草枕
2025-06-24 23:36:27
941文字
Public syzygy
 

syzygy_overweight.loop-1st

『一回目』にて

アルゴスの遺体の山の中、レザの死亡を確認したマリアの手は、糸が切れたように力を無くした。
そうして、誰に宛てるでもないような小さな声が、静かな部屋に反響したのだ。

(画像版/テキスト並記)


──「私の意味って、何?」

そんなの、あなたが此処に居ることです。
医官として、であれば、あなたが処置しなければ死んだ筈の者を助けたことです、怪我で苦しむ者を救ったことです。

言えなかった。届かないとわかっていた。いや、『本当に届かないこと』を現実にしてしまったら、この、死が充満した空気の重さに、自分も何かを取り落としそうだった。
 誰かに命を助けられた時、自身に意味と価値を求めるのは一種の防衛本能だとシルーは分かっている。生きていることに正当性を欲する、そんな精神状態でまともな判断などできないことも。自責の念に灼かれて、その炎に自ら薪を足し続けてしまうことも。よく知っている。

 以前から、救えなかった人を思ってか、マリア・セシルが顔を曇らせるところをシルーは幾たびか見た。救えないことを嘆くなら、この人はいっそ町医者になって、軽症者の──救える人だけ救う立場になればいいのにとも思った。
 でもそれは、戦地に立つことを選んだ彼女への侮辱である。やろうと思えばなんだって為せる強さへの否定である。それらを侵して、「あなたは存在しているだけで素敵なひとですよ」などと、

──言ってみればよかった。
 レザを失って、多数の死体に囲まれて、自分の負傷などは忘れたように呆然とするマリアを見た時、やっとシルーはそう思った。
 レザに、お前の言葉にどうしようもなく救われたことがあると伝えて、それを横目に澄ましているマリアに、医官にだって生かしてもらったんですよ、と続けて。ありがとうと伝えたらよかった。

 そうしたら、この人は、ほんの少しだけでも、自分を許せただろうか。ただの、昔馴染みでしかないシルーに、あなたが生きていて良かったと言われて、……言われたって、なにも、ならない。届かない。

 望むものが違う。
 信じるものが違う。
 シルーの我欲をマリアは絶対に許さないし、シルーはマリアの許しなど求めない。
 シルーがシルーでいる限り、この声が本当に届くことは、多分ないのだ。

 今だって、シルーは■■■■■■■ことを考えている。
 ■■■■■■どれだけ恨まれようが、憎まれようが、ただ。
 ■■■■、■■■■と思う。それだけだ。

 ひどく背中が重い。