haru_haru0704
2025-06-23 22:36:26
16721文字
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猫は気まぐれ、犬は生真面目

哥舒臨×カカロ 全年齢

哥舒臨とカカロが一緒にリナシータに行って色々する話

「明日の昼、ここを出る」
うとうとしながらそう言うと、横から哥舒臨の不満げな声が聞こえた。
「明日の昼?今回はずいぶんと短い滞在だな。丸一日もここにいないのか」
「リナシータで次の仕事がある。仕方ないだろう・・・」
そう、仕方ない。仕方ないのだ。
ここ最近のカカロのスケジュールはパンパンに詰まっていて、長めの休暇などしばらく取れそうにない。今夜この破陣基地に来れたのだって、かなり頑張って調整をしたからだ。
──そこまでしてでも、哥舒臨に会いたかった。
会って、話をして、触れ合って、こうして一緒に眠りたかった、から。
「・・・で?その仕事はいつ終わる」
哥舒臨の質問に、カカロはしばし口を噤んだ。言えば哥舒臨はますます不機嫌になるだろうし、何より彼自身がその『事実』を認めたくなかった。
だが、ずっと黙っているわけにもいかない。カカロは渋々答えた。
「・・・3ヶ月後」
「は?3ヶ月?」
リナシータでの仕事は、3ヶ月後に終わる。つまりそれまで、哥舒臨に会うことはできない。
・・・なかなか嫌な事実だ、カカロにとっては。そしておそらく、哥舒臨にとっても。
「・・・・・・」
哥舒臨は苛立たしげに息を吐き、黙り込んでしまった。ほら、だから言いたくなかったんだ。
自分が悪いわけではないが、一応謝っておこうか・・・と考えていると、哥舒臨はむくりと起き上がった。そのままベッドを抜け出し、寝室からも出ていってしまう。
「・・・はあ」
カカロはひとつ溜息をついて、しばらく哥舒臨の帰りを待った。
少しずつ、彼が横たわっていた部分のシーツから温もりが消えていく。そしてそれが完全に冷えてしまった頃、カカロは諦めて目を閉じた。
せっかく会えたのだから、一緒に寝たかった・・・なんて。我ながら、女々しい考えだ。

*
翌朝。
目を覚ますと、哥舒臨は隣で眠っていた。いつの間に戻ってきたのだろうか。
くあ・・・と大きな欠伸をする。
哥舒臨と共に過ごせるのは、あと数時間。それが終わってしまえば、次は3ヶ月後・・・。
カカロがそんな事を考えていると、哥舒臨はぱちりと目を開けた。
「おはよう」と声をかける。
哥舒臨は猫科の動物のようにぐしぐしと目元を擦りながら、「おはよう」と返事をした。
それから、ぐーっと大きく伸びをする。その様子はやはり、大きな猫のようだ。
「ん~・・・ああ、そうだ。リナシータには俺もついていく。しばらく破陣を離れることになるが、忌炎の了承は得た」
「・・・ついてくる、のか?」
哥舒臨の現在の肩書は夜帰副将軍であるはずだが、基地から遠く離れた異国を訪れるなど、許されるのだろうか。しかも完全な私用で。
カカロの訝しげな視線に気づいたのか、哥舒臨は「忌炎の了承は得た」と繰り返した。
・・・まあ、忌炎がいいと言ったのなら、いいんだろう。だが、便宜を図ってくれた礼ぐらいはしておくべきだ。後で何か、差し入れでもするとしよう。
「さて。そうと決まれば、まずは荷造りだな。瑝瓏の外に出るなんて、生まれて初めてだぞ」
哥舒臨はわくわくした様子でベッドから降りた。そして早速、着替えの服を漁っている。
彼は元々、新奇なものを好むタチだ。旅行とは相性がいいように思う。
何はともあれ、哥舒臨がついてくるというのはカカロにとって喜ばしいことだった。
恋人と共に過ごす時間は、長い方がいいに決まっている。

数時間後、2人は忌炎に見送られながら破陣基地を後にした。
自動運転車に乗り込み、まずは海へ。その次は自動運転船に乗り込み、リナシータへ。
「近頃は何でも自動運転で楽だな」
「ああ。移動中に体力を回復できてありがたい」
カカロは船内に敷かれたマットレスにごろりと横になった。
別に眠くはないが、この狭い空間の中で何かするというのも億劫だ。寝転がって、近くの小窓から見える海でもしばらく眺めていれば、その内リナシータに着くだろう。
哥舒臨も同じようなことを思ったのか、カカロの隣に寝転がった。2人して窓の外を眺める。
「・・・リナシータの、どこに行くんだ?あの国もなかなか広いと聞くが」
暇になったのか、哥舒臨はぼんやりとした口調で尋ねてきた。ただの雑談のようだ。
彼と、特に重要な意味を持たない会話をするのは久しぶりかもしれない。お互いに、ぼんやりする時間というものが極端に少ないせいだ。
「セブン・ヒルズというところだ。ラグーナにも少し寄る」
「何か美味いものはあるか」
「そうだな・・・ピザやパスタ、海鮮料理が美味い」
「海の魚はほとんど食ったことがないな・・・」
「今州では、あまり海での漁業をやらないからな。海の魚はサイズが大きいものも多いし、お前の腹も満たせそうだ」
カカロが笑うと、哥舒臨もつられたのか笑みを浮かべた。
彼の口から、ふ、とやわらかな息が漏れる。
「楽しみだ」
カカロは、自分の心が浮つき始めたのを感じた。
・・・これではいけない。こんな風に、ふわふわと甘い気持ちを持ち続けているのは危険だ。重大な隙を生みかねない。
哥舒臨にとっては気楽な旅行かもしれないが、自分は仕事をしに行くのだから。気を引き締めなければ。
「・・・?どうかしたか?」
不意に硬い顔をして黙ってしまったカカロを訝しんだのか、哥舒臨が首を傾げる。
別にどうもしないと答えると、哥舒臨は何度か頷いた。
「いつもの真面目癖か。別に構わんが、まだ気を張るには早いだろう。ここは平和な洋上だし、俺とお前の2人きりだ」
「・・・そうだな」
確かに、哥舒臨の言うことにも一理ある。気分を切り替えるのは、セブン・ヒルズに到着してからでも遅くはないか。
知らず知らずの内に体に入っていた力を抜くと、哥舒臨は褒めるようにカカロの頬を撫でた。
・・・そういうのは、ベッドの中でだけにしてほしい。気が緩みすぎてしまうから。

*
夜になって、ようやく2人はセブン・ヒルズへと到着した。1時間ほど夕食時を過ぎているせいか、都市部でも人はまばらだ。
腹が減った、腹が減ったと哥舒臨がうるさいので、ひとまず近くにあった飲食店に入る。
店内は喧しすぎず静かすぎず、親しみやすい雰囲気を醸し出していた。適当に選んだ店だが、なかなか良さげだ。
通された席に座り、メニューを開く。
哥舒臨は少しの間それを眺めていたが、やがて苦笑しながら肩を竦めた。
「さっぱりわからん。お前が選んで頼め」
「ああ」
カカロは、哥舒臨が好みそうな料理をメニューから探した。彼の食の好みはシンプルで非常に分かりやすいため、特に迷いはしない。
タンパク質、塩気、スパイス、油。このあたりを押さえておけば間違いはない。
いくつかの料理をピックアップし、メニューのページを捲る。
「酒は飲むか?」
「一杯くらいはやっておくか。お前もどうだ?」
「・・・そうだな、一杯なら」
カカロは頷いた。
普段はあまり出先で飲酒することはないのだが、たまにはいいだろう。一杯程度なら、酔って判断が鈍ることもない。
「ビールでいいか」
「ああ」

哥舒臨はピザと骨付き肉の油でべとついた指を舐めた後、ビールをぐいっと呷った。
「うまい!」
ニカッと笑い、哥舒臨はまた勢いよく料理を食べ始めた。
いつ見ても、いい食べっぷりだ。彼には、美味そうにものを食べる才能があるのだと思う。
カカロもピザを一切れ手に取り、軽く折りたたむようにして口に運んだ。
熱くとろけたチーズはさっぱりとした味わいで、ほどよく塩気がきいている。別添えの蜂蜜をかけると、チーズと蜂蜜が互いを引き立てあって格別だ。
どうせ哥舒臨は使わないだろうから、と二切れ目のピザにはたっぷりとかけてかぶりつく。
「ふ、かわいいな」
「・・・?・・・何がだ」
咀嚼しながら顔を上げると、哥舒臨はこちらを見ていた。彼が食事中に料理以外のものを見ているなんて、珍しいこともあるものだ。
それはさておき、今の『かわいいな』は何に対しての言葉だろうか。俺は普通にピザを食べていただけだが。
「蜂蜜」
哥舒臨はそれだけ言うと、今度はパエリアを食べ始めた。
蜂蜜。蜂蜜が可愛かったらしい。相変わらずこの男の性癖はよく分からない。

食事を終え、2人はホテルへと移動した。
ホテルの名は、レオニダス。今回の任務の依頼者が気を利かせ、部屋を用意してくれたのだ。
「チェックインしてくる」
「ああ」
ロビーに哥舒臨を残し、フロントに向かう。依頼主の名前を出せば、フロントマンは「お待ちしておりました」とにこやかに言った。
「1人増えてしまったが、問題ないだろうか?追加料金が必要であれば、払うが」
「同じお部屋にお泊まりになるのであれば、追加料金は発生いたしません。ただし、お部屋のベッドがおひとつとなっておりますが・・・いかがいたしましょうか?」
フロントマンの言葉に、カカロは後ろをちらりと振り返った。哥舒臨はロビーに設置されたパンフレットを興味深げに眺めている。
「・・・ひとつで大丈夫だ」
「承知しました。では、お部屋の鍵などご用意しますので少々お待ちください」

「ふむ、なかなか良い部屋だな。ちと狭いが」
「元々1人用の部屋だからな」
哥舒臨は荷物を下ろすと、さっそく部屋の中を検分し始めた。全てのドアを開けて中の部屋を確認し、引き出しや棚も片っ端から覗いている。
一方、カカロは装備を緩めていた。腰のベルトを外し、デバイスや腰布を取り去る。腕や胸のベルトも外すと、気が緩んだのか少し疲れを感じた。
ふかふかのソファに腰を下ろして一息ついていると、哥舒臨はつかつかと歩いてきてどすんと隣に座った。その衝撃でぽよんと尻が跳ねる。
いつもの事ではあるが、もう少し静かに座ってほしい。
「備え付けの風呂がすごかったぞ。2人で入っても脚が伸ばせるくらいでかい。それに、風呂桶とは別に洗い場がある」
「そうか。・・・もう入るか?」
「そうだな。今日はもう休むだけなんだろう?」
「ああ」
「わかった。湯を入れてくる」
そう言うと、哥舒臨は再び立ち上がってバスルームへと入っていった。普段であれば、そういうことはカカロにやらせがちなのだが・・・やはり、彼も浮かれているのだろうか。
少なくとも、機嫌がいいのは間違いない。

哥舒臨の言葉通り、風呂は広々としていた。脚を伸ばせるどころか、ほとんど寝転がるようにして浸かってもまだスペースが空いている。
1人用の部屋にここまで広い風呂は不要だと思わないでもないが、小さく窮屈なものよりはいい。
セブン・ヒルズは風呂文化の発達した街であるから、ホテル側も力を入れて作っているのだろう。風呂桶には振動によるマッサージ機能と、なぜか湯を光らせることができる機能がついていた。
カカロは肩まで湯に浸かりながら、しばし目を閉じる。
静かな浴室の中に、ちゃぷちゃぷと湯が揺れる音が響いていた。
ふう、と哥舒臨が大きく息を吐く。その直後、ざぷざぷと湯をかき分ける音が聞こえて、カカロは目を開いた。
「・・・何だ?」
彼はカカロの傍に寄り、ぐいと顔を近づけてきた。そのまま顎を掬われ、口づけられる。
大人しく目を閉じて唇を開くと、肉厚な舌が侵入してきた。舌と舌が絡み合い、ぢゅるるっと吸い上げられる。
「ん、・・・っ」
思ったよりも強い愛撫に、カカロは眉をひそめた。
昨日もしたのに、今日もする気か?俺は明日から仕事なんだぞ。
ぐっと哥舒臨の胸を押すと、彼は喉の奥を震わせて笑った。そして潔く唇を離す。
「今日はしない」
「誰もするとは言ってないだろう。キスしただけだ」
「・・・・・・」
じとりと睨むが、哥舒臨は気にした様子もない。それどころか、楽しげに「期待したか?」などと煽ってくる始末だ。
期待したか、などと。
・・・当たり前だろう。
生憎自分は、恋人に口づけられて平静を保っていられるほど無欲な人間ではない。時間と状況が許すなら、もっと触れてほしいとすら思う。
「はあ・・・本当にかわいいな、お前は」
哥舒臨は独り言のように呟くと、カカロの隣に落ち着いた。
これだけ広い風呂なのに、わざわざくっついて座っているというのはなんだか少し滑稽だ。だが、嫌ではない。
「・・・リナシータにいる間、まったく休みを取らないわけではない、から」
カカロはぽそりと言う。
それは中途半端で説明不足な言葉だったが、哥舒臨は正しく理解したようだった。
彼は「ああ」と嬉しそうに笑み、カカロの頬に軽いキスを落とす。なんだか気恥ずかしくなって、カカロはぷいと顔を背けた。

風呂から上がってしばらくした後、2人は歯を磨いてベッドに横たわった。
フロントマンの説明通りベッドはひとつしかないが、かなりサイズの大きいものだったため助かった。でかい男2人で並んで寝ても、特に窮屈さは感じない。
「明日は7時半に起きて、8時過ぎにはここを出るつもりだ」
カカロが簡潔に予定を伝えると、哥舒臨は低く唸った。
「依頼内容と、戻る時間は?」
「俺にもまだ分からない。明日聞いてくる。戻る時間も、依頼の内容による」
「そんな依頼を受けるな」
「どんな依頼を受けようが、俺の勝手だ。・・・とはいえ、大方の予測はついている。人探し、あるいは郊外の残像狩りだろう」
「よくわからん2択だな。まあいい、俺はしばらくこの街を観光する。何かあったら呼べ」
「わかった」
必要な会話を終え、じっと押し黙る。目を閉じれば、すぐにでも眠れそうだ。
優れた傭兵には、寝つきの良さも求められる・・・などとぼんやり考えている内に、カカロは本当に寝入ってしまった。

「・・・・・・」
眠れない。
眠れないまま、もう2時間ほど経っている。
哥舒臨は自身のことをかなり図太い性格だと思っていたので、眠れないことはちょっとショックだった。
この俺が、枕が変わった程度で眠れなくなるなんて。こんなザマでは、夜帰元将軍の名折れ・・・いや、それはさすがに言いすぎか。
ともあれ、眠れなさすぎて暇だ。
哥舒臨は気配を殺しながらそっと寝返りを打ち、眠っているカカロの横顔を眺めた。
相変わらず、綺麗な顔をしているな。
整った目鼻立ちに、色素の薄い肌。ばさりと長い睫毛は、少し重たそうだ。
唇は少しかさついている。だが、哥舒臨も人のことは言えない。
「・・・、・・・?」
熱心に見つめすぎたせいか、カカロは不意に目を覚ました。ぱちぱち・・・と眠たげに瞬きを何度かした後、哥舒臨の方を見る。
「悪い、起こしたな」
「ん・・・ねむれないのか・・・?」
カカロはもぞもぞと寝返りを打ち、哥舒臨と向かい合った。
「ん」と両手を広げられ、面食らいつつもその中におさまる。すると、頭を撫でつつ背をぽんぽんとされた。
まるで子供扱い。いや、こいつの場合は弟扱いか?
・・・まあ、嫌ではないが。
「お前のかみの毛は、手ざわりがいいな・・・」
「そりゃどうも」
何がおかしいのか、カカロはくすくすと笑っている。
なんだおい、かわいいな。寝ぼけてるのか?
胸がむずむずとして何か言ってやりたくなるが、ぐっと堪えた。あまり会話に付き合わせるのは気が引ける。こいつは明日から仕事だ。
哥舒臨がじっと大人しくしていると、カカロは再び寝息を立て始めた。すぅ、すぅ、という深い呼吸の音と共に、目の前にある胸板が上下する。
なんだか急な眠気に襲われ、哥舒臨は大きな欠伸をした。
「くあ・・・」
先ほどまで目が冴えていたのが噓のようだ。
目の奥にずんと落ちた眠気に流されて瞼を閉じれば、すぐに眠れそうな気がした。

*
翌朝。
カカロはぼんやりとしている哥舒臨に「行ってくる」と声をかけ、部屋を出た。今日は、まず依頼者と会って話を聞かなければ。
セブン・ヒルズでカカロが受ける予定の依頼は、5つ。それぞれ別の依頼者からの依頼だ。
カカロは依頼者たちと事前にメッセージののやり取りをしていたのだが、彼らはこぞって依頼内容の詳細を明かすのを渋っていた。どうやら、セブン・ヒルズ人はメッセージという『証拠が残るもの』を嫌うらしい。
その根底にあるのはおそらく、弱さというものへの嫌悪感なのだろう。
外様の傭兵に依頼をするというのは、弱く無力な者の行い。安易に己の弱さの証拠を残すのは、重大なリスクとなる。
──息苦しい、とカカロは思った。
ソラリスには多くの国があるが、そのほとんどは窮屈なルールや支配体系に囚われている。治安維持のためにはルールも支配もある程度は必要だが、過ぎれば毒となるだろう。
それに対して、今州はおおらか過ぎるほどにおおらかだ。カカロのような異物だってすんなりと受け入れてしまう。
おおらかさも過ぎれば毒であるし、他の国や地域と比べて今州が優れているなどと言うつもりはない。だが、カカロの気質と今州の空気が合っていたのは事実だ。
それこそ、定住という甘い夢を見てしまうくらいには。

「ゔぅん・・・」
哥舒臨は低く呻き、ごろりと寝返りを打った。近くの時計を見ると、10時を過ぎている。
・・・そろそろ、起きるか。
「だいぶ寝てしまったな・・・」
起きた途端、腹がぐぅぅと鳴る。朝食にしても昼食にしても微妙な時間だが、腹が減った。
まずは腹ごしらえをして、それからセブン・ヒルズを観光するとしよう。

*
その夜、哥舒臨とカカロはホテルの外で待ち合わせをして、そのまま飲食店へと入った。
一通り料理を注文し、暇になったところで哥舒臨は口を開く。
「で、結局どんな依頼だったんだ」
「・・・守秘義務がある」
「このクソ真面目野郎が。まあ、特に問題なかったのなら構わんが」
「問題はない」
カカロはきっぱりと言い切ったが、その瞳にはどことなく憂いが見て取れた。
もっと詳しく追及したいが、カカロは依頼に関して妙に頑固なところがある。あれこれとしつこく聞いたところで、余計に口を噤んでしまうに違いない。
本当にまずい状況になったら助けを求めてくるだろう、と自分を納得させて、問いかけの言葉を飲み込む。しばらくは、彼の好きなようにさせておこう。
「・・・お前の方は?今日は何かあったか」
逆にカカロから尋ねられ、哥舒臨はふふんと胸を張った。
「急に勝負を挑んできたグラディエーター?をこてんぱんに負かしてやった」
「そうか。この街は、血気盛んな奴が多いからな」
「力を崇拝しているんだったか?なかなか面白い考えだが、弱者を嘲ったり迫害するようなのはいただけんな」
「・・・そうだな、俺もそう思う」
カカロは頷き、グラスに入った水をごくごくと飲んだ。
やけにいい飲みっぷりだ。喉が渇いていたのか?

その後、2人は運ばれてきた料理をぺろりと平らげた。
カカロが普段よりも多く食べたのを、哥舒臨は少しだけ訝しく思った。

*
カカロがセブン・ヒルズで仕事を始めてから、4日目。
彼は毎日8時過ぎに出かけて18時頃に帰ってくるのだが、日に日に疲れた様子になっていくのが気にかかった。疲れからか、今日は寝起きも悪く、哥舒臨が声をかけなければそのまま二度寝していただろう。
哥舒臨は朝食のパンを齧りながら言った。
「随分と疲れているな」
「ああ・・・そろそろ、体力が限界だ。明日は休みにする・・・」
「そうか。・・・俺に手伝える仕事なら、手伝うぞ」
「・・・考えておく・・・」
カカロは、はぁ・・・と深い溜息を吐いた。
彼は仕事柄、常人より何倍も体力があるはずだが・・・それが、たった数日でここまで疲労困憊するとは。一体、どんな仕事をしているのやら。

仕事から戻ってきたカカロと待ち合わせ、夕食を取り、ホテルに戻る。そして、普段通りであれば2人そろって風呂に入るのだが──
今日のカカロは、「先に入る」と言って1人で風呂場に向かった。きっと、後ろの準備をするのだろう。
哥舒臨はソファに腰かけ、カカロが風呂場から出てくるのをぼんやりと待った。
本当は一緒に入って準備を手伝いたいのだが、それをやるとカカロのプライドをひどく傷つけてしまうことを理解している。昔、一度やらかしたからだ。
・・・などと考えていると、風呂場の方から物音がした。カカロが風呂から上がったらしい。
「哥舒臨。上がった」
「ああ」
カカロは哥舒臨に声をかけると、すっ裸にタオル1枚を被った格好でベッドへと歩いていく。
哥舒臨は立ち上がり、彼と入れ替わりで風呂へ向かった。

哥舒臨が体と頭を洗い、歯を磨いてベッドに到着する頃にはもう、カカロは寝落ちていた。
「やっぱりな」
薄々、そうなるのではないかと思ってはいたのだ。食事を終えた時から既に、彼は眠そうにしていたから。
哥舒臨は苦笑しつつ、カカロを起こさないようにそうっとベッドに乗り上げた。
銀色の髪をひと房つまみ上げる。まだびちょびちょだ。
先ほどまでカカロが被っていたと思しきタオルを拾い、髪を挟んで水気を取ってやる。こういう時、忌炎のように風を起こす能力が使えれば便利なんだがな。

*
翌日、カカロが起きてきたのは昼頃のことだった。
投影モニタで闘技場の様子を見ていた哥舒臨の横におずおずと座った彼は、小さな声で「・・・すまない」と呟く。
「そんなに気にするな。発情した猿でもないのだから、ヤれなかったくらいでは怒らん」
「・・・・・・」
「・・・今からヤるか?」
「駄目だ。明日の仕事に響く」
カカロは明らかに気落ちした様子を見せながらも、哥舒臨の誘いをきっぱりと断った。
まったく、真面目で可愛い奴だな。後で抜き合いにでも誘うか。
だが、今はそれよりも話しておきたいことがある。
「で、どうする?明日からの仕事に俺も連れていくか?」
「・・・・・・。・・・お前がいいなら・・・正直に言うと、1人ではかなりきつい」
「結局、どういう依頼だ?」
哥舒臨が尋ねると、カカロは依頼の内容を話し始めた。
依頼人は複数人のグラディエーターのマネージャーで、依頼は『グラディエーター達と戦って、戦闘経験を積ませてやってほしい』という内容。
期間は1ヶ月。朝から夕方まで何人ものグラディエーターと戦わねばならず、さすがに疲労困憊・・・と、そういう事らしい。
「俺が半分手伝えば、お前の疲労も半分で済む・・・ということだな」
「・・・まあ、そうだな」
「いいじゃないか、戦闘訓練。元将軍としての血が騒ぐぞ。ぜひともやらせろ」
「本当にいいのか?まだ1週間も観光していないのに」
「構わん。この街は狭いし、そろそろ観光にも飽きてきたところだ」
「早いな・・・」
カカロは呆れた様子で言った。その様が愉快で、哥舒臨はくつくつと笑う。
「俺は飽きっぽいからな。まあそういうわけだ、明日からは俺も連れていけよ」
「分かった」
「よし。話がまとまったところで・・・」
すり、とカカロの頬を撫でる。彼はぴくりと肩を揺らし、目を細めた。
「触るだけならいいだろう?」
尋ねると、カカロは分かりやすく目を逸らす。両手で顔を掴んで口づけると、彼の舌は積極的に応えた。
ぴちゃ、くちゅ、と音を立てて舌が絡み合う。愛撫に合わせて小さな声が上がるのが情欲をそそった。
じっくりと堪能してから、口を離す。
「は・・・っ」
目元を赤く染め、軽く眉を寄せたカカロの顔は、世間一般では「色気の漂う精悍な顔」とでも評されるのだろう。
だが、哥舒臨にとってはまるで子犬のように愛らしく見えるのだから不思議だ。
「なあ」と笑いかけながらつうっと腹をなぞれば、カカロはふるりと震えた。ふぅっ、と熱を帯びた吐息がこぼれる。
「いいか?」
「っ、・・・ああ」
こくんと頷くカカロに、哥舒臨は笑みを深めた。ぐっと肩を押し、ソファに横たえる。
涼やかなそら色の瞳がゆらゆらと揺らめいていて、それがひどく美しく見えた。

*
「もう1人、腕の立つ奴を連れてきた。哥舒臨だ」
カカロに紹介され、哥舒臨は軽く会釈をした。彼らを見つめるグラディエーター達は皆、引き締まった表情をしている。
全員、当然のように共鳴者。哥舒臨は破陣基地に集う精鋭の兵を思い出した。
なるほど、これはたしかに骨が折れそうだ。

「そこまで!」
グラディエーター達が見守る中、ピィッと笛の音が鳴り響く。カカロは地に膝をつき、喉元に武器を突きつけられていた。彼の負けだ。
相手のグラディエーターは勝利の興奮に顔を歪めると、「おっさんじゃ相手になんねぇんだよ!」と吐き捨てた。
途端、哥舒臨の眉間に皺が寄る。
相手にならない、だと?怪我をさせないようにと気を使われていたことにも気づかない若造が、生意気な口を利くじゃないか。
カカロが特段気にした様子もなく立ち上がったのが、余計に腹立たしく感じる。
「おい、カカロ!」
「何だ、うるさい。叫ぶな」
「俺とやれ」
「は?何でお前と・・・」
「俺となら、本気が出せるだろう。生ぬるいごっこ遊びの経験しかないこいつらに、本気の殺し合いを見せてやればいい」
ざわ、と空気が揺らめく。
哥舒臨が闘技のことを『生ぬるいごっこ遊び』と評したことが気に食わないのだろう。
だが、哥舒臨だって気に食わない。ここにいるグラディエーター達は、カカロのことを甘く見ている。
だから、知らしめてやりたい。本気を出したカカロは、もっと強く美しい男なのだと。
「・・・哥舒臨。あまり面倒ごとを起こさないでくれ」
「嫌だ」
哥舒臨は背に手を伸ばし、大剣を抜いた。ゴウ、と黒炎が燃え盛る。
神経を研ぎ澄まし、本物の殺意を漲らせると、カカロは呼応するように物騒な気配を放った。
ぴぃんと空気がはりつめて、音が遠くなる。
カカロは、獲物の首筋に狙いを定めた狼のような瞳で哥舒臨を見た。
──そう。それだ。それこそが、俺が惚れ込んだ男の最も美しい顔だ。
どくん。どくん。どくん・・・!
心臓が強く鼓動する。
高揚に口角が上がる。
緊張が呼吸を止める。
視線は熱く絡み合う。
筋肉がぎちりと軋む。

ほんの些細な身じろぎを契機として、彼らは駆け出した。
ギィンと鈍い音が響き、大剣と長刃が鍔迫り合う。嫌な予感がして後ろに飛び退くと、哥舒臨の右脚があったところに紫電が落ちた。
再度、斬りかかる。しかしカカロとの間に割り込むように影が現れ、大剣の斬撃と炎を受け止めた。カカロは・・・既に移動している。
哥舒臨は咄嗟にしゃがみ、背後からの一撃を避けた。バチッ!と鋭い音がして、頭のすぐ上をカカロの長刃が通り過ぎる。
全方位に黒炎を散らすと、執拗に追いすがってきた影は搔き消えた。カカロは距離を取り、哥舒臨の出方を窺っている。
やはり、1対1の戦闘においてカカロの能力は厄介だ。
速さと威力を兼ね備えた雷も、高度な動作をしてみせる影も、どのタイミングでどこに現れるか予測がつかない。
カカロが放つ殺気は紛れもなく本物だが、おそらくまだ手加減はしているのだろう。本気で殺すつもりなら、もっと雷と影で畳み掛けるように攻撃してくるはずだ。
まあ、それは。仕方ない。哥舒臨だって少し手は緩めている。
そうしないと、お互いの体に取り返しのつかない怪我を負わせかねないからだ。
結局はこれもごっこ遊びか、と苦笑する。
だが、グラディエーター達の戦いよりは、格段に。ヒリつく命のやり取りをしている。

ピィッと笛が鳴った。
「はっ・・・!はぁ・・・!」
熱狂が過ぎ去り、音が戻ってくる。哥舒臨の喉元には、カカロと影の長刃が突き付けられていた。
実際のところはまだまったく勝負はついていない、が。審判はカカロの勝ちとしたらしい。
ふう、と息を吐いて大剣を下ろす。最後までやりきったという感覚はないが、まあ、悪くない落としどころだ。
そこから一拍置いて、わっと歓声が上がった。
すごい、強い、かっこいい、などの言葉があちこちから聞こえる。
そうだろう、そうだろう。ようやく俺たちのすごさと強さとかっこよさが分かったか。
「・・・まったく。お前のせいで、いつもの3倍疲れた」
哥舒臨同様に長刃を下ろしたカカロは、不機嫌そうに呟いた。
彼自身は、自分が侮られていようが尊敬されていようが、どちらでもよかったのだろう。だが、哥舒臨はどうしても譲れなかった。
「悪かった。だが、お前の対戦相手の態度がどうにも目に余ってな」
「俺のためにやったということは分かっている。ありがとう。だがそれはそれとして疲れた」
拗ねた顔をしているカカロは、なんだか少し幼く見える。疲れた疲れたと繰り返すのもあまり彼らしくないが、これは甘えられていると思ってもいいのだろうか?
「わかったわかった。この後の対戦は俺が多めに戦う。それでいいだろう?」
苦笑しながら言うと、カカロはこくりと頷いた。

*
仕事を終え、帰路につく。
ぎゅごごごご、ぐるぐるぐる・・・と大きな音が鳴り響き、哥舒臨は自身の腹をさすった。
「とんでもなく腹が減った」
「・・・いつも思うんだが、その燃費の悪さでよく将軍をやれていたな」
「北落野原では腹が減らん」
「どういう理屈だ・・・?」
「あそこは辛気臭いし空気も悪いし、飯を食う気にならん」
「そういうものか」
話しながら歩いていると、とある屋台が哥舒臨の目に留まった。セブン・ヒルズで採れたフルーツをカットし、よく冷やしたものを売っているようだ。
一日中激しい運動をして疲労が溜まっているせいか、とてもうまそうに見える。最近は気温も高くて暑いし、こんな日には冷たいものを食べたくなって当然だ。
哥舒臨が無言のまま屋台に吸い寄せられていくのを見たカカロは、やれやれと笑みを浮かべた。

*
4日仕事に行き、1日休みを取る。カカロと哥舒臨はそのサイクルを淡々と繰り返していった。
今日は、セブン・ヒルズで仕事を開始してから25日目。ちょうど休みにあたる日だ。
カカロはソファに横たわり、気怠さの残った体を休めつつ投影モニタを眺めていた。今、ホテルの室内にいるのは彼1人である。
哥舒臨はというと、昼食を食べ終えてすぐにどこかへと出かけていった。少し暇になったのだろう。
『試合の後にはこれ!爽やかな甘みと酸味が疲れた体に染み渡る!』
うとうとしながら、モニタが映し出すコマーシャルを見る。
哥舒臨が戻ってくるまで、少し昼寝でもしていようか・・・?
くぁ、と大きな欠伸をして、目を閉じた。コマーシャルの音が、いい子守唄になりそうだ。
『あなたの好奇心を満たす。大好評につき、増産決定』
・・・好奇心、か。哥舒臨も、好奇心の強い奴だ。
カカロは目を瞑ったまま、ぼんやりと思考した。それは眠気によって蕩けており、確固たる形を持たない思考だ。
哥舒臨は飽き性だし・・・新しくて面白いものを好む。
そんな男が、なぜいつまでも俺に執着していてくれるのだろう。
俺は、そこまで面白い人間ではないはずだ。会話だって毎回似たようなものだし、俺自身だって大きく変化したりもしない・・・
それなのに、どうして・・・あいつは──

ガチャ、とドアが開いた音でカカロは目を覚ました。哥舒臨が帰ってきたのだ。
むくりと体を起こし、「おかえり」と声をかける。
「ただいま。おいカカロ、これを知っているか?」
哥舒臨はデバイスを操作し、何枚かのカードを表示させた。
そのカードには、見覚えがある。グローリー・ヒルズのデッキカードだ。
「グローリー・ヒルズだな」
「やはり知っていたか。遊んだことは?」
「ある。・・・それなりに」
カカロは、以前セブン・ヒルズに来た時のことを思い出した。
あの時は・・・そう。偶然この地を訪れていた漂泊者と、熱いデュエルをしたのだ。あれはなかなか楽しい時間だった。
「よし。なら俺とデュエルしろ!」
「ふ・・・望むところだ」

*
グラディエーター達との戦闘訓練、最終日。
「ありがとうございました!カカロ先生!」
「哥舒臨先生も!ありがとうございました!」
すっかり慕われたカカロと哥舒臨は、グラディエーター達からの感謝の言葉を浴びていた。
訓練は1ヶ月と短い間だったが、彼らとはなかなかいい関係を築けたようだ。
「あの、もし良ければ・・・この後、皆で打ち上げに行きませんか?」
マネージャーに誘われ、カカロは哥舒臨の方を見た。
「どうする?」
「ああ、いいぞ。久しぶりに酒が飲みたい」

3時間後。
料理と酒を十分に楽しんだ彼らはいったん宴会を締め、店の外で最後の挨拶を交わしていた。
「本当にありがとうございました。また機会があれば、ぜひカカロさんにご依頼させていただきます」
「ああ。いつでも連絡をくれ」
そう答えるカカロの頬は、少し赤い。勧められるままに飲んでいたから、やや飲みすぎたのだろう。
とはいえ足元はしっかりしているし、ほろ酔い程度か。介抱は必要なさそうだ。
挨拶を終え、カカロと哥舒臨は並んで歩き出す。
そのまま20mほど歩いたところで、背後から「カカロ先生・・・!」という声がした。振り返ると、1人の若い女性グラディエーターが立っている。
「あの、カカロ先生、私・・・」
彼女は恥ずかしそうに口ごもり、もじもじとしている。そして、不安そうに哥舒臨をちらりと見た。
このタイミングで、この態度。まあ、十中八九そういう話だろう。
「こいつに惚れたか?」
哥舒臨が尋ねると、彼女は顔を赤くした。「あ、あの、」と慌て、緊張を誤魔化すように両手を無意味に擦り合わせている。
哥舒臨は笑い、カカロをぐいと引き寄せた。そのまま、彼の唇に触れるだけのキスをする。
「・・・悪いな。こいつは俺のなんだ。諦めてくれ」
「えっ・・・!あ、す、すみませんでした・・・!」
彼女は驚き、一歩、二歩と後ずさってから、踵を返して走り去っていく。
カカロはその背に向かって、「すまない。ありがとう」と声をかけた。
「色男はつらいなァ?」
からかうように言うと、カカロは何と答えたらいいかわからないという顔でしばし黙り込んだ。
「・・・・・・。・・・別に、つらくはないが」
「真面目に返すな。そういうのをマジレスというんだぞ」
「まじれす」
カカロはきょとんとして首を傾げた。
「まったく、可愛いやつだなお前は」
「まじれすが、か」
「そこじゃない。・・・いや、そこでもあるのか・・・?」
「?」

*
翌日。
哥舒臨はベッドの上でだらだらしながらカカロに尋ねた。
「で、明日からの依頼はどんな内容なんだ」
カカロは下着姿のままぺたぺたと歩き、冷蔵庫の中を覗きながら答える。
「分からないのが1件と、ペット探しが1件」
「ペット探し?」
「一昨日、急に入った依頼だ。ペットの音骸がいなくなったらしい」
カカロは冷蔵庫の中からよく冷えた水を取り出し、ゆっくりと飲み込んだ。ひんやりと冷たい感覚が食道を通り、胃へと落ちていく。
「ふーん。・・・まあ明日も暇だし、お前の仕事についていくとするか」
「好きにしろ」
水を冷蔵庫の中に戻し、その代わりに卵とベーコンを取り出す。
腹が減った。これと、数日前に買っておいたパンで、何か軽い朝食でも作るとしよう。

*
1件目の依頼は、伸びに伸びた雑草を刈ってほしい、というものだった。
わざわざ傭兵に頼むような内容でもないと思うのだが、きっと依頼人にも事情があるのだろう。疑問に思いはするが、詮索するほどでもない。
そして草刈り自体は一瞬で終わった。哥舒臨が黒炎で草を焼き払ったからだ。
黒炎は草刈りに便利。覚えておこう。
続いて、2件目の依頼。
指定の場所に向かうと、そこには5才ほどの幼女と、その母親らしき女性がいた。早速話を聞いてみると、幼女は「ぷりんちゃんがいなくなっちゃったの・・・」と泣きだした。
母親がすかさず補足する。
「音骸のパタのことです。一昨日に散歩をしていたのですが、少し目を離した隙にいなくなってしまって・・・」

カカロと哥舒臨は、プリンちゃんがいなくなったという場所に向かった。
そこは、端の方ではあるが一応首都の中に含まれる場所だ。首都中心地と比較すると緑が多い印象だが、寂れているわけではない。人通りもそこそこあるようだ。
「ここで・・・探すのか。プリンちゃんとやらを・・・」
哥舒臨は嫌そうな顔をしている。カカロはそんな彼に構わずデバイスを操作し、依頼人から拝借した撮影記録を空中に投影した。
そこには、嬉しそうに空を飛ぶプリンちゃんが写っている。カカロは再びデバイスを操作し、プリンちゃんの上下に大きな赤い文字を表示させた。内容は、「探しています プリンちゃん」。
「通行人から見ても分かるようにしておかないと、通報されてしまうからな」
「・・・・・・」
それはそうなのだろうが、何というか、その。恥ずかしくないか・・・?と哥舒臨は思った。
しかしカカロは気にした様子もない。デバイスを近くに置くと、生垣をガサガサと掻き分け始めた。
「プリンちゃん。いるか?プリンちゃん」
その様子を、通行人は好奇の目で見つつ通り過ぎていく。
哥舒臨は仕事についてきたことをちょっと後悔した。

「プリンちゃんを知らないか」
あちこちを調べまわったカカロは、とうとう野良(?)パタとの会話を試み始めた。
プリンちゃんなんて言ったところで、音骸には理解できないだろう。哥舒臨はそう思ったのだが、野良パタは意外にも期待の持てる反応を返した。
すぃーっと飛んでいき、ちらりとカカロたちの方を振り返る。それはまるで、「ついてこい」と言っているようだった。
「知っているみたいだ」
「マジか・・・」

野良パタはすいすいと飛び、そのまま首都から出た。建築物や人は減り、豊かな自然が彼らを迎える。
「本当にいるんだろうな?」
「ひとまず、ついていくしかないだろう」
そうして5分ほど歩いた頃だろうか。野良パタは、大きな樹木の前に辿り着いた。
太い幹の根元には穴が開き、中は空洞になっている。やや狭いが、大人1人くらいなら入れそうな大きさだ。
野良パタはその穴の中に飛び込んだ。数秒後、パタがわらわらと何匹も出てくる。
「おい、たくさんいるぞ」
「ふむ・・・7匹か。この中にプリンちゃんがいるんだな」
「いるのか・・・?見分けがつかんだろう」
カカロは穴の前に座り、デバイスでプリンちゃんの撮影記録を投影した。そして、パタを1匹ずつ捕まえ投影と見比べ始める。
「・・・こいつは違う。目が少し小さい」
カカロは確認し終えたパタをぽんと哥舒臨の前に置いた。
哥舒臨にはごく普通のパタにしか見えない。投影と何が違うんだ?
「・・・?」
「・・・こいつも違う。体が少し大きい」
カカロはまたもやパタを哥舒臨の前に置いた。
哥舒臨にはごく普通のパタにしか見えない。投影と何が違うんだ?
「・・・??」
「・・・こいつも違う。羽の色が少し濃い」
カカロはまたもやパタを哥舒臨の前に置いた。
哥舒臨にはごく普通のパタにしか見えない。投影と何が違うんだ?
「・・・???全部同じじゃないか」
「全然違う。これだからペット探し素人は・・・」
ペット探し素人って何だよ。いや確かに素人ではあるが。
カカロは次のパタを捕まえると、じっくりと観察し始めた。他のパタよりも長いこと眺めている。
「・・・おそらく、こいつがプリンちゃんだ」
「はぁ、そうか・・・」

「ぷりんちゃん!ぷりんちゃんだぁ~!」
連れ帰ったパタを渡すと、幼女は嬉しそうにはしゃぎ回った。
本当にそのパタが『プリンちゃん』なのか、哥舒臨にとっては疑問でしかないが・・・まあ、丸く収まったのなら何でもいいか。
「おっきいおじちゃんたち、ぷりんちゃんをみつけてくれてありがとう!」
幼女はパタを抱え、にっこりと笑った。
何にせよ、めでたしめでたしである。

***
破陣基地の執務室にて。忌炎はいつものように書類と睨めっこをしていた。
不意にノックの音が聞こえて、顔を上げる。すると、忌炎の返事を待たずに入ってきた人物と目が合った。哥舒臨だ。
「おかえりなさい」
「ああ」
彼は短く返事をすると、入口近くの応接ソファにどっかりと座った。
何というか、相変わらず自由な人だな・・・と忌炎は苦笑する。
哥舒臨の後ろにはカカロもいて、彼はまっすぐに忌炎の方に向かって歩いてきた。
「忌炎、土産だ。悪かったな、あいつを3ヶ月も連れ出して」
忌炎の机に、どさどさと土産が置かれる。どうやら、日持ちのする菓子や茶、リナシータ固有の植物の種など、色々なものを持ってきてくれたようだ。
「ああ、こんなに・・・ありがとう、カカロ。リナシータは楽しめたか?」
そう尋ねると、カカロはやや考え込んだ。
普段の彼であれば、「任務のために行っただけだ」と即答しそうなものだが。悩むということは、それだけ『任務外の思い出』が多かったのだろうか。
微笑ましく思いながら返答を待っていると、哥舒臨が「俺は楽しかったぞ」と口を挟んできた。
カカロは彼の言葉を聞き、一度、二度、確かめるように頷く。そして、口を開いた。
「ああ・・・俺も、楽しかった」
そう答える彼の口元には、柔らかな微笑が浮かんでいた。