スサ
2025-06-23 20:26:43
2836文字
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【ゲタ水】アルバイト

(元)スーパーアルバイター〓吉に夢を見ています。喫茶店をやってる長生きおじさんの水木と、シャクショ勤めのゲタ吉です。※3月に出した雷獣と同じ設定です
猫ちゃんは髪の毛ふたつ結びの方の猫ちゃんさんです。

「これは僕が神宮でビールを売っていた時の話ですが
「え?」
 唐突に真顔になったゲタ吉に、水木はつい声を出してしまった。
 ──しかし、今カウンターの向こう、ゲタ吉の話を聞いている顔色の悪い青年は真剣な顔をしている。
 何の話なんだ、と思いながらも店主でもある水木は見守りに徹する。
 顔色の悪い青年は常連客の息子で、やや引きこもり気味で、しかしとにかく何か外に出ることを、つまりはパートやアルバイトから始めていこう、と考えているそうだ。
 水木さん、雇ってもらえない? というマダムの台詞に頷くわけにもいかず(水木の店は少々特殊なので)苦笑した時、ちょうど昼を食べにきたゲタ吉が「僕が少しお話していいですか?」と入ってきた。「僕、こう見えても結構色んなバイトの経験があるので」と。
 ──そして、今に至る。
「夏ですしね、すごく暑いしビールだけじゃないけどすごい重いし、やっぱり可愛い子とかがビールいっぱい売れるわけなんですけど、あとは基本給に歩合だったり
 自信を喪失させないか?大丈夫か?というか体力的に無理ではないか、などの危惧が水木の中で生まれるが、はらはらしつつもまだ見守りを解かない。
 それはそれとして、球場でビールを売っているゲタ吉を見てみたかったという気持ちも湧いた。
 今でこそこの関係(つまり、伴侶のような)に落ち着いたが、そうなるまでには結構な紆余曲折もあった。だから、ゲタ吉が学生をしていた頃のことは、知らないことも多かった。特にアルバイトについてはそうだ。水木はほとんど把握していなかった。止められるかと思ったゲタ吉が黙っていたのだ。これについては、なぜ黙っていたのか、と少し喧嘩になったことがある。

 でも、水木さんバイトのこと知ったら、金は俺が出すから学業に専念しろって言ったでしょう?

 上目遣いで機嫌を取るように、けれどもほんのわずか拗ねたように口も尖らせ、ゲタ吉は言った。当たり前だと気色ばむ水木に、それじゃ情けないじゃないですか、僕はあなたに男として見てもらいたかったわけなのに、とゲタ吉も返し
 後は、まあ、雨降って地固まる、というやつだ。
 そんな、やや甘酸っぱい思い出に浸っていた水木だが、当然目の前の会話は進む。
「でもネ、楽しかったですよ」
 青年は瞬きした。
「そりゃまあ色々ありましたけどネ、大抵のお客さんは野球観に来てるわけで、チョット可愛いお姉さんからビールもらいたいなとかはあるにしても、まあ誰がやってるかなんて気にしちゃいないわけです」
 青年が生真面目に頷いている。この子ビール売りどころか炎天下に出ただけで倒れるんじゃないか?、と水木は思ったが、ゲタ吉を信じて見守る。
「まあ、これはひとつのケースなんだけど。どういうことが気になるかって人によるでしょ。でも、全然知らない人だらけの所に飛び込むのも悪かないですよ。だめなら給料もらって辞めればいいわけだし」
 へらりと笑って、ゲタ吉は頬杖をついた。長めの髪がさらりと揺れる。そうすると、口調や態度と裏腹、妙に落ち着いて、何なら美形に見える。いわゆる雰囲気がある、というやつだ。
「ま、僕も気に入らないことがあって、チクショー辞めてやる!ってその日の分の金だけもらって、むしゃくしゃしたんでラーメン大盛りと餃子と炒飯食べてビール飲んですっからかんにしましたんで!」
 てへ、と笑う顔はもう愛嬌のあるものに戻っている。しかし話の内容に、水木はガクッとずっこけそうになった。ますますもって何の参考にもならなさそうだ。というか何をやっているんだ。
 が、青年の方は何やら妙に感心した様子で頷いて、最後には、ありがとうございます、と頭まで下げたのだった。
 眼前でそれを見せられた水木は、狐につままれたような気分だった。

 昼を食べた後は喫茶店に手伝いに入ったゲタ吉に、閉店後、水木は昼間のことを聞いてみる。
「おまえビールの売り子なんかしたことあったのか」
「はい。猫ちゃんに誘われて」
「はあ、猫娘さんに」
 黒髪をふたつに結わいた妖怪の少女を思い浮かべながら、水木は頷く。
「実際は、行方不明、神隠しに遭うバイトが何人か出たんで雇われる形で潜入したんですけどね」
話が違う
 呆気に取られた水木に、そりゃ本当のことは言えませんよ、とゲタ吉は肩をすくめる。
 こういう時、不意に、こいつはもう大人の男なんだよな、と水木は思うのだ。それは確かに内面は何十年と生きているから大人に間違いないのだが、そういう話でもなく
「それに、バイトしたのも嘘ではないですし」
「スタンドで?」
「そう。女の子が人気で僕は暇でしたけど、お姉さんの集団なんかは例外的に面白がって呼んでくれましたね」
………ふぅん」
 何となく面白くない気持ちになり、適当な相槌をうつ。だがそれをゲタ吉が見逃すはずもなく。ぱっと瞳を輝かせると、嬉しげに水木を覗き込んでくる。テーブルを拭いていた布巾をぎゅうぎゅうに握りしめながら。
「あ!ヤキモチですか?!心配しないでください、僕水木さん一筋なんで!」
「心配してねえ」
 ムスッとした顔で言い切り、それで、と水木は強引に話を戻す。
「その神隠しってのは解決したのか」
「勿論です。チョチョイのチョイですよ」
「で、ラーメン大盛りに餃子に炒飯にビール?」
 ふ、とそこでゲタ吉はなぜかやわらかく笑った。
「そうです。それで神隠ししてたやつと手打ちにしたんですよ」
………
 水木はなんとも言えない顔で黙り込み、結局、そのままそうっとゲタ吉の頬に触れた。
 あの青年にはわざわざお気楽な軽い男の調子で接して、本当のことなんか、水木にだって聞かなければ喋らないままで
「水木さん?」
 じっと見つめてくる水木に、ゲタ吉は不思議そうな顔をしていた。
「今のおまえは副業になると面倒だから、現物支給でいいよな」
「え?」
 片方の目が真ん丸になる。そこは幼い頃から変わらなくて、水木の中のいとおしさが振り切れる。
「餃子はにんにく抜きにしよう、ラーメンと炒飯は作ってやる。売ってるやつだけど、許せよ」
「は、はい
 水木は爪先立ちになり、抑えていた頬にそっと唇で触れた。
「!」
 ゲタ吉の白い頬が赤くなる。
「にんにく味だと、チューした時笑っちまう気がするんだよな」
……っ」
 何でもない風を装おうとして、水木も頬の赤さで失敗している。ゲタ吉はといえばビシッと固まった後、とうとう布巾を放り投げて水木を抱きしめた。
「僕は何でも美味しく頂きますけど!」
 あまりに熱心な様子に、水木は笑ってしまった。
 ──が。
「なあ、ところで、そのバイトの後でビール飲んだの、高校生だったら駄目なやつじゃなかったのか?」
 気になっていたことをついでに聞けば、ゲタ吉はニッコリ笑って目を逸らした。