ブレイブアサギ号の甲板に座り込んでロイは右手に持った布であるものを拭いていた。彼の左手にあるのはそう、いにしえのモンスターボールだ。かつて黒いレックウザが入っていたロイの宝物。丁寧に汚れを取っていると、そこにマスカーニャが通りかかった。するとロイの手にあるボールに気づいた。それはキラキラと光っている。
「ん?どうしたの?マスカーニャ」
マスカーニャはなんでもないと言うように首を振った。しかしその目はしっかりとロイのいにしえのボールを捉えている。どうやって取ろうか。糸を通して…しかしボールはロイの両手と布にしっかり覆われている。さすがに気づかれるかもしれない。だったらトリックフラワーを使ってその隙に…マスカーニャはロイに気づかれぬようそっと花爆弾をロイの頭上に運ぶ。今だ!マスカーニャが指を鳴らした。
「あ、パモ。どうしたの?」
トリックフラワーが爆発した瞬間、ロイはそばにやってきたパモに気を取られて体ごと横を向き、顔は下を向いた。小さな爆発はロイの後ろで起こり、ロイはなにも気づいていない。パモが小さな手で頭に三角を作りながら何かを訴えているのを真剣に見つめている。
「ユキワラシを探してるの?ユキワラシならさっき展望デッキの方にいたよ」
そう答えると、パモはお礼を言って笑顔で船の中に向かって駆けていった。ロイはそれをニコニコとして見送るが、マスカーニャは口をすっかり尖らせている。作戦が失敗した上に、パモと話している間、ボールはロイの膝に隠れて見えなかったので糸を通すことはできなかった。
ロイは体の向きを直さず、そのままボールを磨く。こうなったら隙ができるまで待つしかないか。マスカーニャはため息を吐いてロイの手元をじっと睨む。それからしばらくして、マスカーニャがあくびをしたタイミングでロイはついにボールを磨き終えた。
「よし!ピッカピカだ!」
ロイは空にいにしえのモンスターボールを掲げる。太陽の光を受けてより一層輝きを増したそれに狙いを定め、マスカーニャは地面を蹴った。両手を前にしてボールに飛び込んでいく。その接近にロイが気づいたのはマスカーニャの体が当たる寸前だった。
「うわぁ!?」
マスカーニャに押され、ロイは後ろに倒れた。マスカーニャはロイの持つボールを求めて手を伸ばし、引っ掻くように手を動かす。暴れるマスカーニャの体毛がロイの体をくすぐる。
「あはは!待ってマスカーニャ!待ってってば!あはは分かった分かった!ボール貸してあげるから!ちょっと待って!あははは!」
マスカーニャはロイの制止を聞かずにボールを取ろうともがく。そのせいでロイの体がさらにくすぐられてしまう。大きな笑い声を上げるロイと狂ったようにボールを狙うマスカーニャを、その場にやってきたリコがじっと立ったまま見つめていた。視線に気づいたロイが顔を向けると、リコは両頬をぷくーっと膨らませて目を細めている。
「あれ?リコ?あはは!どうしたの!?」
「…別に」
リコの心の中は複雑だった。ロイと完全に密着しているマスカーニャが羨ましい。ロイも楽しそうで、すごくすごく羨ましい。でも、マスカーニャにいっぱい甘えてもらっているロイも羨ましい。マスカーニャは私のパートナーなのに。ロイのことが好きな私はもう手を繋ぐのすら恥ずかしくてできないのに。一体どっちに嫉妬すればいいのか。そんなわけでリコは両方に嫉妬していた。
マスカーニャも疲れたのか動きを止めると、ロイはマスカーニャにボールを渡した。マスカーニャはそれを受け取るとロイから離れて歩いていき、丸まってキラキラ輝くボールを堪能している。やっと呼吸の落ち着いたロイが体を起こすと、リコはまだ頬を膨らませたままだ。
「?リコ?ほんとにどうしたの?」
「…なんでもない。…ロイ、楽しそうだったね」
「え?ああ…マスカーニャの毛がくすぐったくってさ」
「そう…」
リコはロイの体をじっくり眺める。マスカーニャの体毛があちこちについているし、匂いもする。やっぱり羨ましい。
「…?どうしたの?なんかすっごく怒ってるように見えるけど…」
「別に怒ってないよ…ちょっと羨ましいと思っただけで」
「羨ましい…?なにが…?」
「えっ…?あれ…今私口に出て…!?」
「ねえリコ、なにが羨ましいの?」
今度はロイの目が鋭くなってしまった。リコはどうしようどうしようと慌てる。嫉妬心はどこへやら。この場をどう乗り切るか、リコの頭はそっちに行っていた。
「ええとあのねロイ…あの…ええと…」
「リコ?」
「うう…その…ロイにひっついてるマスカーニャも…マスカーニャと楽しそうにしてるロイも羨ましくて…」
ロイの有無を言わせない鋭い視線にリコは負けてしまった。正直に話したリコに対し、ロイはすっかり黙り込んでしまった。リコも恥ずかしさでそれ以上言葉が出ず、沈黙が続く。
数分後、ロイは両腕を大きく広げた。
「…?ロイ…?」
「えっと…マスカーニャが僕にひっついてたのが羨ましいならとりあえず僕ができることはこれかなって…」
「え?え?」
「…おいで」
ロイは指先で手招きする。その表情はやや赤く染まっている。そして「おいで」という言葉に、リコは引き込まれてロイの胸へダイブした。
「…あったかい…マスカーニャの匂いとロイの匂いが混じってる…」
「そ、そう…?嫌じゃない…?」
「うん…むしろ…嬉しい…」
「なら…よかった…」
ロイはマスカーニャにくすぐられたときの変なテンションが残っていた。そしてリコは感情のジェットコースターで理性が外れていた。この状況を冷静に見れなかった二人は、数十分後にドットが通りかかるまで抱き合っていたという。
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