匣舟
2025-06-21 15:24:10
3653文字
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陽だまりのきみ

リクエスト作品のタカ乱

陽だまりのきみ


 乱太郎はタカ丸に出会うまで、自分の髪があまり好きではなかった。自分だけ珍しい赤茶色の髪の毛で髪が薄く、一人だけ髷が結えなかったからだ。
 頭巾から出ている靡く髪を見るたびに、ああ、いいなあ。私もあんな風に結えたらなあ。とタカ丸の前でつい大きな独り言をこぼした事が始まりで、髪結いの名にかけて乱太郎くんの髪を髷を結えるまでにするね!と言われ、一年生の頃からタカ丸が暇のある時に乱太郎の髪の手入れをするのが日常になっていた。
 それから約三年経ち、タカ丸は最高学年の六年生に、乱太郎は落第スレスレでありながらも三年生となっていた。髪の毛が薄く、髷が結えない乱太郎の髪型はタカ丸の三年間の努力により、今では髷を綺麗に結えるほどに髪が伸びていた。
 学年が上がっていくことにつれて忍務や実習が増えていき、容易にタカ丸と会えない日の方が多かったのに彼は乱太郎の元にいつの間にかやってきて、髪のお手入れをしてくれたのだ。
 決して暇ではなかったはずだし、学年が上がっていくにつれて忍務は過酷さを増していくと風の噂で聞いていたので、私のために時間を使ってくださらなくてもいいですよ。と言ったことがある。好きでやってるからいいんだよ。と言うタカ丸に、でもと食い下がると、それでもタカ丸は僕が約束したことだから、ちゃんと守らないと。
それにね、僕って約束は守る男だからね。」
 それを乱太郎くんに知ってもらわないと。と言って、いつぞやの会計委員会委員長のように隈を拵えながらも、そのときの精一杯の笑顔で乱太郎の髪のお手入れをしてくれたことを憶えている。
 その約束通り、毎週欠かさずタカ丸は乱太郎の髪のお手入れにやってきた。この乱太郎の肩までかかるようになった髪はこの三年間、毎週欠かさず乱太郎の髪の毛のお手入れを行ったタカ丸の努力の賜物である。
 この三年間、毎週欠かさず髪のお手入れをしてくれて、いつも乱太郎くんもみんなと同じようにいや、それ以上に綺麗な髪にしてみせるからね。とタカ丸が自分の髪を褒めてくれたことにより、あまり好きではなかった自分の髪もなんだかんだで愛着が湧くようになってきた。今日はタカ丸が卒業する前の最後の髪のお手入れの日である。
お願いします、タカ丸さん。」
うん、綺麗にしてみせるね。」
 タカ丸のハサミがチョキ、チョキと動く音と、ふたりが呼吸する音だけがこの場から聞こえる。
 いつもならお手入れが始まると乱太郎はきり丸やしんベヱたちを中心としたは組の事だったり、自分が所属している保健委員会の不運話だったり、タカ丸は同学年である滝夜叉丸や三木ヱ門たちの話とか乱太郎と同じは組の伊助が所属している火薬委員会の話で盛り上がったりするのに卒業前の最後のお手入れなのかどうもしんみりしている。
髪、伸びたねえ。」
「はい……本当に。」
 タカ丸が乱太郎の髪の毛に櫛を通していく。その櫛を通されるたびに、乱太郎はこの三年間、タカ丸に髪の手入れをしてもらっていたことを思いだすと同時に、これからはもう日常ではなくなるのかと冷静に考えてしまって寂しくなった。
……乱太郎くん、どうしたの?」
「え?」
「なんか、悲しそうな顔してる。」
 タカ丸が櫛を通しながら、乱太郎の顔を覗き込むと乱太郎は驚いた表情をした。そんな顔をしていただろうか?と思わず自分の頬に手を当てる。
「な、なんでもありません!ただ……その……タカ丸さんに髪をお手入れしてもらうのはこれが最後なのかと思うと少し寂しくて……。」
 言うつもりは無かったのになんでそんなこと言っちゃったんだろう、こんなことを言ってもタカ丸さんを困らせるだけなのに。とひとりで自己反省している乱太郎の肩に何かが乗りかかる。自然に重みがかかった方を見てみると、タカ丸の顔がが乱太郎の肩に乗せられていた。
「た、タカ丸さん?」
……乱太郎くん。」
……はい。」
「僕もね、寂しいよ。」
……え?」
 乱太郎くんと同じだよ。と、タカ丸が乱太郎の肩から頭を離すと、ふわりと舞った少し伸びた髪で微笑む表情が少しだけ見えなくなる。
やっぱり、そうだ。同じだ。髪を綺麗にしてもらうことはもちろん嬉しいけれど、何よりタカ丸さんと他愛の無い話をしたり、は組のみんなや先輩や後輩の話をすることが本当に楽しかったんだ。
 そんなことを今更初めて実感してしまった乱太郎はこの姿を目に焼きつけるように、タカ丸が乱太郎の髪を櫛で梳く姿をずうっと眺めている。そんな乱太郎の目線に気づいたタカ丸はふふ、と笑って僕の独り言として聞いて欲しいんだけどね。とポツリと言葉を零して話し始めた。
乱太郎くんの髪のお手入れをしようって思ったのはね、きみの綺麗な赤茶色の髪の毛が、自分の手でどこまで伸びるようになるか見たかったからなんだ。」
 自分の力でどれぐらい伸ばせるだろう、綺麗になるだろうってお手入れをしていく度に、このお手入れで乱太郎くんと会う度に自分がとても救われていたんだよ。と微笑むタカ丸に、乱太郎はただ髪の手入れをしてもらっていた側だったのにそれのどこに救われたのかよく分からなくて首を傾げるだけだった。タカ丸はそんな乱太郎に微笑みながら話を続ける。
四年生から実習が過酷になると、よく退学者が増えるって言うでしょう?乱太郎くんも来年だし、その過酷さがわかると思うんだけど、本当に、過酷なんだ。あれは、地獄だよ。」
 さっきまで微笑んでいたタカ丸の目にすうっと影が入っていくのがわかる。乱太郎はその姿を見てひゅうっと、息を吸った。あの影は、見たことがある。実習終わりに医務室に駆け込んでくる上級生たちと同じ目をしているからだ。
 まるで生気が無いかのような、どこか一点を見つめながら治療を受けている上級生の目を乱太郎は思い出した。そんなことを思い出している乱太郎を知らず、タカ丸は話し続ける。
つらい、くるしい、自分なんかが生きていていいのか?僕は、この道を進んで大丈夫なんだろうか?なんて問いかけの日々を過ごしてた時に、いつも、きみと他愛もない話をして、きみの綻んだような笑顔を見ると、そんな考えが消えていったの。乱太郎くんがいるだけで、自分が日常にまた戻ってきたような気がして。」
 だから、乱太郎くんには感謝してもしきれないんだよ。とタカ丸が乱太郎の髪の毛を櫛で梳きながら話す。そんなタカ丸に乱太郎は、私は何も……。と返すとタカ丸は、そんなこと無いよ。と言ってまた話を続ける。
「この三年間ね、忍術学園に転入してから僕の人生はかけがえのないものになったよ。上手くいかないことも、落ち込んだこともあったけど先輩たちや同輩にその度に励ましてもらったし、滝夜叉丸や三木ヱ門たちの個性豊かな四年生に転入してよかったと思ってる。そして、乱太郎くん。きみにも出会えたから僕はすっごく幸せだったよ。」
─だから、本当にありがとう。乱太郎くん。と微笑むタカ丸に乱太郎はなんだか最後の別れのような感じがして胸が苦しくなった。
 私こそ、私もこの三年間で自分の髪についてあまり好きではなかったけど、好きになりましたし、タカ丸さんに髪のお手入れをしてもらうのが本当に楽しくて、心地よくて……。と乱太郎は涙声でぽつりぽつりと話していく。
 私のほうこそ、ありがとうございます。私も、この三年間すごく楽しくて、幸せでした。そう続けたいのにだんだん言葉が詰まってしまって上手く紡げない。すると乱太郎の想いを受け取ったかのように、今まで黙っていたタカ丸が口を開いた。
─乱太郎くん。とタカ丸が乱太郎に声をかける。はい、なんですか?と涙で濡れた声で乱太郎が返事をする。すると、タカ丸は乱太郎の髪をひと房手に取り、それにそっと口付けをした。
僕ね、きみが好き。乱太郎くんが好き。きみの綻んだような顔も、陽だまりのように僕を照らしてくれるような笑顔も。」
 だから、ずっと僕の隣で笑っていて欲しいし、君の赤茶色の綺麗な髪の毛をお手入れさせて欲しい。三年間、きみとの約束を守った僕の想いを聞いてくれる?と微笑むタカ丸に乱太郎は嗚咽で返事はできなかったが、乱太郎の頬を濡らす涙を拭うタカ丸の指に自分の頬を擦り寄せながらゆっくりと頷いた。
 その姿を見て、タカ丸は嬉しさを孕んだ瞳で微笑みながらありがとう。と言って再び乱太郎の髪を撫で始めた。

乱太郎先輩こっちです!」
「はーい!今行くからね!」
 乱太郎が入学して、四度目の春が来た。前回と同じように落第スレスレながらも四年生になった乱太郎は、負傷者が出たということで保健委員会の後輩に手を引っ張られながら廊下を走っている。
 ゆらゆらと風に揺れる乱太郎の髪の元結には、先日卒業した髪結いの彼が施したであろう金色の元結が太陽に照らされてゆらゆらと風で髪が靡くたびに輝いていた。