。常日頃、仏頂面が顔に張りついているような少年だが、今日の瑠璃のお姿はシオンの限界を突破したらしい。
「お二人とも、こちらをどうぞ。当方で用意した衣装でございます」
 メイドが差し出した衣装は、最上級の生地と仕立てで、とうてい庶民が着られるようなものではない。これが基準では、田舎の結婚式に出席するのが関の山のスーツでは、当然NGだっただろう。
「シオン、これ……
 衣装を受け取った瑠璃が、シオンに戸惑いの目をむけた。
……どうやって、着ればいいんだ?」
……
 天然のトゲ型肩パットを持つ瑠璃くんは、構造上、右肩が入らんのである。
 「シオン、どうにかしろ」と瑠璃がシオンに自分の衣装を渡すが、シオンにだってどうにもできない。どうあがいても袖をちぎるしかない。
「ノースリーブの燕尾服って、ありますか?」
「ないですね」
……でしょうね」
 あったところで、変態ギリギリオーバーみたいな姿になるのは想像に難くない。
 着替える以前に、瑠璃とシオンは着られる服を求めて、紳士用の衣裳を片っ端からひっくり返すことになった。
「なんで、俺がお前の服を一緒に探してるんだ」
「開場まであまり時間がないんだぜ。いいから協力しろよ」
 その時である。
 壁向こうから凄まじい絶叫が聞こえてきて、シオンと瑠璃がビクッとなった。しかも、悲鳴の合間に、死ぬとか殺されるとか聞こえている。
「な、なんだ!? 事件か!」
「ぎゃあああああああああああ! 死ぬうううううう! 手加減をーーー! 手心をーーー! ダメ、無理ぃいい! そこ、腰違う、ノォオオ! まだ、あたしの骨ぇええ!」
「カイ様! カイ様がこのドレスをお召しになるには、あまりにも筋肉質で骨太なのでございます! もっと! もっとです! もっと息をつめて! それとも、もっとゆとりのあるドレスに変えますか!?」
「やだあああ! これがいいーーー! これ着たいいいい!」
「では、もっと、さぁ、がんばって!!!」
 瑠璃とシオンは顔を見合わせた。幾分、顔色が青い。
……隣は、拷問部屋かなにかか?」
「違うと思う……



 ◆



 カイと真珠姫。シオンと瑠璃。
 それぞれの戦いを終え、男女は出会った。
「真珠、よくにあっている」
「うれしい……ありがとう瑠璃くん」
 さっきまでの、フランス国王と王妃はどこへやら。
 肩を出しても問題のない、民族風の正装と、それに合わせたような薄絹のドレスである。
 仕事をするメイドたちは思わず手を止め、そして多くはない来客の誰もがため息をついた。見目麗しい珠魅の二人が最高に着飾れば、それは輝くばかりに美しい。そして、互いに何のてらいもなく褒め合う姿は、誰から見ても理想のカップルである。
 そんな美男美女から少し離れて、著しく微妙な空気の二人組がいた。
「あー」
「えーと」
 シックなデザインのドレスを着、豊かな髪をつややかに結いあげたカイと、やはり髪を上げ、貴人のような装いのシオン。目のやり場に困るのか、それぞれ相手をちらっと見やっては明後日を見たりしている。
「あのさぁ……どうかな」
 カイが、なにがなんでも着たかった、ドレープたっぷりの美しいドレス。露出は普段よりはるかに少ないが、いつにない大人っぽさが際立っている。
 シオンは何度か迷ったあと、ものすごく言いづらそうに、いいんじゃないかと思う、と言った。
「まあ、お前の上げてた悲鳴分くらいは……
「えっ! やだ、聞こえてたの!」
 まさか聞こえていたとは思わなかったカイが、顔を真っ赤にした。それから、相手をちろ、と見た。こちらもやはり、もごもごしている。
……キミも、よろしいんじゃ、ないでしょうか」
……そう」
 いつもは長い前髪を上げると、思いのほか、少年の造作が整っていることがよくわかる。
 向こう側に、なにやってるんだアイツらは、とぼやく瑠璃と、そっとしておいてあげなきゃとたしなめる真珠姫がいるが、カイたちはそれどころではない。
「んじゃあ、そろそろ時間だね。会場に行かないと……えっ?」
 シオンが、カイに手を差し出したのである。
「男女ペアで参加するんだろ。そういうものじゃないのか」
「あ、ああ……えーと、そうだよね。うん」
 少し戸惑い、カイは差し伸べられた手に自分の手を重ねた。
「うん、いいよ。キミになら、エスコートされても」
「なんだよ。それ」
 シオンが眉を顰めると、いつもの不愛想な雰囲気が少しだけ戻ってくる。緊張がほどけたカイが思わず吹き出した。
 そして、二人で歩み出す。
 いつもは泥と汗と埃まみれの冒険者たちも、今日ばかりは見る人を惹きつける程度には魅力があったことは、本人たちは気づいていない。