みずあめ
2025-06-17 00:22:40
4032文字
Public vsa
 

アカめぐ(アカメグ)

全て勉強中のため雰囲気で読んでください。口調わからんて。(当然のように付き合ってて同棲しています)

帰り道、突然の雨に降られた。パラパラとまばらだった雨はあっという間にアスファルトの色を変えていく。僕は荷物を抱え、濡れた地面を蹴って家までの道を駆けた。
どうして今日に限って折り畳み傘を持っていないんだろう。天気予報は快晴でもこの時期は夕立が多いのに。
……あっ」
今朝のことを思い出そうとして、僕は躓いて転げそうになってしまった。そうだ、今日は家を出る時に、突然めぐるさんがキスをしてきたから。動揺して玄関の棚に置いてる折り畳み傘を鞄に入れるのを忘れてしまったんだった。
真っ赤になった僕を見て楽しそうに微笑み「いってらっしゃい」と言った彼の顔まで思い出してしまい、じわりと頬が熱を持つ。初夏の雨はぬるくてこの熱を冷ましてくれそうにはなかった。
びしょ濡れ一歩手前でなんとか家に辿り着き、鍵を開けて玄関に入った。僕と同じで今日の仕事は夕方までだと言っていためぐるさんはまだ帰っていないようで、家の中はしんと静かだ。
僕は濡れた服をその場で脱いで、できるだけまとめて持ち床を汚さないように脱衣所へと一直線に向かった。洗濯機の中に服を入れ、裸になったついでにシャワーを浴びる。雨でベタついていた体を洗い流してから乾いた大きなバスタオルに包まると少しだけ気分が落ち着いた。
リビングの電気をつけないままの部屋から窓の外を見れば雨はまだざあざあと降り続いている。天気と鏡写しのようにどうにも晴れない心のまま、僕は新しい服を身につけて時計を見た。
夕方って、何時までだろう。めぐるさんは、傘を持っていったかな。そういうところは抜かりない人だと知っているけれど、もしかしたら僕みたいに濡れて帰ってくるかもしれない。それは、嫌だな。
玄関に戻り、置きっぱなしだったカバンの中からスマホを取り出した。連絡は特になし。夕方に終わると聞いているだけで正確な帰宅時間は分からない。だけど僕は靴を履き、傘を持って家を出た。
さっき走って帰ってきた道を、傘をさしているから走る必要はないのだけれど少し早歩きになりながら戻った。もし今、彼が雨に濡れていたら、すぐにこの傘を差し出したいから。
幸いめぐるさんと出会うことなく駅まで戻り、僕は傘を閉じて屋根の下へと入った。改札の見える場所で壁を背にして立ち、ポケットからスマホを取り出す。
何時に帰ってくるかなんて、今さら聞くのも変かな。でも駅で待ってるなんて言うのはもっと変だ。なんの約束もしていないのに勝手に迎えに来たりして。めぐるさんのことを考えると勝手に体が動いてしまうと、上手に伝えるのはきっと僕には難しい。
どうしようかと迷っている間にも、電車が駅に着くたびに改札からたくさんの人が出てきていた。何度も何度も視線を巡らせて、そこに彼の姿があるかを確認した。
十分ほど経った頃、握りしめていたスマホが小さく震えた。僕は画面を見てパッと目を見開き、すぐに応答ボタンを押して耳に押し当てた。
「はい、アカシです」
『おつかれさま。今、電話をしても大丈夫か?』
「問題ありません。お仕事は終わったんですか?」
『あぁ。それで、お前は今何をしているかと思って』
……ええと、僕は」
『もしかして、己を迎えに来てくれたのか?』
「え!」
慌てて顔を上げて周りを見渡したけれどめぐるさんはどこにいもいない。どういうことだろうと耳に意識を戻すと、電話越しにくすくすと笑う声が聞こえた。頬が熱くなって、ふいっと顔を俯ける。
『悪い、まだ帰ってる途中だ。雨が降っているだろう? もしお前がもう帰っているようなら傘を頼もうかと思ったんだ』
……どうして僕が迎えに来ていると分かったんですか」
『迎えに来てくれていたら嬉しいなと当てずっぽうで言ったんだよ。まさか当たるとは思わなかった』
本当に嬉しそうな声でそう言うから、自分の行動が読まれていた恥ずかしさはふわりと浮かぶように消え、代わりに早くめぐるさんに会いたくなった。濡れた靴から視線を上げて、今すぐ改札の向こうから彼が出てきてくれないかと目を細める。
……駅で待っています」
『ん、すぐ帰るよ。ちゃんと濡れないところにいるか?』
「はい。今は大丈夫です」
『今は?』
「あ、えっと、さっき帰る途中で雨が降り出したので、家に帰るまでに濡れてしまって。でもちゃんと着替えて傘をさして来ましたので、今は少しも濡れてないです」
……わかった。悪いがあと少しだけ待っていてくれ』
「はい、待ってます」
ありがとうと言って電話が切れて、あと少しという言葉の通りめぐるさんはそれから数分で改札を出てきた。乗り換えの駅で電話をかけてきたのかと思ったけれど、それにしては早過ぎる。
首を傾げる僕のところまでまっすぐに歩いてきためぐるさんは、いつも通りに笑って僕の頭をぽんと撫でた。
「待たせたな。ところで、いつからここにいたんだ?」
「少し前です。おかえりなさい、めぐるさん」
……ああ、ただいま。帰ろうか」
「はい! ……あ!?」
「ん? ……おや、もう止んでいたのか」
駅を出て見上げた空は、さっきまでの雨が嘘のように綺麗なオレンジに染まっていた。目を丸くする僕の隣にめぐるさんが並び、嬉しそうに笑みを浮かべる。
どうしよう、僕の持っている傘は今この瞬間に不要になった。傘を届けに来た僕も、きっと。
……余計なお世話でしたね……
「そんなことはないよ。己はアカシが迎えにきてくれて嬉しかった。一緒に帰るのも楽しいじゃないか。雨が止んだなら寄り道もできる」
「でも、雨が降っていないなら僕が来る必要はなかったです。せめて天気予報を見てから来ればよかった……
……アカシ、こっちを見ろ」
「!」
頬に触れた手が僕の顔を上に向かせる。雨上がりの綺麗な空を背にしてめぐるさんが僕のことだけを見つめていた。ざわざわと騒がしい駅前なのに、一瞬で周りの音が何も聞こえなくなる。
「来てくれて嬉しいよ、ありがとう」
……
「一緒に帰ろう?」
……はい、ありがとうございます」
「どうしてお前が礼を言うんだ」
めぐるさんの笑い声は僕の心を優しく撫でてくれるみたいだった。泣きそうだった気持ちを切り替えて笑みを浮かべ、帰りましょうとめぐるさんに言った。
雨が降ったおかげで昼間の熱は洗い流されて、さらりと吹く風が心地良い。だんだんと夜の色が混じっていく空は見惚れるくらいに綺麗だった。水溜まりを避けてふらふらと歩く帰り道がこんなに楽しいのは、きっと隣にめぐるさんがいるからだ。
雨が降らなければこうして二人で帰ることはなかった。自分が雨に濡れて帰ったことなんてすっかり忘れて、僕は夕立に感謝していた。車通りの多い道を避けて裏通りに入り、人がいないことを確認してからめぐるさんの手を握る。ぴくっと反応しためぐるさんは、だけどその手を離すことはしなかった。
「ふふ」
……機嫌が良くなったようでなにより」
「え?」
「なんでもないよ。アカシは可愛らしいなと言ったんだ」
「か、かわいい……? どこでそう思ったんですか……。めぐるさんこそ、いつもよりにこにこしてますよ。可愛いです」
「ああ、お前が一緒だからな、当然いつもより機嫌がいい」
「わ。えっと、……僕も、そうですよ?」
……ふ、本当にコイツは。もっとこうしてぶらぶらしていたいのに、今すぐに家に帰りたいとも思う。不思議だな」
「あぁ、わかります。僕もめぐるさんとやりたいことがたくさんあって、どれだけ時間があっても足りないって思うことがあります。のんびりしてたいのに、急いで何かしなきゃとも思う。困ります」
「はは、困るのか」
「はい、でも、楽しみです。これからなんでもできますから。今日は本当はちょっとだけ相合傘をしてみたいなと思っていたんですが、ただ二人でこうしてのんびり歩くだけでもとても楽しいです。想像していなかったことまで楽しいなら、きっとこれから楽しいことばかりですよ」
……
黙ってしまっためぐるさんに、今朝の仕返しができたかなと僕はふふっと笑い声を溢した。自分からキスをするのはなかなか難しいけれど、それでも僕だってやられっぱなしじゃないんだ。
夕焼け空はもう夜の色に染まっていて、街灯がピカピカと光り始めた。いつのまにか大好きになっていた綺麗な色の空の下を、めぐるさんと二人で歩けることが嬉しい。
目の前の水溜まりを避けるために大きく踏み出した足で跳ねるようにそれを飛び越える。隣を歩くめぐるさんは長い足でゆうゆうと水溜まりを跨いでから、繋いでいない方の手で僕が持つ傘を掴んで奪い取った。突然のことに驚いているうちに、彼はボタンを押して傘を広げた。僕たちの頭上を覆った黒い傘の中、二人きりの薄暗闇ができあがる。
「めぐるさん……?」
「後で怒られるから今は逃げないでくれよ」
言葉の意味を理解するより先にめぐるさんの顔が近づいてきて、僕は咄嗟にぎゅっと目を瞑った。触れた熱はすぐ離れ、だけど傘はそのまま僕たちの上で咲いている。雨も降っていないのにその中に収まるように僕とめぐるさんの距離は近付き、傘の中で肩がぶつかっていた。
……怒られると思うなら家まで我慢してください」
「アカシが可愛いことを言うから我慢できなくなった」
「僕のせいですか?」
「己のせいだろうな」
……怒りませんよ。それに、僕はあなたから逃げたりしません」
……もう一度したら怒るだろう。あまり煽らないでくれ」
本当に、怒ったりしないのに。大きい傘の中でも男二人が並べばぎゅうぎゅうに狭くて、僕は顔を上げてめぐるさんの横顔を見つめた。視線に気がついてこちらを向いためぐるさんに、そっと背伸びをして口付ける。綺麗な瞳が僕を映したから、僕は彼に可愛らしいと言われる笑みをふわりと溢した。
先にあなたの手を握ったのは僕だって、忘れないでくださいよ。