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溶けかけ。
2025-06-19 13:22:55
1561文字
Public
夏の花短編 『翠雨』
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七変化
ハイドランジアと二人のお話。
気ままに更新、夏の花短編スタートです!
「やあ、ヌヴィレット。来てくれたんだね」
フリーナは読んでいた本から顔を上げると栞を挟んで傍らのテーブルに置いた。
「
……
君が倒れたと聞いて」
「ふぅん? それで居ても立ってもいられなくなって駆けつけてくれたのかい?」
ふふっとフリーナが笑い声を漏らした。
普段は綺麗に整えられた前髪はぐちゃぐちゃで、ボタンも幾つか掛け間違えている。公平無私で厳格な最高審判官様にしては隙だらけだ。何より、弾んだ呼吸に愛おしさを感じてしまう。彼のこんな姿、僕だけが知っていればいい──なんて独占欲は言葉の裏に仕舞ってしまおう。
「ほら、おいで、ヌヴィレット。そのままでは最高審判官の名が泣いてしまうよ」
「
……
」
フリーナは本を置いた机の引き出しから櫛を取り出して空いた手で自らのベッドの上を叩く。ヌヴィレットは憮然とした表情をしながらも素直に従ってベッドの上に腰を下ろした。
「痛くない?」
キノシシの毛で出来たブラシで銀糸を梳かしながらフリーナが尋ねる。「痛くない」という言葉に胸のうちに安堵が広がっていく。
「うん。上出来だ。ほら、次はこっちを向いて。そのボタンも直して上げるから」
くるりとヌヴィレットが方向を変える。フリーナはヌヴィレットがこちらを向いて初めて手にしているものの存在に気がついた。
「ハイドランジアか。綺麗だね」
青、青紫、紫、赤紫、桃色
……
小さな花の集まりは上から少しずつ白へと変わっていくように束ねられているようだ。
「
……
朝焼けみたいだ」
フリーナがほぅ、と感嘆の溜息をついた。
「これを君に」
「くれるのかい? ふふっ
……
ありがとう、ヌヴィレット」
フリーナはハイドランジアの花束を大切そうに抱え込むと「後で花瓶を貰わなくてはね」と頬をほんのりと桃色に染めながらはにかんだ。
「見舞いの花には相応しくないとも思ったのだが
……
」
「ううん。すごく嬉しいよ。けど、なんでハイドランジアなんだい?」
フリーナの腕のなかでハイドランジアの花が囁きあう。ヌヴィレットはそんな様子を眺めながら、口を引き結んで首を回らせる。
着の身着のまま飛び出してきた道中、せめて花でも買おう、と思い、立ち寄った花屋で見かけた色変わりの花。土壌によって色を変え、花期が長いことで知られるその花に自然と彼女を重ねてしまった──なんて、とてもではないが言い難い。そもそも人を花に重ねること自体、あまり良いこととは言えないだろう。
そんなことを考えた結果、ヌヴィレットは沈黙を選ぶことにした。
「教えてはくれないんだね」
フリーナは苦笑する。ヌヴィレットの眉間に寄る皺は深く、彼がこの件に関して随分と気を揉んでくれているであろうことは見て取れた。
「
……
いつか、キミの答えを教えておくれ」
ボタンを留め直し、曲がっていたジャボを正しい位置に戻したフリーナはそう言って笑った。
「
……
君の言う『いつか』は訪れなかったのだが」
ヌヴィレットは自嘲をするような薄ら笑いをしながらハイドランジアの花束を墓石に乗せた。
「もっと早く、言っていれば
……
と、この時期になるといつも考えてしまう」
雨粒がヌヴィレットを濡らす。雨を浴びられるまたとないチャンスであるはずなのに、気分は少しも晴れることはない。
「君とハイドランジアを重ねていた。いかなる土壌でも適応し、土地の色に変化して美しい花を咲かせる
……
様々な役を熟す君によく似ていると思っていたのだ」
たったこれだけのこと。それなのに、当時は何故か口にすることすら躊躇われた。龍としてのプライドや意地もあったのかもしれない。
「
……
愛している、フリーナ。君が私の最初で最期の恋の相手になるだろう」
重いなぁ、と取り繕った笑みで君は笑うのだろうか。
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