たくとろ
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ワンライ「飛行船」

フライング作成
100話後。まだ行き先も決まっていない空の上で。
去年の10月のrylkweekでアップした話と少し似てるかも。

「いい天気だなあな、アチゲータ」

ウイングデッキに仰向けに寝転がっているロイがそう言うと、隣で寝転がるアチゲータも「アチ」と返す。空を大きい雲、小さい雲が流れていく。ぼーっと眺めていると、雲が流れていく方向とは逆の方向からよく知っている女の子の顔が覗き込んだ。空と同じ色の瞳が不思議そうに、それでいてわくわくした様子だ。

「ロイ、なにしてるの?」

膝に手を置いて姿勢を低くしたリコは早速聞いた。隣でマスカーニャもアチゲータに同じことをしているようだ。ロイは口角を上げて起き上がる。リコの顔も共に前へ向いた。振り返ったロイは穏やかな笑顔で答えた。

「特になにも。僕ここ好きだからさ」
「そっかそうだったね」

微笑んだリコはロイの隣に座った。空を走る風が彼らの髪を揺らしている。マスカーニャもアチゲータの隣に座った。そしてすぐに話し始めた。なにを話しているのか気になりつつ、リコも同じようにロイと話を再開した。

「ここってやっぱり風が気持ちいいよね」
「うん。だからやることがないときはつい来ちゃうな」
「だね。そういえばさっきロイたち空見てたけど、なにか面白いものとかあった?」
「ううん。なんにも。ただこれって言える形じゃない雲がいくつも流れてただけだよ」

ロイがまた空を見上げた。リコも上を向く。確かに、流れていく雲はどれも、名前をつけられるような特徴的な形を持っていない。ただ大きかったり、小さかったり、それだけの雲がいっぱいあるだけだ。色はどれも白くて、時々ちょっと灰色っぽいけど黒い雲はない。時々太陽が隠れてはまた出てきて、隠れてはまた出てきて、あたたかい光を落としている。

「ほんとだね。なんにもない」
「でしょ。でも、平和な感じがするよね」
「うん。特別いいのも、悪いのもなくて、なんでもないけど綺麗で大切で落ち着く空」

彼らの心はすっかりと安らぎ、静かに笑みを向け合っていた。そんな彼らの顔を影が覆った。空を見ると、三つ、四つの羽ばたく雲が泳いでいる。不思議なものを見つめてリコとロイは目を凝らした。

「あれってチルタリス?」
「ほんとだ。こんな高いところまで飛ぶんだね。ほんとに雲みたいだ」

話していると、チルタリスたちもまた雲のようにすぐ流れていった。それを見届けて、リコとロイはまた顔を向け合う。お互い、同じことを考えているな。なんとなくそれが分かって、しばらく見合った後、リコが言った。

「特別なもの、あったね」
「あったね。でも、あれも空からすれば当たり前なのかな」
「そうかも。でも、私たちにとってはなんでもない空の中に一瞬だけあった特別なものだった」
「うん。ねえ、それって僕たちが今過ごしてる時間と似てる気がするな」

なんでもない時間の中に、特別な一瞬がある。ロイはそこまで言葉にしなかったけれど、リコもロイの方をしっかり見たまま頷いた。そしてそのまま、リコはまた一言口にした。

「ロイ、ありがとう」

リコは目に小さな光を宿して言った。その言葉の意味がロイは分からなかった。固まっている彼を見つめたまま、リコは続けた。

「今日今、この瞬間、ロイとこうしてこのブレイブアサギ号でなんでもない時間を過ごせているのはロイがあの日、私を迎えにきてくれたからだよ」

リコは満面の笑みを向けた。太陽に照らされて眩しく光るその笑顔にロイは思わず目をパチリパチリとした。しばらくの間を置いて、ロイはやっと口を開いた。

「違うよリコ。僕たちが今この飛行船でこうやって話せているのはリコが僕と一緒に、もう一度冒険に出てくれたからだ。きっと、僕一人じゃここまでできなかった。だから、お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、リコ」

ロイもまた、リコに負けないくらいの笑顔を向けた。彼の微笑みは太陽の光よりも眩しく感じて、頬がじんわり熱くなる。リコはその理由が分からぬまま、また空に目を向けた。

「ロイとならもっと先へいける

そっと呟いた言葉はしっかりロイの耳にも届いた。空に流れるのはやっぱりなんてことのない雲ばかりだ。改めてそれを知ったリコはゆっくりと目を閉じてロイの方を向いた。目を開けると共に、口も開いた。

「私もロイと一緒に冒険してきたからきっとここまで来れたんだと思う。だからやっぱり私はロイがあの日きてくれてよかったって思うよ」
そっか。じゃあ、お互い様だね」
「私たち、こういうのばっかりかも」
「確かに」

リコとロイはそれぞれくすくすと笑う。どこまでも広がる空の中、なんでもない気づきが二人のツボを押して声を大きくした。少しばかりはやくなる鼓動の正体を、二人はまだ知らない。なにやらずっと笑っているパートナーたちをよそに、マスカーニャとアチゲータは空を見上げた。流れてきた二つの雲が、リコとロイの元に影を落として一瞬ハートを形作った。過ぎ去っていくそれに、リコとロイは気づかない。まだ分からない気持ちは気流に乗って、雲と共に空を泳いだ。いつか彼らの間に流れるその日まで。