みなせ
2025-06-17 21:00:33
8909文字
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きみとアンダンテ

6/15のジュンひよ無配です。
「キャッチ・ミー・ダーリン!」の後日談として書いてますが単体でも読める気がします。
付き合いたて、まだペッティングしかしたことのないふたりです。

「ジュンくん! 喉が乾いたね!」
 控え室に入ってくるや否やそう声を上げた相方兼恋人を見て、はあ、とオレはため息を吐いた。
「飲み物たくさんあるでしょうが。自分で注いで飲んでくださいよぉ〜?」
「うーん……どれも気分じゃないね。ぼくは今オレンジジュースが飲みたいね! というわけでジュンくん、よろしくね♪」
「はぁ〜?」
 卓上に置かれたペットボトルを一瞥した後、悪びれもせずにおひいさんはそう宣った。じとりと睨むけれど全く意に介していないようで、ニコニコと変わらない笑顔を向けてくる。不覚にもかわいいと思ってしまう自分に半ば苛つきながら、「わかりましたよ」とひとこと言って控え室を出た。形式上呆れた態度を示しているけれど、正直こんな些細なお願いは日常茶飯事すぎて、もはや慣れっこだからどうってことはない。飲み物ならすぐ手に入るし、比較的叶えやすいわがままだと思うくらいだった。こんなことを周囲の人に言うと、可哀そうなものを見るような目で見られるのだけれど。まあ、それなりにあの人に毒されてしまっている自覚は我ながらあった。
 あの人は基本100%のジュースしか飲まないから、あっちの自販機に行った方がいいな、なんて考えながら歩みを進める。目的の自販機でリクエストのオレンジジュースを買って、来た道を戻った。このメーカーのものなら前飲ませたときに何も言われなかったから、ダメ出しを食らうこともないはずだ。
「おひいさん、買って来ましたよぉ〜?」
「早かったねジュンくん! ありがとうね!」
 そう言って眩しいほどの笑顔を向けるおひいさんに、オレは思わず口元が緩みそうになるのを堪えた。やっていることは相変わらずわがまま極まりないけれど、こうやって無垢な笑顔を向けられると毒気が抜かれてしまうからいけない。
 一か月ほど前に付き合い始めたオレたちは、だからといって特に関係性が変わることもなかった。おひいさんがオレにわがままを言ってこき使う、というようなパワーバランスはそのままだ。オレも建前上は文句を言っているが、この人のうれしそうな顔を見ると全てどうでもよくなってしまうのだから、我ながら絆されてんなと思う。
 おひいさんの隣に腰掛けながら次の仕事の段取りを確認していると、ふと隣の身体がふるりと身震いするのが目に入った。
「ジュンくん、なんかこの部屋寒くない?」
「あー? そうっすか? オレが来たとき、ちょっと温度下げましたけど……
「寒すぎるねっ、筋肉ダルマのジュンくんにはちょうどいいかもしれないけれど、ぼくには酷だね! 温度上げて!」
「えーいやですよ、オレは暑いんすけどぉ? 上着とか羽織ってくださいよ」
 冷たい飲み物を強請ったあとに今度は寒いと騒ぐなんて、相変わらずわがままで面倒な人だ。それがなくても暑がりなオレと寒がりなおひいさんの適温は合わないらしく、クーラーをつける季節になるとエアコンの設定温度で対立することがしばしばあった。
「ええ? ぼくに我慢させるの? まあジュンくんが汗だくになってるのを見るのも嫌だし……仕方ないね、ジュンくんで我慢するね」
「うわっ、そんなくっつかないでくださいよ、どっちにしろ暑いんすけど?」
 ぎゅっとオレの腕に抱きついて来たおひいさんに、オレは呆れたように言った。こうやっておひいさんが人目も憚らずくっついてくるのも、今まで通り。周りから見たらおかしな距離感らしいけれど、付き合う前からこうなのだ。今更周りに怪しまれるようなこともなかった。もっとも、オレも出会った当初はこの人に対して距離感がバグっていると感じていた気がするが、すっかりこの距離が馴染んでしまった。慣れとは怖いものだ、と我ながら思う。
「上着持ってきてねえの?」
「外はまだ暑いし、荷物になるからね」
「たくも〜、いっつも同じことで騒いんでんだからさぁ? ちょっとは対策するなりなんなりしてくださいよ」
 もう真夏ではないとはいえまだ残暑の嫌な暑さが続いているから、オレもおひいさんも同じくらいの薄着だ。しかたねえな、と心の中で呟いて、オレは自分のバッグを漁った。目的のものを見つけて、引っ張り出す。それを手渡すと、きょとん、とおひいさんは目を丸くした。
「ほら、これ羽織ってください」
「ぼくのカーディガン、持ってきてたの?」
「あんたこないだも騒いでたから」
……ふうん」
 羽織を受け取ったおひいさんがどことなく不満そうに口をとがらせるから、オレは首を傾げた。感謝されることはあっても、不満そうにされる謂われはないはずだ。
「おひいさん? 着ないんすか? 寒いんでしょ」
「ん……、んー」
「ちょっと……なんすか」
 カーディガンを手にしたまま、おひいさんがこちらにぐーっと体重をかけてくる。一体なんなんだ。付き合い始めてもなお、この人の突飛な行動は理解できないことだらけだった。
……ジュンくんは、察しが悪いね」
……なんで悪口言われてるんすかねぇ〜?」
「事実だからね」
「喧嘩売ってます?」
 ぴと、とオレにくっついてくるおひいさんの腕が冷たい。正直暑がりのオレからしたら冷たくて気持ちいいくらいだが、この人の身体が冷えていることが普通に心配なのも事実だ。なかなか上着を羽織ろうとしないおひいさんに痺れを切らして、カーディガンをかけてやろうとすると、その手がやんわりと制された。
「いらない」
「はい? なんで」
「ジュンくんがいいって言ってるんだけど?」
 むすっとした表情で言うおひいさんに、オレはぴたりと静止する。おひいさんと見つめ合って、数秒。
……えっと」
「なあに?」
……すんません……
……ほんっとジュンくんは、鈍感で嫌になるね!」
「あう〜……あんたわかりづらいんですよぉ」
 恋人からの言外のアピールに気づけなかった自分が不甲斐なくて、詫びるようにおひいさんの肩をぐいっと引き寄せてやる。半袖から伸びている白い腕をさすってやると、ひんやりとした感触が手に伝わった。
「うわ、つめてぇ」
「ふふ、ジュンくん、手あったかいね」
「そりゃどうも」
 気持ちよさそうに目を細める横顔が愛おしい。距離感こそ変わらないけれど、オレからも触れるようになったことは付き合ってからの変化のひとつかもしれなかった。これまではいたずらに触れてくるこの人の意図が読めなくて、戸惑うようなことばかりだったから。それに慣れてしまっていたからだろうか、恋人になった今でも、今のようにおひいさんの意図を汲み取れずに機嫌を損ねてしまうことが少なくなかった。恋人同士だという自覚がないのはオレの方かもな、と少し反省する。
……そろそろ人が来るかも」
「ん〜? まだ大丈夫じゃなあい?」
「ったくもう……見られても知りませんよ」
「別にやましいことはしてないね」
 そうか? と思ったけれど口には出さない。ただ肩を寄せ合って暖を取っているだけなのに、下心を芽生えさせていると思われたくはなかったからだ。実際はこんなに近づかれるともっと触れたくなってしまうから、それなりに悶々としているのが正直なところだけれど、このお姫さまはそんなことは微塵も考えていないようだった。



 予定していた仕事をすべて終えると、時計は十八時頃を示していた。お互い今日の仕事はこれで終わりだったことを確認して、荷物を片しているおひいさんへ声をかける。
「おひいさん、この後なにもないっすよね? 夕飯食って帰ります? それとも何か作りましょうか」
「ああ、ごめんね、今日はこの後集まりがあるから」
「え……またっすか?」
 先週、先々週も同じような理由で夕飯の誘いを断られたことを思い出す。さすがに浮気を疑うことはしないけれど、こうも続くと何か隠していることがあるのではないかと訝しんでしまう。というか、嘘じゃなかったとしても頻繁に誘いを断られるのは普通に悲しかった。だって何年も付き合っている相手ならいざ知らず、オレたちは付き合い始めてからまだ一ヶ月ほどしか経っていないのだ。恋人としての時間が減るには、些か早くはないだろうか。それってオレよりも優先しなきゃいけない用事なんですか、と口をついて出てしまいそうになるのを我慢する。仕事付き合いに口を出すのは野暮であると、さすがのオレでも理解しているつもりだった。
「もう、そんな顔しないの。ただの仕事の付き合いだね」
……わかってますけど」
「ふふ、また嫉妬? ジュンくんは本当にかわいいね」
 表には出さないようにしていたつもりだったけれど、どうやら表情に出てしまっていたらしい。自分を優先してほしいといじけるなんて、子どものようでかっこ悪いなと思っていると、ふわりと笑ったおひいさんが安心させるようにオレの頭を軽く撫でた。
「いい子に待てできるよね?」
……っす」
 色々な感情を押し込んで短く返事をする。オレを子ども扱いするところも、付き合う前から変わっていない。これはそこそこ、いやかなり、不満だ。



「ん〜〜たくさんお買い物できていい日和!」
「買いすぎっすよ……あー重かった」
 ソファに腰掛けて伸びをするおひいさんを横目に、オレはどさりと持っていた大量の荷物を床に置いた。
 今日は久しぶりにお互いのオフが重なり、一日中おひいさんの買い物に付き合っていた。相変わらずありえない量の買い物袋を全てオレに持たせたおひいさんは、「ぼくの部屋まで運んでね!」とさも当然のように言いつけ、今に至る。
「ジュンくんジュンくん、こっち来て」
 そう手招きするおひいさんに促されて隣へ座ると、そっと手のひらを重ねられた。どきりと心臓が跳ねて、伺うようにおひいさんを見る。
「燐音先輩と奏汰くん、夜までお仕事だから……もうちょっとここにいてほしいね」
 そう上目で見つめてくるおひいさんが、ただ話し相手がほしくてそう言っている訳ではないことは、さすがのオレでもわかった。今日は一日中外でのデートで手を繋ぐような機会もなかったから、おひいさんもオレと触れ合いたいと思ってくれたんだろうか、なんて考えてうれしくなる。頬に手を添えて近づけば、何も言わずにおひいさんが目を伏せるから、そっと唇を重ねた。
 ちゅ、ちゅ、と啄みながら、ふと数週間前の出来事が頭を過ぎった。初めてのデートの後、ホテルに行った日のこと。あの日からしばらく経つけれど、それ以降あのような性的な接触は一切していなかった。寮じゃなかなかできないというのもあるけれど、何より最近はおひいさんが夜留守にしていることが多かったから、そんなタイミングがなかったのだ。それでも今しているみたいな触れるようなキスはふとしたタイミングでしていたから、スキンシップを嫌がられているだとか、避けられているとかではないはずだった。
……ジュンくん、考え事?」
「へっ? いや……
「ぼくと触れ合ってるっていうのに、いいご身分だね」
 あんたのこと考えてたんすけど? そう言いたい気持ちを押さえて、代わりに文句を言う唇ごと塞ぐようにかぷりと噛み付いた。そういえば、同室の二人は夜まで帰ってこないって言ってたよな。そう思い出して、なら、とぺろりとおひいさんの唇を舐める。
「ん……ぅ!?」
 突然の感覚に驚いたのか、おひいさんの唇が薄く開く。その瞬間を見逃さなかったオレは、隙間からぬるりと舌を挿し込んだ。
「ん! んぅ〜!」
 強ばった身体と、もがくように漏れる声。数週間ぶりの粘膜の接触に、脳みそが茹ったように興奮するのがわかった。離れようともがくおひいさんの後頭部を引き寄せて、そのまま舌を奥へと入れ込む。しばらく口内を好きに擽っていると、突然背中に重い一撃を感じて、思わずオレは身体を離した。
「いっ……てぇ! なにするんすか!」
「はぁっ、はぁ……それはこっちのセリフだね! ぼくの断りもなしにそんな、えっ…………、ちなキスしないでほしいね!」
 今えっちって言ったか、この人? 冷静な自分がそう頭の片隅で呟いたけれど、拒否されたショックがすぐに勝った。舌入れるのって、付き合ってても許可がいるもんなのか。オレはおひいさん以外と付き合ったことがないからわからないけれど、それが常識なのだとしたら確かに悪いことをしてしまった。
「すんません……嫌でした?」
「嫌……なわけじゃ、ないけど」
……? じゃあ、」
「っ……や、やっぱりだめ! ジュンくんはしばらく、お触り禁止!」
「はあ!? なんでだよ!」
「なんでもだね!」
「答えになってねえでしょうが!」
 あんまりな言いつけに、さすがのオレも納得できずに食い下がる。しかしおひいさんは怯まず、オレの腕を強引に引いて部屋の入口へと向かう。あれよあれよと玄関まで追い出されたオレに、おひいさんは言い放った。
「とにかく! もうすぐ燐音先輩と奏汰くんも帰ってくるだろうし、今日はもうお部屋に戻るといいね!」
「いやまだ話が、」
「おやすみ!」
 目の前でバタンと閉められたドアを唖然として見つめる。たった数分前まで良い感じの雰囲気だったはずなのに、今こうして部屋を追い出されている現状に頭が追いつかない。
「オレ、なんかしましたかねぇ……
 ぽつりと呟いた独り言が、誰もいない廊下に虚しく響いた。



 星奏館のオレの部屋。「サクラくんいないんでちょっと寄っていきます?」と誘うと素直に着いてきてくれたおひいさんと、オレは攻防戦を繰り広げていた。理由は簡単、オレがおひいさんに触ろうとしたからだ。
「ジュンくん! この手は何?」
「何って、キスしてえなって」
「お触り禁止ってこないだぼく言ったよね?」
「オレは了承してないですよ」
「ぼくがだめって言ったらだめなの!」
 そう大声で喚くおひいさんに、オレは諦めておひいさんに掴まれていた腕から力を抜いた。押してダメなら、と考えて、しおらしく眉を下げておひいさんを見つめる。
「おひいさん、オレそろそろ限界です。つか無理です、触らせてください」
……っそんな顔してもだめだね! まだだめ!」
「まだっていつまでですか、もう二週間も経つんすけど?」
「わ、わかんないけど……まだだめなの!」
「理由を教えてくださいよ、じゃないと納得できません」
「それは……
 目を逸らして押し黙ってしまったおひいさんに、はあ、とため息を吐く。この二週間ずっと考えていた、おひいさんがオレとのスキンシップを嫌がる理由。そのひとつの可能性を思い出して、それが当たっていませんようにと願いながら口を開く。
「もしかしてこないだの、嫌でした?」
……?」
「ホテル行ったときのことですよ」
 覚悟を決めてそう切り出すと、おひいさんがはっとしたようにこちらを見る。その反応から図星であることがわかって、急激に気分が落ち込んでいくのを感じた。やっぱりおひいさん、嫌だったんだな。
「嫌な思いさせてすいません。おひいさんが嫌ならもうしないんで……だから、」
……ジュンくんのせいだからね」
 だから別れるとかはまだ待ってくれませんか、と続けようとして、その言葉をおひいさんの声が遮る。オレのせい、と言うおひいさんに、あのときの出来事を反芻する。確かに最初はオレが押し切ってしまったかもしれないけれど、最中は嫌がってるようには感じなかった。けれど上手く誤魔化されていたのかもしれないし、思い返せばまあまあやりすぎてしまった気がする。後悔の念に苛まれていると、おひいさんが苦しそうな表情で口を開いた。どんな罵詈雑言を浴びせられても受け入れる覚悟で身構える。
「ジュンくんが……ジュンくんが」
「はい、すんません……
「だっ、……抱かせてとか、言うから……
「はい…………ん?」
 予想してなかった言葉が聞こえた気がして、俯いていた顔を上げる。目の前で顔を真っ赤にしたおひいさんがわなわなと震えているのを見て、ますます頭が混乱した。
「え? あの……ええと、オレがなんですか?」
「二度も言わせないでほしいね!」
「あ、すんません……いや、つかあれは、勢いでつい」
「はあ!?」
 そもそもあの後、冷静になって自分の発言を後悔したことを思い出す。ポジションなんて大事なこと、きっと本来話し合って決めるものなのに、あのときは興奮しすぎてつい願望を口に出してしまった。
「勢いで? 本気じゃなかったってこと? ぼくを弄んだの? 最低だね!」
「いや、本気じゃなかったとかじゃなくて! そりゃそうしたいのが本音ではありますけど……こういうのは片方の意見で決めるようなもんじゃねえでしょ」
……ぼくは……ジュンくんが、あんなこと言うから……、だからぼく、調べて」
「えっ」
「動画とかも……
「えっ。あんたそれ大丈夫なサイトですか?」
「へ? わ、わかんないね。とりあえず上に出てきたやつを見てみたけど、怖くて最後まで見れなかったね……
……おひいさんはそういうの、触れなくていいんで……知りたいならオレが全部教えるから、今度から自分で調べるのやめてください」
「う、うん、わかった……ごめんね?」
「いやオレの方が……すんません」
 生まれてこの方AVなんて見たことがありませんみたいなこの人が、男同士のビデオを観るなんて相当な覚悟がいっただろう。インターネットには違法なサイトだって至る所に転がっているし、何より変な知識でも吹き込まれたら困る。この人は変に好奇心旺盛なところがあるから、オレが見張ってやらねえと……。そう思っていると、おひいさんが恥ずかしそうにこちらをチラチラと見ていることに気がついた。首を傾げて見つめると、おそるおそると言ったように口を開く。
「それでね、その……男同士の時は、お、おし……りを使うって知ったから」
…………まあ、そうすね」
 おひいさんの口からそんな話題が出てくることが未だに現実味がなくて、返答が簡素になってしまう。だってあの巴日和が、男同士のセックスについて語るなんて、誰が想像しただろう。純真無垢なこの人にそんな知識を付けてしまった罪悪感と、そうしたのは自分なのだという仄暗い独占欲でグラグラと心が揺れてしまう。
「だからぼく、できるようにしなきゃって」
……はい?」
「でも上手くできなくて……
……ちょっと待ってください、何を?」
「言わせるの? ひとつしかないよね」
 オレの予想が間違っていなければおそらく、後ろの準備、だと思うけれど。そんなことを目の前のこの人がしているなんて信じられなくて、思考が停止する。そのときふと、最近のおひいさんに対する違和感が頭を過ぎった。妙に頻繁な夜の予定に、スキンシップの禁止。今までの言動も加えて、ここから導き出される答えはひとつだった。
「もしかして、最近夜どっか行ってたのって」
……星奏館じゃ難しいから、うちのホテルに行ってたね」
 要するに、誰にも見られる心配がなく、自分の家が経営しているからプライバシーの保護は万全である場所で、後ろの準備をしていたとこの人は言っていた。あのいつも飄々としてるおひいさんが、オレに抱かれるためにケツを解して……? 想像さえしていなかった事実をいきなり目の前に提示されて処理できずに呆けてしまう。
……じゃあ、触るのがダメだったのは?」
「だ、だっていつ流れでそうなっちゃうかわからないし……ぼくもそうなったら、たぶん許しちゃうし」
…………はあ……
「ジュンくん?」
「いやちょっと、頭の整理が……
……引いた?」
「ひ、くわけねえでしょ。あんたほんと、変なとこで弱気になんのやめてください。心臓に悪い……
 不安そうにこちらを見つめるおひいさんは、放っておいたら変な方向へ勘違いしそうで、慌てて否定する。この人のこういうところ、いつかだれかに付け入られそうで、正直気が気ではない。
 とにかく何か言わなければ、と思っておひいさんを見つめた瞬間、絶対に言うべきではないとわかっているのに、言葉が口をついて出てしまった。
「見せてください」
「へ?」
「してるとこ」
「嫌に決まってるよね!?」
「なんで?」
「ジュンくん馬鹿なの? そんなとこ見せれるわけないよね!」
「でもオレのためにがんばってくれたんでしょ?」
「そう、だけど」
「おひいさんの全部見たいんです。ね、お願い……
 そう言って懇願するように上目で覗いてみると、う、とおひいさんがわかりやすく眉を垂れさせた。あ、これオレのことを可愛いと思ってる顔だ。可愛い可愛いと子ども扱いされるのは癪なのに、こうするとおねだりを受け入れてもらえる確率が上がるからここぞというときについやってしまう。この人は気難しいようで、意外とツボみたいなものはわかりやすいのだ。オレ限定だといいんだけど。
……幻滅しない?」
「するわけねえでしょ」
「たぶんすごく、みっともないね」
「そういうあんたがもっと見たいって言ったはずなんすけどねぇ?」
 しばらく無言で見つめ合うと、じわじわと頬を赤く染めたおひいさんが観念したように口を開いた。
「どうしてもって、いうなら……
 普段からは想像がつかないほどの小さな声が耳に届いて、粘り勝ちで得られたお許しに心の中でガッツポーズをする。しかしここでがっついてしまってはおひいさんの気が変わってしまう可能性があることもわかっているから、舞い上がる気持ちをぐっと押えた。なにより、こっちは二週間、キスはおろか指一本さえ触れさせてもらえなかったのだ。加えてこんな可愛いことをこの人が言うものだから、今すぐにこの愛しさをぶつけたくて仕方がなかった。逸る気持ちを押さえて、そっとおひいさんの手のひらに自分のものを重ねる。
……とりあえず、抱きしめてもいいですか?」