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ねぶくろ
2025-06-21 18:05:02
2690文字
Public
Skeb
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『 』
Skebにて納品した作品です。
※兄妹の恋愛を扱っています。
「こちらではお手続きできません」
窓口で告げられた言葉に、ツヅリは絶句した。差し戻されたのは、実兄であるタイトとの婚姻手続き書類だ。二人が暮らす国、デザイアでは明確に兄弟間の婚姻を禁じる法が存在しない。例が多いわけではないが、異例というわけでも違法というわけでもなく、まさか提出した書類が受け付けられないだなんて、想定外だ。
ツヅリは眉を八の字に、「それは
……
、どうして?」と担当の役人に尋ねかけた。心臓が嫌な跳ね方をしている。耳障りな心音と共に、背中を冷たい汗が伝った。懸命に動揺を堪えて、こぶしを握る。
担当者はツヅリの心中など知らぬ素振りで、営業用の笑顔を崩さないままカウンターに先ほどツヅリが提出した書類を置いた。胸ポケットからペンを取り出して、ペン先で『夫になるひと』の氏名欄を指し示す。
「こちらの漢字は誤って生み出された文字
……
、いわゆる幽霊文字というものにあたります。公的書類に表記不能文字を使用することはできませんので、代替表記をお願いいたします」
「
……
、代替表記すれば受理していただけますか?」
窺うように尋ねれば、彼女は「はい。その他に不備はございませんでした」と変わらない営業スマイルで頷いた。安堵の息を吐き、その手からペンを受け取る。ツヅリは自身の筆跡で記されたタイトの本名を二重線で消し、代わりに『怠人』と文字を書き込んだ。それを確認して、担当者が「では、登録してまいりますのでしばらくお待ちください」と会釈する。奥に去っていくその背中を見送りつつ、ツヅリは待合室のソファに腰を下ろした。
ツヅリは、役所での手続きを終え、兄の待つ自宅へと帰り着いた。ドアを開けて「ただいま」と声をかければ、奥から「おかえり」と平坦で低い声が返ってくる。タイトの声だ。知らず、尻尾が揺れるがそれを抑えて手洗いうがいを済ませる。
居間へ向かえば、ソファに寝そべった姿勢でタイトがタブレットを眺めていた。仕事をしているのだろう。タイト自身がツヅリに手続きを任せたにもかかわらず、彼は不満げな気配を漂わせて「遅かったな」と呟いた。
「ごめんね、少し不備があったから
……
。本当ならあと十分は早く帰れたんだけど」
「そう。まぁ、受理されたならいいよ」
短い会話の間に、ソファのそばに膝をつく。ツヅリは寝転がった姿勢のタイトと目の高さを合わせて、「兄さん」と声をかけた。ほとんど前髪に隠された視線がこちらを向いて、「なに?」と愛おしい声が問いかける。
「
……
手を、握ってもいい?」
その言葉に、タイトが静かな表情のまま身を起こした。タブレットを肘掛けにおいて、右の手でツヅリの手を掴む。彼の手は大きく、しっかりとした男性の厚みを持っていた。少し体温が低く感じるのは、ツヅリの方が緊張しているせいだろう。華奢なつもりなどなかったのだが、繋いでみるとツヅリの手のひらは彼の手にすっぽりと隠されて、容易には振りほどけない。
ツヅリは跪いた姿勢で兄を見上げながら、繋いだ手の指先を絡めた。にぎにぎと、その存在を確かめるように力を籠めて、緩めて、を繰り返す。タイトはそんなツヅリの挙動には構わず、ただひたすらに妹の顔を見つめ続けていた。頬にぶつかる視線に気恥ずかしさを感じて、思わず目を伏せる。
しばらくの間そうして手を弄んでから、ツヅリは顔を上げた。自分と同じ色をした双眸を見つめ返し、口を開く。
「不備の話だけど
……
、兄さんの名前、登録できないって言われたんだ」
握っていた手に力を籠める。ツヅリは兄の顔を見つめたまま、痛みを堪えるように目を細めた。笑い飛ばそうとして、出来そこなった硬い笑みを浮かべる。
「
……
誤って生み出された文字だからって」
本来存在しない、表記不能の幽霊文字。
――
手続きができないと告げられた時の胸の冷え込みを思い返して息が詰まる。
まるで二人の間に存在する絆さえも否定されたような衝撃。生まれてきたことが誤りだと宣告されてしまったような恐怖。愛する者の名前をそのまま受理してもらえない憤り。あの一瞬に去来した感情を処理しきれないまま、ツヅリは兄を見つめて、「ねぇ、兄さん」と呼びかけた。視線だけが用件を問い返す。
「愛してるよ」
二人の間にある絆が愛情として認められないとしても、生まれてきたことが誤りだとしても、この関係が公的に承認されないとしても。実在を確かめるように手を握って、息を吐く。熱を分け合うように、境界を溶かしてしまうように指を絡めていれば、タイトが空っぽの左手をこちらに伸ばした。
体を引き寄せられて、噛みつかれる。がぷりと、ツヅリの首筋に容赦なく歯形を刻んで、彼は低く唸るように言葉を零した。
「俺は別に、公認なんて求めてない」
お前が俺のものであることは自明なんだから、と伝えられて目を伏せる。
彼の言う通り、婚姻手続きを踏まずとも共に生きることは可能だ。タイトはそもそも婚姻手続きの必要性を感じておらず、役所に届け出ることを望んだのはツヅリの方だった。
ツヅリとタイトの間柄は公的には兄妹で、愛し合っているとはいえ挙式はおろか指輪さえも贈っていない。二人が特別であることを証明するものは互いの思いだけで、その思いさえも言葉にするのはツヅリばかりなのが実情だ。
――
だから、ではないが、ツヅリは書類の上だけでも自分が彼の特別である証を刻みたかった。
愛する人と繋がって、分かたれることのない証明が欲しい。その思いさえも阻むように伝えられた『登録不能』の言葉は、ツヅリにとって重く冷たい衝撃だった。愛した人の名が誤りによって生まれたのだと明言されて、タイトの存在さえも曖昧になってしまったかのような心地になった。
よりにもよって、永遠を誓うための書類を提出してそんなことを言われるなんて。
ここに確かに体温が存在するのに。
――
兄さんは、僕が愛する人なのに。
小さく息を吐き出して、「兄さんが望んでなくても、僕は証明が欲しかったんだ」と言葉を返す。握った手の温度が溶け合って、温度差はほとんど感じられなくなった。自分のそれより骨ばった男性的な手のひらをぎゅっと握る。ツヅリは兄の瞳を見つめて、はにかみながらも言い切った。
「兄さんが他の誰かのものにならない証明が、
……
宣誓が、ずっとずっと欲しくて堪らなかった」
これで兄さんは僕のものだ。
――
ずっとずっと、誰にも分かつことが出来ないほど僕だけのものだ。
ツヅリの言葉に答えるようにして、タイトはもう一つ大仰な印をツヅリの首筋に刻み込んだ。
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