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ぷの
2025-06-23 19:28:09
3204文字
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レイチュリ ※ベ限
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レイチュリ小話よせあつめ
P1 - メンテナンス(2025/6/23)
【メンテナンス】
「おかえり。お疲れさま、レイシオ」
徹夜と仮眠で低空飛行する日々を越えて真夜中に帰宅したレイシオは、玄関ドアを開けるなり耳に心地よく響いた恋人の声を幻聴だと思った。ここしばらく忙しさにかまけ、届いたメッセージに既読をつけることすらせずに彼をないがしろにした自覚がある。きっと腹を立てているだろう。こんなふうに家に来て優しく出迎えてくれるなど、極まった疲労が見せた幻覚に決まっている。
だが、まぎれもない現実だった。実物のアベンチュリンはレイシオが思うより優しくて寛大だ。その腕にふんわりと抱きしめられたら、凝り固まった老廃物がざあっと溶け出したように体が軽くなった。
「会いたかったよ、仕事中毒さん」
「僕もだ。君にそう呼ばれるのは心外だが」
ぎゅうっと抱き返したレイシオは、腕をゆるめてアベンチュリンに少しだけ体重を預けた。彼は小柄で細身だが案外体幹がしっかりしていて、少しくらいの荷重なら軽々と支えてみせる。心を許した相手に寄りかかるのは、張り詰めた神経を安らがせるのにとても効果的だ。アベンチュリンの首に顔を埋めて、レイシオは深く息をついた。彼の香りに包まれて、今にも寝そうなほど気が抜けた。
「バスタブにお湯を張ってあるよ。溺れないように見張ってあげるから、寝る前にさっぱりしたらどうだい?」
「願ってもない」
「そうだろ。僕は君が欲しがってるものがわかるんだ」
鮮やかに微笑んだアベンチュリンに手を引かれて歩きだす。リビングに寄って荷物を放り出し、脱衣場で着ているものを一枚一枚脱がされて、バスルームに送り込まれた。追って入ってきたアベンチュリンも腰にタオルを巻いただけの姿だ。全身を手早く洗われ、バスタブに浸かる。てっきり一緒に入るものと思っていたのに、アベンチュリンはバスタブの縁に沿わせて椅子を置いた。そこに腰かけて膝下だけを湯に浸け、一人でゆったりと横になったレイシオの後頭部を両足の間に迎え入れる。濡れた前髪をかきあげて上を向かせ、畳んだタオルをレイシオの頭の下に挟んだ。
「寝るの我慢してね」
頭皮をほどよい力でマッサージされては無理な注文だ。そう文句を言えば、頑張れ頑張れと口先だけの応援を寄越した。
今日のアベンチュリンの触れ方は、レイシオの欲を刺激しないように気を配っている。疲れているせいで半分勃ち上がっていたそこも、事務的に洗っただけで構いはしなかった。正直なところ、したい。だが、意欲に頭も体もついてこない。今しても十分な満足は得られないだろう。眠気に負けて半端に終わるくらいなら、回復してから臨む方がいい。
そう思いながらも、顔の両脇に伸びる素晴らしい脚の内腿に口づける誘惑には抗えなかった。吸い寄せられるように顔を傾け
――
アベンチュリンの手のひらに包まれて戻され、動かないように固定された。
「だーめ。自分のコンディションはわかってるだろ。一方的に貪られて悔しい思いをしたくないなら、僕を煽っちゃいけないよ。ふふ、髭が伸びてるね。剃ってもいいかい?」
レイシオのざらざらの顎を撫でながら、アベンチュリンは楽しそうに尋ねた。
「出たら剃る。髭剃りを持ち込んでいないだろう」
「カミソリでよければあるよ。剃りたいな、僕を信じられる?」
アベンチュリンの指先が顎から首に降り、横に流れて耳の下までを辿る。髭の生え具合を確かめながら、太い血管のあるところをトンと軽く叩いた。
「信じているから、こうして身を委ねている」
バスタブの中で弛緩しきったレイシオは、今アベンチュリンが害意を抱いたなら簡単に息の根を止められるだろう。湯に沈められようと、タオルで気道を塞がれようと、カミソリで首を切り裂かれようと、抵抗できる気がしない。アベンチュリンから与えられるものはすべてレイシオのためを思ってものだと考える、幸せにふやけたこの頭では。
「じゃあ、やらせてもらおうっと」
アベンチュリンはあらかじめ道具を用意していたらしい。もう一枚のタオルを湯にさらして絞り、顔の下半分を包んだ。小さく鼻唄を歌いながら、リズムよくシェービングフォームの缶を振る。その曲はだいたいアレグロで力強く演奏されるものだが、少ない音数でゆったりと奏でては情熱も荒々しさもない。
「それは、僕を緊張させるための選曲か?」
「知ってるなら、少しは眠気覚ましになったかい? 安心して、カミソリの刃を研いで見せたりはしないよ」
顔からタオルを外してデコルテに被せ、何度もリメイクされた古い映画のワンシーンのように、シェービングフォームを塗って馴染ませる。お客様、得物はこちらです。恭しい手つきで目の前にかざされたカミソリの、新品の白刃が明かりを弾く。安全ガードのない一枚刃のシンプルな形だ。泡まみれで口がきけないレイシオは信頼の証しに目を閉じて、独裁者と瓜二つの床屋に首を差し出した。
メロディに乗って、アベンチュリンは器用に髭をあたっていく。彼が刃物の扱いに長けていることを知っているから、恐ろしさは感じない。優美に、柔らかく。上手に表面を撫でる刃はレイシオを傷つけない。
カミソリを置いてからも、ちょび髭の床屋とは違って優しい手つきだ。残った泡を丁寧に流して水分を拭き取る。空気に触れた肌はわずかなひりつきもない。作業を終えたアベンチュリンは滑らかになったレイシオの輪郭をひと撫でして、曲の終わりに合わせて顔の前でパチンと指を鳴らした。
催眠から起こされたように目を開く。だが、目の前の光景は作り物よりよほど幻想的だった。レイシオをうっとりと覗き込む恋人が、「君は本当に男前だね」と表情のすべてで言っている。くたびれた心は、すっかり潤いを取り戻した。
「そろそろ上がろうか。君、今にも寝そうだろ」
「
……
ああ」
「ふにゃふにゃだなあ。抱っこして出してあげる力はないから、もうひと頑張りして自力で出て」
先にバスタブを出たアベンチュリンに手を引かれて、湯から上がる。歯ブラシを渡されて染み付いた手順で磨いているうちに、バスタオルで全身を拭きあげられ、パジャマを着せられて、肌や髪のケアをされた。足を上げて。腕を通して。口を濯いで。座って。立って。こっちだよ。命じられるままレイシオは従い、ベッドで寝かしつけられた。
「おやすみ、レイシオ」
部屋の明かりが落とされ、アベンチュリンの表情が見えなくなる。レイシオの世話を優先してまだバスローブ姿の彼が着替えに行こうとするのを、袖を掴んで引き留めた。
「そのままでいい」
「シーツが濡れるよ」
「脱いでその辺に放っておけ」
「素っ裸で寝ろって?」
返事の代わりに、上掛けをめくって腕を広げる。早く、と手招くと、ふっと笑う気配がした。
ややあって腕の中に潜り込んできた素肌をレイシオは抱え込んだ。やはり、ここまで全部妄想かもしれない。なにもかも都合がよすぎる。
だが、まぎれもない現実だった。レイシオの胸にすり寄ってアベンチュリンがこぼした言葉は、レイシオが想像する甘い睦言とはほど遠い。
「やれやれ、もう暴君のご帰還だ。起きてからも圧政を強いるなら、長いスピーチで皮肉ってやる」
やはり現実に勝るものはないと実感して、レイシオは柔らかな金髪に顔を埋めた。労られて潤ったあと、本調子を取り戻すのに効くのは、どんな優しい言葉よりこれだ。
アベンチュリンには悪いが、スピーチは聞いてやれない。目覚めたらまず、よく回る口から塞ごう。そして無防備な体を速く情熱的に追い上げれば、レイシオの腕の中から出られなくなる。しばらくは満足に息もつけないことだろう。
「ねえ、何か企んでる?」
「おやすみ」
「あれ、やりすぎたかな
……
」
次は、レイシオがアベンチュリンの全身を洗ってやる番だ。明日は最高の休暇になる。
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