ortensia
2025-06-24 22:18:41
2347文字
Public 傭リ
 

烏が笑う邸の下働きが立ち寄った旅の探偵に「ここに居てはいけない」と言われる傭リ+庭

死ネタじゃないんですか?()あるくれむさんの匙ノ咒。それからひと匙のメリーポピンズA Spoonful of Sugar。(何が起こって居るか分からないので)リ傭かも知れませんよ…。

 烏が笑う海辺の邸は、街外れの辺鄙なところに在る。それでも傭兵上がりの金無し男としては上々の職場であり、それなりに楽しく下働きをして居た。
 ただ一つ困って居るのが、邸の主人が咒好きの変わり者だと言うことだ。A spoonful of sugar helps your jobと言って仕事が捗るおまじないにひと匙の砂糖をスプーン一杯に差し出してくる。それを雛鳥みたいに主人の手づから口内で受け取る。甘い。
 糖分が仕事に必要なのは分かるが、不思議な悪戯である。それに毎度付き合う下男も下男だが。
 邸はそう広くは無いが、働いて居るのが男一人と言うのも主人の采配らしい。打つ波が砕ける音が聞こえる。
 しかしここ最近では、困ったことがもう一つ。これは前述よりも本気の悩み。元は傭兵だったにもかかわらず、呂律が回らず手足も痺れるのだ。
 とうとうグラスを割った。砕けた破片に、主人は叱らなかった。それどころか。
「お疲れですか?」
 匙の咒をもう一度賜った。美味い。
 粗相は無かったことにされた。
 ある日の主人が留守の間に、海辺の嵐に見舞われた災難な客人が訪ねて来た。雨ですわ己が盲目となったかと思うくらいの天気だ。主人は居ないが、予定外の客人を泊めることにした。旅の途中の探偵を。
「ここの烏はよく笑うのね。」
 酷い嵐の中、それでも烏は笑って居た。
 客室の準備もして、食事を二人分に増やした。そして、嵐の中の旅路で疲れたであろう探偵に、ひと匙を差し出した。
「ここに居てはいけないわ。」
 探偵は、匙の咒以外は全て快く受け取った。
 匙は無かったことにされた。
 それから探偵は、自分の部屋で就寝する前に、二階に上がった。そこは邸の秘密の部屋だ。
 と言っても鍵は掛かっていない。主人の邸の、主人の部屋だ。それに加え、唯一の同居人の下働きも、出入りを許されている。
 扉を開けようとする探偵を、止める前に足がもつれてよろけた。床に蹲るこちらを。探偵が見下ろしていた。
「ここに居ては、いけないわ。」
 意識も途絶える。重たい扉のひやりとした感覚を最後に、頭が真っ黒になった。
 部屋での記憶は、ずっと無かったことにしていた。
 秘密の部屋では、主人と二人。匙の咒の延長線。おまじないの砂糖に効果か、嫌に冴えた聴覚が、波の音を頭の中で割ったようにつんざかせる。思わずぎゅうぎゅうに耳を塞いだら。
「今日もおやすみよ。」
 主人がそう言うので、命に従う。
「ああ、なんて可愛らしいの。」
 舌が回らない。歩けやしない。主人に体を軽々しく持ち上げられる。そっと横たえらえて筈の手を握られるも、こちらからは握れない。塞いだ耳を擦り抜けるようにして塵箱の悲鳴が聞こえる。なあ、おい、提燈に百足が。そこに居るのは誰だ。話し掛けてるのか。分からない。おまえがそばに居るのかどうか分からない。嫌だ。早く夜が明ければ良い、そうすれば無かったことになるのを、もう分かっている。
 探偵が振り向くと、不在と聞いて居た主人らしき紳士が、小雨でも浴びたのかと言うようないでたちでそこに居た。月の位置すら分からないこの嵐の中、靴はよく磨かれた革を保って居る。
「留守の間、貴女が唆すから。」
「鍵は開いていたの。」
「ああ、お生憎様。要らないので。」
 不自然にそこで止まった会話を、どちらも気にしたそぶりが無かった。二人とも、倒れ臥す下男を見下ろして居た。そして今度は探偵が先に口を開いた。
「ああ、なんて可愛らしいの。」
 哀れんだ溜め息のような声だった。
「まだ起きない。」
 邸で一番広い秘密の部屋一面には、額縁に飾られて絵画のように壁に貼り付けられた娘の死体が、壁一面にびっちりと留められていた。まるで遺影だ。これじゃ烏も四六時中笑いが絶えないだろう。
「貴女もおまじないを試しに来たんですか。」
「真実を求めるために、確かに自分が侍女として潜入するつもりだったの。」
「わたしも次の女性を募集したつもりで、なんの手違いかこの男が訪ねて来た時は、流石に驚きましたよ。」
 そう言った割には、主人は満足そうだった。
「貴女は烏を落としに来た射手ですね。」
 分かっていて主人は尚も楽しげだった。
「気付いたことが有るの。」
「おや、なんでしょう?」
「満足して居るのは、決して貴方だけでは無いわ。」
 探偵は少し考える素振りを見せ、やがて答を指差した。
「殺した烏に、逢いにいってしまうかもしれない。」
 もう、後には戻れないのだ。
 下男が目覚めた。そして一番に思い出す、確かに居た筈だ。
「お客様なら、もう出て行かれましたよ。世話になったと、おまえに感謝していました。」
 確かに窓から見える海は穏やかで青く、朝を写している。
「わたしが留守の間、よくおもてなし出来て偉かったですね。」
 下男は謙遜したが、その顔つきは満足そうであった。
「彼女も最後海を見ながら言っていました。無かったことになったことも無かったことにする、と。」
 主人の言葉に喉を嚥下させた。あふれんばかりの匙の咒を飲むように。
 下男が自分で夜の秘密を無かったことにしたところで、主人に従う自分では、それすらも無かったことになって仕舞う。だからこそ、早く明けて仕舞えと願った夜も、どうか明けてくれるなとも望むのだ。
 だからせめて、いつものように朝に起こす。
 気付いたのだ。おまじないは二つの口、掛ける側と掛けられる側の二人居なければならないと。
 立ち去る探偵は、邸の涸れ井戸を気儘に覗き込みThe medicine go down-wown The medicine go downそこに落ちた烏が死んでいるのを見た。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。