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溶けかけ。
2025-06-22 23:34:09
2082文字
Public
ほぼ日刊
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君は無慈悲な薔薇の女王
不思議の国のアリスパロ。
アリス→旅人&パイモン
ヌヴィレット→帽子屋
フリーナ→ハートの女王
という配役です。
「君たちの期待を裏切るようで悪いが
……
私に彼女は救えない」
帽子屋──ヌヴィレット──はそう言うと、旅人とパイモンに背を向けた。「少し昔話に付き合ってくれないか?」二人が頷いたのを確認したヌヴィレットはトレードマークであるシルクハットを深く被り直すと屋敷の中庭へと足を運んだ。
「長い話になる。大したもてなしは出来ないが、午後のティータイムに添える彩りくらいにはなるだろう」
ヌヴィレットが椅子を引けば、白いテーブルクロスの上に湯気を立てる紅茶のポットと空っぽの三段式のケーキスタンドが現れた。
旅人とパイモンを席に座らせ、ヌヴィレットも二人の向かいに腰掛ける。
ふわり──ティーポットがひとりでに浮かび上がり、それぞれのティーカップにお茶を満たしていく。その不思議な光景に旅人とパイモンの二人は息を呑んだ。
「
……
食べたい物を頭に思い描けばいい。出てくるのはティータイムに相応しい軽食と菓子の類だけだが」
ケーキスタンドを熱心に観察していたパイモンにヌヴィレットが紅茶を啜りながら答えた。「えへへ
……
バレてたか
……
」とパイモンが気恥ずかしそうにしながら頬をかいた。
「頭に思い描くだけでいいの?」
旅人の質問にヌヴィレットも頷いた。
「ああ。確かそのはずだ。
……
すまない。私も使っている光景を何度か目にしただけで実践したことはないのだ」
「
……
実際に使っていたのは誰なの?」
純粋な疑問だった。眉をハの字に寄せていたヌヴィレットの瞳が瞬き、伏せられる。薄い唇は自嘲するように、はっと息を吐き出した。
「それを今から話そうとしていたところだ」
ヌヴィレットは首を巡らせるように目を細めるとゆったりとした口調で語りだした。
「──以上が私と彼女の話だ。何か質問はあるかね?」
「
……
じゃあ一つだけ」
ヌヴィレットが旅人を見つめる。どうやら、先を続けろということらしい。
「なんでフリーナに会ってあげないの?」
ヌヴィレットがたじろいだ。ハートの女王に、元アリス──またまだ理解が追いついていないことは山ほどあるがこれだけはずっと頭の隅に引っかかっていたのだ。
「それは
……
」
「一人で女王としてこの不思議の国を支えるフリーナを救えるのは同郷であるヌヴィレットだけなんじゃないかな?」
ここは旅人とパイモンが知るテイワットではない。同一の名前と特徴を持った者たちは存在しているが、彼らは旅人たちのことを「アリス」と呼び、皆、初対面のように振る舞うのだ。
「だが
……
私には『役』がある。役から逸脱することは出来ない」
役──この世界で最も重要なものであり、同時に縛るものでもあった。この世界にやって来た余所者は「アリス」と呼ばれる。「アリス」がこの世界に定着する際、世界から役を賜るのだという。自らの役割から逸脱した行動をとれば何らかのペナルティが課せられるらしい。
「フリーナはもう限界だと思う」
一度だけ垣間見たフリーナの姿を思い出す。神経質な顔で「首を刎ねろ」と金切り声で喚き立てる少女。元の世界のフリーナとこの世界のフリーナはヌヴィレットの話を聞く限り、そう相違はないように思えた。
傍若無人で冷酷な女王様なんて役──彼女には似合わない。
旅人は椅子から立ち上がる。
役がなんだと言うのだ。「アリス」が余所者であるならば、二人だって元は「アリス」だったのだ。この世界に縛られる必要なんて何処にもない。
「行こう。ヌヴィレット──フリーナに会いに」
「首を刎ねておしまい!」
「お願いです! どうかお慈悲を! へい──」
ザシュ、という音のすぐ後にゴロンと重いものが転がる音がして、フリーナは耳と目を塞ぎたい気持ちになった。
「
……
薔薇の花は赤、その者の血で染めておけ」
トランプ兵が敬礼をする。楽しいことなど一つもないのに唇は勝手に満面の笑みを作り出す。
「妾は少し休む。良いか? たとえ一つたりとも白は許さぬ」
血の匂いが遠ざかり、フリーナは安堵する。薔薇園から離れた、自室へと入ったところでふつりと糸が切れたような感覚がした。
「やっと、戻れた
……
」
フリーナはその場にへたり込む。王笏が床の上で重たい音を立てた。
「ヌヴィレット
……
たす
……
」
思わず口にしかけた言葉を食いしばり、すんでのところで飲み込んだ。
「こんな血塗れで、今更『助けてくれ』なんてどの口が言うんだか」
即位してから何人もの首を刎ねた。罪がある者もない者も、ただ面白いから、という理由で刎ねたこともあった。
ハートの女王に選ばれてから、フリーナの中にはハートの女王が住み着いている。フリーナがたとえ泣き喚こうとハートの女王には関係ない。彼女はただ、フリーナという器を使って残虐な行いを繰り返すのだ。
「あいたいよ
……
ヌヴィレット
……
」
部屋の中で膝を抱えて蹲る。
女王の目の届かない、唯一の場所。それもいつまで保つかは分からない。
「誰か
……
僕を
……
殺してくれ
…………
これ以上、みんなが死ぬところなんて見たくないんだ
……
」
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