fei31662
2025-06-24 23:57:01
3512文字
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お幸せになんて願わない

バンドマン父水/全年齢/水木さんの同僚女子視点
※バンドマン父は登場しません

以前フォロワーさんから三次創作して頂いた「職場の飲み会で酔ってうっかりバンドマン父の関係を喋っちゃう水木さん&水木さんそんなクソ彼氏と別れなよ! な女子社員ズ」のお話がめちゃくちゃツボだったので自分でも煎じてしまいました。
いつもに増して胡乱ギャグ。フライアウェイ倫理観。

「浮気者って濡れ衣着せられた時って、どうすれば許してもらえると思う?」
 軽快なジャズが流れる平日夜のバルには不釣り合いな話題に、私たちは揃って顔を見合わせた。
 え、今この人なんて言った? 浮気? 誰と誰が、なんてこの場で今更確認するのは野暮だ。何せこの不定期の報告会を兼ねた飲み会は、私たちの目の前で呑気にハイボールを呷る先輩──水木さんの『彼氏』との近況を確認するための集まりなのだから。

 顔よし性格良し収入良し、と三拍子揃った超優良物件なのに浮いた話ひとつ聞かなかった営業部の水木さんがとうとう陥落したかもしれない。
 そんな話題が弊社の女性陣の間で話題になって久しい。ただし「かもしれない」と誤魔化されているのは本人が否定しているのと、肝心の相手がはっきり言ってお付き合いの相手としては論外で、自分の親友がもしその男と付き合ってたら胸ぐら掴んで「馬鹿! 考え直しなよ! 絶対騙されてるよ!!」と絶叫すること間違いなしの人間だからだ。
 百歩譲って相手が同性というのはいい。別に当人同士が想い合っているなら相手の性別なんて他人がどうこう言うものじゃないだろう。でもそれが既婚者子持ち、しかも水木さん曰く息子さんはそれなりに大きいということはどう見積もっても四十路は越えている相手だと大分話が変わってくる。そして職業はなんとバンドのギターボーカル。
 飲みの席でしたたかに酔った水木さんから彼氏の職業について聞かされた時の私たちときたら、そりゃもう大絶叫の嵐だった。私たちの水木さんが、妙に懐が深くて笑顔が優しいせいで何人もの社員が沼ってきた弊社の隠れ癒しキャラの先輩が、そんなどこの馬の骨とも知らない男とよろしくやっているだなんて絶望以外の何者でもない。しかもえげつないのが、決して付き合ってないと断言するくせにポロッとこぼされた「まあ寝たことはあるけど」の一言。
 それは付き合ってるか、付き合ってないならセフレなのでは? とツッコみたくてもできなかったのは、アルコールでほんのり頬を染めた水木さんがいつになくふわふわした顔で「この歳で友達ができるなんて思わなかったけど、いいもんだなぁ」なんて噛み締める様に呟くのを見てしまったからだ。職場の先輩だというのに、あんな無防備で溶けそうな顔で笑うのを見てしまったら付き合うのを止めた方がいいなんて言えない。
 水木さんの衝撃の暴露から紆余曲折を経た後、女性陣の間でせめて水木さんがバンドマン彼氏から酷い目に遭わされないように見守ろうという暗黙の了解が出来上がっていた。
 そのためにこうして不定期で飲み会をしているのだが、そこでいきなり冒頭の発言が飛び出したものだから頭を抱えてしまう。しかもこの口ぶりから察するに浮気したのは水木さんの方。あの水木さんが? と一瞬何かの間違いじゃないかと笑いかけて、そもそもこんな真面目で自称平凡でつまらないおじさんの水木さんに歳上バンドマンの彼氏がいること自体ありえない事態だと思い直した。
……えっと、まさか本当に浮気したんですか?」
「まさか。俺、別にあいつ以外の男にそういう気は起きないしな」
 うーん、さらりと放たれた惚気に目眩がする。私は半ばやけっぱちにグラスワインを飲み干した。せっかくちょっと奮発して頼んだロゼワインの口当たりの良さが今は憎い。全く、やるせなさで酒が進むったらない。
「ただ、やったこと事態は事実というか、俺は全然そういうつもりじゃなかったんだが、向こうからすると浮気だって思われたみたいで。……認識に温度差があるんだよなぁ。こっちにやましい気持ちは一切無いのに、頭ごなしに浮気だって決めつけられるのは嫌なもんさ」
 それで今ちょっと喧嘩中なんだ、と肩を竦めた水木さんは、ぐいっとハイボールを空にすると流れる様に次の一杯を注文した。既に若干視線が胡乱になりつつある。ひとまず私は通りかかった店員さんに人数分のお冷を用意してもらうことにした。
「そりゃ、あいつが嫌な思いをしたのは悪かったと思うが、かと言って俺が全部悪いみたいな言い方をされるのはむかつくし。……とはいえ、ずっと喧嘩してるわけにもいかないから困ってるんだ」
「なるほど?」
「えーでも、本当に何したんです? ウチらで良ければ相談乗りますよ!」
「そうか、助かる。実はあいつの前で素人のギターの動画を観たら浮気だって言われて参ってたんだ」
 再び私たちは無言になって互いに目配せした。ははあ、なるほど。他人の演奏を聴いていたら浮気と責められたと。この時私たちは言葉を交わさずとも満場一致で答えは決まっていた。
「水木さん、一旦そのクソ彼氏と別れません?」
「世の中もっといい人いっぱいいますって。ひとまずそのクソ男はやめましょ、ね?」
「付き合ってないし彼氏じゃないぞ?」
「付き合ってないなら浮気も何も無いはずなんですよ! 水木さん目を覚まして!」
「大体浮気の判定基準が謎すぎるでしょ! 他人の演奏聴いたら浮気!? ハァ!? な〜に一丁前に独占しようとしてんの、このッ……ちょっと売れてるからって、このッ……!」
 めちゃくちゃ悔しそうにテーブルを叩く隣の同僚の手元からさり気なくグラスを避難させつつ、私はウンウンと頷いた。そう、何が悔しいって水木さんの彼氏のバンドはちゃんと食っていけるぐらいには売れているのだ。曰く世間的な知名度はさほどだが、その筋の人の間では伝説的な立ち位置のバンドなのだとか。
 しかしニコニコしながら彼氏のバンドの宣伝をしてくれる水木さんには大変申し訳ないのだが、彼氏さんの作風は大変ニッチというか、はっきり言ってめちゃくちゃにえげつない。これは本当にサブスクで配信していいんですか? と訊きたくなるようなエログロ満載の歌詞は、一度聞いただけでそりゃ一般ウケしないだろうなと納得してしまう威力があった。それでも根強いファンがいるのだから世の中は何が売れるか分からないなとしみじみ思う。
 でも、これだけは言わせてほしい。新曲が出るたびに水木さんが宣伝するから渋々一度は聞くようにしているのだけれど、曲の歌詞に『傷を帯びた眦』だとか『欠けた耳に口付けながら息絶えたい』だとか使っているのは絶対に確信犯だろコイツ、と。
 つまり相手に入れ込んでいるのは何も水木さんだけではない。むしろこんなあからさまな曲を見せつける様に歌う彼氏の方がヤバいと思うのだ。そりゃ他人の演奏を聴いて浮気認定するぐらいするでしょうとも。下手したらそのうち水木さんが他所のバンドの曲を聴いただけでブチ切れたりとかしそう。
 愛が重すぎるのも考えものだなぁ、とドン引きしていた時だ。それまで特に発言せずに様子を見守っていた同期が、ハッと何かに気付いて目を見開いた。
「ていうか水木さん、その浮気云々がまだ解決してないのにここに来てていいんです……?」
 その瞬間、本日三度目の沈黙がテーブルを包んだ。
 私たちにとって水木さんは今や恋愛対象というより変な男に騙されない様に守る庇護対象になっているから、決してやましい気持ちはない。ないけれど、客観的に見れば今の水木さんは彼氏から浮気を疑われているにも関わらず複数の女性と飲んでいる状態なわけだ。そして例の彼氏は水木さんへの並々ならぬ執着をどぎつい曲へ昇華するとんでもない激重男なわけで。
 ………………あ、これって結構やばいかも。いつの間にか冷や汗を垂らしながら鎮痛な面持ちになった一同をよそに、水木さんはふやけた笑顔で首を傾げている。
「大丈夫だろ。ほら、ちゃんと連絡もしてるし」
 そう言って覚束ない手つきで見せられたスマホの画面には、数分刻みで残った着信履歴と、絶え間なく送られるメッセージの数々が写っていた。

【誰と飲みに行った】
【場所は】
【迎えに行く】
【飲むなら儂とでいいじゃろ】
【いつ帰る】
【まだ帰らんのか】
【みずき】
【みずき】
【帰らんのか】
【みずき】
【みずき】
【まだか】
【みずき】

……あ、また電話だ。ったく、飲み会中だってのに」
 すっかり酔ってぽわっぽわな笑顔の水木さんは、まるで我儘な子供を甘やかすみたいな笑顔で通話に出た。途端にスピーカー越しにも伝わる啜り泣きが聞こえた気がしたが、水木さんは若干呂律の怪しい声で「あとでまた電話するからいい子にしてろ」とばっさり切り捨てて容赦なく通話を終了する。
 そんな末恐ろしいやり取りを眺めた私たちは、やっぱりこう思わざるを得なかった。

 水木さん、一旦そのクソ彼氏と別れません? と。