溶けかけ。
2025-06-21 22:47:37
2638文字
Public ほぼ日刊
 

星屑のワルツ

よくある宝石眼のフリーナと宝石職人のヌヴィレットのお話。
そろそろ独自設定多すぎる気がする。

 この世界には数万人に一人の確率で宝石の瞳を持つ人間が生まれる。
 宝石の瞳を持つ人たちは宝石人と呼ばれ、不思議な力を持っている。それは生まれたばかりの子どもでも捻くれ者の大人であっても常識だ。──僕を除いて。
「高い金を払ったのにお前は何一つ出来ないのか!?」
 フリーナの目の前でテーブルが一回転をしながら宙を舞う。その様子を色違いの瞳がじっと見つめていた。
(赤ワインって落ちないのになぁ……
「聞いているのか!?」
 胸倉を掴まれる。小さく軽い身体は僅かに浮いていた。
……
「お前はいつもそうだ! 黙っていればいいと思っているんだろう!?」
 乱暴に床に投げ出される。転んだ拍子に擦ったらしい頬がじんじんと熱く痛んだ。
「次こそ! 次こそ能力を開花させるんだ! でなければその目をくり抜いてやるからな!」
 男は唾を飛ばしながら捲し立てるとぜえはあと肩で息をしながら扉を開けた。どすどすどすという重そうな足音が徐々に遠ざかっていく。
「そんなの僕が知りたいよ……
 フリーナが起き上がりながら呟く。ふとした拍子に視界に捉えた月は白く冷たい色をしていた。

 フリーナは宝石人のなかでも欠陥品と呼ばれていた。理由は単純だ。珍しいオッドアイの瞳を持ちながら能力を一つも開花させることが出来なかったからだ。生まれてすぐに両親に金と引き換えに宝石人を保護する施設に送られるもいくつになっても能力を開花させられず、肩身はどんどん狭くなっていくばかりで、入所当初は宝石人様、フリーナ様、と慕っていた人々は宝石人、使用人や研究者を問わず、フリーナを蔑み見下すようになっていった。遂にはフリーナの住処は一番狭く、一番日当たりが悪い部屋へと追いやられてしまった。
「あら、ごめんあそばせ」
 後ろからぶつかられてフリーナは前のめりに床へと倒れこんだ。
「あらまあ、無様だこと。でも、欠陥品は床に這いつくばっているのがお似合いね。磨いても輝かない宝石なんてそこいらの石っころと何も変わらないもの」
「まあ、ひどい……! でも確かにそうね。一番古株の石ころなんて私、恥ずかしくて廊下を歩けませんわ」
 二人はくすくすと笑いながら横を通り過ぎていく。謝罪の一つもないのもいつものことだ。
「面倒なのに絡まれてしまったよ」
 彼女たちの遠ざかる背中を見つめ、フリーナは独りごちる。
「僕にだって、宝石職人マエストロがいれば……なんて、僕にはその資格すらないのにね」
 宝石職人マエストロ──宝石人を開花させ、その能力を最大限発揮させることが出来る者のことだ。先ほどの彼女たちにも当然、専属の職人がいる。職人と宝石人は強い絆で結ばれていて、一目見ただけで互いが自らの宝石人と職人であると判別出来るのだという。だが、職人のなかには何人もの宝石人と絆を繋ぐ者もいる。フリーナが屑石であるのと同じように、何ものにも例外というものはあるらしい。

『ごめんなさい……! 僕、僕が……!』
『お前のせいで私たちは優秀な職人を一人失ったんだ! 謝るだけで済むとでも思っているのか!?』
 ──むせ返るほどの鉄の匂いに、耳を劈く警報音。
 ──飛び交う怒号に混ざる嗚咽。
 ──『キミは何も悪くないよ』頭を撫でる血の気の引いた青白い顔……
……僕には職人なんて必要ない。僕は僕だけの力で開花してみせる」
 もう二度と失うことがないように。

「お客様ですって」
「僕に?」
 嫌悪を隠しもせずに言った少女はフリーナの手の中に紙切れを押し込むとさっさと踵を返して去って行った。たとえ、ほんの少しの間でもこんな湿っぽく暗いところにはいたくないのだろう。宝石人は明るいところを好むのだ。
「誰だろう?」
 フリーナはくしゃくしゃになった紙を広げる。書かれていたのは宝石人なら誰でも自由に使えるサロンであった。

「君がフリーナか?」
 出された紅茶と菓子を摘んでいたフリーナの上にさっと影がさした。フリーナが顔を上げれば、薄紫にも薄い桃色にも見える色変わりな瞳がこちらを覗き込んでいた。
「うわぁっ!?」
……っ!」
 思わず立ち上がれば、男性の顎にフリーナの額が直撃した。二人は患部を抑えて蹲り、悶絶することしばし。
 やっとのことで痛みから解放されたフリーナが男性に問いかける。
「キミは誰? 見たところ宝石職人のようだけど?」
 顎を擦る男性の服装からフリーナはあたりをつける。新人の宝石ならばもっとちゃんとした先輩をつけるはずだ。
(それにしても……綺麗な瞳だ。アレキサンドライトみたい……
 光によって色を変える宝石を想起させる瞳に釘付けになる。それからはっと我に返り、頭を振った。
「こほんっ! もしかして新人の宝石職人かい? 僕に道を尋ねるとは運が良い。僕はここの施設では一番の古株だからね。知らないところはないと言っていいだろう。何処に配属されるんだい? 送っていくよ」
 フリーナは手を伸ばしかけて、その手を下ろした。ぎゅっと強く握り込んで後ろ手に隠すと「ついておいで」と言いながら男性から数歩距離を取った。
「ふむ。ならば案内してもらおう。君の部屋へ」
「なるほど。僕の部屋だね……って、なんだってぇ!?」
 フリーナが叫ぶ。声に驚いた小鳥たちが羽音を立てて飛び去っていった。
「自己紹介がまだだったな。私はヌヴィレット。君の宝石職人になる者だ」

「あの二人、仲良く出来ているかなぁ?」
 紅茶を啜りながら少女は足をぷらぷらとさせた。
「僕の目に狂いはないと思うんだよね。それにフリーナにもいい加減、宝石職人がいなくてはならないし」
 少女は宝石職人であった。最年少で宝石職人としての力を発現させ、優秀な宝石人たちと絆を繋ぐ、天才であった。──とある事故が起きるまでは。
 事故のあと、少女は能力を失ったがその求心力は衰えてはおらず、未だに宝石職人の決定権に口を挟む権利程度は持ち合わせていた。
「ヌヴィレットならフリーナの問題も解決出来ると思うんだよね」
 少女──フォカロルスのそばで金糸雀が羽根をはためかせた。
「キミもそう思うんだね? それでこそ、僕のパートナーだ」
 金糸雀は差し出された指に甘えるように体を擦りつける。彼女もまた、例の事故により声を失った被害者であった。
「キミには期待しているよ、ヌヴィレット。僕の可愛いをよろしく頼むね」