RINGO
2025-06-22 23:43:59
8242文字
Public 境界の灯
 

おまけ

フギン番外編中の小話。っていうか二次創作っていうか
恐らく手直しはする。

(雨だ……。)
 フギンは、薄く目を開いた。
 洞穴に微かに届いた水音は、なんとなく心地が良い。

 昨日は、フェンリルと数か月ぶりに落ち合い、遅くまで報告をしあっていた。
 雨の降る音で目が覚めたフギンは、既に日が昇って大分経っていることに気づく。
 未練を残しながら、フェンリルの温かい獣毛から起き上がる。
 ちょんちょんと、跳ねる様に洞穴の出入り口に向かった。
 少しだけ顔を出す。
「これは、しばらく止みそうもないな。」
 細かい雨粒が顔を濡らす。
 フギンはプルプル顔を振りながら、洞穴に戻る。

……宿屋の亭主の、アップルパイが食べたいな。)
 宿屋で過ごした頃、パイの焼ける香りで目を覚ます日があった。
 不思議そうに食堂を覗けば、にこにこしたフィオナに席に着くように促され、そのまま出されたアップルパイを、恐々と一口食べた瞬間、すっぱいと思っていた林檎が甘く、そこまで美味しいと思っていなかった麦で作った生地の美味しさが口の中に溢れ、しばらく夢見心地だったことを思い出す。
 そこでフギンは、人間の食に対する工夫に舌を巻いた。

 魔族は基本的に世界を巡る魔力が主食だ。
 本来、野生の動物より口に入れる物は少なくても問題はない。

 野生の動物から魔力を使えるようになったものが、魔物。
 その魔物に知恵が付き、本格的に魔法を使う様になった存在が魔族と言われている。
 その体の成分は徐々に魔力が占めていく。
 
 しかし、気性や縄張り意識は動物の頃から変わらない。
 食べる必要のないものを食べることでさえ強さの証だという魔族もいる。
 たった目の前の一口を我慢すれば、人間と仲良くなれる上、美味しいものに巡り合えることを知らないのだ。

 初めて宿屋でごちそうになった食事を思い出し、フギンは溢れそうになる涎を飲み込んだ。
……フェンリル様にも知ってもらいたいな。)
 ちらりと、まだ寝息を立てているフェンリルを覗く。
 以前、魔法の教師として一時的にフェンリルを指導していたが、攻撃的なものは兎も角、自分の姿を変えるような魔法は恐らく苦手だろう。
 フェンリル自身、その分野を伸ばす気もないらしく、人間の街の様子を見ることは全てフギンが任されていた。
(でも、それだとフェンリル様に美味しい食事を教えられない!)
 お土産で持ち帰ることも考えたが、日持ちやフェンリルの到着が前後することもあり容易には持っては行けなかった。
 ちょんちょんと、フェンリルの元に移動しながら、周囲の魔力を集め、そのまま人の姿に変わる。
 小さい足は靴に変わり、跳ねるような移動は二足歩行に変わった。
 フギンは、フェンリルの前でしゃがみ込む。
 僅かに上下する体は、安らかに寝息を立てている。
(いっそ、私が魔法を掛ければ……。)
 他者の姿を変える魔法。
 まだやったことのない事への興味と好奇心で、フェンリルに手を伸ばす。
 舌で呪文を紡ごうと、わずかに口を開いた。

……なにをしている?」
 低い声が響いた。
 フェンリルが、顔の向きはそのままに目だけこちらを向けている。
「あ……おはようございます、フェンリル様。」
「おはようじゃないだろ……、魔力の流れで毛が逆立った。」
 フギンを見やり、フェンリルはクァ……と欠伸をしながら、伸びをする。
……それで?お前はなにをしようとしていた?」
 フギンは観念したように笑った。
「いやぁ、フェンリル様も人間の姿にできるかなぁと……。」
 あはは、と目を逸らすフギンにフェンリルはため息を吐いた。
「それを本人に許可なくやるな。」
 ごもっともだと、フギンは「はい。」と小さく項垂れる。

……それで?」
「はい?」
 続きを話すように促されたフギンは、きょとんとした顔でフェンリルを見る。
「人の姿にするっていうのは、手段だろ。お前は俺に何をさせたかったんだ?」
 足を曲げて、ゆっくり座り込むとフェンリルは言った。
 ――お前が突発的な思い付きでやる事ではないだろう。
 そういうような目つきでフギンを一瞥する。
 
(なんでもお見通しみたいだな。)
 フギンは鼻で小さく息を吐くと、フェンリルの横に座る。
「フェンリル様は、人間の街の様子をいつも私に見させるでしょう?それで随分、私も勉強させてもらいましたが、――……人間は、やはり面白い。」
 街の情景や、あの宿屋の事を思い出しながら、フギンはフェンリルに笑いかける。
「私たち魔族には到底考えつかないものを、彼らは工夫して生きている。それを貴方にも見て欲しい。そう思って貴方を人の姿に変えようとしていました。……申し訳ありません。」
 フギンの言葉に、フェンリルは一拍置いてから目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「正直、そんなことだろうとは思っていた。――……わかった。さっさと終わらせるなら、やってみても良い。お前の腕で変な事にはならないだろう。」
 思いがけない回答に、フギンは、わっと目を開いた。
「え?良いのですか?!」
 その反応に、フェンリルは眉をひそめた。呆れたように、ため息を吐く。
「また、寝首を掻くような真似されたら、たまったもんじゃないからな。」
 ほら、さっさとしろ。と体を寄せる。

 フギンは、フェンリルの言葉で自分の魔法の腕が信頼されていることに気づき、胸が震えた。
「有難うございます。では早速……。」
 口の端をペロリと舐め、腕まくりをする。
 フェンリルは、いつもしないフギンの気合の入りように、思わず身を竦める。
 しかし、許可をしたのは自分だ。今更引けるわけはなかった。

……なるべく短く。なるべく短く。」
 そうつぶやきながら、フギンは目的から最短の呪文を頭から捻りだす。
 舌に呪文を乗せるように、まるで歌うように軽やかに詠唱をはじめる。
 すると、魔族である彼の身体に必要な分だけ魔力が集まり、それは輝く粒子と共にフギンの身体を中心に渦を起こす。
 呪文が、対象にフェンリルを指定すると、その風のような魔力はフギンからフェンリルの身体へと移り、指定した通りの変化を促した。
 魔力の渦の中で、メキメキ……と骨が形から変わるような少し嫌な音が響くのを聞いて、フギンは苦笑いする。
 こればかりは、「さっさと終わらせる」という注文の通りに行った結果だ。
 即興の魔法で詠唱が長くなる部分と言うのは、環境や体への配慮で継ぎ足された呪文によるもの。
 この魔法の場合、「体への負担を少なく」という部分を短めに設定した。
 そのおかげで、詠唱は半分以下で済んだが、フェンリルには多少負担があるだろう。
 しかしここまで、痛みに文句を言わないフェンリルにフギンは感心しつつも、心配になる。
(彼は、一人で抱え込むことがあるからな。)
 痛ければ、痛いと言っていい。
 だが、幼少からついこの間まで半ば軟禁状態だった彼は、自分の心に疎いところがある。
 それをフギンは微かに危惧している。

 やがて、魔力の渦の勢いが止み、人影が現れた。
……フェンリル様?お身体は――
 フギンはそう言いかけて、息を呑んだ。
 渦の中心に立っているのは、体格の良い青年だった。
 髪が背中まで流れ、その色はフェンリルと同じ白銀。
 白めの肌に、しっかりとした筋肉がついている。
 最短の呪文のせいで、服は腰布一枚だったが、逆にそれが彼の人間ではないような風格を強調していた。
 ふわりと開く目の色は、金色だ。
 その目が、眩しそうに細めつつ、フギンを捉える。
……成功したのか?」
「え……あぁ、はい。もちろん。」
 呪文を短くするために、元の身体の素体を別の種族として置き換える形にしている。
 それがここまでうまく行くとは。

 フギンは、自分の師事していた魔女が魔王に殺されたことを思い出す。
 当時の魔王はフェンリルの父親で、人間に化け魔女の元へ訪ねてきていた。
 仇であるとはいえ、化けた人間の姿は悔しいが美しかった。

 血が繋がっているからか、その姿は似つつも、フェンリルのほうがずっと美しいとフギンは思った。
 フェンリルは、そう思っているフギンを気にすることなく、自身の身体を見回している。
「あー……んん。顔が平べったいな、違和感がある。腕も細い。」
 指を開いたり、腕を回したり。
 体を動かしながら、徐にフェンリルは口を開いた。
……それで?」
「はい?」
「魔法の出来はどうなんだ?俺はこの姿でお前の見せたかったものを見れるのか?」
 そう言ってフギンに顔を向ける。
 思いがけず、まっすぐに視線を受けたフギンは、微かに頬に熱を持ち始める。
「えっと……町に行く前に、魔女様のお墓参りに一緒に来て欲しいくらいには、良い出来です……。」
 頬に手をやり、視線を逸らすフギンの様子に「なんだ、それは。」とフェンリルは苦笑した。

 そうしてやり取りしていく内に、次第に狼の姿の名残で、軽く踵を上げていた足が疲れたのか、身体を地面に伏せはじめた。
 腕を組み、手足を丸めるような姿勢は狼の座り方そのものだ。
 おまけに額がかゆくなったのか、手の甲でゴシゴシ擦り、精悍な顔をクァっと大きく口を開けて、欠伸をする始末。

 その光景に、フギンもさすがに口を出した。

「フェンリル様、先ほど私の見せたかったものが見れるか?とお聞きになりましたが、残念ながら、このままでは厳しいかと思います。」
 欠伸で出た生理的な涙を目に浮かべながら、フェンリルは眉を顰め、小首をかしげた。
「何故?この姿で俺がフェンリルだと分かれば、それでいいんじゃないのか?」
 フギンは首を左右に振る。
「それではだめなのです。人間にも人間のきまりや、礼儀と言うものがあります。……――もしも貴方が人間や他の種族とも寄り添える世界を目指すというのならば、相手に配慮する心を表さなくてはいけません。」

 そう言いながら、寝転がっているフェンリルに手を差し出す。
 フェンリルは、少しだけ唇を突き出しつつも、フギンの手を取って上体を起こした。

……ゆっくりでいいんです。まずは椅子に座るところから、ですね。」
「あの台か……、堅そうな――」そう言いながら、フギンを見て、フェンリルの言葉が途絶えた。

「?……どうかされましたか?」
 穴が開くほどに見られ、徐々にフギンから変な汗をかき始める。

「いや……。さっきまで気が付かなかったが、お前そんな色だったのか。」
 フェンリルは、フギンにずいっと近づき、彼の大きな手が、フギンの額をなぞり、青色がかった濡羽色の髪を梳く。
……綺麗な色だな。」とぽつりとつぶやく声に、フギンは顔を真っ赤にさせる。
「急に近づくのも、ルール違反です!!」
 フギンは、両手でフェンリルをずいっと離す。
 離された本人は、何故?とでも言うような表情を浮かべた。

 フェンリルから離れ、手団扇で熱くなった頬を冷ますように扇ぎながら、彼は眉を顰める。
(色……?)
 フギンは、フェンリルの言葉が妙に頭に引っ掛かる。
(色、なんて……これまでも見えていたんじゃないのか?)
 しかも、この洞穴の中で光源と言えるものは、自分が魔法で灯している灯りが一つ。
 外よりも幾分か暗いこの状況で、――色?

「フェンリル様、少し外に行きましょう。」
 フギンは、フェンリルの大きな手を取り、洞穴の出入り口へ向かう。

 離されたと思った手を、急に捕まれフェンリルは状況がつかめない。
「なんだ?一体!?」
 疑問を口にするも、答えは返ってこない。
 ただ、フギンの熱い体温が手から伝わってくる。
……ッツ!!」
 ずんずんと歩いていく内に、小石を踏み、フェンリルは痛みで顔を僅かに歪める。
 口を開きかけるが、喉がひくつき、すぐに閉じた。

 それは幼少の頃から、逃げないようにと軟禁生活を受けた彼の経験からくる習性だ。
――助けを求めても、無駄。
 幼少期に、外に出ようとした罰として折檻を受けた。
 岩の隙間から仰ぎ見た灰色の空の記憶が、今でも彼の口を閉ざしていく。

 それを覚えてから、彼は“頼む”ではなく、同じ目的の者へ“提案”という遠回りな言い方でしか協力を仰げなくなった。

 最初から諦めていた方が、楽だった。
 だからと言って、他者から求められることは嫌ではなく、自分の存在を認めて貰えたような気がして、多少気乗りがしない事でも、大体の事は受け入れた。

 しかしそれも前魔王の、父親の目論見である、自分の体を器として父親に捧げるという事に関しては、流石に我慢の限界だった。
 秘密裏に集めた魔族の同志に協力を持ち掛け、ついに自分が【魔王】になった。

 この事で、多少は自分の質を変えられたと思ったが。
 フェンリルは前方のフギンをちらりと見る。

 正直、人間との関係なんてどうでも良かった。
 【魔王】なんて、称号なんて、どうでもいい。
 あの檻から抜け出せればそれでよかった。

 でも、フギンが――彼が楽しそうに話す、人間との日々に興味が引かれた。
 フギンと、その魔女とやらのような関係が羨ましくて、ぽろっと口からでた言葉に、目を輝かせながら聞くフギンの顔が嬉しくて、自分から”提案”しなくても協力すると言ってくれた彼の言葉が、新鮮で、フェンリルは自分なりにどうすれば、それが実現できるかを考えた。
 それに対して、フギンも積極的に協力をしてくれている。だが――……
(足が痛いの一言も言えない俺は、こいつを信頼していると言えるのだろうか。)
 
「フェンリル様!空、見てください!!」
 暗い面持ちのフェンリルは、フギンの声と眩しい光で洞穴から抜けた事に気づいた。
 人間になって鈍った臭覚が、雨上がりの匂いをようやく感じ取る。
「あぁ……、雨は止んでいたんだ……な。」
 促されるまま顔を上げると、フェンリルは目を見開いた。
 今まで灰色だと思っていた空に、鮮やかな色がついている。
 軟禁場所から数度見かけた、空に掛かる虹の色が増えていた。

「え……?なんでこんなに鮮やかなんだ?」
 信じられない面持ちで、身体を動かして周りを見回した。
 雲の隙間から見える空は、見た事のない色で彩られている。
「フギン!!あれは、あれはなんていう色なんだ?!」
 いつの間にか手を握り返して、興奮した様子で、空に向かって指を指す。
「青ですよ、天気によりますが、空は元々青色です。……やはり、見えていなかったのですね。」

……どういう事だ?」
 フェンリルは空に向けた指を下げ、困惑しながらフギンを見つめる。
「私たち魔族は、基本的に既存の動物が元になっています。フェンリル様は狼型……狼は青色と黄色が色覚的に見えづらいらしいのです。とは言っても魔族にまでなると、元の動物の性質はあまり引き継がれない筈ですが、フェンリル様は狼の性質を色濃く引き継いでいるようですね。」
……俺が今までフギンの髪色や、目の色を認識していなかった?」
「そういうことになりますね、しかし私の色だけではないですよ。こちらをご覧ください。」
 そう言ってフギンは、水たまりに目を向けるようにフェンリルに促した。

 フェンリルが水たまりを覗けば、現れる白銀の髪を持つ人間。
「これは黄色……?俺の目は黄色だったのか??」
 半ば顔をつけそうな勢いで、フェンリルは水たまりに顔を近づけた。
 揺れる水面に反射した、見た事のない色の瞳が映る。
「どちらかというと、金色ですが。おおむねその認識で正しいです。」
 「お揃いですね。」と言いながらフギンは、フェンリルの隣にしゃがみ込んだ。
フェンリル様、私が伝えたいことはこういう事なんです。」
 そういうフギンにフェンリルは顔を向ける。
 目が合うと、ふふっとフギンが笑う。
「もしかしたらと思って外に連れ出しましたが、フェンリル様と世界の色を確認出来て、私は嬉しいです。……私が人間の街へ連れ出したいのも、大切な貴方と世界を共有したいから。」
「嬉しい……?」
「えぇ、大切な人が楽しかったり、喜んでくれれば……嬉しい、でしょう?」

 その気持ちに、覚えがあった。
 他種族との共生の道を探る。
 それを目指すことになったきっかけは、目の前のフギンが喜んだ顔をしていたから。
 その表情で胸が熱くなったからだ。
 しかし、同時に心配になる事がある。
「なぁ、フギン……。」
 息を一つ吐いた。聞く事が恐ろしくて、喉が詰まる。
「俺も、お前と色を共有出来て嬉しい。――今は別行動だが、こうして合流できれば人間の町の話を聞かせてくれる。それも俺は、楽しいと思っている。」
 舌に言葉を乗せようか、迷うように目線が揺らぐ。
 ぐっと一度、噛みしめ、ゆっくりと、その疑問を吐き出した。

俺は、お前に何か返せてるのか?」

 自信のない言葉が口から出ると、周りの木々がザァ……と風に揺れた。
 伺うようにフギンを見つめる瞳は揺れていた。
 今は人間の姿だからだろうか、狼の姿であった時よりフェンリルの感情を色濃く表している。
「何を……言っているんですか、フェンリル様。」
 フギンは、フェンリルの手を両手で取った。
「貴方は、私を助けてくださって……私と魔女様の話を馬鹿にせず、聞いてくれたじゃないですか!」
 フギンは声を震わせながら言った。
 普段、声を荒げることなどない彼が、ここまで感情を表すのが珍しく、フェンリルは呆気にとられる。
「フェンリル様は知らないでしょう?私のような鳥型魔族は、体が小さい者が多くて戦力も微々たるもの。魔族の格では下の下。普通貴方のような方が話を聞くような価値などないと思われているんです。――それを」
 両手の握る力が少しだけ強くなる。
 フギンは顔を下に向ける。
 微かに睫が震えている。
 青い色が反射する濡羽色の髪が、彼の細い肩からするりと流れた。
「貴方は、聞いて、考えてくださったではないですか……。」

「フギン……。」
しばらくの沈黙の後、フェンリルは慎重に口を開いた。
「俺は……、お前が思っているほど高尚な魔族じゃない。前魔王の息子ではあるが、お前も知っている通り素材として生かされていただけの奴だ。知らない事だって多い。魔族の格なんて今初めて聞いたくらいだ。それでも――
「私が教えますよ。それくらいで私は貴方を離れません。けれど一つだけお願いがあります。」
 フギンは、膝をついているフェンリルの足の裏に触れる。
フェンリルの体がぴくりと震え、表情が歪む。
 小石で切ったのか、足裏には血の付いた傷が何か所かついていた。
「痛かったら……嫌だったら教えてください。ちゃんと声に出して、言わなければ分からないことがあるんです。……貴方は一人で抱えるでしょう?」
 フギンが小さく呪文を唱えれば、足の裏はじんわりと温まり、やがて傷は消えていった。
 フェンリルは、こわばった表情で荒くなりかけた呼吸をゆっくりと整えた。
噛みしめていた唇を、震えながら躊躇するように、口を開く。
「俺は――……。」
 喉が鳴る。一度深呼吸をした。
……足が、痛かった。」
「はい。」
 無理矢理押さえつけていた何かを解きほぐすように、息を吸って、吐く。
……人間に姿が変わる時、身体が痛かった。」
「申し訳ありません、詠唱を短くするとそうなるのです。次からはお時間を少し頂きますね。」
「しばらくは、やらなくていい。」
「わかりました。」
 フギンの声で、胸のつまりが少しずつ取れていく。
 受け入れられている。
 フェンリルは、思っていたことを少しずつ話していく。
「フギン……。」
「はい。」
「あ、ありがとう……。お前がいなかったら、俺は自由になれなかった。」
 白い肌をほんのりと赤くして、言葉を詰まらせながら、ゆっくりと言葉にする。
 目線を逸らせ、つないだ手の指先が震えている。
……はい。」
 懸命なその姿に、フギンは微笑む。
 彼の大きな手を、両手で優しく包み込んだ。