Maisie_Lyju
2025-06-23 00:22:35
15913文字
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異世界転生ヒカセンは逆ハーを目指さない⑥

乙女ゲームの世界に転生しちゃった光の戦士(脳筋ララフェル)は逆ハーなんて興味ないので全力でアゼム(悪役令嬢)とエメトセルク(王子ってか魔王)をくっつけます!

5:光の戦士、初見で爆散する(恋はスリルショック!サスペンス?)


 私は双眼鏡を片手に匍匐前進をしていた。もちろん頭には緑のヘルメット型装備をかぶっている。
 横には背を屈め、ソロソロと歩く、両手によく葉の茂った木の枝を持っている泡ヒュがいる。
「いたぞ、対象だ」
 私は抑えた声で鋭く言う。
「うん、まぁ、いるね」
 泡ヒュは平坦に言う。いや、超絶目のいい泡ヒュは随分遠くから見えてたんだろうけど。
「ノリが悪い! ほら、行くぞ! 二人の会話を聞こえる場所にな!」
「はいはい」
 私の意気込みとは対照的に、泡ヒュは適当な返事をする。
 全バームクーヘンエンドを目指す。つまり、全ルートで攻略対象キャラと、その際ヒロインのライバルとして立ちはだかるはずのキャラをくっつけて回る、という前人未到のコンテンツに挑む決意をした我々は、即刻行動を開始し、ここに至るというわけだ。もう少し気合いを入れて欲しい。
「ハイは一回だ」
「はーい。というか、コソコソしなくても普通に会話に入りに行けばいいのに」
「大変遺憾ながら私はヒロインという立場……。二人の間に割って入るような行動は厳に慎まなければ」
「でもこれじゃ盗み聞きだよ……
「失礼な。これは事前準備ってやつだ」
 私は冒険者として恋に限らず様々な人間関係の橋渡しをしてきたわけだが、それには対象双方への深い洞察と想いに寄り添う姿勢が不可欠なのだ。いきなり突撃など言語道断。しかも異世界転生×バームクーヘンエンドはニッチすぎるジャンルだったのか、数多のアラガントームストーン同人を読んだ私もお目にかかったことがない、つまり未予習なのだ。事前準備なしに突入など以ての外!
 匍匐前進の私と木の枝カモフラージュの泡ヒュで対象に近付く。
 対象はまだこちらに気付いていない。
 ここはアナイダアカデミアが誇るハルマルト院の温室。世界中の珍しい植物が所狭しと展示されている。対象はそこでデート中……の、はず。
 なのに二人ともやけに厳しい顔をしている。
 二人の会話が聞こえてきた。
「お前……馬鹿なのか? 私がそんな話を信じるとでも? 吐くならもっとマシな嘘にするんだな」
「馬鹿はそっちだろう! さすがの私も嘘ならもっとマシなことを言う! 見くびるな!」
 対象、エメトセルク(メイン攻略対象らしい)とアゼム(悪役令嬢)は、そう言って睨み合っている。
「では、こういうことか。仮にもアゼムの座に就く者が、それほど強力な呪を受けて、何も、全く、ちっとも、気がつかなかったと」
「ぐ……。そうだよ。本当に、全くそんな術の気配はなかった」
「そんなわけあるか。寝ぼけてでもいたんだろう」
「はぁ?! 君じゃあるまいし! 寝ぼけ眼で出歩かないよ! とにかくもう、なんとかしてよ」
……かけられた術もわからないのになんとかできると思うな」
「なんでだよ! 髪型を元に戻すだけじゃないか!」
 どうやらアゼムは縦ロールになってしまった髪を元に戻そうとしているらしい。見事に渦を巻く髪を一房掴んで、エメトセルクに見せつけている。
「なら自分でなんとかするんだな」
「やってみてダメだったの! エスナはもちろん、梳かしても、濡らしてもダメだったんだよ。ヒュトロダエウスも見たことない術だって……。もう頼れるのは偉大なるエメトセルクだけなんだよ。その莫大な魔力でさ、ちょちょいと治してよ」
「私はお前の便利屋ではない。そんな訳のわからない事象に巻き込むな。そもそも、たかが毛先の変形だろう。術も他には及んでいない。厭なら、短髪にでもしろ」
「はぁああああ?! 女の子に髪切れってかーーーー?!」
「なんだ? 長髪に未練が? ああ、そうだな。お前の女らしいところなど、それしかないからな」
「なんだとーーーー?!」
 二人は取っ組み合うんじゃないかという勢いで遣り合っている。
 おかしい。
 アゼムとエメトセルクは幼いころではあるが、将来を約束したほどの仲と聞いている。
 そんな異世界転生ものにありがちな設定を抜きにしたって、私の認識では二人はとっても仲良しのはずだった。エルピスやウルティマトゥーレで聞き齧った感じから、ボケのアゼムと合いの手のヒュトロダエウスとツッコミのエメトセルクという、友人関係の黄金比を成立させているのだと想像していた。
 しかもアゼムのクリスタルなんて熱烈友情アピールしてたし。たとえ今は天地に隔たれ、心隔たれていようともって。それでも消えない親愛が形になったのが、あのクリスタルのはずだ。
 私は隣の泡ヒュを見る。
「エメトセルクとアゼム、なんか仲悪くない……?」
 泡ヒュは苦笑する。
「仲は悪くないよ。なんだかんだ互いへの好感度も高いし。ただ、まぁ、とてもよく喧嘩するんだ」
 いや、それ全然好感度高くないでしょ。
「いや、よく喧嘩するのは普通、仲悪いって言うよ」
「うーん……そうとも言えるけど、あの二人は昔からああなんだよ」
「ずっと、あの状態?! めっっちゃくちゃ仲悪いじゃん!」
 二人してコソコソ言い合っていると、
「やあやあ」
 不意に背後からそう声を掛けられた。
 バっと振り向くと、そこにはヒュトロダエウスが笑顔で立っていた。
「新入生オリエンテーションをサボったオリヴィアとワタシの影身じゃないか。こんな所で二人、何をしてるのかな?」
 ヒュトロダエウスの問いに、泡ヒュと私は顔を見合わせた。
 なんか誤魔化してもヒュトロダエウスには見抜かれる気がする……
 地面にうつ伏せていた私は、身を起こすと、なんでかそうしなきゃいけない気がして、ヘルメットを取ってヒュトロダエウスに向かって正座した。泡ヒュの方は両手に持っていた木の枝を横に置いて、正座は難しかったらしく体育座りする。
「ええーと、エメトセルクとアゼムの様子を伺っていました……
 そう正直に言うと、ヒュトロダエウスはちょっとビックリしたような顔をする。
「驚いた。ワタシと一緒だなんて」
「ん? ヒュトロダエウスも二人の様子を?」
 まさか、ヒュトロダエウスも二人をくっつけようとしているのだろうか。それならいい協力者になってくれそうだ。
「いやぁ、珍しくアゼムが困り事を素直にエメトセルクに相談しに行ったからね。ちゃんとお願いできるか心配で、こっそり見ていたのさ」
 ヒュトロダエウスは心配で、と言いつつニコニコしている。
「普段のアゼムなら、自分のやらかしで困ったことになると意地でもエメトセルクを呼ばないんだ」
 泡ヒュがそう補足してくれる。ヒュトロダエウスも頷いた。
「叱られるのがわかってるからね。だからいつもならワタシやエリディブスが、あわや大惨事、になる前に、エメトセルクをせっついて、送り込むことになるんだけど……。それがどうだい? 今回はあんなに困り果てた顔して自分でエメトセルクに『お願い』をして。エメトセルクのあの顔も、満更じゃないんだろうね。フフ」
 ヒュトロダエウスは可笑しそうに言う。
 は?
 困り果てた顔でお願い??
 満更じゃない顔??
 私は思わず振り返ってエメトセルクとアゼム、そしてヒュトロダエウスを交互に見た。
 エメトセルクは満更じゃない顔というより、悪い顔をして、炎魔法を手に纏わせて、アゼムは、困った顔どころか激怒した顔で縦ロールになってしまった髪をその炎から遠ざけている。
 なのにヒュトロダエウスはあくまでも穏やかな笑みを湛えるばかりだ。
 な、何か別の映像でも見えているのだろうか? 私は目をこすってもう一回エメトセルクとアゼムを見る。
 アゼムの縦ロールはエメトセルクの手に捕まってしまい、引っ張ったそれにエメトセルクは炎を近付けて、アゼムは絶叫している。
 あわわわわわ! これはよくない!! 二人の好感度がこれ以上マイナスに振れるのは避けなければ!!!
「アゼムの髪が燃やされちゃう! 助けに行こう!」
 立ち上がりながら泡ヒュの腕を掴んで引っ張り立たせる。そしてそのまま走り出そうとすると、
「えーと、私が一緒に行くのはよくないかな!!」
 泡ヒュがそう叫んで、次の瞬間、私の隣からシュッと泡ヒュが消えた。その腕を掴んでいたはずの私の手も空っぽになる。
……!!」
 私が驚きのあまり言葉を失っていると、ヒュトロダエウスが斜め後ろの方に視線を投げた。
「ああ、アゼムはヒュトロダエウスが二人いるということを認知できないから、強制転移が発動したんだよ。あっちに飛ばされちゃった」
 あっちと言ってヒュトロダエウスが見ているのは私と泡ヒュがここにやって来たときにたどって来た道の方だ。そちらを見ると遠くから泡ヒュが大きく手を振って「いるよ」アピールをしている。確かにここからでは顔の判別も難しい距離。アゼムからは絶対に見えないだろう。そこに戻されたということか。
「な、なるほど……ビックリした……。消滅したかと」
 私は思わずバックバクしてる心臓を抑える。
「安心しなよ。どうにも彼の存在は強固だから、そうそう消えないんだよね」
 ヒュトロダエウスの言い方ではまるで消そうとしたことがあるみたいだ。
 まぁ……海底の泡ヒュと違って、ここには本物のヒュトロダエウスがいるから、必要ない存在ではあるのかもしれない……
 いや! 私には超大事な存在、仲間だから!
 てか、仲間、そう、これじゃPTメンバー足りない! ハーデス戦はML上がってシャーレアン製の装備にしても人数足りないとまったく歯が立たない強敵だ!
「あんたたち、なんでアゼムに泡ヒュのこと話してないの!」
 アゼムが泡ヒュを認知してれば泡ヒュも一緒にエメトセルクに挑めるのに。
「エメトセルクが、自分のやらかしをアゼムに言うわけないじゃない」
 ヒュトロダエウスは当然のように言う。
 くーーー! アゼムは自分のやらかしをエメトセルクに頼らないし、エメトセルクは自分のやらかしをアゼムから隠すのか! 面倒な奴らめ!
「もう! とにかく、エメトセルクに相対するには戦力不足が否めないけど、アゼムを助けなきゃ!」
 そう言って再び突撃しようとするのだけど、ヒュトロダエウスの方はちっとも危機感がない。
 アゼムの髪は今まさに炎に炙られて、バイオレンスだというのに!
「そんなに心配しなくても。あれはいつもの二人のじゃれ合いだよ」
 そう呑気に言いながら私の筋力に引き摺られるのみだ。
「エメトセルク! 乱暴はそこまでだ!」
 私はエメトセルクとアゼムのそばまでやって来ると大声で制止した。
 エメトセルクはアゼムの髪を掴んだまま、こちらを見る。頭を抱えて涙目になっているアゼムもこちらを見た。
「なんだ、オリヴィア・ブライトじゃないか。お前、新入生オリエンテーションを……
「待った、その件ならヒュトロダエウスから叱られたので、皆まで言わなくていい」
 エメトセルクの言葉を遮って私が言う背後で、ヒュトロダエウスが「叱ってはないけど」と呟いたけどそれは無視して、
「エメトセルク、落ち着いてくれ。君の人生からアゼムがいなくなると、君は姿勢の悪い目元に隈作ったブラックFCで中間管理職してるおっさんみたいな男になってしまう。もっとアゼムを大切にしたほうがいい。なんなら結婚すべきだ」
 私の言葉にエメトセルクは眉間に深い皺を寄せると、アゼムの髪を解放して腕を組んだ。
「何をわけのわからんことを。私は今、アゼムの要望を聞いてやって、髪を元の直毛に戻せないかと熱を加えていたんだ。友人を大切に想っているからこその行動なのだが?」
 ん? ストレートアイロンの要領だったか? いやでも、アゼムは嫌がっていた。
「間違ってないけど、大いに間違ってる!!」
 アゼムが肩を怒らせて叫んだ。
 やっぱそうだよね? 髪、炎魔法で炙ってるの確かに見た……けど、あれ、よく見るとアゼムの髪は焦げ一つない。
「熱を加えるのに、なんで炎の幻影まで出すんだよ! 精神衛生に大変悪い!」
 騒ぐアゼムに、エメトセルクはフっと口元を歪ませる。
「ちょっとしたサービスじゃないか」
 そう言ってふんぞり返って笑う姿は……ま、魔王!?
「サービスなわけあるか!! こんなのイジメだろ!! 陰険ヤロウめ!!」
「ほう、陰険ヤロウ……。その陰険ヤロウに頼って来たのは誰だったか」
「ぐ……っ! クソー足元見やがって!!」
 エメトセルクはニタニタ笑って、アゼムは地団駄を踏んでいる。
 え……この二人、ほんとにメイン攻略対象と悪役令嬢なんだろうか……。この関係のアゼムが、ヒロインのライバルになれる気がしないが……
 そう思った時だった。
 アゼムの顔からすっと表情が消えて、スンと空気を嗅ぐように鼻を動かした。
 次の瞬間、
「きゃああああ」
 遠くから悲鳴が聞こえた。
「おや、事件発生かな? これは……ファダニエル院の方で魔物が暴れてるね」
 ヒュトロダエウスが目を細めて言った。
「魔物が?! 助けに行かなきゃ!」
 言うと、ヒュトロダエウスとエメトセルクはビックリした顔をする。
「お前が?」
 あ、そうだった。制服の下はきっちり筋肉つけてるけど、彼らにとってオリヴィアは可憐な美少女編入生、荒事に首突っ込みにいくような子には見えないんだろう。
「フフ。さすが、アゼムと似た魂を持つだけあるね。行きなよ。ワタシたちも後から追いかけるから」
 ヒュトロダエウスは口元に手を当てて笑いながら言った。その言葉に頷いて踵を返す。
 そういえばアゼムは? と思ったときには、アゼムはもうその場にいなかった。その黄金の巻き毛をたなびかせ、はるか前方を行く。
 早い。さすが私の前々前世。学園の地理はまったく頭に入ってないので、後を追わせてもらうとしよう。

 アゼムを追って辿り着いたファダニエル院は、天体や地質学の展示もあれば、人や動物の解説もある、博物館の様相だ。その展示エリアを通り抜けて階段状に長机と長椅子が並んだ大講義室に踏み込む。
 数人の学生が壁際で震えており、その目線の先には、空中にあって威嚇するように口をあける獣と、及び腰ながらそれに相対する学生がいた。
「炎狼、リュカオン……
 私は空中にいる赤黒いフェンリルの姿に思わずそう呟いた。元の世界のエルピスで、世界に解き放つべきか観察を行われていたけど、その獰猛性で殺処分されることになった獣だ。
 すると前にいたアゼムが振り返った。
「よく知ってるな。人里に姿を現すことなどない希少種だぞ」
「あ、うん、まぁ、色々あってそれなりにモンスターの知識はある」
 誤魔化すように言ったけど、アゼムはジロジロこっちを見てきて、疑われてる? と思ったけど、やがてニカリと笑った。
「オリヴィア・ブライトだったか。その筋肉……見かけだけのものか?」
 む! 体の線の出ないこの制服で、この筋肉に気付くとは、さてはこのアゼムという女も……
 私もアゼムにニヤリと笑い返す。
……見かけだけか、試してみる?」
「面白い。前衛は私がやる。敵視をとるから、その腕、披露してみろ」
「オッケー」
 言って私は、ポケットに入れていた怪我した時用の長い布を取り出すと、拳に巻き付ける。
 武器がないからな、モンクの技をぶち込んでやろう。クククク。
(万象闘気演武……)
 心で唱えながら戦闘準備をする。アゼムもスタンスを入れてスプリントを入れている気配。だが、
「待ってくれ!!」
 リュカオンに相対していた及び腰の青年が声を上げた。
 その声は……
 短髪の深緑の髪に、青い目の、
「ヘルメス!」
 そう声を上げると、ヘルメスは一瞬訝しむような目をした。まぁ、この世界のヘルメスからしたら初対面だしね。
 だけど、戦闘の構えの私とアゼムに、
「もう少し待って欲しいんだ。この子をなんとか大人しくさせたい」
 そうヘルメスは訴えた。
「無理よ! ド-ロスの鎖魔法すら引きちぎってしまうリュカオンをどうやって!」
 だけど壁際で怯えている生徒の一人が悲鳴のような声を上げる。
 ああ、ヘルメスは今回も、リュカオンを殺さずにいたいと願っている。
 でも……。リュカオンは明らかにこちらを敵視している。新たな獲物の登場に牙を剥いて。
「大人しくさせる算段はあるのか?」
 アゼムがヘルメスに尋ねた。
……
 ヘルメスは視線を落とすばかりだ。
 その時、リュカオンの瞳がギラリと光って、予備動作とともに火球を吐き出した。
 私は咄嗟にヘルメスの方に向かって抜重歩法を繰り出し前に立つ。ぬあーオリヴィアの身体重い! いつもの感覚よりだいぶ遅くて牽制を入れ損ねた! モロに食らう!
「ないなら倒すしかない!」
 叫んで、私よりも一瞬早くリュカオンの前に立ったアゼムが、火球をいなしてその軌道を反らせた。
 人のいない講義室の斜め後方で火球がドゴンと音を立てて弾けた。反対の隅に逃げ込んでいた生徒達から盛大な悲鳴が上がる。
 わお、それ、なんて技? 教えてほしい。
「悪くない動きだった」
 アゼムがこちらを振り返って言う。
「お褒めに預かり光栄だけど、まだまだ本来の力は出せてない」
 そもそもこの制服には戦闘力を強化する要素が皆無なのだ。筋トレもまだまだ完成とは言い難いし。クソー!
 火球をいなされたリュカオンが、再び口を大きく開けて、二発目の予備動作に入る。
 アゼムもそれを察したらしく、手に大振りの斧を顕現させる。白銀の柄と刃を持つ斧は、中心や刃の根元がアゼムのクリスタルと同じ色に輝く美しいデザインで、冒険者が欲してやまない、光る武器ってやつだ。
 両手で斧を構えたアゼムに、私も腰を落として拳を構える。
 リュカオンが火球を飛ばしてくる。しかも今度は二発同時だ。なかなか強い個体らしい。アゼムはその二発の火球を一旦受け止めて自身の力と相殺するように削っていく。
 私はその隙にリュカオンの側面に移動し、双竜脚から双掌打を叩き込む。やっぱダメだ! どの技も手応えが軽い! 削れている気がしない! 背面回って破砕拳入れたけど、クソ! これもヒカリの頃の半分も威力が出せてない! 
 かくなる上は、オリヴィアのチート能力、光魔法を使うしかないか……。この魔法イマイチよく分からんくて、ビカっと光って色んなものを丸こげにしちゃうんだよね。炎狼は焦げないかもだけど、少なくとも目眩しにはなるはず。目眩し、そうだ、それでいい、リュカオンを殺してしまったら、ヘルメスがまた悲しむ! なんとか生きたまま無力化したい!
「いけ! シャイン!」
 私はリュカオンに向かってシャインを放った。
 しかし、着弾の瞬間、ちゅどーーーんと何故かそばにいた私とアゼムとヘルメスが吹っ飛ばされる。
「おわ!!」
「わぁああ!!」
「ギャッ!!」
 私達は三者三様の叫び声とともに講義室の後方にノックバック、というか爆散させられた。アゼムが防御バフを張ってくれたのか、痛みはないが、服やら髪やらが焦げている。
 くー、やはり光魔法むずい、これじゃナシュの爆弾じゃん。
 身体を起こして見上げると、
 え、リュカオンは……目眩しどころかピンピンしてこっちを見てる……。心なしか毛並みの色艶もいい……
「お前、なんだ今のシャインは! 威力は認めるが出鱈目にもほどがある! リュカオンが強化されてるじゃないか!」
 アゼムがギャンと喚いた。いや、マジで申し訳ない。でもなんで?
「アゼム、彼女はきっとリュカオンを助けようと……
 ヘルメスがヨロヨロと立ち上がって言う。
「そうなのか?」
 アゼムの問いに私は目を彷徨わせた。
「あー、まぁ、そんなところかなー。えーと、ヘルメスはリュカオンを倒したら、とても悲しむ気がしなくもなくてー、えーと」
 アゼムは一つ息をついてヘルメスを見た。
「ヘルメス、このリュカオンは明らかにこちらを攻撃しにきている。きみも傷を負っているじゃないか。アゼムとしては人に害なす存在として、速やかに討伐するべきだと判断せざるを得ない」
 アゼムの言葉によく見ると、確かにヘルメスの制服は裂けていて、そこを抑えるように手を当てている。出血はないが、打撲は負っているのだろう。
「待ってくれ、リュカオンの獰猛さは過酷な環境で生き抜くためのものにすぎないんだ。本来の生息域は人の寄りつかない高地だ。群れることもないから、繁殖数は限られているし、縄張りを侵さない限り害なんてない。なのに、この個体は希少な生態を観察する為だけに幼体の頃に捕獲され、ここで飼育されていた。手に負えなくなったから討伐するなんて、あんまりじゃないか」
 なるほど、ヘルメスの気持ちもわかる。だけど、手に負えないものを飼育し続けることはできないだろうし……
 この世界でもやはり、殺処分するという結論になるのだろうか……。なんとか無力化して捕獲したって、弱った個体を元のその過酷な環境に戻せやしないだろう。ましてや幼体の頃から人に飼われた個体だ。
「ふむ……。確かにただ討伐するのは安易に過ぎるか……
 アゼムは呟いて考え込む。
 やがて顔をパッと上げてヘルメスを見ると、真剣な目をした。
「ヘルメス、試してみたいことがある。このリュカオンを私にくれ。上手くいけば討伐せずに済むかもしれない」
 アゼムの言葉に、ヘルメスは眉を顰める。
「くれと言われても、自分にそんな権限は。ファダニエル様に聞いてみないと」
「ファダニエルなら事後報告でいいか。よし、やってみよう」
 言ってアゼムは拳を握り込んで指をパキパキ鳴らしながらリュカオンの足元へと向かう。
 ん? 何する気? 完全に戦闘モードじゃない?
 アゼムはリュカオンの眼前に立つと、警戒して牙を剥き出すリュカオンを見据えたまま声を上げる。
「こいつを大人しくさせる。オリヴィア・ブライト、シャインを私に撃て。ただし、威力はさっきの六分の一でたのむ」
 ろ、六分の一、ムズイこと言うな……。でも、本当にリュカオンを倒さずに済むのなら。
「わかった」
 私はアゼムの後方に向かう。
「シャイン……
 私は声も出力も限りなく抑えて、小さくふわふわしたシャインを撃った。それがアゼムに着弾すると、アゼムがなんだかキラキラしだした。
 なんだこれ、アゼムが、黄金の巻き毛でそれでなくとも煌びやかなアゼムが、なんか輝いている! 薔薇を背負っているがごとく!
「よし、」
 アゼムが舌なめずりするような声をあげて斧を構えた。
 そのとき、
「アゼム、止まれ」
 エメトセルクの怒気のこもった声が響いた。
 振り返ると、大講義室の後方の大扉、私たちが入ってきた脇の小さな入口ではなくて、正規の入り口らしいそちらに、エメトセルクとヒュトロダエウスが立っている。
「チッ」
 アゼムはリュカオンの方を見たまま、だけどあからさまに舌打ちをした。そしてエメトセルクを無視するように斧を振りかぶってリュカオンに突進した。
 アゼムの振りかぶった斧を、リュカオンが鋭い爪のある前足で受け止める。ガキンという音と衝撃で空気が震える。
「あーらら、聞こえなかったみたいだね」
「そんなわけがあるか! ヒュトロダエウス、残っている者の誘導を、エメロロアルス、ヘルメスの救護を」
「了解だよ」「承知した」
 ヒュトロダエウスとエメトセルクとなんか他の人が後方でなんやかんやしている間も、アゼムはドカン、ガキンとリュカオンとやり合っている。私もないよりマシかと牽制や金剛周天を入れてみる。
 ガガンと連撃を入れたアゼムが、一度小さくバックステップして、リュカオンから飛び退いた。
「エメトセルク、いいところに来たな。ついでにちょっと敵視を取っててくれないか」
 アゼムはリュカオンに向かって斧を構えたまま、呑気な声で言った。エメトセルクにタンクスイッチを要求しているらしい。
「ふざけるな。お前の無謀に付き合う気はない」
「なんだ? 守り手はできないのか? いいガタイしてるくせに、宝の持ち腐れだなー、おい。初等部の頃のヒョロガキハーデス君のがまだ気概があったよ」
 アゼムは煽るように言った。
 ひー! こんな時まで険悪ムードはやめてくれー! 恐る恐るエメトセルクを振り返ると、エメトセルクはブチ切れ寸前みたいな顔でアゼムの背を睨みつつも、手に黒い暗黒大剣を顕現させる。
「私を誰だと思っている……
 エメトセルクはそう低い声で言いながらやって来ると、アゼムに肩を並べた。
「第三の座に就く我が親友殿だ。待っていたよ」
 アゼムは不敵に笑って言うと、斧を空中に放り出すようにして消してしまうと、かわりにヴェーネスがエルピスで持っていたような片手剣のアゼムクリスタル色バージョンを持った。どうやらエメトセルクにタンクをやらせて近接をするらしい。
 てことは、私はヒーラーか。海兵魂を持ちし私はもちろんヒーラーもやれ……なくはない。得意ではないが……
 あ、でも、やばい、フェアリーいないじゃんこの世界! 仕方ない! とりあえずエメトセルクに鼓舞だ!
 と思ったのに、
「オリヴィア・ブライト、エメトセルクにさっきのシャインだ」
 アゼムに命令される。ええー、またあのわけわからん術? まぁ、とりあえずやるけど。
「はいはーい。シャインっと……
 私が小さなふわふわシャインを飛ばすと、おお! エメトセルクが輝きだした。なんかバックに紫の薔薇が咲き乱れるのを幻視するし、頭にエンジェルリングのような後光が輝いて見える。マジでなんだこれ。
 私の困惑を他所に、輝くアゼムとエメトセルクは素晴らしい連携の上、優雅に舞うように攻撃を繰り出し、優しく、しかし確実にリュカオンの体力を削っていく。リュカオンは必死に爪を繰り出し熱風を巻き上げ、火球を飛ばすが、どれもこれも二人はステップを踏むように躱す。
 二人がこう、身を翻す度にだな、なんか薔薇の花びらのエフェクトが散るように見えるんだよ。いい匂いまでする気がする。
 ふぁーっと見惚れてるうちに、リュカオンは体力が尽きたのか、ついに空中に浮いていられなくなったらしい。地に足を付けた。
 そしたら! なんと! アゼムがそのリュカオンに飛びついたのだ。
「おい! アゼム!」
 さすがのエメトセルクも焦っている。
「うぉりゃあああああ!」
 アゼムは叫びながらリュカオンの前足を払い、寝技をかけた。リュカオンはじたばたと暴れるが、アゼムにいい具合に締め上げられているらしく、振りほどけないでいる。
「オリヴィア! シャイン追加ぁ!」
「ええ! は! はい!」
 確かによく見ればアゼムのキラキラが薄くなっている。慌ててふわふわシャインを追加しよう、として! マズイ! 出力間違ったーーー!
 ボンッとシャインが弾け、リュカオンがキャインと鳴いた。
 う、ごめん、アゼムもなんか焦げてる。アゼムは一瞬キっとこっちを睨んだけど、怯んだリュカオンをさらに押さえつけて、しばらくじたばたしていたリュカオンがだんだんと大人しくなる。
「よーし、いい子だ」
 アゼムはそう言うと、リュカオンの首をポンポンと叩いて、寝技を解く。すると、リュカオンが身体を起こして、犬の伏せみたいな体勢になったのだ! まじか! リュカオン従えちゃったよこの人!
 びっくりしている私の目の前で、アゼムはひらりとリュカオンの背にまたがり、リュカオンが立ち上がる。マウントじゃん!
「このリュカオンは私が使い魔としてもらい受ける」
 アゼムは高い位置でそう宣言した。
「お前……! 何体目だ騎乗用の使い魔は……!」
 エメトセルクは怒ってるみたいだけど、まぁ、ね、マウントはね、何匹いたっていい。
「構わないだろう、これでこいつに生きる道ができた」
 アゼムは言いながらリュカオンから降りる。
 ああ、もしかしてエルピスでも、アゼムがいれば殺処分以外の方法を見つけられたのだろうか……。と、思っても仕方ないことを思ってしまう。
 アゼムはどこかから取り出した笛をリュカオンに向かって掲げる。そんでもって何か術を詠唱している。するとリュカオンの体は光の粒子になって笛に吸い込まれていった。あ、マウントの笛ってこうやって作られてたのか。
「オリヴィア・ブライト、さっきのシャインはいい手だった」
 アゼムがこちらに向かって来ながら言った。まぁ、あれは失敗しただけなんだけどね。
「光魔法はこれから学ぶことになってる。正直よくわかってない」
「へぇ? わかってないであれだけの威力か。末恐ろしいな」
 私たちが話していると、ヘルメスがやって来た。さきほどのヨロヨロした足取りではないので、ヒールをもらったのだろう。
「アゼム、感謝する。君も……
 ヘルメスはアゼムと、その隣の私を順に見る。
「お前がリュカオンの生態について話してくれたおかげだ。炎狼リュカオンは群れない。そう言っていただろう?」
 アゼムの言葉に、ヘルメスは首を傾げながらも頷く。
「ああ、確かに言ったが……
「群れない魔物は基本的に知能が高い。格上と判断した者に牙を剥かない」
 アゼムはそう、ドヤ顔で言った。
 ほう、なるほど。確かにそう言われてみればそうだ。
「あと、もふもふはだいたい乗れる」
 アゼムはそう言ってグっと親指を立てて見せた……が、その時、私はなんだか背後にただならぬ気配を感じて、バッと振り向いた。
 そこにはゴゴゴゴゴゴという効果音がしそうなほど怒りのオーラを纏わせたエメトセルクがいた。
「それは……お前だけだ!!! 馬鹿者め!!!」
「んなことない。乗れるよな?」
 アゼムはエメトセルクの怒声など意に介さないような暢気な声で私を見て言う。
……まぁ、うん。だいたい乗れる。メカメカしいやつも」
 頷いて言う私に、アゼムが目をキラキラさせた。
「メカメカしいやつ?! なんだそれ興味あるぞ」
「あー、魔導機械は……あ! そうだ! たぶんエメトセルクなら作れるんじゃないかな」
 帝国の魔導技術はソル帝がなんやかんやして勃興したはず。
 最初はアゼムが縦ロールだったせいでビビり散らかして、ほとんど話せなかったけど、こうしてみるとやっぱ、前前前世だけある。なんというか、とても気が合う。これはいい仲間になれそうだ。
 二人で和気藹々とマウント談義を繰り広げようとしていると、
「訳のわからんことを言っていないで周りを見ろ! リュカオンを捕らえるにしろ、ここですべきじゃなかった」
 エメトセルクが強く言って、手で周囲を示して見せた。
 あ……。確かにファダニエル院の大講義室は、惨憺たる状況だった。机も椅子もいくつも壊れているし、壁も天井も熱風やら火球やらでボロボロだ。
「まぁ人的被害出してないしいいじゃん」
 アゼムは言ってニコリと笑ってみせる。そのアゼムの笑みに、エメトセルクも口元を笑みの形にする。目は笑ってないが……
……それは、私がヒュトロダエウスに言って、残っていた生徒の避難誘導を済ませていたからなのだが?」
「もちろんわかっているとも! その上での判断だったさ。君の行動パターンなんてお見通しだからね」
 アゼムは得意げに言った。
 その時、ブツリと、何かが切れるような音がした気がした。
「いい加減に……しろ!!」
 そう言ってエメトセルクは、手にしたままだった暗黒大剣の腹で、アゼムを横薙ぎにぶっ飛ばした。
「ぐわっ!!!」
 ストライクだったらしく綺麗にアゼムは吹っ飛ばされた。なんとか空中で一回転し、スタッと床に着地するが相変わらずバイオレンスだ!
「エメトセルク!! アゼムを大事にしないと姿勢悪い中間管理職みたいなおっさんになるって言ってるじゃないか!!」
 皇帝なんて演じながらも、その実ゾディアークの信徒だったエメトセルクは、良心との間でもがき苦しんでいたのだ。私はそれを知っている。
 だから思わず言ったが、エメトセルクは怖い目でこちらをギロリと見る。
「一向に、構わないが? だいたい、すでに中間管理職と大差ないじゃないか。手の焼ける友人と、頭の固い爺さん共との、板挟みだからな」
「ふむ……。頭の固い爺さんとは、誰のことであろうな」
 そう不意に声が聞こえて、エメトセルクは、あちゃーというように苦い顔をした。
 この声!
 声の方、大講義室の大扉の方を見ると、浅黒い肌に赤い瞳をした、体格のいい初老男性がいた。
 声的に、ラハブレアのはず!
 ※脚注 この光の戦士は(以下略 万魔殿パンデモニウムを未プレイとなっており、ラハブレアの素顔を知りません
……さぁ。私は特定個人を示したつもりはない」
 エメトセルクはしれっと言うが、明らかに目を逸らしている。
「ふん。まぁよい……。ところで、ひどい惨状だな」
 ラハブレアがぐるりと天井から床まで視線を回して言った。
「アゼムのやらかしだ」
 ピシャリとした口調でエメトセルクが言い切る。
「な! きみも加勢しただろうに!」
 アゼムがギャンと喚いて、エメトセルクはそれに冷たい目を向ける。
「仕方がないだろう? すでに戦闘は始まっていたんだ。私は、止めたぞ」
「はぁ?! 私を誰だと思っている(キリっ みたいな感じで参戦してきたくせに!」
「キリッとなどしていない! お前、親友だと言っておきながら、私を売る気か?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ!」
 二人はそうやってギャースカ言い合いはじめた。
 あわわわわ、ほんと一生喧嘩してるじゃんこの二人。仲悪過ぎる!!!
「あの、オリヴィア、だったか、」
 すっかり存在を忘れてたけど、そばに立っていたヘルメスがそっと声をかけてきた。
「あ、うん。編入生として今日からこの学園に」
「今日から、なるほど……。それなのに、大変なことに巻き込んでしまったようだ。本当に……すまない」
 ヘルメスは弱りきった顔で言う。ん? 別に巻き込まれたってほどなにもして……ないと思ったけど、ヘルメスがチラリと視線を向けた方、つまりラハブレアの方を見ると、ラハブレアが腕を組んで私を見ていた。その目からは感情が読み取れないが……
「見かけない顔だが……どうやら、アゼムとエメトセルクと共にリュカオンに相対したようだな」
 ラハブレアが淡々とした口調で言った。
 え? あ、まさか連帯責任!! 私は慌てて布を巻いた拳を背に隠した。
 ヤバヤバヤバ! 十四人委員会のアゼムとエメトセルクはともかく、編入したばかりの身で問題起こすのはよくない気がする……! それでなくとも新入生オリエンテーションをサボっているし!
「ほ、ほんのちょこーーーっと魔法を使っただけで! ええええと、それもアゼムに頼まれて仕方なくなんです!!」
 必死に訴えていると、エメトセルクと睨み合っていたはずのアゼムからのヘイトが飛んできた。
「オリヴィア・ブライト! お前まで私を売る気か?!」
 うわーーー! でかい声で名前言うなしーーーー! 私は後ずさると踵を返した。
「待て、どこへ行く。お前にもしっかりと事情聴取を……
 エメトセルクが声を上げたけど。
「断る!! 私はまだ退学するわけにはいかないんだーーーーー!」
 私はそう叫んで脱兎の如く駆け出した。
「コラ! 卑怯者が! 一緒に怒られろ!!」
「おい! 逃げるなら私の潔白を証明してからにしろ!」
 背後からアゼムとエメトセルクの制止の声が聞こえたけど、スプリントで講義室脇の扉に飛び込みそこからは適当な人に向かって抜重、抜重、抜重歩法。スタック3使って逃げ切った。

 私は這う這うの体で裏庭の旧校舎へたどり着いた。
 扉を開けて、その静かな雰囲気についついホッとしてしまう。
 先に戻っていた泡ヒュは最初に出会った時と同じ席に座っていて、こちらを見て微笑んだ。
 ヨタヨタと近寄って、私も隣に腰を下ろす。
「やぁ、お帰り。どうだった? アゼムとエメトセルクは」
「めっちゃ仲悪かった」
「そんなはずはないんだけどなー」
 泡ヒュは口元に手を当てて首を傾げる。
「そんなはずないはずない。ずーーっと喧嘩。確かに戦闘は息ピッタリだったけど、それ以外はもう、隣にいるこっちまでハラハラするくらいずっと喧嘩」
 二人の様子を見てると別の意味でドキドキだったのだ。
アゼムが悪役令嬢なのは確定だが、エメトセルクがメイン攻略対象、つまりアゼムの王子であることを疑問に感じるレベルだった。
「ええ? でもあの二人の互いへの好感度は他の誰に対するものより高いんだ。他の人たちなら付き合ってるレベルだよ」
 付き合うレベルの好感度だと?! あれが?
「いやいやいやいや、あんなスリルとバイオレンスしかない付き合いがあるもんか」
「うーん、でも、あの真面目が服着て歩いてるみたいなエメトセルクが、アゼムみたいなヤンチャと長年つるんでるんだよ? ほんとに仲が悪かったらとっくに絶交してると思わない?」
「そこは、確かに謎すぎる……
 あんななのに、なんだかんだエメトセルクはアゼムを助けてるし、アゼムもエメトセルクを頼ってるし、よくわからん……
 とにかく、二人の関係は私には理解が追いつかないのだ。
 はぁ、と私は大きくため息をついた。
「正直なところ、エメトセルクとアゼムをくっつけるのなんて楽勝だと思っていた」
 乙女系異世界転生において、メイン攻略対象である王子を落とすのが一番の難関だ。裏を返せば、ヒロインが多少ちょっかいを出したって放っておけば婚約者とくっつくのだ。だから、アゼムが悪役令嬢なら、そのアゼムと婚約しているエメトセルクとくっつけるのは、他のどのルートよりも簡単だと踏んでいたのに。
「今はそうは思ってないってこと?」
 泡ヒュの言葉に私は頷く。
「あれは、無理だ。少なくとも今の私には、無理だ。高難易度が過ぎる」
 どうやって二人の仲を取り持てばいいのかまったくもって考えつかない。取りつく島もないとはこのことだ。
「諦めるのかい?!」
 泡ヒュの言葉に私は重々しく頷く。
……現状ではどうやっても勝てる気がしない」
「そんな! 君らしくもない」
 泡ヒュは眉をひそめた。その言葉に、私もぐっと拳を固くする。
「仕方ないじゃないか! あれはMLの暴力でなんとかなるコンテンツじゃない……!」
 エメトセルクとアゼム、彼らは初見未予習で挑む相手ではなかった。悔しいが、認めざるを得ない。
「じゃあ、どうするって言うんだい? このままってわけじゃないんだろう?」
 泡ヒュの言葉に、私は静かに息を吐いてから頷いた。
 そして、席を立つと腰に手を当てて宙を睨む。
「まず、別のカップルをくっつける。そうして私は経験値を積む。つまり、レベルアップ。自発的難易度緩和だ」
 これはあくまで戦略的撤退。
 あのクッソ仲悪い二人を、いつか、必ず、ラブラブにしてやる為のな!