つるむら

鶴来とむらさきさんで成立。

 カーテン越しにも明るい夏の日差しが部屋を照らしている。
 タイマーを早朝のうちに設定していたエアコンの駆動音を聞きながら、清司は自身の胸元へ顔を埋めるように眠っているむらさきの頬へ手を伸ばす。頬へかかる黒髪をよけるだけのつもりだったのに、顕になった顔を見るとついその白い頬を撫でたくなってしまった。
 起こさないように、皮下脂肪のほとんどない輪郭に触れないぎりぎりを指先でなぞる。
(今日も美人だなあ)
 お泊まりのときにだけ見られる寝顔を清司は恋人の特権だと思うし、その特権には寝顔を見つめる以上のことも含まれると思っている。
 具体的にはそうっと身を離し、先ほどは触れないようにしていた頬へ唇を落とすとか。
 一度では済まなくてちゅ、ちゅ、と二度三度繰り返し、寝巻きの襟元をずらして首筋を軽く吸う。あくまで軽く。薄い痕が残ったのに満足して再び寝転がった清司はむらさきのさらさらとした髪を撫でながら、じっと彼の顔を見つめる。
 白い頬に落ちる睫毛の影。寝ていても困ったように下がる眉はそのままで、きゅっと唇を閉じているとなにを言われたわけでもないのに「どうしたの?」とその手を取って訊きたくなる気持ちに清司はなる。
 とはいえ、相手は寝ている人間だ。目を覚ます前に朝食の用意をしようかと思う清司であるが、一緒に作るのも楽しそうだと考える。清司があらかじめ作っていてもむらさきはきっと喜ぶと思うけれど、そこには遠慮や申し訳なさがどうしても混ざるのではないかな、という心配もあった。それくらいならむらさきが起きるまで待って、今日のデート予定などを話しながら一緒に作るほうがいいと思うのだ。これは清司がむらさきとなにかを一緒にするのが好きという理由もある。好きなひとと物事を共有できるのが嬉しいのだ。
 どうしようかなと思いながらむらさきの顔を見つめていると、ふとその睫毛が時折ぴくっと震えていることに気づいた。
(あ……これ寝た振りしてる)
 いつからだろうか。あんまりにも清司が見つめるから気配で分かってしまったのか。いや、首筋に痕を残したのがくすぐったくて起きてしまったのかもしれない。
 なににせよ、むらさきはもうすでに目を覚ましている。なのに寝た振りをしている彼におかしい気持ちになって、清司は笑いを噛み殺しながらその痩躯へ腕を回した。
「あーあ。むらさきくん、早く起きないかなー」
……っ」
「寂しいなー。お話ししたいなー」
……ふふ」
 態とらしい言葉にむらさきの腕が伸ばされ、ぱたっと清司の背中に回る。その表情は目を瞑っているだけで笑みを浮かべており、むらさきも清司に寝た振りがばれているのを察した様子であった。
…………キスしてくれたら、起きるかも……
 ぽそぽそと小さな声で可愛いおねだり。
 気恥ずかしそうにむに、と動いた唇が可愛くてかわいくて、清司はむらさきの肩に手をかけるとそのまま彼をころんと仰向けに倒した。
 開きそうになった瞼が慌ててきゅうっと強く瞑られるのに喉の奥で笑い、清司はむらさきの頭を抱えるように片腕を突いて顔を寄せる。
 一瞬だけ、ほんのり掠める程度にキスをする。
 途端、寂しそうにむらさきの眉がますます下がったのを見て、清司はすかさず彼の唇をはむっと喰んだ。
 日頃から努力しているむらさきの唇は寝起きの朝でもかさついたところがなく、唇同士を擦り合わせているだけでも気持ちがいい。けれど、当然それだけでは足りなくて、清司は舌先でむらさきの唇をつついて口を開けてと促した。
 ぎゅっと背中に回される両腕と、開かれた唇。にゅるりと舌を差し込んで歯列をなぞり、迎えてくれた舌と舌を絡めれば、じゅぷじゅぷと朝から聞くには淫靡な水音がした。
「ん……っふ、ぁ♡♡」
 甘やかなむらさきの声を聞き、清司の手が当たり前に彼の寝巻きの下へと伸びかける。
 だが、清司の手が薄い腹を撫で上げる前にむらさきの瞼は緩やかに開かれた。じんわりと潤んだ目。すっかりと上気した頬に背中をぎゅっと掴む手は、胸が苦しくなるくらい可愛らしかった。
……起きた?」
……おき、ちゃったぁ……♡」
 とろとろに蕩けた顔をして抱きついてくれるむらさきを清司もぎゅっと抱きしめる。腕を絡めて脚を絡めてふたりでベッドの上で縺れ合いながら何度も何度もキスをして、寝巻きから覗く肌を吸って痕を残した。さっきもそうしたように見える場所にはむらさきが職場で困らないように薄っすらと。それ以外には色濃く残して甘噛みまでする。
 だって、むらさきは清司に独占していいと、束縛していいと言ってくれたのだ。それを嬉しいと言ってくれたのだ。好きな子を自分のものだと主張することに、どうして喜ばない恋人がいるだろうか。
「俺のむらさきくんだからね。ここに痕あるって俺以外が知っちゃだめだよ。誰にも教えないでね♡」
「ん、ん♡分かってるよぉ……♡♡清司クンだけ♡♡」
 胸元に残した痕を指先で叩きながら言えば、むらさきはめろめろと甘えた声を出しながら頷いてくれた。とろりと満たされる独占欲に笑みながら清司はむらさきの瞼にもチュ! とキスをして、むらさきを抱きしめて離さないまま身を起こす。自身の片腕をぎゅうっと抱きしめるむらさきがすりすりと身を寄せるのが可愛すぎて、清司はなにか有名なスパのチケットやハイブランドのバッグや化粧品を贈るべきではないかと真剣に考えた。恋人からしてもらう嬉しいことに対してなにも差し出さないのは、恥であるとすら思ったのだ。
「あの……欲しいものとかある?」
「え、どうして?」
 きょとんと首を傾げるむらさき。突然こんなことを言われれば当然である。
「いや、その……今日も可愛い代?」
「ふふ、なにそれ。いらないよぉ」
「そ、う? してほしいことは? 俺、なんでもするんだけど」
 言い募ればむらさきは「うーん……」と唇に曲げた人差し指をあて、それから「あ!」と明るい声を出して清司の耳元へ口を寄せた。
「デートのあと……ホテルに早く行きたいな♡」
 清司は「俺に都合が良すぎる」と思った。
「俺に都合が良すぎる」
 思ったし言った。
 弾けるように笑うむらさきを抱きしめて、清司はぐりぐりとその肩口に額を押し付ける。
「あー……好き。大好きすぎるんだけど……もっと俺のことめちゃくちゃにしてほしい」
「ん、ふふ……オレも清司クンのこと大好き……ずっと一緒にいて」
「いる。離してって言っても離さない」
「そんなこと言わないよぉ。うん……ずっとオレのこと離さないでいてね」
 ほろりと零れるようなむらさきの言葉に、清司はうん、うんと何度も頷いた。
 大好きな可愛い子。自分は決してこのひとを離さない。自分の傍にいることが幸せだと感じてもらえるように常に頑張るのだ。
 改めて決意する清司の腕のなかでむらさきが微笑んでいる。
「好きだよ。俺だけのむらさきくんでいてね」
 隠す気もない独占欲。いつかむらさきは呆れてしまうかしら。
 そのくらい自分の愛情がむらさきにとって当たり前になる日々が来ても、それはそれで悪くないかもしれないと清司は思った。嫌と思われないだろうかと顔色を窺うことなく、むらさきにとって愛されることが当然になればいい。
 清司はもう一度繰り返す。
「好きだよ」 
 自分の愛情がいつかむらさきの酸素になりますように。