ナスカ
2025-06-22 18:00:00
4731文字
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カラミティアンドアストロジャー⑧

前回の続きです。

夜中に目を覚ましたと思うほど、視界の暗さにアストルは一瞬戸惑った。だがすぐに思い出す。ここは、地上と同じ道理が働かない場所。そんなところへ、自分はやって来たのだと。
ケホ、とアストルは小さく咳き込んだ。埃っぽさに喉をやられたのだろうか。まさか瘴気ではあるまい。自分はこれまでずっと、その被害を受けてこなかったのだし……
それは、厄災の加護ありきのものだったのではないか?
……ガノン?」
近くに彼の姿が見えなくて急に不安になり、アストルはできるだけ呼吸を最小限にしながら周辺を探した。カンテラの明かりは頼りないが、無いよりあったほうがずっと良い。プルアをひとりにすることへ一抹の不安があったが、彼女はシーカー族だ。戦うも逃げるも、うまくやってのけるだろう。人間より、防御策が『厄災が側にいること』しかわからない瘴気のほうが余程恐ろしい。急いでガノンを見つけなくては。
地底は巨大なシダや菌類が圧倒的に覇権を握っているためか、視覚だけで湿度を感じる。それらの全長は下手をすれば家屋を凌駕するほど。地上にここまで大きなシダ植物もキノコも無い。まるで自分が小さくなってしまったかのような錯覚を受ける。
……しまったな。道がわからなくなる」
アストルは咄嗟に振り向いて、ドールハウス程度の大きさに見える拠点の位置を確認した。帰るべき場所がわからなくなるのは恐ろしい。
普通、夜は星を見上げて現在地を把握するものだ。夜空というものは案外明るく、方向感覚を教えてくれる指針とある。だが地底にはそれが無い。星のない空を見上げるとはこうも辛くてならないのかと、アストルはため息をついた。息苦しくても仕方がない。地底は大地で蓋をされた、果てしなく広い閉鎖空間なのだから。
顔を上げると、少し遠目に灯りを発見した。それも人工の明かりや、松明とも違う。まるで、小さな太陽がポッと宙に浮かんでいるように見えた。
あそこに行きたい。明確な理由もわからないまま、アストルは駆け出した。
次の一歩を地面につけようとした時、足の裏がヒヤリとする。何も無いと気づいたアストルは咄嗟に飛び退いた。よくよくカンテラでそこを照らせば、急な断崖絶壁となっている。現在地がどの程度高いのか把握できない。いっそ奈落に見えた。ここから落ちたらどうなるか、言うまでもないだろう。岩壁をそのまま降りていったとしても、体力が保つ保証はない。一度引き返し、プルアの元へ戻るべきか。何かしらの発見をした以上、共有するべきだろう。
もと来た道を辿るべく、アストルは背中を向けた。だが視界の端に、暗い中で光る物体を見る。それは今しがた見つけた、小さな太陽とは明らかに色を違えている。
「これは……?」
湖に満ちたラズベリージャムに我が身を凌駕するほどの荒縄を突っ込んで、色が染み込むまで待ち続けたような質感。よく観察してみれば、その中を何かが通っている。一体これは何なのか。好奇心に背中を押され、アストルは唾を飲み込むとジリジリ近づいて……やがては手を伸ばした。
「待て」
後ろから割り込んだ人物に手首を握られてギョッとする。振り向けばそこにいたのは探していた人物で、皿のようになっていた目が小鉢程度の丸さを取り戻した。
「ガノン! 一体、どこに行っていたのだ! 探していたのだぞ!」
……我を?」
「お前以外に探す相手が今の私にいるものか。で、どこをほっつき歩いていたのだ?」
アストルは自分の手首を掴むガノンの手を振り払い、両手を腰にあてて口をムッと曲げて厄災を見上げる。見上げられた本人は数回視線を右往左往させてから「お前と似たようなものだ」と取ってつけたような理由を述べた。
「私と?」
「周囲を見て回っていたのだ。……地底に来てから妙に胸がムカムカする故」
「厄災ともあろうお前が、瘴気に中てられたのか?」
「真面目に聞け!」
アストルのニヤけ顔は、喉に岩をねじ込まれたように重い声の圧力によって無の状態へ持っていかれた。一度咳払いをしてから「……そう怒ることなど」と呟いたが、ガノンの凄みに気まずくなり「なんだ」と返す。
「先程お前が触れようとしたそれは、恐らく瘴気の塊だ」
止められても仕方のない内容だったことに、アストルは「……そうか」とだけ言って閉口する。反論などできるはずがなかった。近づけば体調を崩すものが、触って平気なはずがない。
「この妙な不快感は、瘴気も原因だろうが……また別の
、根本的な何かを感じる」
「根本的な、何か……
ガノンの視線が全円を描くように回るので、アストルもそれに合わせた。確かに、『地底』という場所特有の閉塞感があることにはあったが……それ以外にも何か、見張られているような気はしていた。
「それを確かめたかったのだが、如何せん広すぎてなお前の気配が近くにあると気づいて、戻ってきたらこのザマだ」
ピチッとガノンに額を弾かれ、簡素ながらも鋭い痛みにアストルは悶えながらしゃがみ込んだ。こんなにヘナチョコな此奴のどこに、地底を探索する度胸があるのか。
「一度戻るぞ。お前もそのつもりだったのだろう?」
「あ、あぁ……
ガノンが側にいるとわかった途端、息が楽になったような気がした。『瘴気が効かない』と祭り上げられ、その結果ここにいるわけだが……。彼が側にいないと、自分はすぐにでも駄目になるのだろう。もしガノンが愛想を尽かせてしまったら……、とまで考えてアストルはそれを打ち消した。
何故私が奴からの愛想について気にしなければならないのだ。元から奴は愛想など無くて、ただ私の振る舞いに興味を持っているだけ。媚びる必要なんて無い。ただ自分のすべきことに着手していれば良いだけの話。その果てに絶望さえすれば、奴は満足するのだから……
自分もガノンも、相手から離れることができなくなっている。

✽✽

「うーわぁ! なんだかホッとするわねぇ、ここ!」
アストルはプルアと共に、例の『小さな太陽』の場所へと向かった。出くわした断崖絶壁は、プルアが持ち込んだ発明品のジェットパックの出力を微調整しながら降りることができた。
アストルが『小さな太陽』だと思っていたそれは、近づいてみれば巨大な発光植物であることがわかった。ぷっくりと膨らんだ部分が仄かな橙色の輝きを放ち、さらにそれは上へ上へと伸びている。瘴気の根と似た形状でありながらも、相反して柔らかさだ。地底にいながら、地上にいるような心地になれる。そんな場所。
巨大な根の生え際は窪んだ地形をしており、そこには奇妙な緑色の光が浮かんでいた。手のひらの形に見えたのでアストルが手をかざしてみたが、何も起きなかった。『お前は特別じゃない』と突きつけられたような気分だが、プルアが試しても反応無しだったことに少しばかり安堵した。
「しっかし、よく見つけたわね、こんなところ!」
「辺りを探索していたらたまたま、だが……
「もしこの光が瘴気に対して効力を発揮するなら、大発見よ! ……今まで調査隊が見つけられなかったのは、やっぱり降りてすぐ瘴気に中てられちゃったからなのかしら?」
プルアはあちこちを観察しては素早くメモを取っていく。ふとアストルは、ガノンが窪地の外側……根の光が当たらない場所にいるのを見た。明らかに嫌そうな顔をしている。近づけないのだろうか。この光は、怨念の塊であるガノンにとって嫌な効能があるのかもしれない。アストルは外側から観察する振りをして、ガノンに近づいた。
「どうした?」
……瘴気ほどではないが、これも好かぬ」
「そんなことだろうと思った」
アストルはその場にしゃがみ込むと、果てしなく見える地底の天井を見上げた。もしこの根が地上へと繋がっているなら、そちらでは何らかの植物として自生しているのでは無いだろうか。全て憶測に過ぎないのがアストルには口惜しかった。地底にばかり目が向いているが、地上での調査を行うべきでは無かろうか。
親しい知り合いは少ないし、その人物は自由にあちこち出歩ける身分ではない。
「何故好かない?」
「好き嫌いという感情を、論理的に語れと?」
「参考だ。厄災であるお前が苦手とするならば、何かしら王家との繋がりも見えてくるだろう」
「なるほどな」
ガノンは温かみのある光を、まるで太陽を直視するかのような顔をして見た。実際は視力に影響を及ぼすほどの強力な光ではない。だが彼にとっては、見ることも、当たることすら苦痛なものなのは確かだ。
「そうだな……甘っちょろさを感じる」
「何だそれは」
「訊ねたのはお前だろう」
「いや、まあ……。だが、ただの光にそこまで?」
アストルも発光する根を見つめる。自分にとっては『忌む物』という気は起こらない。ただ地上にいるのと同じような気分になるだけで、それは地底では安心感をもたらす。
「太陽の光とは、そう優しいものではない。もっと険しく、恐ろしい、渇きと乾きをもたらすものだ。これを有難がるのは、真の日光を知らぬ者だろう」
その指摘にアストルはドキリとして、顔を逸らした。中央ハイラルが恵まれた自然環境であることは知識として知っていても、享受しているだけの身であることは間違いない。この国には極寒の地もあれば、水の一滴を確保するのが困難な場所もある。
……すまない」
「いや、謝る必要はない。お前にとってそれが日常だっただけのことだ」
「なぁ、お前はどこで……
生まれて育ったのか、そう問いかけようとしてアストルはやめた。それを聞いてどうしたいのか。『現状打破の参考』と銘打って、彼の生育環境までもを根掘り葉掘り聞くのは良いことなのか。
「もう一度見てくる。お前は暗い方でも見ていろ」
「あぁ。そうさせてもらう」

✽✽

一頻り調査をしたものの、はっきりとした効能等は掴めずまいだった。体感はあるものの、理論として実証するには例が少なすぎる。
「アレの名前、どうする?」
「あの根っこか?」
「仮でもなんでも、名称くらいは決めておいたほうが色々と進めやすいでしょ?」
自分たちの拠点へと帰る道中、アストルとプルアはそんな話をした。さすが本職が研究者のプルアはアストルよりも多くの発見とそれを基にした予測を行い、それを矢継ぎ早にアストルへ話し続けた。
「瘴気が発生するようになってから、各地で何の変哲もない岩が発光し始めたの。で、そこから出てる光があの手の模様に似た色をしているのよね。もしかしたらあの根っこと岩祠は関係があるかも。文献を漁ってたらそれは祠で、設置したのが初代国王と王妃らしくことがわかったの。長年の間にただの岩になっていたみたいね」
そのあともプルアの長話は続き、最終的に根の命名についての話題に行き着いた。
「安直かもしれんが……『光の根』というのはどうだ? わかりやすいと思うが。仮名なら申し分ないだろう」
「そうね! シンプルなのが一番だと思うわ」
などと軽い調子で会話を繰り返し、拠点に到着しようとしたところ……重々しい様子で数え切れないほどの大人数が地面を這いつくばるように移動しているのが遠目からでもわかった。恐らく、地底調査に赴いていた大隊のひとつだろう。彼らの拠点まで向かうのだろうが、既に定員オーバーどころの話ではない場所へ入れるはずもない。
「連中、何考えてるんだッ……!」
「行きましょ!」
アストルの背中は、まるで地獄へ向かっていくように見えた。穏やかに、あの村で暮らしていればよかっただろうに。ガノンは暫くそれを傍観した後、ゆっくりと浮かびながらついて行った。

続く