もち粉
2025-06-18 18:38:35
5724文字
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被告カブルーの逃亡とその顛末


カブミス
カナリア隊の船が帰ってから、住むところが整うまでは ミスさんパタちゃん宿屋暮らしだったのではと思ってます
でもその時期と思うと、ミスさんの欲が育ち過ぎかもしれない
カブが女の子に対してまあまあのクズ

 カブルーに本命ができた。
 そのニュースはあっという間にメリニの酒場や市場を中心に駆け巡った。
 
 カブルーと言えば、ここらでは知られたモテ男である。老若男女に人気があって、彼が街を歩けばそこかしこから声をかけられ、酒場のドアをくぐれば誰もが隣に呼びたがる。
 最近はいつの間にやら悪食王ライオスの側近となり黄金城に詰めてはいるが、街にもたびたび下りてくる。ひとりの小柄な女性を伴って。
 屋台の売り子たちは店番の合間に、酒場では酔客たちがグラスを傾けながら、カブルーと謎の女性についてあれやこれやと噂を交わす。 
 
 カブルーは特に隠す気もないのか、目撃情報は枚挙にいとまがない。それがまた本命説に拍車をかけた。
 
 朝に宿屋から連れ立って出てきてよ、路地裏で服のボタンを留めてやっていたよ。身支度もそこそこに出なきゃいけないほど登城時間ギリギリまでナニしてたんだか。
 昼の市場で、日除けの布をそっと被せてお姫さまみたいに扱ってたわ。しかも同じ布に包まっていちゃいちゃしてた。こっちのことなんか全然目に入ってないったら!
 夕方の公園で頬に手を添え見つめ合ってたのよ。あれは絶対キスしてたってば。
 夜の酒場で、カップル御用達の奥の半個室で「あーん」して食べさせてたってよ。酒場の給仕がオレのダチで直接聞いたからまちがいねぇよ。
 
 突如海から現れて建国されたメリニには、他国から人がどっと流入し、見知らぬ顔もかなり増えた。カブルーのお相手は新顔の中の一人のようだ。
 
 いやオレ、フードの影からちらっと顔見えたけどな、えれーべっぴんさんだったわ。
 ちょっと暗いというか、影のある? 感じの子だったわね。ワケありっぽいっていうか。カブルーより年上じゃないかしら?
 ミステリアスな薄幸の美女ってか? そーいうの好きなオトコは結構いるぜ? 僕が幸せにしてあげたい! みたいなよ。
 年上の儚げ未亡人とかいいよな、そんなん若い男はハマっちまうだろ。さしものカブルーもご多分に漏れなかったか。
 
 島中が注目しているおかげで、件の女性の正体は早々に知れた。西方から来たエルフの一人で、本隊が帰還したあとも現地に残った残留組の一人だそうだ。
 
 一生若いままのエルフの嫁さんなんて、トールマンの男の夢だよな。カブルーのやつ、上手いことやりやがったとニヤニヤと酒を酌み交わす男性陣や、仲の良いカップルに微笑ましい目を向ける市場のおばちゃん方のようにはいかないのは、若い娘さんたちだ。
 
 こんなに私のことを解ってくれるのはカブルーだけ――そう思わせるのが、彼の人気の理由だった。しかし、誰のものにもならない。適切な距離感を保ち続けることで、"みんなのカブルー"であり続けた。やがて女の子たちの間で暗黙のルールが生まれる。――抜け駆け禁止。
 
 もっとも、どこの世界にもルールを破るものはいる。みんなが密やかに牽制し合っているのをしり目に、後腐れなく気軽に遊べる物わかりのよいワタシをアピールして、みんなには内緒の時間をカブルーと過ごす事に成功していた数名だ。
 
 大げさに嘆いてみせながら、きゃあきゃあと噂話に興じる女の子たちの中で、自分だけは特別だ。私の前ではみんなのアイドルではなくて、私だけのカブルーの顔を見せていたと自負していた彼女たちは、表向きはみんなと一緒に騒ぎながらも瞳の奥に怒りと嫉妬を滾らせた。
 そして気付いた。自分と同じ感情を抱えている者が、この場にいることに。
 
 彼女たちは素早く視線を交わしあった。顔見知りもいれば初対面もおり、種族も様々だったが、言葉に頼らずとも互いの考えていることがはっきりと分かった。顔を見合わせこくりと頷き合い、沈黙の内に協定が結ばれる。まずはぽっと出のワケあり未亡人美女エルフとやらに対処しようじゃないか。貴女たちとの決着はその後よ。
 
 
 かくしてカブルーは、女性陣による私的裁判にかけられることとなった。
 

 
「カブルー!」
 
 ミスルンを迎えにきて、彼の逗留する宿まであと一五歩という所で、自分を取り囲んだ女の子たちの顔ぶれを認めた瞬間、これから何が起こるのかをカブルーは悟った。
 まあ大丈夫だ、初めてじゃない。こういうのは悪びれてはいけないのだ。全員を飲みに連れて行って、仲良しグループに変えてしまう自信はあるが、今はまずい。約束の時刻までそれほど余裕がない。
 
「やあ、どうしたの? 珍しい取り合わせだね」
 お互いに交流関係は薄いと思ったのに、全員が結託してるなんて何があったのか。
 
「カブルー! あなたワケあり未亡人エルフ女と付き合ってるって本当なの!?」
 
 鋭い声が空気を裂き、往来にざわりと緊張が走る。ここに、修羅場法廷が幕を開けた。
 
……えぇ?」
 
 物見高い通行人がワクワクと見守る中、被告の反応はいまいちだった。ワケあり未亡人エルフ女は心当たりがないが、まあカブルーと関わりのあるエルフというなら、ミスルンの事だろう。パッタドルは絶対未亡人には見えない。見慣れてないと外見だけでエルフの性別は分かりにくいし、エルフといえば女性というイメージが世間にはある。何がどうして付き合っているという誤解を生んだのかはわからないが、なるほど、彼女たちは外敵に対して一致団結したらしい。
 しかしこれなら楽勝だ。彼女ではなく彼だと説明して、誤解だよと微笑んでやればそれで済む。
 
 被告カブルーは自ら弁護人となり、身の証を立てるべくにこやかに釈明した。
 
 しかし原告たちは、ミスルンが男性でメリニと西方エルフとの今後の関係を鑑みて、蔑ろにするわけにはいかない相手であり、個人的な事だから詳しくは言えないが日常に介添えが必要なので手助けしているだけある。付き合ってように見えたなんて驚いたよと陳述してもまるで信じた様子がない。
 
「証言があるわ! 朝に宿から二人で出てきて、服を直してやってたそうじゃない」
「違う違う、泊まったわけじゃないよ! 城に来てもらう日だったから迎えに行ったんだ。ボタンをかけ違えてたから直してあげただけだよ」
 
 やましいことなど何もないという顔をして、ニコッと笑う。あの日は別件でパッタドルが早朝から出てしまうことを知っていたので、ミスルン一人で城にたどり着けるのかと心配して迎えにきたのだ。宿の前で服がぐちゃぐちゃのミスルンと鉢合わせたので、ボタンを留め直してやったが、結局髪の毛もボサボサだったので宿に引き返してブラシを借りた。二人で出てきたところを見られたというならその時だろう。
 噂なんてそんなものとはいえ、時系列が錯綜している。
 
 おかしいな「そうだったの、誤解してごめんね」って返ってくるべきところなのに、原告改め裁判官たちはなんだか冷えた目でこっちをチラチラ見ながら審議している。
「なんでわざわざ朝っぱらから迎えに行くのよ」「こんないい宿泊まってるんだから、馬車くらい呼べるでしょうよ」「本当に男だっていうなら、ボタンとか直してやる必要ある……? 指摘してやるだけでよくない?」
 
「市場でデートしてたっていうのは? 一緒の日除けを被って、いちゃいちゃしてたって聞いたわよ?」
「いちゃ……? いや、自分で体温調節するのが苦手な人だからね。日除けをかぶってもらったら、布越しに声が聞き取りにくかったから中に入っただけだよ」
 
 ふわりと白い布をかけてやったミスルンは花嫁みたいだった。
「カブルー」小さな声で呼ばれたようなのに続きが聞こえなくて、何か不具合があったかと布をめくって身を寄せる。
「呼んだだけだ。お前の顔が見えなかったから」確かに思ったより視界が悪い。それなら布の被り具合を調整してやるのが先か、と屈んでミスルンと頭の高さを合わせ、風通しよく視界も確保できるように布を整えてやった。
 純然たるお世話である。尾ヒレを生やされるのは心外だ。
 
 きっぱりと否定したというのに、なんだかさらに女の子たちの視線が冷えた気がする。「だからさぁ、そもそも入んないんだよ普通はさぁ」
 
「それなら、夕暮れの公園でキスしてたっていうのは?」
「キ……!? いやいやいや、キスなんてそんな! 確かに頬には触れたけど、まつ毛をとってやっただけだよキスとかそんな!」
 
 軽い調子で笑い飛ばそうとしたのに、意思に反して声が裏返り、その声に自分で動揺してとんでもなく早口になってしまった。失敗した。さすがにこれは怪しいと自分でも思う。
 あの時、親指でそっとまつ毛を払ってやったら、ミスルンが静かにカブルーの手に頭の重みを預けてきたのだ。小さな顔が片手にすっぽりと収まる。カブルーはその少しカサついた唇から目が離せなくなった。その瞬間、夕暮れの鐘の音がなければ我に返ることもなく――。でも、してないし。してないったらしてないし。胸ビレもついてる。噂って怖いな。

 女の子たちの視線はすでに氷点下だ。「分かりやすく動揺している」「やましい所があるんじゃないの?」「大体なんで男同士で夕暮れの公園とか行ってるワケ?」
 
 おかしい。おかしいぞカブルー。
 いつもならこんな状況、ピンチにすらならないはずなのに、なんだか今日はちっとも上手くいってない。あくまでお世話をしただけなのに、どうして俺とミスルンさんが付き合ってるとかそんな話になってしまうんだ? だってあの人にはお世話係が必要だし、それなら俺がお世話したいっていうだけで……。いや何で? ここはもう迷宮じゃない。俺がお世話をする必要はない。でもそれはちょっと冷たいだろう? あの人をこちらの世界に引き戻したのは俺なんだし。
 
 ……オーケィカブルー、この件については一旦棚上げだ。今日はちょっと調子が悪いみたいだな。大丈夫だ、落ち着いて態勢を立て直せ。難しい事じゃない。さあ深呼吸しろ、抗弁しなくては。
 
 
「カブルー」
 
 
 口を開きかけた瞬間、後ろから名前を呼ばれてぎくりと背筋が凍る。タイムアップだ。ご本人登場してしまった。
 一体どこから聞いてました?
 
 そのまま近寄ってきたミスルンは、カブルーの前に立つ女の子たちを認めて足を止めた。なんとなく雰囲気を察したらしい。ちろりとカブルーを睨め上げる。
「修羅場か?」
「いえっ! いえ違いますよミスルンさん! 彼女たちは友だち! そう友だちで!!」
 
 慌てふためくカブルーの横から女の子の一人がずいと前に出る。召喚されずとものこのこやって来てしまった重要参考人の尋問が始まる。
 
「カブルーと月と酒菜亭で『あーん』してたのってアナタ!?」
「先日の店か? 確かに『あーん』で食べさせられたな。私は食欲がないと言ったのに」
「ちょっとミスルンさん!!『あーん』とかそんな! ……いや、『あーん』はしましたね」
「しただろう」
 
 いやだって、せっかく切り分けてあげたのに食欲ないとかいうからでしょう? 口元まで持っていったら食べるくせに!!
 
「それよりカブルー、自分で撒いた種は自分で刈れという言葉を知っているか?」
 ミスルンは視線で女の子たちをさっと撫でると唇の端をほんのわずかに吊り上げた。「豊作じゃないか」

「きちんと刈り取るんだな」
 いつもの淡々とした口調に戻り、そのままくるりと背中を向けて、宿に向かって歩き出しざま、白い指先で髪を払う。その拍子に小さな編み込みが後ろで揺れた。
 
 編み込みに弾かれたようにカブルーの心臓がどきりと跳ねる。
 え、ミスルンさん髪結んでる。なにそれかわいい。もしかして俺との食事のためにおめかししてくれた?
 いや、それより何か怒ってない!? 俺が女の子といたから……? 独占欲? 俺に??ミスルンさんに欲が?
 
 なんだか頭がぐるぐるして思考がまとまらない。今さっき棚上げしたばかりの問題が、意気揚々と棚から飛び降りてくる。
 
「カブルーっ!!」
 
 女の子たちの怒声に思考を引き戻され、カブルーは慌てて振り返った。そうだ今自分は修羅場真っ最中だった。この場をどう切り抜ける!? 早くしないとミスルンが行ってしまう。結局カブルーは普段ならまずやらない悪手をとった。
 
「ごめん!!」 
 一言叫んで宿の中に消えたミスルンを追いかける。
「ミスルンさん待って!」

 
 往来に取り残された女の子たちは、あまりにも軽んじられたことに唖然として立ちすくむ。
 あのカブルーが、こんな態度を取るなんて!
 信じられなくて呆然としていたが、通行人の視線に我に返り、ふつふつと怒りがこみ上げる。
 
……はあぁっ!?」
 
 宿の階段の窓からカブルーが自分を追いかけてきたのを認めたミスルンは、歩調をわずかに緩めて残りの階段を登り始める。――ちょうど部屋の前で捕まるように。
 
 そして彼女たちは窓越しに見た。
 部屋の前でカブルーに何やら必死に言い募られ、抱きかかえられるようにして室内に連れ込まれる瞬間に、件のワケあり未亡人美女?エルフが宿の前に立ち尽くす自分たちに視線を投げかけたのを。
 
 やがて扉がパタンと閉じられた。
 
 被告の逃亡により審議不能となった法廷は満場一致でクロと判決が出た。
 
 
 そのまま全員で飲みに行き、存分に怒り、愚痴り、泣いてなぐさめ合った。いつもの清楚さもかわいらしさもかなぐり捨てて、嵐のように酒を飲む。酔いが回るにつれて距離は縮まり、今まで誰にも秘密だったカブルーとの思い出を語り合う。いつしか彼女たちは肩を組み、最後に自分たちの青春をかっさらったバカに一抹の呪詛を交えながらもその末永い幸せを祈って杯を叩きつけるように乾杯してやった。
 
 このバカバカしい結末の裁判という名の修羅場を共に乗り越えた彼女たちは、この夜を境に固い友情の契りを交わした。 


 その種族を超えた友情は終生続いたという。