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りっつぁ
2025-06-25 02:19:05
9431文字
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知らない世界でふたりぼっちな話
アンジェラとケヴィンのプチ冒険@ジャド。アンジェラ視点。聖剣3舞台の序盤、この二人がたまたま出会って一緒に行動してたような話だったので、なんやかんや何があったのか妄想しました。良くも悪くもホールニューワールドな二人。でずにーの例の二人が魔法のじゅうたんに乗る直前のシーンをちょっとだけインスパイア。
「一緒に、来る?」
遠慮がちに差し出されたその手を取らなかったら、転がり始めていた私の運命はとっくに終わりを迎えていただろう。多分、私自身の死をもって。
私の手を握り返したのは、大きくてふさふさした毛に覆われた、獣の手。
真昼間、気が腐って仕方なかった。この街に止まるつもりなんてなかったのに、何日か前の夜中に砦正面の大門から悠々逃げおおせたという誰かさんのせいで、既に丸二日も足止めを食っている。こんな時間なのに、出歩いている街の人はほとんどいない。代わりに闊歩するのは、獣人達。人間の大人よりも一回りは大きい彼らがうろつく街は狭苦しくて、周りをぐるりと囲む城塞に押し潰されそうな感じがする。何事もないときならば、この高い壁も切り取られた青空も、外敵から守られた穏やかな暮らしの象徴のように見えるんだろう。
街を歩く私に獣人達は関心を示さない。歩き回っている数少ない人間の一人だけれど、取るに足らないと見くびられているのだろう。こういうのもうまく活用できないだろうか。私が囮になって、街の人達が逃げる隙を作るとか? 後で助けてもらえるならいいけど、そこまでは期待できそうもない。夜の警備が一段と厳しくなった今でも街を逃げ出そうと企てる人達はいて、私はその仲間に加えてもらっていた。一人きりで何でもやらないといけないと思っていたから心強いし、折角だったらこの人たちの役に立ちたいと思う。けれどそれ以上に、私だってどうしてもどうしても、ウェンデルに行かないといけない。
どれだけ相談しても、街の大半を抑えられているから具体的な打つ手は少なく、結局はいつどうやって正面突破をするかという議題に辿り着く。そう後は、きっかけだけだ。このパンパンに膨れ上がった不安と不満は、針でほんの一突きしてやるだけで破裂する。
港から響く怒号。近くの獣人達が動き出すよりも早く、駆け出した。港から街への入り口は一箇所しかない。太守の館に向かって階段状に出来上がっている街の中腹辺り、石造りの欄干から身を乗り出すと、誰かがすごい速さで走っていくのが見えた。顔や背格好は全然わからなかったけど、その人が通った後がところどころ水溜まりになっているのを見るにどうやらずぶ濡れらしい。追いかけてきた獣人は二人。でもどこか様子がおかしい。そいつらは戸惑ったように顔を見合わせ、首を捻りながらも走っていく。私も階段を駆け下り、今はもう開けていない露店から目の粗い大きな布を拝借した。品物にかけて埃よけにしていたのだろうが、使っていないのだし後で返しておけばいいだろう。さらに追っていくと、奥まった路地に誰かが追い詰められていた。隠れられる場所もなく、追いかけてきた奴らの視線から逃れるように背を丸め、顔の前に腕をかざしている。
「おい、お前、もしかして
……
」
「待て、よく確かめた方がいいんじゃないか? 顔を見せてみろ」
「ごめんごめん、こんなところにいたのね!」
私は布をわざとばたばたはためかせつつ、獣人達の間を縫うようにその人のところに走り込んだ。そして、広げた布をばさりと頭から被せてしまう。
「わっ!?」
「もう、びしょ濡れじゃない。早く温まらないと風邪引くわよ」
その人は流石に驚いたようだったけれど、顔となく頭となく力一杯ごしごし擦って黙らせた。掴んだ肩は広くて分厚いし、背丈は私より少し高い。そこまでよく見たわけではないけれど、体格や声からして若い男の子のようだ。そのまま強引に連れて行こうとすると、ようやく気を取り直したらしい獣人の一人が立ち塞がる。
「待て! ソイツをどこに連れてく気だ?」
「私の友達よ。ちょっと前に海に落っこちちゃったの。濡れたままにしておけないでしょ、通らせてもらうわよ」
「風邪引くような天気でもないだろ?」
もう片方の獣人が、こういう場面でするにはやけに間の抜けた、けれどももっともな指摘をした。私は男の子の肩をさすってやりながら答える。
「つい昨日まで具合を悪くしてたのよ。元気になったと思ったらすぐ調子にのるんだもの。ほらもういいでしょ、どいてちょうだい」
獣人達は今ひとつ腑に落ちていないような顔をしていたけれど、振り返らずに歩き出した。男の子の肩を抱える両手の指に力が入る。大丈夫、口から出まかせだけど嘘だと決めつける理由もないはずだ。それにしても、友達だなんて。これまで友達なんていた試しがないのに、平然と言ってのけた自分がなんだかおかしかった。
「あの、オイラ、
……
」
「シーッ! まだダメ!」
鋭くささやいて、布をめくり上げようとした男の子の手を押さえた。それ以上何も言わなくなった彼を誘導し、街の中程にある道具屋に入った。ここの店主とその息子は街からの脱出を図っているグループの一員で、簡単に事情を話すとすぐにこの男の子を匿うと言ってくれた。通された物置部屋の扉が閉まってから、ようやく彼に被せた布を取り去る。
「っぷは
……
」
「苦しかった? ごめんね」
「う、
……
」
男の子は言葉に詰まり、首を振った。物置にされているだけあって薄暗い部屋だったが、小さな窓から差す光でだんだん目が慣れてくる。
「
……
助けてくれて、ありがとう」
彼は私の顔を上目にうかがいながら、おずおずと呟くように言った。濃い色の肌と金色の髪、金色の瞳。体つきはかなり筋骨逞しく、その印象に引っ張られて顔立ちも大人びて見えるが、表情が幼い。多分私よりいくらか年下だろう。
「ううん。こんな状況だもん、気にしなくていいわよ。それよりもアンタ何したの?」
「
……
港に着いたら、見つかって
……
追いかけられて、逃げた」
「それは見てたからわかるわよ。港に着いたって、定期船はもうどこからも来てないでしょ?」
「テイキセン?」
「
……
ここの港までどうやって来たの?」
「泳いで、来た」
「嘘でしょ!? どこから?」
「
…………
え、っと、
……
」
「ああ、無理して話す必要ないわよ。訳ありなのは想像つくから」
男の子はほっとしたように息を吐き、また小さな声でお礼を言ってきた。見かけによらずずいぶんいじらしい様子に気をよくして、私はこの街の現状について話してやることにした。と言ってもわかる範囲でしかないから、彼にとっても見た通りであることが多いかもしれない。突然やってきた獣人達に太守の館が占拠され、街の住人達も出入りを禁じられていること、けれど数日前に逃げ出した人がいて、その後に続こうと脱出を計画している人達がいること。彼の言葉を丸ごと信じれば、ここまで泳いできたのだから港に上がりさえしなければこんな目に遭わず、今も自由の身だった。けれどもまだ希望はあると励ましたかったのだが、話していくうちに彼はだんだんと顔を曇らせ俯いてしまう。
「
……
大丈夫?」
「え、
……
うん。
……
ごめん」
「どうしてアンタが謝るのよ。ここでしばらく休ませてもらったら? お店の人には私から言っとくから」
「あ、
……
」
彼はまだ少し不安気だったけれど、初対面の私が長々居座っても疲れさせてしまうだろう。軽く手を振って、彼を残した部屋の扉を閉めた。もうしばらく隠れさせてもらえるようにお願いして、それからどうしよう。考えを巡らせる暇もなく、店主の息子が廊下の角を曲がって現れた。
「よかった、まだいた。今みんなで話してたんだ。すぐ来てくれないか?」
「どうしたの?」
「今夜だ」
瞬間、どんと胸を押されたように息が詰まった。今夜。その一言だけでわかる。街を抜け出す計画を実行に移すときが来た。こんなことが、最後のきっかけになってしまうなんて。
夜が深まる程、太守の館から聞こえるざわめきは大きくなる。これでも以前よりは大人しくなっているらしい。その分、街の警備は厳しくなっている。
作戦と呼べるような代物でもない。私達の方針はシンプルだった。青年達が四人、荷車を引きながら歩く。厚手のオイルクロスを被せた荷台に、私と一緒にもう一人、私とそう変わらない年頃の女の子が乗り込んだ。城門を開ける手筈は整っている。このまま誰もいない隙をついて、城門から抜け出すというだけだ。警備につく獣人達が見回りにくる順路や時間は大体わかっているけど、この体制が敷かれてからまだそう日が経っていない。いつ何が変更されるかなんて読めないから、どれだけタイミングをうかがったところで最後は賭けになるのかもしれなかった。
ごとごとと荷車が進む。人が乗る前提ではないから乗り心地ははっきり言って良くない。でも体があちこち痛いなんてとても言っていられないくらい、緊張していた。被せられた布に頭が当たらないようにうずくまり、積荷の間で女の子と身を寄せ合った。荷車が動き出してすぐから泣き出しそうだった彼女も、今は少し落ち着いている。私達は固唾を飲み、必死で外の音に耳を澄ませていた。車輪が石畳の上を転がる音、細かな砂や石がじゃりじゃり擦れる音。足音は彼らの分しか聞こえない。大丈夫、まだ大丈夫。石と石の繋ぎ目にできる段差を乗り越える度にがたんと馬車が揺れ、肝を冷やす。お願いだから、もう少し静かにして。エルランドからの船旅よりもずっと長く感じた数分の後、馬車が止まった。ごく小さな話し声に続いて、木が軋む音が聞こえてくる。ゆっくりゆっくり、城門が上がっている。私達が通る分だけ開けばいいんだから、そんなに時間はいらないはずだ。焦れながら待つその間に、背中をぞろりと何かが這い上がるような感じがした。
足音? 近づいてくる、速い、靴音とは違う、これは。傍に置いていた杖を拾い上げ、握りしめる。
「アナタはまだここにいるのよ。誰かに呼ばれるまで出ちゃダメだからね」
「え?」
女の子の疑問に答えるより前に、荷車が大きく揺れた。彼らの短い悲鳴と、獣のような唸り声。聞きたくもない、何かが殴打される鈍い音、重たいものが地面を引き摺られるような音。ああ、やっぱり見つかっていた。
幌布を少しだけ持ち上げ外を覗くと、転げるように走る人影が横切った。追われてる、助けなくちゃ。指の震えが止まった刹那、布の内側から飛び出した。立ち上がった勢いにのせて、追いかけてくる何者かがいそうな方向に向けて思い切り杖を振り抜く。
「はッ!!」
「ぐぁっ!?」
ぼぐ、と重い手応えがあった。荷台から飛び降りて対峙する。顔を押さえて呻く獣人は、昼間とは全然違う姿をしていた。全身を覆う体毛、狼のようで人間臭い顔形、爪、牙。私は杖を構え、視線だけで周りにいる青年達の状態を確かめた。かなり怯えているけど怪我は無さそうで、倒れているのは一人だけ。これならまだ大丈夫、もう一回賭けてみる価値はある。
「行って!!」
「でも、」
「早く!!」
彼らは大急ぎで倒れた一人を荷台に乗せ、這々の体で城門に向かった。
「っ、待て!」
「アンタは行かせないわよ!」
気を取り直した獣人の真正面で声を張り上げた。軽く振った杖がひゅ、と風を切る。不意打ちはもう使えない。でもコイツとまともにやり合っても勝ち目はない。下手に仕掛けて杖を掴まれたり折られたりしたらそれでもうお終いだ。背後で城門が閉まり始める。街の外に出た彼らも、この門を動かしてくれている人も、逃げられるだけの時間を稼がないと。
獣人が身を沈めて低く構え、こっちに突っ込んできた。どうにか避けたけどその爪が髪の毛の先を掠め、心臓が縮み上がる。とにかく出鱈目に振るった杖が獣人の背を打った。少しでも引きつけないと、彼らの後を追われたら意味がない。案の定、侮っていた人間に、それも女に打ちすえられた獣人は、怒りに燃える目でこちらを振り返った。
どうしよう、ここから。さっきの攻撃をかわすのすら精一杯だったのに。恐怖で脚が震え出しそうになるのを、足の裏を踏ん張って堪えた。門はまだ閉まらない、コイツはまだあの人達を追える。絶対させない、守らないと、だって私は王女なんだから、市井に暮らす人達を守るのが王家の役目だって言われて育ったんだから。ここは私の国ではないし、実の母である女王から殺されかけて王女の身分なんてあって無いようなものだし、帰るところだって無くなったというのに、めちゃくちゃな理屈で自分を奮い立たせ、杖を握り直す。手が汗で滑って気持ちばかりが焦った。
「ほら、来なさいよ! アンタなんかコテンパンにしてやるんだから!」
ほとんどヤケクソで叫んだ。獣人の発する殺気がぶわっと膨れ上がる。悲鳴をあげて逃げ出すことだけは出来ないし、したくない。飛びかかってくる獣人を前に意地で立ち塞がり、杖を振りかぶった。
そのとき。
「っう゛!?」
獣人が目の前から消えた。違う、吹っ飛ばされた、変な呻き声を残して。横から飛び込んできた影は機敏に体勢を立て直し、ほんの一歩で距離を詰めてきた。
「ひっ!?」
思わず身を竦める。ソイツはあっと思う間もなく私を抱え上げ、ものすごい速さで走り出した。民家の屋根や街路の欄干を器用に飛び移り、街を上へ上へと登っていく。何が起こっているのかわからない。でも、この身体能力は人では有り得ない。コイツは獣人だ。いつの間にかしっかり掴んでいた長い体毛を離すに離せない。ソイツが立ち止まったのは、太守の館が位置する街の最上段、城壁の真下だった。人目につきづらい暗がりで、そっと私を地面に立たせる。
奇跡的に握ったままだった杖を構えようとして、やめた。彼の白い毛並みの中で光る金色の瞳が、戸惑ったようにこっちを見ていた。私も呆然と見返していたら彼はふっと顔を上げ、城壁を見た。周りに軽く視線を走らせ、確かめるようにゆっくりと見上げる。城壁に登る気だろうか。さっきの獣人よりもかなり身軽なようだし、この人ならきっと出来るんだろう。
金色の目が、またこっちを見る。
「
……
えっと、ここ、
……
壁、越えれば、外、出られる」
大きな体躯に見合わない、子供のような話し方だった。意図しているところがわからず硬直する私に、彼は困り果てたように目線を落とす。
「えっと、
……
多分、大丈夫、だから。ケガとか、しないようにする。だから、その、
……
一緒に、来る?」
ちっとも想定していなかった展開で、頭がついていかない。逃がしてくれるというなら願ってもない、でも信用していいんだろうか。この人は獣人なのに、どうして仲間を裏切るようなことをするのか。というかそもそも、この人は誰? ただただ彼を凝視するしか出来ない。見られまくって気まずそうな彼は、それでも私を置いていくことなく何事か考え込むように鼻の頭に皺を寄せた。そして、恐る恐ると言った具合にゆっくりと、私に手を差し出した。
「一緒に、行こう」
思わず一つ返事で頷きたくなった。この、好きな女の子を初めて遊びに誘う小さな男の子みたいな、幼くて不器用な雰囲気。もしかしてこの人は、この子は。思いつきが即座に確信に変わったとき、狼の咆哮が夜空を貫いた。まずい、獣人達が動き出す。これはきっと仲間を呼ぶための遠吠えだ。
「急がないと」
「ええ」
私が伸ばした手を、彼の手がぎゅっと握って引っ張った。さっき抱えられたのよりは幾許か丁寧に、横抱きにされる。
「行くよ」
彼がぐうっと膝を屈める。高く跳ねさせるためにバネを小さく縮めるみたいな、力を押し込めているのがわかる動きだった。地を蹴った瞬間、二人分の体重が載っているとは思えないほど軽い音がした。
ぐんぐん地面が遠ざかる。彼は最初に大きく跳んで、その後は城壁に積まれた石の僅かなずれを足場に何度か跳び上がった。城壁の上に降り立つと、息つく間もなく走り出す。
「っ、ねぇ、これからどうするの?」
彼は答えず走り続け、城門がくり抜かれている壁までやってきた。左右と真下、城壁の内と外をさっと見渡す。まさか。腕の中で体をこわばらせた私を、彼が申し訳なさそうに見下ろした。
「飛び降りる、しかない」
「本気!?」
「うん
……
今からは、大きい声、出さないで」
ちょっと待って、と言おうとした声を飲み込み、口を両手で塞いだ。彼が城壁の縁に足をかけ、跳ぶ。ふわっとお腹の中身まで軽くなったような不思議な浮遊感があって、落ちていく。樹冠の上に落ちたらしく一瞬どさりと受け止められて、そこも突き破ってまだ落ちる。枝がバキバキ折れて肌を引っ掻く。私は目をつぶって必死に耐えるしかできなかった。
ずしん、と重たい衝撃。地面にめり込んでいきそうな感じもしたが気のせいで、彼はほとんどしゃがむみたいに膝を大きく曲げ、両足をしっかり踏みしめていた。ぶるりと体を震わせて、すぐさま走り出す。
「ちょっと! アンタ大丈夫なの!?」
「もっと遠く、逃げなきゃ、危ない」
「そうだけど!」
ジャドから続く道は起伏が少なく、びゅんびゅん風を切って走っていく。追手は来ていなかったけど用心のためか森に入り、それでもまだ走って走って、やっと立ち止まったのは道の途切れた行き止まりだった。これ以上進みたければ木々の合間に分け入るしかない。
彼は今度も慎重に、私を下ろしてくれた。座り込まないまでも身を屈め、懸命に息を整えようとしている。はぁはぁはぁ、と忙しく荒い息遣い。犬のように長い舌をべろりと出して、体も相当熱を持っているのだろう。当然だ、城壁を駆け登ってからここまで、ほんの少しも休んでいない。ずっと抱えられてきてしまったのが心苦しくなる。当たり前だけど私はちっとも疲れていないし、目立った怪我もない。彼が壊れやすい物を扱うようにしっかり、大事に抱えてきてくれたから。守ってくれた。そう思うとくすぐったくて、彼には悪いがちょっと嬉しいと思ってしまった。
「ねぇ、アンタ昼間の姿には戻れないの?」
「っ、え?」
「夜だとその狼のカッコでいるしかないの? 人間に戻れば少しは涼しくなると思うわ、汗も出やすくなるだろうし」
「どう、して、」
「アンタ、昼間のあの子でしょ。道具屋さんに隠れさせてもらった」
黄金色の目がこぼれ落ちそうなくらいまん丸く見開かれた。すると、彼の体が淡く光だす。光が消えたそこには、やはりあの男の子が立っていた。肩で息をして、月明かりの下でもわかるほど汗だくになって。
「どうして、わかった?」
「そうね
……
まずは声、それと喋り方ね。どこかで聞いたことあると思ったのよ。あと服もよく見たら同じだし、一番は顔ね、そのまんまの顔してたわよ」
私が次々と並べ立てるのに合わせ、彼は喉元や服を確かめるように触っていった。最後に頬にぺたりと手のひらをあて、愕然と呟く。
「
……
オイラ、あんな顔?」
「やーね、違うわよ。狼みたいとか毛むくじゃらだとかじゃなくってね、表情の話よ」
「表情?」
「強そうなのに変におどおどしててさ。全然、今の顔と変わんないように見えたわよ」
そうか、と彼はどこか安心したように息を吐いた。もう少し息が整うのを待って、私は彼に一歩近づいた。
「な、に?」
「
……
アンタ、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫。どこも、痛くない」
「それもだけど、
……
獣人はアンタの仲間じゃないの? 逃がしてくれたのはありがたいけど、この後はどうするの? またジャドに戻る?」
「戻らない。オイラ、ウェンデル、行く」
「えっ、そうなの!? 私もよ!」
なんて偶然だろう。この子と一緒に行けたら、モンスターでも獣人でも人間でも何とかしてくれそうで頼もしいことこの上ない。ぱっと目の前が開けたような気持ちになってから、大事なことに気がついた。
「そういえば名前も聞いてなかったわね。私、アンジェラよ。アルテナから来たの」
「アルテナ?」
「知らない? 魔法王国アルテナ。魔法王国って言うだけあって、みんな、本当にみーんな魔法が使えるの。でも私は使えないんだ。だから、追い出されちゃった」
明るくとぼけてみせられたのは良かったと思う。母から言い渡された、禁呪の生贄になれという宣告。あのときの、暖かいはずの城内で感じた凍りつくような寒気まで克明に思い出しそうになったけど、自分のおどけた声が耳に入ると馬鹿馬鹿しくなってしまって、大丈夫だった。嘘は言ってないんだから、今はこれでいい。
「帰るところもないから、ウェンデルに行って光の司祭様にこれからどうしたらいいか聞いてみようと思ったの。アンタはどうしてウェンデルに行きたいの?
——
じゃなくて、まずは名前、聞いてもいい?」
「うん」
彼は頷いてくれたけど、少し緊張気味に口をもごつかせた。迷いながら話し始める。
「オイラ、
……
オイラ、ケヴィン。ビーストキングダムの、獣人。だけど、
……
半分、だけ」
「半分? お父様かお母様が人間だとか?」
「母さん、人間だった、みたい」
「みたい、って?」
「母さんのこと、全然知らない。会ったこともない、から」
「そう
……
私もね、父のことは何にも知らないのよ。どこの誰かも、名前も顔も、どんな人だったかも。もちろん、会ったことだってない」
気まずそうに俯いていたケヴィンが、はっと顔を上げる。私は出来るだけ優しく見えるように笑いかけた。
「おんなじね」
「
……
うん」
「もしかして、の話なんだけどね。
……
アンタも、自分の国に帰れないの?」
「う、
……
今は、帰れない。帰らない」
静かな声だがはっきり言い切ったケヴィンに、私はずいっともう一歩、足を踏み出した。
「え、」
「ケヴィン。ウェンデルまででいいわ、私と一緒に行ってくれない?」
願いを込めて見つめると、彼は気圧されたようにこくこく首を縦に振った。
「い、いいよ」
「本当? やったぁ」
旅の道連れを確保して、どっと体の力が抜けた。ひとまず逃げ切れたという感じがする。ジャドにいた獣人達から、私を殺そうとした母から。尻餅をつくように草の上に座って、脚を前に投げ出した。
「あーーーー、なんだか気が緩んじゃったわ」
私は大袈裟なため息をついて、隣の地面をぽんと叩く。
「ほらケヴィン、アンタも座りなさい」
「え、
……
オイラ、平気」
「あれだけ動いたんだから、もうちょっと休んだ方がいいわよ。これから何があるかわからないんだし、少しでも体力戻しておいてもらわないと」
もう一度隣をぽんぽん叩くと、ケヴィンは大人しく腰を下ろした。なかなか素直な子のようだ。
「さて、お互い込み入った事情があるみたいだし、まずアンタの話から聞いてもいいかしら?」
「オイラ?」
「そうよ。複雑そうだから詳しく聞きたいけど、長くなりすぎないように、でもわかりやすくかいつまんでお願いね」
「
……
ムズかしい
……
」
ケヴィンは目を白黒させて、話のとっかかりを探しているようだった。あんまり可愛らしくて私が思わず吹き出すと、情けなく眉尻を垂らす。
「
……
オイラ、何か、ヘン?」
「そうじゃないわ、ごめんね。ちゃんと聞く」
ぽつぽつと話し始めた彼を見ていると、久しぶりに心が凪いでいく気がした。この子のことをもっと知りたい、嫌じゃなければ私のことも知ってほしい。先を急ぐことには変わりないから、せめて月がもう少し傾くまで。
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