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九条空
2025-06-23 00:00:00
6588文字
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毒霧ヴィラン・薄墨③
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分解ヒーロー・???
「你好(ニイハオ)〜」
「間に合ってます」
「何が!?」
宅配かと思って玄関の扉を開けたが、向こうに立っていたのは怪しい男だった。
現代社会の問題の一つだな。
大抵のものを宅配で買ってしまうので配達員が訪問する機会が多く、チャイムが鳴ったら配達だと思ってとりあえず開けてしまう。
この治安の悪い日本ではそんなことしちゃいけねえわ。
D.E.T.O.N.A.T.E.の時に学んでおくべきだった。
即座にドアを閉めようとしたが、靴を滑り込まされて閉じられない。
クッ、悪質なセールスのやり口だ。
怪しい男は自分を指さして、必死で言った。
「オレですよオレ、面影!」
「
……
面影ねえじゃん!」
面影の面影がなくなってしまった。
髪には赤色のメッシュが入り、顔には赤の色丸眼鏡。
耳には中華風の意匠が施されたタッセルピアス。
目尻には赤いアイメイク、服はもちろん中華服だ。
怪しすぎるだろ、職質されねえのか。逆に怪しすぎるからファッションで押し通せるのか。
「祈さんが中華服似合うって言ったんじゃないスか。ワタシ悲しいアルよ〜しくしく」
「キャラもそれでいくのか? まあ悪くねえか
……
」
「師匠がそう言うならそうするアル!」
「しまった、迂闊だった。こいつ俺の全肯定マシーンになっちまったんだった」
影響されやすさは相変わらずらしい。
自分というものがない。ある意味それがこいつなのかもしれないが、行き過ぎると記憶まで無くすとわかっているからな。
もうちょいアイデンティティが確立するまでは面倒見てやるしかない。
「で、今日は何の用だ?」
「公安に就職決まったんでご報告に来たアルよ〜。ぴーすぴーす」
「お〜、良かったじゃねえか。マトモな社会人生活頑張れよ」
暗殺者という時点でマトモな社会人からはかけ離れているように思えるが、さて。
人に擬態できる時点でもっと普通の職業に就けそうだが、こいつの場合擬態しすぎて変なことになりそうだ。
異能者の管理に慣れているはずの公安に一旦は預けておくか。
「公安に所属できたんで、祈さんの役に立ちそうな情報あったら全部流すアルね〜」
「俺がスパイ潜入させたみてえになってんじゃねえか。ンなこたしなくていいよ、世の中信用ってモンが大事なんだから」
「オレは祈さんからの信頼さえ得られればなんでもいいです」
「うわあ、急に元に戻るな」
「わかったアル!」
「しまった、このままではこいつ一生エセ中国人になっちまう」
それがいいことなのか悪いことなのか判断ができない。
公安勤務の暗殺者が、ヴィランよりマシなのかどうか判断できないのと同じことだ。
本人がいいならいいんだけど、こいつには自分が全然ねえんだよ。
「もし祈さんの暗殺依頼が来たら、その場で公安の内部をできるだけめちゃくちゃにしてくるアル!」
「おいやめろ、俺が公安に爆発物しかけたみてえになる」
大人として、若者のやんちゃの責任を取ってやるべきだという気持ちはある。
けど俺の体は未成年で、面影の方が多分歳上なんだよな。少なくとも肉体年齢は。
面影が公安に所属したというのなら聞きたいことがある。
「薄墨(うすずみ)には会ったか?」
「ああ、会ったアルよ。ん〜
……
気難しそうな感じだったアルねえ」
「研究者気質か? 仲良くなれっかなあ」
「仲良くなりたいんスか? 引きずってきます?」
「引きずったら仲良くなれねんだよ」
「でもワタシのことは引きずって来たじゃないアルか♡」
「それはお前が特殊なだけだ」
特殊と言われ、面影はキャッキャとはしゃいだ。
普通の逆、特別とか異常とか、そういう言葉に弱いらしい。機嫌を取るのがすだまくらい簡単だ。
お前は世界に1人だけで代わりがないんだよ、と言わている感覚になるのだろうか。
そういう特質を持った人間は多くいると思うが、こいつの場合厄介だ。
言われたらその通りになってしまう性質とあわせて、異常をとことん突き詰めた結果がヴィランである。
「立ち話もなんだ、上がってけよ。仁が不機嫌だったら殺されるかもしんねえけど」
「祈さんの家ってDEAD OR ALIVEなんスね~」
「意味あってるか? どっちかっつったら、この門をくぐる者は一切の希望を捨てよじゃねえの?」
「どっちにしろ地獄じゃないスか」
アリギエリの神曲を知っているあたり、記憶はないくせに教養はあるな。
俺が知っているのは当然、ナナメさんの影響だ。すぐ引用すんだから。
おかげさまでやたら文学部の教授にも気に入られてんだよ。
面影を連れてリビングに行くと、テレビを見ていた仁が舌打ちした。
「面影来たけど殺しとく?」
「勧めないでほしいアル!」
「うぜえ。死ね」
「良かったな面影、今日の仁は機嫌が良いぞ」
「死ねとか言ってるのに!?」
殺す、ではなく死ね、の時点で機嫌が良い。
殺すのは仁の意思だが、死ねの場合は生殺与奪を一旦相手に委ねているからな。
積極性の少なさから言って、殺意も少ない。
「不良になっておる!」
一方、中華野郎になった面影を見て、すだまはそう言った。
「不良じゃねえ、ファッションだよファッション。今はこういうのが流行ってる、場所もある、らしい」
「そ、そうなのか
……
? むう、服装というのは移り変わりがはやいからのう。皆が和装でなくなるまで一瞬であった」
歴史を感じさせる発言だ。
「面影、すだまには良くしてもらえよ。変化について詳しいらしいし、お前が師匠と呼ぶならこっちだろ」
「もちろん! 恩人アルね、この姿を思い出させてもらったアル!」
「この口調も流行なのかのう?」
「この流行はめちゃくちゃ前だ」
「ちぐはぐじゃあ」
中国人が「~アル」っていうのってどっから来たんだろうな。
まだ「~だと思たよ」のように小さいつが抜ける、みたいな方が中国人の喋り方として理解できるんだが。
そんなこと言うと面影がその喋り方をしてしまうので黙る。
あと、のじゃロリの流行もかなり前のような
……
いや、ずっと前から存在しているすだまが時代遅れってのも変な話だな。
流行が追い付き、そして越えていったのだ。
待ちに待った薄墨(うすずみ)の訪問。
最近停滞していた、治療薬の開発を進められるかもしれない絶好の機会だ。
気合も入るというものである。茶菓子を用意し、そわそわしながら薄墨が来るのを待った。
澪の他、ラットロードや面影といった現公安職員とも知り合いなので、ツテを頼り、家に来てもらえるよう取り付けるのは簡単だった。
他の人間がいると面倒になりそうだから、すだまや仁には一時的に席を外してもらった。
澪は水道管にいるだろうし、クローゼットの中にはD.E.T.O.N.A.T.E.が収納されているが、まあそれは良しとしよう。
「よ、はじめまして。俺は片桐祈だ、よろしくな」
「俺っ娘!」
毒霧は、オタクの男と言われて皆が思い浮かべるような姿であった。
チェックシャツが良く似合う小太りで、汗を拭くためか首にタオルを引っかけている。
何かのライブ用のタオルな気がするな、アイドルかアニメかわからんけど。
眉はぼさぼさだが、ヒゲはきちんと剃っているようだ。左目の下に泣きぼくろがある。
眼鏡を軽く持ち上げ、毒霧はさっそく顔の汗を拭いた。
汗っかきを自覚している時点で大分マシだよな。
不思議と汗臭くねえし、消臭もしっかりしているのかもしれない。
薬物のスペシャリストと聞いているので、もしかすると消臭剤も自己開発しているのか?
道が違っていれば製薬会社なんかでバリバリ働いていたのかもしれないな。
見た目的には清潔感からかけ離れているが、シャツも上までぴっちりボタンを閉めているし、真面目なのは伝わってくる。
しかし俺の方は、最初の自己紹介で毒霧に叫ばれてしまったので、悪印象だったかと心配になる。
「俺っ娘は地雷だったか?」
「いえ、むしろ大好物です」
このやり取りだけでわかった、こいつオタクだ。
もちろん見た目からもわかるのだが、見た目と中身が乖離している人間がいることはこの俺が証明しているからな。
俺としてはこの時点で毒霧と仲良くなれそうな気がしているが、しかしこの世界のオタクコンテンツには疎いんだよな。
クソ田舎だったから流行り廃りが世間とズレていて、都会に出てきてからはサブカルを嗜む心の余裕がなかった。すっかり何者でもないオタクになっちまっている。
「本名を名乗るのもやぶさかではないですが、ハンドルネームで呼ばれる方が慣れておりますので、ぜひ毒霧、あるいは薄墨とお呼びください」
「オッケー毒霧、か薄墨な。友達の友達ってことで、澪の話から入るか。仲良かったんだって?」
「いえ、一方的に慕っていただけですな。推しには認知されたくない性質故、遠目に眺めて勝手に癒されていただけで」
「ああ、だから澪がいなくなったせいで薄墨がヴィランになった、って話聞いて本人がびっくりしてたのか」
「いやあ、そういう面がないわけでもないというか、実質そうなんですが、まさか某の悪行の責任が氏に問われるなど、そんなことになっているとは思わず! 推しに迷惑かけるわけにはいかないため、政府の犬に戻ってきたというわけですな」
「澪のことかなり好きじゃん」
推しだったのか。
この単語の意味は難しい。
恋愛感情のありなしを問わず、信仰に近い感情。
金を払えるなら払っておきたいと思い、生きる糧として心の支えになる存在。
まあ神みてえなもんか。
日本の宗教が複雑怪奇な理由の一つ
――
それが推し活だ。
「見目麗しく、こんなオタクくんにも優しくしてくれましたからなあ。まさかフラックスになっているとは存ぜず、さらに恩を感じているばかりです。氏のおかげでモン娘に目覚めました」
性癖おかしくなっちゃってる。
オタクに優しいギャル、かつモンスター娘。そうか、澪って性癖てんこ盛りだ。
「男の娘が好き系? いや、公安やってた頃の澪がどんなだったか知らんが」
「おほほ、そういう話ができる感じですか! 感無量! こちら側の人間が近くにいなかったもので、友達はインターネットだけだったんですな」
だから喋り方が変なのか。いや、それは偏見だろうか。
毒霧はスッと表情を真剣なものにすると、声のトーンを落として俺に尋ねた。
「
……
ちなみに男の娘ですかな?」
「期待させて悪いが、この体は純粋な美少女だ。中におっさんが入ってるだけで」
「ほほほほ! いいですなあ!」
「いいんだ」
「男の娘も好きですが、雄(お)んなの子も好きですぞ」
「逆ってそんな名前なんか!?」
「女の漢(おんなのこ)と言ったりもしますな。どう見ても男に見える女性、という意なので、見たところ女性に見える貴殿に使用すべき語彙ではない気もしますが、他に順当な単語が思いつきません。まだまだ発展途中のジャンルという所感で、しかしこれから流行ってほしいと思っている次第」
オタク特有の早口、いいね。
俺は現代っ子だから1.5倍速でYouTubeを見るぞ。
Wikipediaの流し読みも好きだ。俺に対してはどれだけ雑学を披露してもらっても構わない。
「いいね。興味はあるが詳しくねえんで、先達を探してたんだ。いや、男の娘に限らずサブカルの話な? オススメの漫画かアニメある?」
「うおおお! その話を始めると一昼夜かかりますぞ! プレゼンテーションをする準備の時間を頂いても!?」
「ぎゃはは、やる気ありすぎだろ! 会議室でも借りてプロジェクター使うか?」
「そんなの楽しすぎる!」
楽しいオタクイベントの予定が入りそうだ。
その前に色々解決したい問題もあるが
……
毒霧の協力を得るには、まず友情を育むことが先決か?
しかし、利用する目的で近づいている感じがして微妙だな。
薬物に詳しい知り合いは欲しいが、オタクの友達もずっと欲しいと思っていた。
「面影がお前のことを気難しそうと言ってたんでどうなるか心配してたが、こういうタイプな。理解したぜ。面影はチャラく見えるから警戒しただろ」
「サブカルはサブカルですが、某とはジャンルが違うと思いましたなあ。いわゆる原宿系、流行の最先端を行く方かと」
「そこまで深く考えてねえよあいつ。アニメもオススメしたらハマってくれそうだけどな」
「うむ、流行に敏感であれば逐一今期アニメを追いかける元気もあるのやも。歳を食うとなかなか時間を見つけるのが難しくなり、すべてを追うのは無理になりましたなあ」
「そもそもそんとき放送されてるアニメ全部見てる時期があるってだけで真面目だなあ。ある意味公務員向きか」
「おほほ、少なくとも前線に出るタイプではありませんな。椅子の男が丁度よく」
公安でもそうだったのだろうか。
毒物だけ開発して、それによる暗殺は他人任せということか?
毒霧の腹回りの肉を見ていると、俊敏に動いて人を殺している姿は想像できない。
実行するにしてもトラップとかそっち系なんだろう。
「そういやお前の毒食らったことあるけど、あれなんのコンセプト?」
「おっと、被害者でしたか!? これは申し訳ない。撹乱目的で無差別にバラまいたことが何度かあるので、そういったこともありましょうな、いやはや、恐縮です。恨んでおられないと良いのですが」
「ああ、気にしてねえよ、俺は再生能力があるからよかったけど。あんとき誰か死んだって話も聞かなかったし。ほら、あそこの交差点のとこで毒霧撒かれたやつ」
「ああ、ブルーベリーの」
「あれやっぱブルーベリー色だったんか。綺麗に肌が染まったぜ」
「皮膚を紫に染め、動悸を起こすだけの毒ですな。視覚効果でどこまでプラシーボを引き延ばせるかの実験でしたが、どうでしたかな?」
やっぱマッドサイエンティストではあるんかね。
毒食らった感想を悪気なく本人に聞くなよ、デリカシーがないとかいう段階を飛び越えているぞ。
異能持ちでマトモなやつってあんまりいねえから、大目に見てやろう。
「なんだ、すげえしんどかったけど割とすぐに治ったのは、そもそもそういう設計だったのかよ。俺の再生能力がすげえのかと思ったわ」
「一週間は紫になる予定でしたから、それより早く治ったのなら貴殿の功績でしょう」
「お前は洋館で追いかけっこでもさせたかったのか? それともチョコレート工場でガキを処刑したかった?」
「おほほほほ! 博識ですなあ!」
毒霧は手を叩いて喜んだ。
言ってから気づいたが、この世界には前世の俺の知っているコンテンツがあったりなかったりする。
今言ったそれらはどっちもあるようだ。あっぶね、急に変なこと言うやつになるところだった。
薄墨はずっと変なこと言ってるからそこまで気にせんでもいいか。
「さて、それで本題ですな。フラックスの頼みとあらば当然お引き受けしましょう。薬の開発でしたな? しかし某今は公安の預り故、開発場所が政府の所有施設となります。開発を進めれば政府にもその情報が漏れてしまいますが、そこについて問題は?」
「構わん、そんなことより時間がねえんだ」
「いいでしょう。実物をお借りしても? 帰って分析してきましょう」
「いやあ、マジで助かる! ずっと異能者の力借りたかったんだよ! 俺より薬に詳しいやつ、最高!」
「おほほほ、褒められて悪い気はしませんなあ。取り柄といえばこれくらいですしおすし」
治療薬を渡すと、毒霧はそれを丁寧に荷物へしまった。
毒霧がどういう意味で薬物のスペシャリストなのか、その異能の正体がどのようなものなのかも気になるが、初対面で踏み込むにはデリケートな話題だろう。また今度だな。
「また遊びに来いよ、そんときゃ狐耳の巫女紹介してやる」
「おほほほ! 祈氏の冗談はおもしろいですな! そんなザ・オタクコンテンツがそのへんに転がっているわけがないでしょう」
すだま見たら卒倒するかもしれんな。
俺の田舎はアニメ等の流行が遅れていたものの、ザ・オタクコンテンツがそのへんに転がっていた。
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