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櫨
2025-06-18 21:12:47
3531文字
Public
小説(pixiv公開済)
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星よりも
2025/6/15 イケハニの無配でした。
イベント名(星に願いを)に絡めたくて、星にかける願いについてのお話にしました。
あるいは、百に泣かれるのが苦手だった千さんについて。
第6部より後のふたりです。
画像はこちらからお借りしました。ありがとうございます。
https://www.pixiv.net/artworks/63710174
モモに泣かれるのは、苦手だった。
ふたりで暮らし始めた最初の頃、僕はたびたびモモを泣かせてしまった。僕の言葉で傷つけてしまうこともあれば、僕の歌で心を響かせることもあり。
理由がどうであれ、嬉しい涙であれ悲しい涙であれ、モモが泣くと僕の心はひどくざわつき、おろおろと狼狽えてしまう。己の不甲斐なさを自覚させられてしまう。
だから、とにかく苦手だった。それなのに。
★ ★ ★
僕の隣、ソファの上で膝を抱えて座り、ぐずぐずと鼻を鳴らすモモに、冷水で濡らしたコットンを手渡してやる。
「モモ、ほら、これで目を冷やして。瞼はこすらないでね」
「ありがと、ユキ
……
うう、だめだ、涙、止まらない」
手から手に受け取って、目の下に貼りつけながらも、モモの視線と意識はテレビ
――
で、流している映画に、吸い寄せられたままだ。溢れ続ける涙は、頬どころか顎までも伝っている。絵に描いたような号泣だった。
最近、仕事が立て込んでいたのだけれど、今夜は久々にふたりでゆっくりと過ごせる夜を迎えていた。
僕の部屋に呼んで、手の込んだ肉料理をふるまい、気に入りのワインを開けて。楽しいほろ酔い気分になったあたりで、仕事がらみの映画を一本観てもいいかな、と遠慮がちにモモが言った。来期のドラマで共演する俳優の過去作品を観ておきたいのだという。
タイトルを聞いて、僕は眉をひそめた。
「モモ、明日は午前から仕事だよね。何時に出るの?」
「入りは十時だよ。どうしたの、きゅうに」
「いや
……
なんでもない」
これから観ようとしている映画のネタバレをする、あるいは先入観を与えてしまうのは、野暮というものだろう。しかし、この映画は。
僕は以前に鑑賞したことのある作品だった。不治の病を宣告された男性が、過去のわだかまりと向きあい、人生を見つめ直していくヒューマンドラマ。
クライマックスは、死の床にある主人公の、病室での誕生パーティー。誕生日プレゼントのオルゴールが『星に願いを』のメロディを奏でるという、あまりにもメランコリックというか、お涙頂戴がすぎる代物だ。
そして、モモときたら、頂戴と言われたら涙どころか、何でもかんでも差し出してしまうやつなのだ。
「オルゴールはずるいよね
……
もう、あの音色だけで泣けちゃう。『星に願いを』って選曲も反則すぎだよお」
エンドロール、星空を背景に流れるクレジットを凝視しながら
――
多分、知った名前のスタッフをチェックしている
――
涙の抜けきらない声でモモが言う。
When you wish upon a star... と、低く口ずさむように声を落とすと、隣のモモがひゅっと息を呑み、ずるい反則のイケメン
……
と呟いたので、思わず笑ってしまった。こんなに長く一緒に居るのに、まだまだ不意打ちへの耐性はつかないらしい。
「星に願いを、か。モモだったら、どんな願いを星にかける? なにを願う?」
「
……
願い? オレの?」
「ほら、もうすぐネクリバの七夕スペシャルがあるでしょう。笹飾りの短冊、モモはもう考えてるかなって」
「あっ、ああ、それね」
ちょっぴり拍子抜けしたような顔を見せたのは、ほんの一瞬だけ。頬骨のあたりをコットンでぺたぺたと叩き、指先で揉みほぐしながら、モモは言った。
「今年はひとり一枚、ゲストやスタッフのみんなにも書いて貰うんだよね。オレは
……
そうだなあ。恒例のやつだけど、みんなでハッピーになろう! かな」
みんなでハッピーになろう。ハッピーにお仕事をしよう。仕事に際しての、モモのキャッチフレーズ。
みんなで、と付けることで誰も置き去りにしない。お仕事を、と主体を概念にすることでプレッシャーを散らす。ふんわりお花畑のようでいて、実のところは深く優しく、強い言葉だ。
――
けれど。
「流れ次第で感動エピにも、滑ったオチにも転がせそうだし。でも、ちょっと面白味に欠けるかな
……
?」
僕が少し考え込んでしまったためか、モモが幾らか不安そうな面持ちになる。
「ううん。モモらしくて、いいと思う」
頬に貼りついたままのコットンを取ってやりながらそう言うと、モモはほっとしたように息をついた。
この上なく、モモらしい言葉だ。何でもかんでも、差し出してしまうモモ。
星にかける幸せの願いすらも、みんなに。
「ね、オレも聞いていい? ユキはなんて書くの?」
「それなんだけど、困っているんだよね」
困っている、と言いつつ、口調はゆっくり、のんびりと。ワインの酔いに紛れ込ませて、言葉にする。
「僕の願いは、ネクリバが叶えてくれるから。星へのお願いって思いつけなくて、短冊が書けないんだ」
「えっ、なにそれ
……
! ネクリバのご利益、凄すぎない? っていうか、その、
……
ユキの願いって?」
答える代わりに、リモコンを手に取ってテレビへと向けた。映画はとうに終わり、配信サイトの画面には次のおすすめ作品がずらりと並んでいる。HDDレコーダーの録画一覧へと切り替えて、いちばん上に表示されている番組を再生した。
番組前のクロスプラグから、しっかりと録れていた。今週の見どころダイジェストの映像とともに、『NEXT Re:vale』このあとすぐ、とナレーションが入る。
「これ、前回のネクリバじゃん。見るの? なんで?」
うん、と生返事をしつつ、録画のネクリバに見入る。モモも、つられたように画面へと顔を向けた。
ネオンカラーなピンクとグリーンのセット。軽妙なテーマ曲に合わせて、LEDが華やかにきらめく。
「
……
僕の願いは」
ビビッドピンクのラインが入ったマイクを手に、モモがフレームインした。数秒遅れで、ライトグリーンのラインのマイクを持った僕がモモの隣に立つ。
声を合わせて、NEXT Re:vale!! と番組名をコールする。
「モモが、ずっと隣にいて、」
オープニングトークは、ふたりのかけあいだ。ロケ企画の行き先の振りや、スペシャルゲストのにおわせから、お約束の夫婦漫才をひとしきり。
「モモと、ずっと一緒に笑いあって、」
白目を剥いて笑う僕に、ダーリンってばアイドルとして許されない顔してるよお、とモモが騒ぐ。それから、夫婦は一心同体! と叫び、何故だか変顔を始めた。これはフォローになっているのか、いないのか。変顔の合間に、モモ自身も、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「モモに、ずっとずっと、歌っていてほしい」
CM明けの告知コーナー。Re:valeの曲のインストのBGMに乗せて、ハンドマイクのモモが小さくハミングする。次第に声が大きくなり、やがて朗々と歌い出して、ゲストから野次みたいなツッコミが飛んだ。
歩み寄った僕が、モモの握るマイクに手をかける。歌を遮るかと思わせて、もう一方の手に持っていたグリーンラインの自分のマイクを、すっとモモの口もとに差し出した。かわりに僕はピンクラインのモモのマイクに唇を寄せ、さしかかったサビにハモリを入れる。
剣のように交差させた二本のマイクが、僕とモモ、ふたりの
――
Re:valeの声を、響かせていく。
「
……
ほら。僕の願い、全部、叶っているでしょう?」
しっとりと笑みを含ませた声で言って、隣で固まっているモモの肩に手を回し、優しく抱き寄せた。
モモは、されるがままに肩を抱かれながら、両手で顔を覆い呻き声をあげた。涙はすっかり止まったはずなのに、横顔の目もとは赤く染まっていて、指の隙間から見える頬は、それよりももっと真っ赤だ。
「ねえ、ちょっと、ユキったら。今日のイケメンっぷり、なんなの
……
」
「七夕が近いからね」
「えっ、じゃあ年に一度のイケメンってこと? いやいや、ユキは通年でイケメンでしょ! イケメンすぎて困るくらい
……
ん? 困らないか。常設の通年イケメン
……
ぜんぜん困らないな
……
?」
ひとり忙しく照れと突っ込みを行き来している。その様子が可笑しくて、可愛くて、僕はまた笑う。
隣にいて、
笑いあって、
歌を歌って。
僕の願い星は、ここにある。
★ ★ ★
モモに泣かれるのは、苦手だった。
嬉しい涙でも、悲しい涙でも。モモが泣いていると、自分の不甲斐なさを突きつけられるような気がして。とにかく苦手だった。それなのに。
今は、優しい決意が胸を満たす。
モモの涙は、僕が止めよう。それが出来るのは、僕だけだ。
あの日の涙も、いつかきっと止めてみせる。
どんな明るい星よりも輝く、君の笑顔のために。
〈Fin〉
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