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tonami
2025-06-18 21:34:53
4973文字
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心は奪うもの
情緒と感情の続き。
自分の気持ちを認めたくなくてずっとキレてる男
太陽の光がじりじりと肌を焼いていく。夏島らしく空は薄く刷いたような青が広がり、そこに真っ白な雲が浮いている。綿飴のような質感にチョッパーを思い出して、ついあのもふもふが恋しくなった。一味とは離れていた期間のほうが長いというのに、一緒に過ごした時間が濃すぎて何年も冒険をしていたような感覚に陥る。
「おい、余所見するな。逸れる」
「んな簡単に逸れっかよ。ガキじゃあるまいし」
「てめェのとち狂った迷子癖よりはまだガキのほうが可愛気があるな」
吐き捨てつつ、ローはゾロの腕を掴む。顰められた顔は不機嫌そのもの。何がそれほど気に食わないのか知らないが、八つ当たりじみた態度に呆れて息を吐く。
ゾウから潜水して一週間と少し。潜水艦に慣れないクルーもいるからと浮上したのは、ワノ国から離れた夏島だった。ここまではカイドウの目も届かない。あまりゆっくりはしていられないが、まだ先は長いのでしっかり休養を取るようにと船長からのお達しが出た。船番を任せられた侍達と補給に割り振られたクルー以外は喜び勇んで下りていき、ウソップに誘いをかけられたゾロもそれに続こうとした。それを引き止めたのがローだ。どこに行くんだ、と自分以外と下りることを詰るような低い声に眉を上げたのも一瞬で、すぐに空気を読んだウソップが「じゃあトラ男ゾロのことよろしくな!」とさっさと島へ下りていってしまった。相変わらず逃げ足が早い。
押し付けられた形になったローの機嫌がさらに下降したのを感じつつ、それでもゾロを置いていく選択肢はないらしい。面倒くせェ奴、と口にするのは辛うじて抑えられた。
「で、どこ行くんだよ」
「まずは図書館だな。医術書と歴史書が見たい」
「図書館ねえ
……
ロビンと来たほうがよかったんじゃねェか?」
「
……
まあ、そうだが」
「言っとくが、おれは確実に寝るぞ」
「だろうな。別に静かにしてりゃそれでいい」
「つーか、先におれだけ酒場に行くってのはだめなのか」
ゾロにとっての本は読む物ではなく眺める物だ。サニー号の図書館にゾロの本も納められてはいるものの、武器や酒の図鑑しかない。どうしても必要であれば読むのはやぶさかではないが、そうでないなら本を開いた瞬間に寝るタイプである。だからゾロと一緒に行ったところで面白くも楽しくもないとの気遣いだったのだけれど、ローの機嫌がさらに悪くなっただけだった。もはや地の底に等しい。
「一人にして何か問題でも起こされちゃ困るからな。それに、おれはお前らを預かってる身だ。お前が原因だとしても、何かあったら麦わら屋に申し訳が立たねェ」
「ルフィはそんなこと気にする奴じゃねェけどよ。
……
まあ、わかった。極力静かにしてる」
「そうしてくれ」
頷いた顔はまだ機嫌が悪いままだったが、さきほどよりは少しばかり浮上したらしい。目の鋭さが和らいだ。
図書館は島の中心部にあった。そこまで大きくはないが、島唯一の図書館ということもあり利用者は多い。一通り島のことを調べるならここで用が足りそうだ。
歴史書の棚からいくつか本を抜き出し、壁際の席に移動する。早速本を開いて読み出したローの対面に腰を下ろしたゾロは、することもなくテーブルに頬杖をついた。
目の前の男をじっと見つめる。出会った当初は黒く目の下に陣取っていた隈は本懐を遂げて以降、存在を薄くしている。時折一緒に飲んでそのまま同じベッドで眠った時は熟睡しているから、自船に戻って気が緩んだのもあるのだろう。クルーの前では柔らかな表情をすることも多く、よかったなと思う。
サニーに乗っていた時は本懐を果たすべく気配が張り詰めていたし、ゾウに向かうために乗船したバルトロメオの船では片腕の怪我と置いてきた仲間の無事に気を取られ、余裕がなかった。ゾウで仲間の無事を確認して自船に戻ってきて、ようやっと安らぐことができたのだ。信頼できるクルーに囲まれ、家と言っても等しい自分の船で日々を過ごすことができる。それがどれだけ心に安寧をもたらすのか、ゾロは理解していた。修行のために鷹の目の元にいた二年間は確かに楽しくもあったが、やはりルフィ達と合流してサニー号に帰ってきた時の喜びと安堵はこの上なく心を落ち着かせた。だから、よかったなと思う。仲間の元に帰ることができて。あの黄色い魚の中で、再び眠ることができて。ハートのクルーとポーラータングの存在があればローは安らげる。そこにロロノア・ゾロという存在は入ることはない。ただの異分子でしかないからだ。
好きだと伝えたのは自身にとっては想定外だったが、後悔はなかった。伝えてしまったのは仕方ないが、だからといってローにどうこうさせるつもりは
端
はな
からなかった。眺めているだけで充分。本当に、ただただ想うことを許してくれるならそれでよかった。そのまま忘れてくれたほうがありがたいくらいだ。いつか、ずっとお前のことが好きだったよ、と笑って冗談にできるくらい軽く受け止めてほしかった。それなのに、真面目な男だ。本人がどうこうなる気がないと言っているのだから、ワノ国までの短い付き合いを適当に流してしまえばいいものを。ゾロの気持ちを受け入れようとしなくてもいいのに。──報いようとなんて、しなくていいのに。ずっと一人で抱えていくつもりだったのに、期待してしまうから、どうか放っておいてほしい。
本を閉じたローを視界に捉えながら、目を閉じる。次の本へ伸ばした手は迷子防止にゾロの腕を掴むことはあっても、特別な感情を孕んで触れることはなかった。それでいい。むしろそうあるべきだ。ただの同盟相手の船長と、他船の戦闘員には熱を浮かすような感情なんて必要ないのだから。
ここでおとなしくしていろ、と酒場にゾロを放り込んで、ローは書店へ向かった。思いのほか図書館に長居してしまったので閉店ぎりぎりだ。別にゾロを連れてきてもよかったのだが目的の物を買うだけだ。方向音痴に惑わされて時間を食うよりは、酒を与えてその場に留まっておいてもらったほうが助かる。
いくつか医学書と歴史書を見繕って書店を出る。この島で一番大きな書店なだけあって、なかなか良い品揃えだった。図書館でも情報収集は捗ったので、意外と文化的な島なのかもしれない。
酒場までは歩いて十分もかからない。書店にいた時間を含めて一時間も離れていないはずだ。なのに、この状況はいったいなんだろうか。
「兄ちゃん強いじゃねェか! 次ァおれとどうだい?」
「いいぜ。潰れたほうが奢りだ」
「望むところだ」
にやりと笑った男の目がいやらしくゾロの体の線をなぞる。あからさまな下心にローの眉がぴくりと跳ねた。
ローはもちろん、ゾロも賞金首だとばれたら厄介なことになるので顔を隠すようにフードをかぶっている。それでも口元や、角度によっては目元も合間から覗くので容姿が整っていることは充分に窺えた。その上、ボタンが止まりきらなかったのか三つほど開けられた隙間からは鍛え抜かれた胸筋が見え、細身のボトムで腰回りと脚の細さが強調されている。佩いた刀は白鞘一振り。歳も若いので簡単に抑え込めると踏んでいるのだろう。
ゾロはむざむざ潰されるほど酒に弱くない。むしろ恐らくこの場にいる誰よりも強い。男はそんなことを知らないから、ゾロを前後不覚に陥らせて辱めようと脳内で算段を立てているのだ。──気に入らない。ゾロに下卑た感情を向けていることはもちろん、男ごときが彼の剣士をたやすくどうこうできると侮っていることに。あまりに不愉快だ。
抱えた愛刀の鞘に手をかける。一瞬だけならば能力を展開しても正体がばれない自信があった。
「────ッ」
息を呑んで、抜刀寸前の体勢を解除する。視線だけをこちらに寄越したゾロの目がローを咎めている。おとなしくしていろと。騒ぎを起こすなと言ったのはお前だろう、と。大太刀から手を離せば満足げに目が細められる。
「いやァ、兄ちゃんいい呑みっぷりだなァ」
男の腕がゾロの肩に回り、ぐいと引き寄せた。ゾロは無抵抗で男のほうへ体を傾ける。男の目線が、ゾロの胸元に落ちる。
「なァ、酒奢ってやっからどっかで呑み直そうぜ」
「
……
あんたと二人でか?」
「おうともよ。好きなだけ呑ませてやるよ」
「へェ、そりゃ魅力的だな」
──何が魅力的だ。酒ならおれの金でいくらでも呑めるだろうが。どこのどいつとも知らない男を簡単に信用するな。お前を辱めようとしている男に、あっさりとそんな距離を許すな。おれを好きだと言っておいて、他の誰かに気軽に触れさせるな。ぎちりと無意識に拳を握りしめる。
「けど悪ィな。連れがいるんだ」
「連れ? 嘘はいけねェな、あんたずっと一人じゃねェか」
それとも、と男の手が明らかな欲をまとってゾロの肩を撫でた。
「おれを焦らして楽しんでんのか?いいぜ、乗ってやっても」
「違ェって」
「いいじゃねェか、天国見させてやるぜ?」
「お前しつけェな。そろそろ本当にいい加減にしねェと」
「どうなるって?」
地の底を這う声とともにゾロの肩をさすっていた男の、手首から先が消失した。一瞬の間を置いて、男の絶叫が酒場に響く。
「ぎゃああああああ!? 手が、おれの手が!!」
「黙れ」
椅子から転げ落ちて喚き散らす男を冷ややかに見下ろし、その股座を踏みつける。潰れた蛙のような声で呻き、男が痛みにのたうち回った。
「
……
トラ男」
「帰るぞ」
何か言いたげなゾロの呼びかけを無視して腕を掴む。床で這いずっている男の奢りらしいので会計は必要ないだろう。驚いた顔をしながらもおとなしくローに着いてくる姿に多少溜飲が下がる。ここで抵抗されたら手足を斬り落としてむりやりにでも自室に帰還させるところだった。
「トラ男、やりすぎだ」
「うるせェ! てめェが手ェ出すなって言うから黙って見てりゃァ、好き勝手させやがって」
「だからってあのやり方はねェだろ」
「じゃあなにか。あのまま触らせておきゃよかったか? お前にそういう趣味があるとは知らなかったな」
「ねェし、そういう意味でもねェ。おれはお前が騒ぎを起こすなっていうからおとなしくしてたんだぞ」
つーか、とゾロが足を止める。腕を掴んだままだったので当然ローも留まることになって、危うくつんのめりかけながらなんとか立ち止まった。なんなんだと怒りを込めながら振り返れば、ゾロは静かな表情でローを見ていた。
「なァ、お前、さっきから何にキレてんだ」
「────あ?」
言われている意味が理解できなくて一瞬呆けた顔をしてしまう。ローが怒っている意味を理解できないのか。まったく? あの状況で? さすがにそれは鈍感が過ぎるだろう。こめかみに青筋を増やしたローに、ゾロはやはり感情の見えない声で続ける。
「おれとお前の関係は、ただ同盟組んでる船の人間ってだけだろ。おれはお前のクルーじゃねェし、ましてや恋仲でもなんでもねェ。なのになんでお前がそんなに怒ってんだよ」
ひどく凪いだグレーが、ローを映す。
「お前、おれをどうしたいんだ」
まっすぐにローを見据える瞳が、グレー一色のように見えて緑が混じっていることに気づいたのはいつだっただろう。ゾロに告白された時には、もう知っていた。つまりは、それより前からローはこの男に近くにいることを許している。それこそ瞳の色が詳細にわかるほど。
いままで気づかないでいた。ゾロが好きだと言ってしまうまでは、そんな可能性すら頭になかった。あの日、好きだと言われて、あげくにどうにもなりたくないなんて言うから。勝手に自分一人で完結してしまうから。
──ああ、くそ。冗談じゃねェ。
掴んだ腕に力を込め、再び歩き出す。ゾロは何も言わなかった。お前のそういうところがきらいだ、と思う。
ゾロを見ると苛立ってばかりいる。無意識に自覚しないようにしていた感情のせいで。認めたくなかった。ゾロがローとどうにもなりたくないと言う限りは。好きだと熱のこもった目で見るくせに、手を伸ばすこともしない。見ているだけで充分だなんて穏やかに笑う男への気持ちなんて、絶対に、認めたくない。
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