Momosei808
2025-06-17 02:19:42
2782文字
Public SD(リョ花)
 

雨と煩悩

ワンライ:リョ花×雨宿り×日焼け

──梅雨は、ジメジメしてて、好きじゃねー。

土曜日の部活の終わった頃だ。
高校の昇降口から夕暮れ時の空を見上げて、リョータは思った。
四六時中しとしとと雨が降り、足元は悪くなるし、傘という臨時の持ち物が一つ増えるのもうざったい。
洗濯物は乾きにくく、室内干しの頻度が増え、部屋の中もジメジメとする気がする。
ストリートバスケもし辛いし。
ここまで考えて、くん、と大気の匂いを嗅いだ。
土の匂いがいつもより強い。
厚い雲に覆われ出した夕方の空を見て、雨の気配を何となく察してしまう。
衣替えをして、半袖のポロシャツに腕を通していても、ムッとする湿度の高さは、如何ともし難いものがあった。

すると、ぼんやりと空を見上げるリョータの背を、ばしん、と無邪気に叩く存在が接近した。
「どーした? リョーちん。ボーっとしやがって。疲れてんのか?」
人見知りしがちなリョータにゼロ距離で詰めて来るのは、一学年下の後輩の、桜木花道だ。
リョータより頭一つ分高い彼は、学校指定の夏服のシャツでなく、無地の白いTシャツを着ている。
この4月からバスケを始めたばかりの、元ヤンのド素人。
目も覚めるような赤い髪と、リョータよりもずっと恵まれた体格を持つ。
数日前に、ヤンキーの象徴とも言えるリーゼントも出来た髪を、ばっさりと切ったばかりだ。
赤い髪が赤坊主になり、一部の人間にはより恐れられる一方で、一部の人間にはより親しみをもって受け入れられた。

そんな赤坊主に絡まれながら、リョータが言う。
「べっつに~~。雨、降りそうでイヤだな、ってだけ」
リョータの言葉に、花道も空を見上げる。
どんよりと暗い色の雲が空を覆い隠し、夕暮れの空を隠していた。
「フーム、確かに一雨来そうだな」
「だろ? 俺、今日は傘持って来てねーよ」
「安心しろ、オレもだ」
「何が安心しろだよ。……仕方ねー、さっさと帰るぞ、花道」

花道が、おう!と応えて、先輩と後輩の二人は、普段の寄り道をせずまっすぐ帰路に就くことにした。

*******

そして、約15分ほどした後。
「うあ゛ーーーーー!!! くっそ、土砂降りじゃねーかチキショー!!!」
「リョーちん、走れ走れ! こっちだ!!」
リョータと花道は、自宅への帰路の途中で、猛烈な雨に見舞われていた。
まさに、天の底が抜けたような、土砂降りである。
これほどの突発的な豪雨に遭うのは、二人にとっても記憶に無い。
余りの雨量に、側溝から水が逆流し、低い土地では一時的に冠水し始めた。
「おいおい、ヤベーぞ、何だこの雨!」
「リョーちん、こっちだ! ヒナンしねーと!!」
「だから何処行こうとしてんだよ、花道!!」
花道の住むアパートには、リョータも寄ったことがある。
だが、今遮二無二駆けているのは、彼のアパートに通じる道では無い筈だ。
この辺りは商店街からも外れた住宅街で、店の軒下に収まることも出来ない。
そもそも、この雨の勢いだと、僅かな雨宿りスペースでは耐えられない可能性が高い。

先を駆ける花道に自然とついて行く形になって、リョータが辿り着いたのは、一つの古いバス停だった。
瓦葺の屋根と、木造の小さな小屋のようにも見える、小さな休憩所だ。
屋根も側面も、ところどころ朽ちている。
猛烈な雨に打たれて、木造の側面が色濃くなっていた。
「おい、花道! 此処……?」
「いーから、リョーちん、中に入ろう」
戸惑うリョータは、花道によって腕を引かれて、古いバス停の中に入った。
中に入ると、バス停として開かれた空間であるためか、思ったより内部に光が差し込んでいる。
内部の床部分はアスファルトで、割としっかりとした造りだった。
空間の広さも、男子高校生二人が横に並んで立っても、十分なほどゆとりがあった。

「へへ、いーだろ。此処。昔っから急な夕立とかで世話になってんだ」
花道の、得意そうな声が内部に響く。
ちら、とリョータが隣を見上げると、ずぶ濡れの花道は僅かに身を屈めていた。
どうやら、空間的には十分な広さでも、高さが足りないらしい。
リョータは、背を丸めた花道の隣に立ち、口を開いた。
「昔から……? ここ、バス停だよな?」
この付近でもバスの路線があるのは知っているが、朽ち果てそうなほど古いバス停は、リョータも把握していない。
すると花道はこう言ってきた。
「昔使われてたバス停で、今はもう使われてねーんだって。前に、親父から聞いた」
……ふーん」
「割と、誰も知らねーから、喧嘩の後とかに休むのに持って来いなんだ」
「お前な~……。喧嘩とか、サラっと言うなよ。……今の話じゃねーよな?」
「まあ、中坊の頃な。ワカゲノイタリというものだよ、リョーちん」
「あっそ」

リョータは、花道の話を聞きながら、自分の身体を見遣った。
着ていたポロシャツはおろか、下に穿いたズボンも下着も、すっかり濡れている。
お気に入りのスニーカーは中も外もぐしゃぐしゃで、靴下も水を吸うどころではない。
(靴上浸水しちゃってんじゃねーか、コレ)
雨の直撃を避けられたことで、却って自分の惨状に気付いてしまう。
お気に入りのスニーカーだったのに……、とリョータは小さく溜息を吐いた。

ふと、リョータは隣の花道に目を向けた。
………
黙って凝視されていることにも気付かずに、花道は前方の雨の様子を見つめている。
リョータよりも高い位置にある頭から、とめどなく雨水が滴り落ちる。
それは、赤い坊主頭と、赤みの濃い地肌を濡らしていた。
滴る水が、花道の白いTシャツをも濡らす。
濡れた布が、均整の取れた肢体に貼り付き、すっかり透けている。

透けた布の向こうから、見えるのは──。

「リョーちん? どーした??」

突然の呼びかけに、リョータははっとした。
気付いたら、隣の花道がリョータを気遣わし気な目で見つめていた。
「まーたボーっとしやがって。どーしたんだよリョーちん、何かおかしーぞ?」
「るっせ」
生意気なことを言う後輩にも、苦し紛れの悪態しか吐けなかった。

というのも。

雨で濡れたTシャツの向こうの、彼の肌。

そこに焼き付いた、日焼けの跡。

恐らくは、普段の部活で着ていることの多いタンクトップの形に、綺麗に焼けていて。

こんがりと色濃い腕に比べて、いやに生白い肌の胸や腹が、リョータの脳裏に焼き付いて離れなかったからだ。


(やべえ、どーしよう。俺、溜まってんのかな……?? だって、花道は男なのに。後輩なのに。いや違う、目の前に胸があったからだ。きっとそうだ)
リョータは苦悩し、濡れた頭をぶんぶんと振った。
そして、

──やっぱり梅雨は、好きになれねー!

その思いを、いっそう強くしたのだった。


《終》