【スタゼノ】スイート・ウィークエンド

スタゼノワンドロワンライ 第207回お題「誘う」
週末に大学にゼノを訪ねたら、デートのお誘いを受けたと知らされるスタンリーの話。

「実は、大学で週末にデートに誘われてね」
 そのあんたがデートに誘われたって場所――大学ってやつの近所のダイナーにまで地元からわざわざピックアップトラックでハイウェイを飛ばして来た俺に、ゼノはどういうわけかそんな台詞を吐いた。時刻は正午過ぎ、セクシーに腰をくねらせる女の古いポスターが貼られた店は学生で埋まっていて、金髪のウェイトレスが真っ赤なチェリーの乗ったミルクセーキをゼノの手前に置いていった。俺はその子供っぽい注文をした、天才科学者って名高いのにどこか子供っぽいところのある恋人を見つめ、そういえば俺達は恋人同士なんだよな? って思った。なのに俺に嫉妬させんの? とも。
「で、受けんの?」
 俺は手元に置いたコーヒーに口を付け、ぬるくなったが、苦いそれを喉に流し込んだ。ゼノはさっきからずっと笑っていて、テーブルの下で足をぶらぶらと揺らした。まるで子供みたいなそれに、俺は頬杖をついて窓に映った彼を見つめる。ゼノは笑っていた。上手いいたずらを思いついたみたいに、俺をからかう遊びを思いついたみたいに。
「どうだと思う?」
 俺の質問に質問で返して、ゼノはミルクセーキに乗ったアイスクリームやホイップ、チョコレートソースなんかをスプーンで掬って、首を傾げて真っ黒な目を細めた。俺はその様子に少々苛立ちを覚える。俺だって昨日チアリーダーに映画に誘われたんよ、その前は学校一番の優等生に図書館に誘われたんよ、その前はゴスの女にヘヴィメタのライブに誘われたんだったっけ。でも俺は全部断ったんだけどね。
「恋愛経験の少ないゼノ先生が、どこにデートに行くのかは気になんね」
 俺は自分の経験を隠して、ちょっと意地悪を言った。なのにゼノはそんなこと全く気にせず、ミルクセーキをスプーンでかき回して笑う。
「誘われたのはクラブだね。あぁ、大丈夫、偽造IDの準備は君としたからね。大手を振って酒を飲めるよ」
 なのに今飲むのは甘ったるいミルクセーキなんだ? って、俺は苦いコーヒーを飲みつつ、同い年の恋人を見つめる。一緒に作った偽造IDを他の女と使われることにはちょっと苛ついたが、でもただのデートだ、女と出かけるだけだ、まさかあの生真面目なゼノ先生がファックするってわけでもあるまい。だったら俺は笑顔で送り出してやろうじゃないか。どこのクラブに行くことだけはどうにかして調べなきゃならないが。
「で、どこのクラブ?」
 俺がそう尋ねると、ゼノは気になる? ってミルクセーキにストローを突っ込んで言った。
 その時、ドアにつけられたベルがカラン、と鳴って、また学生が入って来た。さっきテーブルにやって来た金髪のウェイトレスは慌ただしく立ち回り、メニュー表を配って歩く。
「あんたのデートの相手を見定めてやるって言ってるんよ。先生を誘う見る目ある奴は俺も気になるしね」
 飛び級で大学に入って、今じゃあ有名教授のお気に入りで、あちこちの学会を飛び回っていて、研究も軌道に乗っていて、そんで未来が確約されてる男に自分が相応しいと思ってる女を俺が見定めてやるよ。
 もちろんそうは言わなかったものの、俺はため息をついてコーヒーにミルクと角砂糖を入れ、スプーンで混ぜた。甘ったるい味になったそれに口をつけ顔を上げると、ゼノは相変わらず笑っていて、楽しそうにミルクセーキを飲んでいた。
「僕のデート相手を次々に落としていった君が、今度はどんな手を使うのかは気になるね。笑ってみせる? 肩に触れる? それとも僕に使った手でいく?」
 その言葉に、俺はむせそうになる。なんだ、お見通しなんじゃん、って思って、でもそんなふうに思っているんならデートをするのはやめろよって胸ぐらを掴みそうになる。ゼノはちょっと天才すぎて無神経なところがあったから、まぁ、仕方ないっちゃあ仕方ないのだけれど、でもそんなんで女とデート出来んの? 女は死ぬまで機嫌を取ってやらなきゃならない生きもんなんだぜ? とはいえ、俺も随分前に降参してて、こうやってあんたの機嫌を取ってるけどさ。
「あれは別に……
「僕が初めてのデートに行った時、女の子は偶然会った君に夢中になってたね」
 ゼノが楽しそうに俺の足に自分のそれを絡める。まるでいたずらするみたいに、愛撫でもするように。そんなふうにするなら、やっぱりデートなんてするなよ。俺が一番あんたのこと分かってるんだからさ、俺以外にあんたのことを分かってる奴なんていないんだからさ。
「スタン、君が笑うと、みんな君に夢中になるんだ。僕を誘った女の子もね。君はそれが分かって僕の恋愛を邪魔してたんだろう?」
「おかげでこの国一番の銃の腕の、ボーイフレンドが出来たんじゃん」
 あんたが何よりも欲しかった、そんな俺が恋人になったんじゃん。
 コーヒーを飲み干し、さぁそろそろこの茶番を切り上げるかって思った時、ゼノがこんなふうに言った。真剣な顔をして、まるで最中の時みたいな甘さを黒い目にたたえて、俺を見つめて。
「結末が聞きたい?」
 ゼノがまた足を絡めて来る。ミルクセーキを包んでいた、冷えた手のひらも俺の腕に添えられて、俺はだからどうしようもなくなってしまう。結末って? デートのお誘いは断った? それとも俺を捨てるつもりか? そりゃあさ、恋人じゃあなくなったって俺達は親友だし、あんたにこの身を捧げるつもりだけどさ。もう空軍に入るって決断は撤回する気はないけどさ。
「デートは断ったよ。ボーイフレンドがいるからって、この写真を見せてさ」
 ゼノがスマホを取り出し、ベッドで眠る俺を見せる。あんた、いつの間にこんな写真を撮ったんだ? 前寝た時? それとももっと前? でも嬉しいな、俺のことボーイフレンドって紹介してくれたんだ?
「機嫌は治ったかい? それじゃあ、この後は君が取ったモーテルに行こう。君が誰よりも魅力的ってこと、僕にもまた教えてくれないか? 女の子に使うつもりだった色目を見せてよ」
 そんなからかいに、俺はやっぱり降参する。やっぱりあんたには敵わないなって思って、降参する。でも、俺にもプライドってものがある。あんたに敵わないけど、あんただっていつも俺に夢中だって冗談言うじゃん。
 だから俺は伝票を取って席を立ち、ゼノの腕を引っ張って耳元にこう囁く。
「どんだけでも色目使ってやんよ。期待して待ってな。あんたがやめてくれって言ってもやめてやらねぇから」
 不安定に立ち上がったゼノからは、やっぱり甘いミルクセーキの匂いがした。いっそキスでもしてやろうかと思ったが、ここは大学近くのダイナーだ、同級生が見てたら困るだろうから一応はよしてやる。その分、モーテルでは覚悟してろよ。
「もちろん期待してるさ」
 ゼノはいたずらっぽく口元を舐め、そんなふうに笑った。
 そうして、俺達はキャッシャーに飲み込まれてゆく金を見つめて、釣り銭を受け取り、ダイナーを出る。駐車場には愛車のピックアップトラックがあって、俺は親父から譲り受けたそれに乗って、いつも使ってるモーテルを目指す。ゼノは窓を開けて夏の風を受け、運転する俺を微笑みながら見ている。
 恋人がデートに誘われた、それだけで俺は駄目になっちまって、それが分かっててゼノは俺をからかって、そんで俺たちはモーテルにしけ込むのだ。スパイスみたいな会話をして、愛撫みたいな会話をして、それこそロマンチックコメディの恋人未満の男女みたいにからかいあうのだ。でもそんな映画と一つ違うのは、もう俺たちが繰り返し寝てるってことだ。それでいて新鮮に抱き合いながら、からかいあってるってことだ。
 俺はゼノが好きで、ゼノは俺が好きで、あろうことか彼は俺の写真なんてものをスマホに入れてて、だからさ、俺にもあんたの寝顔を撮らせてよ。事後承諾でいいかな、だって、あんたならそれくらい許してくれるだろう?
 俺はハンドルを切りながら角を曲がる。そろそろ、モーテルが見えて来る。これから週末を過ごす、デートの誘いを断ったゼノを俺だけのものにして、週末を過ごすモーテルが見えて来る。甘い甘い、そんな時間を過ごす建物は、あと少しで俺達のものになる。



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