草枕
2025-06-16 17:19:54
1152文字
Public syzygy
 

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LOOP1 後(この星でのできごとが『二回目』と知って)

自分が透明で、世界に存在しないことは、別に辛くも苦しくもない。
でも、見られれば、存在を認められれば、どうしようもなく心は満ちるのだ。

鬼教官はオレを、身を潜めるのが下手過ぎると叱った。オレは、自分は黙っていれば透明なのだと思っていたので、驚いた。
医官は、静かに見学をしに行ったオレに、突っ立っているだけなんて許さないと言った。考えて、行動して、その成果を誰かが気にしている。そんな贅沢なことが、世の中にはあったのだ。





────どうして、訓練兵時代の自分は、自分が透明だと思っていて、誰かに関心を向けられるのが嬉しかったのだったか。忘れてしまった。でも別に、このエピソードは忘れてしまっていい話だろう。教官も、鬼医官も……否、鬼教官も医官も健在だし、二人についてはよく覚えている。
自分の過去という余分だけ選択して切り取って、デリートできれば良いのに。

シルーは努めて深呼吸をした。『一回目』の記憶が頭を叩いて以来、上手く息が吸えないような心地がする。無力感と、高揚と、不安と、よろこびと、ひどいおそろしさが、腹の底から迫り上がっては胸を圧迫しているようだった。それらを抑えて立っていられる訓練の賜物と自分の性質を幸いと考える一方で、うずくまってしまえない憤りも感じている。気持ち悪い。

あの人たちを覚えていることは、シルーの命題だ。
使われない記憶は、人の脳から容易く失われてしまう。だから記憶を繰り返し引き出し、身に染み込ませた。シルーが、きっと一生銃の撃ち方を忘れないのと同じように。物音を聞けば反射的に身体が動くのと同じように。

そうやって守ってきた記憶が、無遠慮に侵されている。もう満杯近い記憶の引き出しが、軋む音が聞こえる。
それでも。
そこへやってきたのは、友が死んだ記憶だった。
レザ・タルシオの死体を見た記憶。いつかの日、きっと本人は覚えていないだろうが、シルーの心を確かに救った言葉を紡いだ口が、顔が、青く力なく────どうしてレザが死んだことを忘れて平気で居られた?

はじめシルーが感じたのは、純粋な怒りだった。
この一ヶ月の自分に向けて、よくもお前は大切な恩人の死を忘れてのうのうと過ごせたものだと。

そしてふと、恐怖にも襲われたのだ。
忘却があまりに静寂であることに。
自分が負ってきたつもりの、あの大切な人たちは、本当に欠けていないのか。

怖い。
あの人たちを失うことが。
恐い。
忘れてしまったことにすら、気付けなかったことが。

息を吸う。息を吐く。
平静を取り戻そうとした行為のくせに、背中が軽くなった感覚が酷く恐ろしくて、シルーは深呼吸を止めた。



ただただ光を求める欲だけが、この場の全てに不似合いに、彼の心臓を跳ねさせていた。