三毛田
2025-06-22 21:58:31
5156文字
Public 穹丹
 

それもまた運命なのかもしれない

リクエスト穹丹
ビール売り子のたんこ~と大学生きゅ~クン
両片想いからの話

「頼む、この通り!」
「ええ〜」

 頭を下げられるけれど、部活の助っ人としてルールとかを知っているだけで、どこの球団が好きとかないのに。

「チケット代、飲み物代、食事代は出すから!」

 どうやら、同行者が直前で大事な用事が入ったらしい。
 企業面接なら、仕方ない。そっち優先だ。

「はあ。わかったよ。何時に集合?」
「ありがとうございます!!」

 と、細かく決めていざ当日。

「人、すご」
「こんなもんだろ。先に買うか? 売り子さんから買うか?」
「飯は先に買う。飲み物は、席で」
「じゃ、お好きなものをどうぞ」

 お金を渡されたので、適当に買ってから合流。
 中に入って、席に座る。
 スタジアムってこうなってるんだな。なんて思いながら、さて食うかと買ってきたものを開けようとすると。

「お姉さん、ビール二つください!」
「おまっ」

 なんて勝手に注文。
 まあ、歩いて合流だったからいいけど。こいつも、乗り物には乗ってないと思いたい。

「ビールの種類は」

 答えた声は低い。
 それに気づいたのだろう。声をかけたくせに、固まっている。

「おすすめは、ある?」
「すまない。今日から入ったばかりで、あまり詳しくないんだ」

 ええいままよ! 覚悟を決めて顔を見ると、とてつもない美人が、困ったように眉を下げていた。
 揺れるポニーテールがとても綺麗。
 スカートからちらっと見える太腿と、引き締まっているふくらはぎが眩しい。
 目尻には赤いシャドウ、もしかしたら、アイラインかもしれない。
 それが、美しさをさらに引き立てている。
 ストライクゾーンど真ん中の、人。
 声を聞かなければ、背の高い美人にしか見えないのだから、世の中不公平だ。

「じゃあ、メニューの一番上のください。飲み終えたら、次のやつを買うから」
「ありがとう」

 と、ほっと息を吐き出した後、軽く微笑む。
 めちゃくちゃ美人じゃん。
 先に料金を渡すと、ビールサーバーからビールをカップに注いでくれて。

「おまたせしました」
「ありがとう! ほら、持って」

 俺はカップを二つ受け取り、半ば押し付けるように一つを奴へ。

「またお願いします!」
「ああ」

 手を振ると、小さく手を振り返してくれた。
 初めて球場で飲んだビールは、意外と美味かった。気がする。
 飯を食いつつ、ビールを飲んで。野球の解説は右から左へ流し。
 黒髪ポニテのお兄さんからビールを何度か買って、なんだかんだ楽しんだ。

「お前本当遠慮がないな……
「他人の金で飲むビールは美味い」
「はいはい。また来るか?」
「あのお兄さんが売り子にいるなら、考えるけど」

 ようやく人がまばらになった帰り道。大きく伸びをする。
 結構飲んだ気がするけど、歩けないほどじゃない。

「穹?」
「丹恒!」

 俺を呼ぶ声が聞こえて、振り返る。そこには、驚いたように目を見開いている丹恒が。

「穹、走ると吐くぞ!」

 焦った声が後ろから聞こえてきたけど、無視!

「丹恒〜!」

 飛びつくと、ふらつくことなく俺を支えてくれました。流石だ。

「アルコール臭い」

 たぶん顔を顰めているだろう。気にしたら負け。

「今日はね、野球観て、ビール売り子のおねにいさんからいっぱいビール買ったんだ!」
「飲みすぎてないか?」
「わかんない!」

 元気に答えると、デコピンされた。地味に痛い。

「丹恒がいるなら、大丈夫だな。じゃあな、穹。気をつけて帰れよ」
「じゃーなー」

 元気に手を振ると、苦笑を返された。

「いいのか?」
「うん! 俺は、丹恒と一緒に帰りたいな」
「わかった。帰ろう」

 そっと俺の手を取ってくれたので、体を離して握り返してから歩き出す。

「あのな〜? ビールの売り子さんに、スゲ〜美人のお兄さんがいたんだ」
「女性ではなく?」
「うん! 目尻に赤いシャドウ? アイライン? 入れてて、ポニーテールでさ〜。何で女子制服だったのかはわからないけど、引き締まってる脚がすごくそそる感じだった」

 そう口にしたところで、慌てて手で塞ぐ。丹恒、気分が悪くなってないかな?
 まだまだ片思いしてる相手に、告白する勇気もないのに、こんな事を言って引かれないだろうか。
 立ち止まったので、恐る恐る顔を覗き込む。

「お前がベタ褒めするのなら、相当美人だったんだろう。好みだったのか?」
「え? あー……うん。俺、好みの美人さんだった」
「そうか」

 答える声が、いつもと違うように聞こえるのはどうしてだろう、アルコールで思考が落ちているのだろうか。

「と、ところで、今日はどうしたんだ? 丹恒、野球に興味はないだろ?」

 話をそらすため、どうして球場にいたのかを問う。

「お前みたいに、知り合いにつれてこられた。人の波が引いてから帰ろうと思っていたところで、お前たちを見つけた」
「知り合い、放っておいて平気なん?」
「試合が終わってすぐ帰ってしまったからな。だから、お前とこうして帰れるのは……少し、嬉しい」

 少しだけ熱を持った指先が、手の甲を撫でる。
 彼にしては珍しい。
 いつも、俺やなの、星が色々やるのを一歩下がって見ているこの人が。
 俺の手を振り払わず、握り返してくれて。それどころか――もしかしたら、無意識なのだろうけれど――手の甲を撫でてくるなんて。

「丹恒。もしかして、お酒飲んでる?」
「場醉いかもしれない。安心しろ」
「それならいいけど。お前、バイクだろ?」
「飲んだら飲酒運転になるな」
「怪我したくないし、させたくない。お巡りさんに切符切られるのもヤダ」
「最寄りに着く頃には、この酩酊感に似たものも抜けているだろう。帰ろう、穹」
「うん。帰ろう」

 ふわふわと、ちょっと足元が覚束ないけれど。
 丹恒と手を繋いで歩いていると、そんなことどうでもよくなる。

「丹恒」
「どうした?」
「会いたかった」
……帰れば、いつでも顔を合わせられるだろ」
「そうだけど、そうじゃない。わかる?」
「わからなくはないが」
「だって、学校で別れてから、今まで会えなかったから」

 まるで子供みたいな我儘。
 でも、彼はそれでも許してくれると勝手に思っているからこそ出てきた言葉。
 最寄り駅まで、二人で電車に揺られ。
 その後は、丹恒が運転のバイクに乗って家へ。

「たっだいま~!」
「こら。そこに寝転がるな」

 玄関先で、靴を脱いだ瞬間に寝転がると怒られた。
 お風呂まで引っ張られて、丹恒に全身を洗ってもらい。気づいたら意識は落ちて。

……頭痛い」

 多分二日酔いだ。
 昨日は、自分の許容量限界ギリギリまで飲んでしまったもんな。
 それは少し反省。

「起きたか」
「おはよう」
「ああ、おはよう。朝食は、二日酔いに効くものを用意しておいた」
「ありがと~」

 そんなやり取りを交わし、休日なのでゆっくりする。
 それから、時間とお金の許す限りあのスタジアムへと通うようになった。
 そして、あの綺麗なお兄さんの名前が〝飲月〟ということを知り。

「へ~。飲月も学生なんだ」
「ああ。友人へのプレゼントを買うために、金を貯めている」
「俺も学生。学校は?」
「秘密」

 ビールをサーバーからカップへ入れてくれる間の、数十秒だけの会話。
 それだけでも、少しずつ彼を知っていけて。

「飲月がいてくれたことで、セクハラが減ったんだよねえ」

 と、スタジアムに行ったはいいが飲月がいなかった日。彼の同僚のお姉さんが教えてくれた。

「ふうん」

 あまりにも俺が素っ気なかったせいか、ビールを売ってくれたお姉さんは苦笑。
 ご飯を食べて、野球を観戦して。他の観客が帰り始める前に帰宅。
 毎回いるわけじゃないんだなぁ。って気持ちがちょっと強いな。

「今日は違う衣装なんだ」
「体調不良の人が出たんで、売るビールの会社が違うんだ」
「衣装、サイズがあるんだ」
「忌々しいことにな」

 砕けた言葉遣いが、ちょっと嬉しい。
 のだが、どこかで聞いたことがある声な気がしてならない。もしかしたら、テレビで聞いた声っていうだけかもしれない。
 アルコールが入ってるから、ちょっと考えがふわふわしてるし、気のせいかも。

「飲み終えたら、次の買います」
「飲みすぎじゃないか?」

 もう三杯目だぞ。と、言われてしまった。
 今日は一人だし、ここでやめておいた方がいいかもな。

「ありがとう」

 お礼を言うと、優しく微笑んでくれた。胸がきゅっと締め付けられる。
 頭を振ると、ちょっとクラッとした。危ない危ない。
 丹恒のことが好きなのに、飲月にもクラッと来ている自分が嫌だ。

「丹恒。同時に二人の人間を好きになるのって、悪いことかな?」
「突然どうした」

 久しぶりにスタジアムへ行かない休日。丹恒と二人、ダラダラしながら思わずそんな言葉が零れ落ち。

「交際している身で、他の人間に懸想しているのなら、それは問題だ。だが、そうでないのなら個人の自由だろう」
「そっかぁ」

 丹恒本人は、背中を押したつもりはないのだろう。でも、俺としては、背中を押された気持ちに。

「その衣装も似合うじゃん」
「ありがとう」

 また違う衣装を着ていた。そして、売っていたビールの味も違った。

「実は、今日でここでのバイトは終わりなんだ」
……また、会える?」
「お前が望めば、会えるだろう」
「そっか」

 ちょっと寂しいけれど、仕方ない。ここでだけの縁だと、諦めるしかない。
 俺を見る飲月も、ちょっと寂しそうだ。

「呼ばれた。それじゃあ」
「うん。今日までありがとう」
「こちらこそ」

 ビールサーバーの重さなどものともしない動きで、彼は去っていく。
 恋にも満たない、俺の想いはこうして消えていったのだった。

「はあ……
「恋煩いか?」

 俺がため息をついていると、つん。と、指先が鼻先をつつき。
 そちらを見ると、丹恒が微笑んでいた。

「似たようなもの。というか、告白する前には赤なく散ったんですよ」

 そう言いながら、彼の頬をつつき返す。

「なら、新しい恋を始めてみるのはどうだ?」

 俺の手を取って、頬ずりし。
 いいのか? 本当に、告げてもいいのか?

「丹恒の事、好きって言ったら……返してくれるのか?」
「ああ。俺もお前が好きだからな」
……嬉しくて、今一瞬呼吸が止まった」
「それは大変だな」
「キスしていい?」

 頬ずりしてきた頬を指で撫でながら、問う。
 心臓がうるさい。断られても、受け入れてもらっても、心臓が若干おかしくなりそうだけど。

「出来るのか?」
「頑張る」

 両手で頬をそっと包み、恐る恐る顔を近づけ。
 触れた唇は、柔らかかった。
 それから、俺と丹恒は恋人になり。
 付き合い始めてしばらくした頃。

「穹。今日はお前が喜ぶ格好をしよう」
「ないなに~? ぇ」

 揺れる黒髪ポニーテール。目元には赤いライン。
 胸元がぴちぴちのポロシャツに、膝上のスカート。

「今日のビールは、穹が好きな銘柄。値段は……お前からの、キスでいい」

 ビール缶を手に俺の隣に座り。それから、グラスにゆっくりと注いでいって。

「よく冷えているからな。いらない?」
「い、いります」
「頬に、キスを」

 自分で口にしたくせに、照れたように頬を染め。
 そっと頬にキス。
 グラスを手にして飲んでも、隣の丹恒の格好が気になって味がよくわからない。
 脚を組んで、それから長い髪を耳にかけ。
 エロすぎない?

「あの、さ」
「聞きたいことがあるなら、早めに」
「もしかして……〝飲月〟?」
「そうだ。ふふ。いつお前に気づかれるか、ひやひやしていたが、結局気づかなかったな」

 長い指が、顎をすっと撫で。勃ちそうなので、止めてもらいたい。
 それが、素直な感想。

「お前が望めば、好きなだけこの格好をしよう。シャツも色々あるし、スカートも何枚か買った」

 熱のこもった目で見つめながら、俺の太腿を撫でてくる。

「丹恒」
「どうした?」
「お酒入ってるから、多分、無理。後、その……
「その?」
「別の日に、その恰好して欲しいな。今日は、我慢する」

 少しずつ味がわかってきた気がするけど、集中力はほとんどない。

「それなら、俺も我慢しよう」

 すると頬から顎まで撫でられ。その後、キスをされたのだった。