かずきち
2025-06-18 02:00:18
2495文字
Public SS
 

ツキパレ

詳細出る前のいつもの妄想


「春」
「やあ始。待ってたよ、明日のやつだよね。そこに置いてあるから持って行って下さい」

 明日は特別なゲストが来店する。出来る限りのおもてなしを、という事で提供するドリンクをバーの面々からいくつか見繕ってもらっていたものを始は受け取りに来ていた。

「サンキュ。ここの全部で良いのか?」
「うん。重いから気を付けて……は、いらない気遣いか」

 数本のボトルが入ったカゴを抱えて両手が塞がった始の代わりに春がドアを開けてストッパー代わりに立つ。礼を言って部屋を出る時に、ふとカウンターで何かが動いた気がして視線を移したが、そこには飲みかけのグラスがあるだけで、席には誰も座っていなかった。

「始?」
…………いや、なんでもない」

 それだけを見て、始は階下にある自分の領分へと戻って行った。


「もう行ったみたいだよ、郁」
「びっっっっっくりしたーー!始さんがこんな時間に来るの珍しいですよね!?」

 先ほどまで始が見ていた空席に春が声をかければ死角からこそこそと郁が這い出て来て、椅子に座り直す。

「確かに珍しいけど、明日の準備があるからね。……というか、別に隠れたりしなくても良いのに」
「それはそうなんですけど……シフト入ってない日にわざわざ来てるのはなんというか……怪しまれるかなと」
「怪しいもなにも」

 恥ずかしそうに口ごもりながら春の作ったカクテルに口を付ける郁の頬の色を見て、春は洗ったグラスを拭きながら眉を八の字にさせて微笑む。

「バレバレだと思うけどなあ」
「春さん、それだけは言わないで下さい」

・・・

「恋。もう上がっていいぞ」
「はあ〜い……って、え!いいんですか?まだ片付け終わってないのに」

 レストランの営業時間を過ぎて手分けをして片付けをしている途中に言い渡された言葉に恋は驚いた。確かにやっていた作業としては区切りの良い所ではあったが、まだ閉店作業が完璧に済んだとは言い難い。いつもなら終わるまでは手分けして一緒にやっているのに、どういう風の吹き回しだろうか。始を見れば恋が次にやろうとしていたカトラリーの整頓に手を付けていた。

「ありがたい……んですけど、それじゃあ始さんが帰り遅くなっちゃわないです?」
「大丈夫だ。もう大体終わってる」
「でも……

 それでもと恋が食い下がれば始ははあ、と大きなため息をついて腕を組んだ。その息の大きさに恋は何かやらかしてしまっただろうか、実はラストオーダー辺りからチラチラと時計を気にしていたのを気付かれていたのだろうかと背筋を伸ばして気をつけの姿勢になる。

「始さん……?」

 怒らせてしまったなら理由を聞かなければと喋ろうとした瞬間始が人差し指を上にあげ、天井を指した。その誘導に釣られて恋も天井を見上げる。このホテルが誇る立派な内装は、天井のデザインも美しい。

「待ってたぞ」

 綺麗な模様に見惚れていた恋は言葉の意味がよく分からず咀嚼する。
 天井を指して、待ってる。天井という事は上か。そういえば恋にはこの後待ち合わせをしている人がいた。待ち合わせ場所は、ホテルの上の階にある景色が綺麗なバー。

…………あばっ」

 始がどこを指して。誰が待っていると言っているのかを理解した瞬間、恋の顔がぼふっと湯気を出して真っ赤に染まった。

「な、ななななな、なんで!始さいただだだ!!!」

 物凄いスピードで始に駆け寄り問い詰めると声の大きさに迷惑した表情で頭を鷲掴まれて悲鳴をあげた。耳の上側からギリギリと軋む音がする。

「今日は上がっていい。いいな?」
「は、はひ……

 か細い返事をすればアンクロから解放され、痛む頭を軽く振る。しかし、怒られていた訳でなく寧ろ逆で始の優しさだったと分かればそれはありがたく受け取るべきと恋はいそいそとサロンエプロンのリボンをほどいて空中で適当に折りたたむ。

「始さんありがとうございます!でも俺、次はちゃんと自分の仕事終わらせますからね!できる子なんで!」
「知ってる。明日は忙しいからな、頼んだ」
「もちろん!お疲れ様でし……あ!」

 嬉々として更衣室へ向かおうとしていた恋が踵を返して始の元へとまた戻ってくる。忘れ物でもしたかと見れば恋は自分の口元に人差し指をあてた。

「あの!始さんしか知らないんで!……言わないでくださいね!」

 いたって真剣に釘をさされて呆気に取られてしまう。必死の表情に始はわかったわかった、と二、三度頷いてみせた。

「わかったから。はやく行け」
「はい!」

 上機嫌な返事が今度こそロッカールームへ吸い込まれて行ったのを見届けて、やっと手元の作業を再開する。

「言うなも何も、お前ら……というか、恋は。なんというか、分かりやすすぎるんだがな」

 去り際の恋の顔を思い返して、それが微笑ましくてつい一人ごちてしまう。郁といる時だけ普段の賑やかさに更に花が咲いているのは、きっと本人では知れないところなんだろうが、自分だけでなくホテル内の何割かは気が付いている筈だ。少なくとも、恋の待ち合わせ先で働いている眼鏡はこちら側だろう。バーを出る時の何とも言えないにやけ顔がチラついた。
 秘密が露呈するのも時間の問題かもなと考えていたら恋と入れ替わりでキッチンの中から夜が出てきた。

「あれ、恋もう帰っちゃいました?半端になっちゃった食材で賄いもどきを作ったので、少しどうかなって聞きにきたんですけど。始さんも良かったら」
「ああ、貰おう。恋は帰らせたんだが……今日はどの道いらなかっただろうな」
「そうなんですか?……何か予定でもあったのかな。今日はいっくんもお休みですし、フロントの人たちにでも聞いてみますね」

 恋の姿を探してホールを見渡す夜の、疑いのない素朴な疑問に始は苦笑する。

「夜。お前はそのままでいてやってくれ。……あいつらの為にも」
「え。はい?なんですか?」

 なにも知らない夜の頭をぽんぽんと撫でて、賄いをご馳走になりにキッチンへと入っていった。