「__でさ!?サキュバスとかナースの服を着てほしいって言うんだよ!急に!久々に2人してゆっくり出来る日だから、俺期待してたのに!」
広い事務所にメルトの声が木霊して響く。
絶賛B小町全国ツアー中でルビーとミヤコさんが家を空けていて、本当に良かったと心から思った。こんな生々しい相談は聞かせられない。
「しまいにはフリフリ透け透けのランジェリーまで出してきてさ!全部断ったら姫川さんの機嫌悪くなっちゃって」
中々に重量感のある鞄を見る限り、メルトは泊まる気でいる。最初は勘弁してくれと思ったが、今度やるドラマの読み合わせに付き合うやら飯は俺が作るやら、割と良い条件を提案してくるもんだから承諾してしまった。
とはいえ、喧嘩の内容を聞いて後悔中なのだが。正直ランジェリーはドン引きした。コイツなら着こなせそうだと考えてしまう自分の思考にもドン引きした。
「全部ぜーんぶ女物。なんか、馬鹿馬鹿しくなってさ。
…やっぱり、女の人がいいってことでしょ、姫川さんは」
何を聞かされているんだろう。
端正な顔に影を落として憂うメルトを疎ましく思う。そんな深刻そうな顔をしないでほしい。顔と内容が合ってない。
「勢いで飛び出した俺も悪いけどさ。
………喧嘩別れになっちゃうのかなぁ。姫川さんなら綺麗な人すぐ見つけるだろうし」
そんじょそこらの女性を一蹴する容姿を持ちながら何を言う。それに女性じゃなくてメルトが着るからあの人は興奮するのに、なぜメルトはそれが分からないのか。自信が無い故の盲目か、単に思考がネガティブなだけか。
色々ツッコミを入れているものの、友人と異母兄弟の営み事情に首を突っ込みたくはない。それに、こういうのは姫川さんの言葉で真っ向から伝えるべきだ。申し訳ないとは別に思ってないが、口には出さず適当に相槌を打ってやり過ごさせてもらう。
「もう、あそこには戻れない、し
…部屋すぐ探すから、少しだけ泊めて」
「
…お前、俺がいなかったりルビー達がいたらどうしてたんだ」
「えっ、んー
…鴨志田さんの家か、適当なビジホか
……」
「無計画すぎるだろ」
「ダメだった?」
「
…いや、いいよ」
「へへ、さんきゅ。お世話になります」
弾けるような笑顔で礼を言い、ぺこりと下げられた頭に毒気が抜かれる。
いつかの舞台裏のように、コイツの純粋な笑顔は見てて気分がいい。だから、少しだけ助けてやることにした。
お悩み相談室が数分続いた後、メルトは懊悩に細めていた目を見開かせぱちくりと瞬いた。
「それアクアの?」
目線の先には棚の一番下でニッカリと笑うブレイドの特大饅頭クッション。星野家は既に慣れていたが、確かに外部の人からしたら異彩な存在感を溢れ出しており一際目を惹く代物だろう。
「あぁ。まぁ、所有権は俺らしい」
「なんか曖昧だな
…」
「ルビーが一番くじで取ったんだけど、あいつツルギ推しだからな。一応俺が貰っ
……あ、」
「ん?」
モチモチとしたソレを棚から引っ張り出し、メルトの腕にモチンと乗っける。
「ぅわ、わっ」
「殴るか?」
「は!?」
「ほら、姫川さんだと思ってさ。鬱憤晴らしに使っていいし、なんならやるよ」
「え、悪いよ。上位賞だろ、これ」
「ずっと仕舞いっぱなしだったから気にすんな」
「ぇ、え〜
…」
両手でクッションを持ち上げ、ニッカリ顔と困惑顔が見つめ合う。睨めっこしながら「姫川さん
…」と零すメルトを他所に腰を上げた。
メルトが押しかけてきたせいで未だにシャワーを済ませていなかったため丁度よかった。クッションに相手を任せて一風呂浴びようと、着替えを持って脱衣場に向かう。
部屋を出る際に横目で見たメルトは、殴るどころか大事そうにブレイドクッションを抱き締めていた。
「
…大輝、さん」
切なげに零れた水滴のような声と縮こまった背中に嘆息が漏れる。昼ドラのワンシーンのような雰囲気ながら、内容は助平眼鏡と勘違い思春期のトンチキな痴話喧嘩だ。なんて阿呆臭いのだろう。
ドッと疲れが押し寄せてきた身体が気怠い。やっぱり湯船にも浸かろうと決意して、風呂給湯機の自動を押した。
〇
「
……メルト?」
ゆったり風呂に浸かり疲れをとってからリビングに戻ると、メルトはクッションを抱えたまま寝息を立てていた。
濡れた目頭が照明を反射して光り、ブレイドクッションの頬もポツポツと色濃く滲んだ跡がある。あの後泣いたのだろう。殴った形跡も見られず、ひたすらにクッションを抱く姿に健気さを感じた。
赤くなった目元を撫でると、長い睫毛が震えて唸りながら身を捩りだす。薄ら目を開いたメルトが浮ついた声色で「たぃ、き
…さん
…?」と発した。おい待て嘘だと言ってくれ。異母兄弟だけどそこまで似てないだろ。助平眼鏡と見間違えられてしまった事実がやるせない。
俺が冷ややかな顔をしていたからか、メルトは瞳を窄め俺の手に顔を擦り寄せた。舌足らずな口で姫川さんの名前を繰り返す姿に、無性に庇護欲が駆り立てられた。
「
……仕方ないな」
メルトが学校の友人や鴨志田さんの家でなく、俺の家を選んだ理由。
姫川さんと俺が血縁関係にある事実を知っていたメルトは、意図してか無意識か、姫川さんから見つかりやすい場所を選んだのだろう。怒り以上に湧き出る悲しみを胸に、仲介役として俺を選んだ。
仲直りをしたい。恋人でいたい。それでも、彼が望むなら女性と幸せになって欲しい。ぐちゃぐちゃとした感情が大粒の涙として止めどなく溢れ出ている。拭ってやると、生暖かく親指が濡れた。
ポケットからスマホを取り出し、空いてる方の手で画面を操作する。本当は、メルトが来る前に姫川さんからLINEが幾つか来ていた。
『ここに居ます』『連れ帰ってください』という一文とともに、ブレイドクッションを抱き締めたまま一向に手を離さないメルトの写真を姫川さんに送る。と、ほぼ同時に既読がついた。気持ち悪いくらいに早すぎる。きっと、向こうもメルトからの連絡を待っていたのだろう。
その瞬間、スマホが自我を持ったように通知音を叫び、バイブレーションが震えて止まない。
『は?』
『まて』
『なんだこれ』
『かやいい』
『誤字』
『かわい』
『これ俺抱き締めてる』
『可愛い』
『ちよっとまて』
『泣いてふ』
『る』
『泣かせた?』
『めるとそっちいんだよな』
『いまいく』
一言二言で終わっていた質素なトーク画面に、怒涛の勢いでメッセージが送られてくる。抱えてるのはアンタじゃないし、でも泣かせたのはアンタだし。真面目に返信するのも面倒臭い。というより出来ない。文字を打ってる間にもポコポコと追加される誤字まみれの追いLINEを無視して、再び寝息を立てるメルトの頬を撫でた。
心配しなくても凄く愛されてるよ、お前。
〇
数分後、息を切らした姫川さんがバタバタと家に来た。ここまでは良かった。
俺は今、何を聞かされているんだろう。(2度目)
どうしてこうなってしまったのか。
「帰ろう、メルト」
「
……」
「
…帰ってきて」
「
…やだ」
「
……なんで?」
「
……帰ったら、また着せてくるんだろ。あれ」
「
……」
「マンネリ化対策ですか。それとも
…もう男の俺は、いやに
…なりましたか
…」
「違うんだ、あれは」
「何が違うんだよ
…っ」
瞳を潤わせて悲痛な想いを告げるメルト。の、胸で苦しそうに潰れているブレイドクッション。と、それを妬ましそうに見つめる姫川さん。
そして何故か間に挟まれる俺。ただただ帰りたい。しかし悲しいことに、この修羅現場が家。話し合いの場を設けたのはいいものの、同乗させられるなんて思ってもみなかった。
全ては家に押し掛けた姫川さんを見たメルトが、今にも泣きそうに俺の裾を掴んだせいだ。今思えば無理にでも振り切って席を外せば良かった。大馬鹿者か、俺は。溜息を飲み込んだ回数ももう覚えていない。
「女の人が好きなんだろ!?だから俺の、平らな胸と男の性器を
…女性物の服で隠して
……」
「全部メルトに似合うと思って買ったんだ
…こんな結果になって、悪かった」
その通りだ。反省しろ助平眼鏡。そして早く連れ帰ってくれ。
「
…信じられない。嘘つき」
「嘘じゃない」
「男だよ、俺」
「知ってる」
「似合うわけない」
「似合う。メルトは綺麗だから」
「
…」
「綺麗だから
…好きだから、色んな格好させたかった」
「
……」
「ごめん、嫌だったよな
……」
背景にランジェリーやらサキュバスやらが無ければギリ良い話なのにな。それにしたって性癖丸見えでチョイスが酷い。
メルトはブレイドクッションに顔を埋めて黙っている。姫川さんの言葉で真っ向から伝えられる愛と己の勘違いに対する羞恥で耳まで真っ赤に染まって。きっともう、誤解は解けたのだろう。よかった。もう帰っていいぞ。
「
…ない」
「ん?」
「いやじゃ
…ない。です」
は?嘘だろ?
ランジェリーサキュバスナースが嫌じゃないのか? この男に毒されてしまったんじゃないか。
「お、俺が嫌なのは
…大輝さんが、俺よりも女の人を好きってこと、で
…」
「
……メルト」
姫川さんはぎゅうぎゅうと抱えられたブレイドクッションを抜き取り、ぽいと転がした。顔を隠す物を失ったメルトは潤んだ瞳を不安げに揺らめかせている。
「抱き締めんなら、俺にして」
腕を広げた姫川さんに、たどたどしく近付くメルト。力なく抱きつく後者とは裏腹に、前者は目一杯抱き返していた。完全に二人の世界が出来上がっている。見つめ合う瞳はお互いしか映していない。
言っとくがここ事務所だからな。横に俺もいるしな。
「っ、大輝さん
…!」
「
…目、腫れてる」
「ふへ、くすぐったい」
「たくさん不安にさせたし、いっぱい泣いたんだろ。
…ごめんな」
「んーん
…大輝さんのこと信じきれなかった俺が悪いんです
……」
甘ったるい空間から逃げるように、ブレイドクッションがこちらに転がってくる。所々濡れており、抱き締められた皺がくっきりと刻まれていた。ご苦労様なんて言葉じゃ足りない。よく頑張った。哀れみと労いを込めて掴み上げた。
「
…愛してる。どんな奴よりも、俺はメルトがいい」
「おれも、俺も愛してます
…っ」
あー、さすが発行部数1000万部の東京ブレイド。グッズにも力を入れているのか、素材もしっかりとして綿もダマがなくモチモチだ。少し癖になる。
「顔上げて」
「大輝さ
…んむ、ぅ
…」
「ン
……」
あぁ、こんな至近距離で見ても顔の刺繍に解れが一切ない。SNSで個体差騒ぎも起こっていなかったし、1回1000円未満のくじでこのクオリティは凄いな。こんなの100回引いても(オタクバカデカ数字)出るか分からないのに、たった数回で当てたルビーはもっと凄い。
「ん、はっ
…たいき、さん」
「
……もっかい」
アー凄い、特大饅頭クッションなだけあって顔面だけじゃなく耳も覆えてしまう。肌触りも滑らかで触り心地が良い。所々冷たいのは気のせいだろう。綿の繊維が緻密なのか、音も結構遮断される。だいぶ息苦しいが、これは良い景品だな。凄いなルビー。
「や、ぁ
………ア、アクア?」
「あ?よそ見する余ゆ
…………何してんだお前」
「ふばへるなよ」
訝しむように反射する眼鏡に向けて、思いっきりクッションをぶん投げた。
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