まに
2025-06-13 00:18:55
4876文字
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処断【衛拓】

⚠執筆途中のものです。R18部分は含まれていません。

あらすじ
独裁政権編ED6後軸 停戦後の蒼月と澄野
衛×拓(→希)
006ルートで犠牲にした霧藤に15年間罪悪感を抱いている澄野と、頼まれて首絞めする蒼月の話

諸注意
・006ルートのネタバレ、テキスト引用有
・衛拓ですが、澄野が霧藤を大切に思っている描写が原作程度にあります。恋愛描写はありません

『ありがとう……澄野くん……。あなたに会えて、本当に良かった……
 弱々しくかすれた声で彼女が最期の言葉を告げる。握る手の温度がたちまち失われていく。
 あの日、運命の日。オレは正義を選択し、カミュンを救った。そして引き換えに、自分の中の大切なものを……永遠に殺した。

 あれから15年の月日が流れた。フトゥールムに点在する勢力の統一にオレたちは奔走し、今日、ようやく一枚岩になったフトゥールム人と地球人の間で停戦協定を結ぶことができた。
 その調印式を終えたオレとカミュンは、共にバルコニーへと出る。眼下では人々の歓声が沸き起こり、子供も大人も笑顔でオレ達に手を振っていた。
 すべての人々が命をかけて、やっとの思いで手に入れた平和。それを前にして、民衆の誰もが歓喜に満ち溢れる。……霧藤や飴宮、凶鳥、大鈴木、イヴァー、シオン。他にもオレの知り得ない誰かまで、多くの犠牲の上で掴み取った平和を。
 こうして、100日間なんかにはとても収まらないほどに……長きにわたってこの星を苦しめた戦争は、ようやく終わりを告げた。

---

「拓海クン、お疲れ様」
「蒼月……
 そして日が暮れた頃、すべての手続きを終えて拠点に戻ったオレを蒼月が迎えた。周囲に他のみんなの姿は無く、一人でオレを待っていたようだ。意外なような、こいつらしいような。
「みんなは?」
「個室で休んだりまだ仕事してたりいろいろだよ。お祝いはまた今度になりそうかな。拓海クンも、これでようやく休めるね」
 そう言いながらいつものわざとらしいほど人懐っこい笑みを浮かべ、そのままオレと並んで歩き始めた。かと思えば、からかう時の声色で口を開く。
「あぁ、まだ司令って呼ぶべきだったかな?」
……いい加減それやめろ。複雑なんだよ」
「アハハ、ごめんごめん」
 あの日から本格的に混沌軍に合流した特防隊は、そのまま人類や攻撃的なフトゥールム勢力から混沌軍を守る主戦力部隊として存続した。そして元特防隊のリーダーだったオレは、混沌軍防衛隊の最高司令官となってみんなを率いることになったのだ。だから今は、大多数がオレのことを公には『司令』と呼ぶ。
 だけどその呼び名を使われると、どうしてもSIREIが脳裏によぎってなんとも言えない気持ちになる。それはそうだ。みんなを守るためだったとはいえ、この手で破壊した相手の名前で呼ばれたら到底いい気分にはなれなかった。
「でも、そんなふうに呼ばれるのももう少しで終わりじゃないかな。ようやく停戦に持っていけたんだしさ」
「それはそうだな。……やっと平和な世界になるんだ」
「ボクとしては、見た目も中身も不快で生き汚い地球人と共存だなんて反吐が出るけどね」
「お前、ここまで来て台無しにするのだけはやめろよ?」
「まさか。キミ達が望んだことの邪魔はしないよ。元特防隊に誓ってね」
 蒼月はそう冗談めかして肩をすくめる。停戦協定はさっき締結されたばかりの不安定な、いわば爆弾だ。そして切れ者のこいつにとって、この爆弾を最悪な形で爆発させるなんて容易いことだろう。
 だけどもう、こいつは裏切らない。かつて憎み殺しあったオレですらそう断言できるほどの信頼を、蒼月は15年かけて築き上げた。
 ある時は参謀として作戦を立てたり、ある時は前衛として先陣を切って戦ったり……他にも数え切れないほどの活躍を見せてくれた。その理由は、オレたち元特防隊とカミュンが平和を望んでいたからに他ならない。
「むしろ褒めてほしいくらいだよね。吐き気を必死に堪えて、あいつらとの交渉だって進めてあげたんだからさ」
「それはこの前終わったあとに散々褒めただろ」
「ふーん。そういうこと言っちゃうんだ? 他にも貸しは数え切れないくらいあると思うけど。やっぱりスタンプカードでも作ればよかったかな?」
「わかったよ。偉い偉い」
「わあ、醜い拓海クンに褒められるなんて光栄だなあ」
 適当にあしらえばいつもの嫌味に似た軽口で返される。こいつも今や立派な右腕とはいえ、やっぱり腹が立つ性格は健在だ。
 けれど今はこれ以上、売り言葉に買い言葉を続ける気力はあまりなかった。すぐにでもベッドに倒れ込んで思考を止めたい。ただ夢も見ないまま眠りたい。
 ため息だけで返し、目も合わせずに前だけを見ながら無言で歩を進める。すると蒼月が心配そうな表情で顔を覗き込んできた。
「拓海クン、もしかして元気ない?」
「えっ……?」
「みんなの悲願が叶った日なのに、拓海クンってば相変わらず辛気臭い顔だよねって。ただでさえ醜いのにさらに拍車がかかっちゃってるよ」
……一言余計だ。別になんにも」
――また希さんのこと、思い出した?」
 瞬間、ズキリと胸の奥が痛んだ。心臓を冷たい鎖で締めつけられるような心地になる。図星だ。今日は特に、あの子のことばかりを思い出していたから。いや、思い出さざるを得なかったというべきかもしれない。
 でも、さっきまでのオレは意図的に頭の隅に追いやろうとしていた。逃げようと、していた。
……
「拓海クン」
 しかし事実を突きつけられてしまえば、もう逃げられなかった。きっと蒼月にそんなつもりは無かっただろう。けれども呼ばれただけの名前ですらもオレを告発するための声に思えてきて、真っ黒なインクをぶちまけたみたいに、一気に鬱屈した感情で頭が埋め尽くされていく。重くなった足を止めてしまう。
 オレの様子に気がつくと、隣を歩いていた蒼月も少し遅れて立ち止まった。やがて少しの沈黙のあとオレが喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほどひどく暗かった。
……今日カミュンとも話したんだ」
「うん」
「霧藤はきっと喜んでくれるって。だって一番平和を願ってたから。オレもそう信じてる」
「うん……
「でも、だけどさ、……
 だけど、亡き彼女の願いが叶ってもオレの傷は癒えなかった。だってもう、この世界に霧藤はいない。
 過去の記憶が全部嘘で、生まれた時から何もかも持っていない。そんな空っぽの存在だったオレのなかに、本物の希望を見出してくれたのは霧藤だ。だから、オレはあの子を守りたいと思った。
 なのに霧藤は死んだ。オレがあの子を選ばなかったせいで。オレがあの子以外を選んだせいで。オレのせいで。
 だからどんなに長い月日が経って世界が平和になっても、傷は傷のまま、罪は罪のままだった。今日それを嫌というほど思い知ってしまったから、一段と胸が苦しいんだ。
「っ……
 言葉にできないまま俯いてしまう。霧藤の優しい笑顔が、最期の姿が、15年経った今でも呪いのように頭から離れない。こうなるともうだめだった。だから何も考えずに眠りたかったのに。
 体の底から急激に冷えていくのを感じる。手が小刻みに震えて、なんだかすごく寒かった。
……あ」
 そのとき、ひたりと手に触れられた感触がした。蒼月が自らオレの手を握ったのだ。まるで寄り添うみたいに。手袋越しとはいえ、今この瞬間も向こうからはおぞましい怪物に見えているはずだ。それなのに、蒼月の手から形容しがたい思いを感じてしまった。
 オレがゆっくりと見上げると、蒼月は寂しげに微笑んでいた。
「そっか」
 たったひとことだけ、オレの気持ちを否定も肯定もせず飲み込んだだけの返事。ともすれば不誠実にもなりそうなその反応に、逆にオレは安心した。今この場においては慰めも励ましも役に立たないということを、こいつはわかっているんだ。なぜならオレと蒼月は15年間何度も何度も同じ話をして、そのたびに同じ答えを選んできたから。
 冷えた手のひらで黒革越しの手を握り返す。そして蒼月以外の誰にも聞こえないように小さな声で言った。
「今夜、来てくれ」
……
 相変わらず蒼月は静かだ。けれど薄青い双眸はしっかりとオレの目を見つめている。この沈黙と視線は肯定を意味していると、オレにはわかった。
 それを認めてから、オレは蒼月を置いて部屋へ戻った。
 
 あの日、運命の日。あれからずっと、オレが霧藤への後悔と罪悪感を募らせるたびに、蒼月に手伝ってもらっていることがある。
 それはオレの――澄野拓海の処刑だ。

---

 自室のソファに座って蒼月をぼんやり待つ。そうしているとやがてコンコンコン、とドアがノックされた。蒼月だ。
「鍵は開けてる。入っていいぞ」
 ソファから立ち上がりながらそちらに向かってオレが声をかける。キィ、と控えめな音がしてドアが開かれると、想像通り蒼月が入ってきた。蒼月はそのまま後ろ手に鍵をかけようとして、オレの顔色を見るや否や苦笑気味に手を止める。
「拓海クン、ちゃんとご飯食べた?」
「食べてない」
「だよね。何か持ってこようか?」
「途中で吐いてもいいなら」
「それはご遠慮願いたいかなぁ」
 ただでさえしんどいのに、とぼやきながら蒼月は部屋の鍵を閉めた。蒼月からすれば、化け物と至近距離で触れるだけでも苦痛なのに、プラスで嘔吐なんかされたらたまったもんじゃないだろう。オレだって今食べてもあとで絶対に吐くし、吐瀉物まみれになるのはイヤだ。
 とにかくとオレがベッドに腰かけると、同じように蒼月も隣に座った。
「シャワーは? 浴びた?」
「浴びた」
「そっちはしたんだ」
「お前潔癖だろ。だからだよ」
「どちらにせよグチャグチャに見えてるのは変わらないけどね」
 眉をひそめて苦笑しながら、つう、と首筋に指を這わせてくる。蒼月の手を覆う黒い手袋一枚を隔てて、肌に触れられていく。肩口から鎖骨、喉仏、そして顎下。ゆっくり、じっくりと壊れ物を扱うかのような手つきでなぞられて、くすぐったさに身じろぎしてしまう。
「蒼月……
 穏やかな声色で蒼月の名前を呼ぶ。それにつられて蒼月の目とオレの目が合う。視線が交差する。
 その瞬間オレはぐいと蒼月の腕を引っ張って、もつれ合うようにベッドに倒れ込んだ。
……拓海クン」
 蒼月の静かな瞳がオレを見ている。手を伸ばして頬に触れれば、首に添えられた両手に力が込められる。それはじわじわと強くなって、オレの気道を塞ぎ、確実に呼吸を阻害していった。
「ぐ……ぁ、っひゅ」
 これが、澄野拓海の処刑だ。半分は言葉の通りで、半分は違った。15年前オレが犯した罪を何度でも罰するために、オレが気を失うまで蒼月に首を絞めてもらう。オレたちがしているのはそういう行為だった。
 本当ならオレはこのまま殺されるべきだと思う。だけど『司令』という立場はオレが死ぬのを許してはくれなかった。蘇生マシーンがあった昔のオレは死にたくなくても死んでいたというのに、なんとも皮肉な話だ。
 それでもただ、どんな形でもいいから罰して欲しかった。けれど誰もオレを責めなかった。仕方のないことだった。どちらかを選ばなければいけなかった。どちらも間違いではなかった。口々にそう慰められた。みんなはどこまでも優しくて、その優しさが、オレは許されてはいけないのにという自責の念だけを燻らせていった。
 でも蒼月は違った。かつて憎み合って嫌い合っていた関係だからこそ、蒼月だけはオレという存在を、オレの罪を責め立てて殺してくれる。正義を振りかざして大切な人すら見殺しにしたオレは、きっと誰よりも醜く見えていることだろう。
 ギリギリと首が締まる。肺が酸素を求めて、目に生理的な涙が滲む。視界が歪む。抵抗する必要もないのに、生きたいと手足がもがきだす。自分が浅ましい。醜い。笑ってしまいそうだった。
「がっ、は、う゛」
……拓海クン、ボクはさ」
 ふと、蒼月がつぶやく。いつもこれをしているときは喋らないのに、と呑気なことを頭の片隅で思った。
 だけど。
「本当はこの15年でね、だんだんキミや特防隊のみんなが普通の人間に見えてきてるんだ」
「はっ……?」


---

進捗ここまでになります。