桜霞
2025-06-15 23:45:19
11166文字
Public 【RKRN】夢
 

【RKRN】見えているだけで、特に大それたことを考えているわけではない【ohm夢】

うぇぶぼにてリクエストされた尾浜夢です。リクエストに気付くのが遅くなってしまったことへのお詫びも兼ねて、文字数を増やしました。
文字数を増やしましたが、弊雑夢つどい奥方シリーズの奥方が前半出張っていますし尾浜くんが出てくるの最後の方だけです。
尾浜くんのキャラ解釈重視してたらこんなことになってしまいました。夢成分が薄くてすまん。許してくれ。
※くのたま夢主です。
※弊雑夢夢主が出張っております。尾浜くんとの絡みはないです(?)。
※夢主固有名詞はないです。
※生理ネタです。
以上大丈夫な方のみどうぞ。







 忍術学園の保健室では、定期的に包帯や薬の在庫確認が行われる。
 季節の変わり目や暑さ寒さ厳しい時期は、学園の皆が体調を崩しやすい。保健室の出番が多くなる時期が始まる前に、新野と一緒に薬剤などがどのくらい減っているか、また昨年の記録と照らし合わせて不足分がどの程度になるか推測し、補充計画を立てる。
「徐長草や吐金草が減ってるねえ」
「あとは、先週から今週にかけて、ハンミョウも減っています」
「もうそろそろ夏ですからね……
 徐長草などは打撲・捻挫の塗り薬として使えるが、ハンミョウは湿疹などの皮膚炎に用いられる薬として使用される。
「じゃ、数馬と左近は裏々山に徐長草と吐金草探しに。乱太郎と伏木蔵は、僕と一緒に、別の山にハンミョウを探しに行こう」
「分かりました!」
「気を付けて行ってらっしゃい。日暮れまでには戻ってくるんですよ」
「はーい!」
 よいこたちの返事が揃う。保健委員たちはめいめい私服に着替えて、野草で肌を切らないようにめいめい準備すると、籠を背負って校門の前に集合した。
 小松田さんの出門票に名前を記入し、三反田、川西と別れ、伊作の先導で道を進んだ。
「伊作先輩、私達、こっちの方にはあまり来たことはありませんが……
「ハンミョウがこっちにあるんですか~?」
 乱太郎と伏木蔵に聞かれ、うん、と伊作は頷いた。
「前に任務で、ハンミョウの群生地を見つけてね。あまり学校から遠くなかったから、また来ようと思って、印をつけておいたんだ」
「その印って、どんなものなんですか?」
「大したことないよ。念のために持ち歩いてた布の切れ端を、近くの木の枝に結び付けただけだからね」
 布の切れ端はいざという時に包帯に、または添え木などを患部に括りつける紐としても使える。
 抜けるような青空に、白い雲が時折ぽつりと浮いている。吹く風は勢いよくも爽やかに、暑い日差しの中急ぎ足で進む乱太郎たちの息抜きをさせてくれるようだった。
 田畑の合間の畦道を進み、乱太郎たちは人の足で踏み慣らされた跡を頼りに、山の中に入っていった。どこにでもある山とはいえ、通ったことのない道に、乱太郎と伏木蔵はつい辺りをきょろきょろと見回してしまうが、伊作は慣れたもので、すいすいと進む。伊作の足跡をなぞるようにして進んでいるので、乱太郎たちは急な段差に躓くことも、はみ出した枝葉に服を引っかかれることもなかった。
「伊作先輩、今日は何事もなく順調ですね!」
「そうだね! まあ、この間の実習の帰りは、段差に躓くし、それで獣を刺激しちゃうしで、大変だったけどね」
 今日は山が静かだなあ~、と伊作が幸運を噛みしめるようにして独り言ちる。そう言われれば確かに、と乱太郎たちは顔を見合わせ、森の木々をなんとはなしに眺めやった。
 知らない森の木々の配置に違和感を覚えているのかと思っていたが、違った。山に入れば聞こえる、虫の鳴き声や鳥の囀り、獣の気配がしないのだ。人の足で踏み慣らされてできた道の近くは大概そういうものだが、ここまで静かだといっそ不気味まである。

 まさか伊作先輩、道を間違えてとんでもないところに入り込んでしまったのでは……

 乱太郎と伏木蔵のこめかみを、冷たい汗が流れる。
「確かこっちの方、にぉわっ!!」
「伊作先輩!!」
 先を進んでいた伊作の姿が掻き消える。どしゃりと音がして、伊作の立っていたところが地面ごと崩れたのだ。乱太郎が慌てて駆け寄り、伏木蔵がすぐに風呂敷を取り出した。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
 穴を覗き込みながら、乱太郎が手拭を伏木蔵に渡す。伏木蔵は、風呂敷と手拭の端をくくりつけた。
「大した深さじゃないよ。足も捻ってない……あぁ、ありがとう」
 伊作が穴に垂らされた手拭を掴む。伏木蔵と乱太郎がしっかり踏ん張ったのを確認して、伊作は手拭を頼りに跳躍し、穴の壁を蹴った。直後、しっかりと穴の縁を掴み、手拭に頼ることなく、片腕だけで自分の体を引き上げる。慣れた仕草であった。
「ありがとう、二人とも」
「ご無事でよかったです」
「うん、本当に幸運だったよ」
 ほら、見てごらん、と伊作が二人を促す。改めてふたりが穴を覗き込むと、図ったかのように木々の合間から日差しが入り込み、穴の内部を詳細に照らした。穴の底には鋭利に削られた竹が何本も埋められており、落ちてきたものを容赦無く突きさす様相になっていた。
「よく見て。パンジだ。竹の尖っているところが変色してるだろ」
「あっ、ほんとだ」
「たぶん、毒が塗り込まれているね。掠りでもしていたら、どうなっていたことか」
 落ちたのが僕で、本当によかった、と伊作が胸を撫で下ろす。伊作が落ちず、気付かずに自分たちが落ちていたら、今こうして呑気に話していられないと容易に察せられ、乱太郎は生唾を飲み込み、伏木蔵は「スリル~!」と目を輝かせた。
「それにしても、この落とし穴、どこの忍者が掘ったんだろう」
「え? これ、忍者が掘ったものなんですか?」
「うん。あそこに」
 伊作が落とし穴の向こうに続いている道を指さす。人の足で踏み固められた整備されていない道には石や小枝が転がっているのが常だが、その中に、故意に傷つけたように見える石が自然に紛れて置かれていた。
「あっ、あれって、」
「落とし穴の目印ですか?」
「おそらくは。こんなことをするのは、忍者くらいだろ」
「確かにそうかも……
「伊作先輩、この辺りって、」
「我々の領地にほど近い」
 突如降ってきた声に、伊作たちの肩がびくーっと跳ねる。反射で懐に飛び込んでいた乱太郎と伏木蔵をしっかりと受け止め、伊作は声のした方を振り仰いだ。直後、見慣れたというほどでもないが知らないわけではない忍装束に、小さく瞠目する。木の枝からこちらを見下ろしていた忍も、「あれ?」と先程とは打って変わって素っ頓狂な声を上げ、身軽に木の枝から降りてきた。
「もしかして、忍術学園の、善法寺くん?」
「あ、はい! そうです、善法寺です」
「あー! 君がそうなの!」
「なに? 善法寺くん?」
「ぜんぽうじって、組頭の?」
 わらわらと声や気配が伊作たちを覗き込む。これだけの数がいたのに気付けなかったのか、と伊作は頬の内側を噛みしめた。忍術学園六年生として、領地の治安に直結するような任務を任され、不運をいなすために強くなったと思えても、プロ忍者として身を立てて飯を食べている者達との彼我の差を突きつけられると、どうしたって内心穏やかではいられない。
「善法寺くん? おお、伏木蔵くんに、乱太郎くんまで」
 知った声が聞こえて、乱太郎と伏木蔵がパッと表情を明るくさせた。
「タコヤキドキ城の、」
「もともとすまないさん!」
「タソガレドキ城の、山本陣内だ」
 どああ、とタソガレドキ忍軍の忍たちがずっこける。対する山本は「ありがとう、一度やってみたかったんだ」などと目元に皺を寄せて、きゃっきゃとはしゃぐ乱太郎たちの好きにさせている。
「いつもああなのか」
「すみません、ウチのお約束で」
「お前たちは、先に戻っていなさい」
 山本の低い声音が、優しくもしっかりと響き渡る。は、と声を揃えた忍軍たちは、瞬きひとつで姿ごと気配を消した。内心感嘆し、同時に自分も卒業したらああなれるのかしらと慄いている伊作を他所に、山本はしゃがみこんで乱太郎たちを視線を合わせて、「この辺りにはどんな用事で?」と聞いている。
「私たち、伊作先輩が以前この辺りで見かけたハンミョウの群生地を探しに来ているんです!」
「ハンミョウの群生地?」
「はい! 保健委員の活動の一環なんです」
「なるほど」
 ふーむ、と山本が思案する素振りを見せる。
「この辺りにそんなものはなかった筈だが……
「山本さん達は、この辺りで何をしてるんですか?」
「コラッ、伏木蔵!」
 忍者が何を目的としてどんな行動をしているのか訊ねるのは、エチケット違反だ。無邪気な伏木蔵を慌てて窘める伊作に、山本は「大丈夫だよ」と朗らかに言った。
「今日は、この辺りで私達の軍事演習をやっていてね。戦をしているわけではないのだが、本番さながらにやっているから、安易に踏み込むと危険だ。ついておいで。安全なところまで送ってあげよう」
「ありがとうございます」
 伊作たちが、ぺこりと低頭する。目を細めて受け取り、山本は身を翻した。乱太郎と伏木蔵が先に進み、伊作が殿を務める。
 山本の言う軍事演習なら、タソガレドキがあんなところに落とし穴をこさえていた理由も分からないではない。が、しかし、この辺りはまだ、誰それの領地と明瞭にはなっていなかったはずだ。山本が嘘を言っているとは思えないが、そのまま受け止めても良いものか。
 内心いぶかしむ間もなく、そこ落とし穴があるよ、そこに罠があるからねと逐一指摘が山本から飛んでくる。引っかかりそうになって、伊作は慌ててすみませんと足元に集中した。
 伊作たちが案内されたのは、簡易だがしっかり設えられた詰所だった。旗も何も立っていないので、どこの誰が所有しているのかが一目で伺えない。
 詰所の中央で、地図を前に何やら腕を組んで座していた雑渡は、意外な来客に隻眼を丸くした。
「おや、伊作くん。伏木蔵くんや、乱太郎くんまで」
「どうも、ご無沙汰しております」
 伊作が苦笑気味に低頭して挨拶すると、山本が素早く雑渡の傍に寄って、ひそひそと耳打ちをする。伊作たちがここまで迷い込んだ経緯を簡潔に報告しているのだろう。なるほど、と小さく頷いた雑渡は、「ハンミョウねえ」こちらも思い当たる節を見つけられないようだった。
「うーん。まあ、いいか」
 雑渡はその体表のほとんどを包帯で覆っている。露出している肌は火傷の痕がひどく、表情が伺い知れない。けれども、雑渡が眉間を寄せたのが分かって、伊作はなんだか申し訳ない気持ちになった。演習だろうが忍務だろうが、自分たちが邪魔していることに変わりはないのだ。
 雑渡が山本に何かを言いつける。低頭した山本が素早く身を翻す。伊作は遠慮がちに「あのお……」と口を挟んだ。
「お邪魔だと思うので、僕達はこれで……他の山にもあてはありますし……
「そう? でも、この辺に詳しい人なら、ハンミョウの群生地、知ってると思うよ」
「この辺に詳しい人……?」
「伊作くん」
 聞き覚えのある声に呼ばれて、伊作は反射的に振り返った。口元の覆いを降ろした高坂が、こちらに、と目配せで呼んでくれる。
 伊作は雑渡に向き直った。
「この度は、お手数をおかけいただいて、ありがとうございます」
「いやなに、こちらこそ、演習に巻き込まれないで済んで良かった。気を付けてね」
「はい。失礼します」
 伊作に倣って、乱太郎たちも板間に手を着いて低頭する。去り際に伏木蔵が振った手に手を振り返して、雑渡は小さく肩を揺らして笑った。
 この後の伊作の百面相が、目に浮かぶようだったからである。
 高坂が伊作たちを連れて行ったのは厩舎だった。馬が何頭か繋がれていて、入れ替わり立ち代わり、演習に連れて行かれているようだった。
「姫さま、お待たせいたしました」
 呼ばれて振り返った女性に、乱太郎たちは思わずアッと声をあげ、伊作は息を呑んだ。
「タソガレドキの姫さま!」
「お久しぶりです!」
「お久しぶり、乱太郎くん、伏木蔵くん。伊作くんも」
 涼し気な目元が柔らかく微笑んで、駆け寄った乱太郎と伏木蔵を優しく受け止める。
 タソガレドキの姫さま、もとい雑渡の奥方である。ただし、雑渡の奥方であることを知らないのは、乱太郎だけである。
「お元気ですか?」
「お変わりないですか」
「はい、おかげさまで。皆も元気?」
「はい!」
「元気です!」
「良かった。それで、ハンミョウでしたか」
 はい、と伊作たちが頷く。
「群生地なら、私に心当たりがあります。ついていらっしゃい」
「ありがとうございます!」
「良かったですね、伊作先輩!」
「うん。すみません、お世話になります」
 彼女に促されて、乱太郎と伏木蔵がそれぞれ別の馬に跨った。二人の後ろに、彼女と伊作がそれぞれ跨る。彼女は慣れた仕草で馬の手綱を操り、伊作たちを先導した。道なき道を器用に進み、急斜面を駆けさせ、沢を飛び越え、少し進んだところに、伊作はいつだったかに自分がつけた印を見付けた。ほどなくして、乱立する木々の中に、ぽつんと明るくなっている開けた場所が現れる。ハンミョウだけではなく、他の野草も生い茂っていた。乱太郎たちが歓声を上げて、口々に彼女に礼を言う。馬から降ろしてもらうや否や飛び出して行った乱太郎に続いて、伊作も籠を背に収集を始めた。彼女は馬の手綱を木の幹に括りつけて、馬の番をしている。
「あんまり摂りすぎないようにね、二人とも」
「はーい!」
 よい子の返事に、彼女は思わず頬を緩めた。あまりにも長い演習に業を煮やした里の奥方たちが本当に演習なのか調べてこいと差し入れを持たされて斥候として放たれた時はどうなることかと思ったが、伊作たちとまた会えるとは。
「姫さまは、どうしてこんなところをご存じだったんですか?」
 下草に体の下半分が見えなくなっている乱太郎が、不意に声をのんびりと張り上げる。彼女は少しだけ言葉に迷った。まさか馬鹿正直に、若い頃は馬を乗り回していたのだなどという訳にもいかない。
……私の母が、肌が弱いの」
「そうなんですか。それは、夏になると大変でしょう」
「そうね。だから幼い頃、母にと思って、ハンミョウを探し回った時期があったのよ」
 だからここも知ってるの、と彼女はなんでもないことのようにして言った。
「姫さま御自らですか?」
「そうよ。待ってるだけなのは、性に合わなくて」
 ねっ、と彼女があらぬ方に向かって片目を瞑って見せる。あらぬ方にいた高坂は、ちょっとだけ肩を竦めて見せた。
「それにしても、委員会活動って大変ね。薬の材料を、こうして探して集めなきゃならないなんて」
 時間をかけて集めたとしても、それらを煮だしたり乾燥させたりすると、薬として機能するのはほんの一握りだけになってしまう。だからこそ高価なのだ。
「僕らの委員会は確かに大変ですけど、他の委員会だって大変ですよ」
「他にも委員会があるの?」
 はい、とよいこたちが作業しながら頷いた。
「各組の委員長が集まる学級委員長委員会をはじめとして、体育、会計、作法、火器、生物、用具、図書、そして私たちの保健委員です!」
 会計と生物、用具、図書、と彼女が指折り委員会の数を数える。
……作法と火器は何をするの?」
「作法委員会は戦の作法など、火器は文字通り、石火矢などの火器を管理する委員会です」
 へえー、と彼女が感心したように相槌を打った。ということは、戦に必要な小間物から大道具の大砲など、忍術学園には一通り揃っていることになる。彼女はなんとも思っていない声音で、質問を続けた。
「各組の委員長委員会は、何をするの?」
「学園長の指示を直接受けて動くことが多い印象ですね」
 そういえば、と乱太郎が手を止めて顔を上げる。
「六年生の先輩方は、委員長委員会にはいらっしゃいませんね?」
「そうだね。五年の勘右衛門と、三郎が仕切ってる印象かな」
 言いながら、伊作は数ヶ月前の実習帰りを思い出していた。六年生全員でとある城に潜入し、城主への警告状、もとい挨拶状を届けるという任務が終わった後、五年生について皆で喋った記憶が蘇る。あの時は、確か三郎の変姿の術に始まり、皆して忘れていた勘右衛門について話して終わった気がする。
 あのとき、六年生全員の意見は、少しだけ割れていた。三郎については、変姿の術を評価する者と、物事を面白いかどうかで判断しがちな性格への批評。存在そのものを忘れかけられていた勘右衛門については、おおむね優しくて気のいい奴だというところに落ち着いた、……気がする。
 少し気になって、伊作は腰を上げた。
……その勘右衛門というのが、僕たち六年生の間でも、結構印象が別れる生徒なんです」
「そうなの?」
「はい。僕は、勘右衛門のことを、優しくて気のいいやつだと思ってるんです。風で飛ばされそうになった包帯を、地面に落ちる前に全部拾ってくれて。機転のきく奴だなって」
 なるほど、と彼女が頷く。伊作は言葉を続けた。
「でも、僕の同期のひとりは、どうもそれだけじゃないように思ってるみたいで」
 あのときは確か、五年生がどうやってまとまっているのかについても、話していた筈だ。
「五年生って、とっても自由で個性が強いんですけど」
 伊作の言葉に、乱太郎と伏木蔵は、思わず手の動きを止めて、お前がそれを言うのか? という目で伊作を見遣った。
「でも、いざというときになると、皆が好き勝手喋ってると、気付いた時には、皆が納得するだけの作戦が立ってるそうなんです」
 不思議ですよねえ、と伊作の声がのんびりと木霊する。そうねえ、と彼女は相槌を打った。彼女の脳裏には、城下町でかつて馴染みだった顔が幾つか浮かんでいる。酒屋の女将、馬借の受付などが、伊作の言う、勘右衛門のような感じを纏っていた。彼らは特に、物の見方が他人一遍と異なっていたように思う。しかしその差異を、まるで無いもののように扱うことができる者達だった。
「勘右衛門くんには、勘右衛門くんの、見えている世界があるんでしょうね」
「勘右衛門の、見ている世界……?」
「同じものを見ているようで、私たちは違うものを見ていることが多いから」
 伊作が手を止めて、彼女の方を見遣る。受けて、彼女は悪戯っぽく、にっ、と笑った。
「勘右衛門くんを抱える城と敵対するのは、厄介なことになりそうね」
「えっ? そうでしょうか……?」
「なんでしたっけ。袋返しの術とか。得意そうね、その勘右衛門くん」
「そうかなあ……?」
 伊作が首を傾げて、思案する素振りを見せる。ぱん、と膝を叩いて、彼女は立ち上がった。
「さ、早いとこ済ませないと、学園に戻るまでに日が暮れてしまいますよ」
「はーい!」
 乱太郎たちが元気よく返事ずる。伊作もいそいそと作業に戻った。
 結局、伊作は彼女の言葉の真意を汲み取ることはできなかった。彼女に訊ねようとしても機会がなく、三人は忍術学園の近くまで彼女に送ってもらい、日が沈む前に学園に戻ってくることができた。伊作が振り返ると、彼女の傍には高坂が姿を見せていた。
 学園に戻ると、伊作は乱太郎と伏木蔵に夕飯の準備をして風呂に入るように言って、自分は保健室に移動した。度重なる実習のおかげで、ぬるい風呂にも、遅い夕飯にもなれている。
 伊作は、籠の中身を全てひっくり返した。山となった草を、使えない野草が入っていないか、薬草によく似た毒草が紛れ込んでいないか確かめて、ひとつずつより分けていく。日が沈んで、保健室に差し込むのが月と星明りだけになっても、徐々に夜目に慣れた伊作の手つきに、危ういところは無い。やがて忍たま長屋が夕飯時の賑やかさを過ぎて静まり返る頃、伊作は小さな足音を聞いた。
 顔を上げると、障子に人影が映っている。失礼しますと小さく聞こえた声に、伊作はくのたまのとある五年生を思い出した。
 障子を開けた予想通りの人物に、伊作は「いらっしゃい」と優しく微笑んだ。
「こんばんは、伊作先輩」
「こんばんは。ああ、そうか。いつものだねえ」
「はい。生姜をお願いします」
「うん、分かった。ちょっと待ってね」
 言って、伊作は燭台に火を入れた。伊作の夜目であればほとんど問題ないが、それでも万が一の誤読の可能性を潰すためだ。
 薬棚から、乾燥させた生姜を取り出す。必要量を刻んで分けて、彼女に渡す方を更に細かく刻む。
「体調はどう?」
「まあまあ……今月は、重くない方ですかね」
「ということは、軽くはないってことだね」
 柔らかい声音の鋭い指摘に、彼女は罰が悪そうに首を竦めて視線を逸らした。伊作は気にした素振りもなく、「あまり無理をしてはいけないよ」やんわりと言った。
「毎月のこととは言え、血が出ているんだもの。痛みもあるんだし」
「でも、プロになったら、こんなときでも仕事しなくちゃいけないかもしれないじゃないですか」
「どんな体調でも仕事をやり通すより、仕事の完成度を下げないように体調と相談して仕事をする方が、プロらしいと思うよ。……僕だと絶対に分からないことで、偉そうに言えたもんじゃないけどね」
…………
 彼女が口を噤む。伊作はできるだけ、平静を顔に張り付けた。
 月のもののために、こうして保健室を訪うくのたまは少なくない。一度伊作は、彼女たちのために保健室を男女で分けた方がいいのではないかと新野に進言したが、「男とて、彼女たちの痛苦に無関係なわけではありませんよ。それに、ただの生理現象です。恥ずべきことではありません」と、普段穏やかな態度にしては珍しく、ぴしゃりと伊作の言を跳ねのけた。
 くのたまによって処方する薬は様々だが、彼女の場合は生姜であることが多かった。生姜を粥などに混ぜて食べて、体を内から温めると、食欲も増えるし、血の巡りも良くなって痛みが少し楽になるから、こうして毎月保健室に顔を出している。
 そういえば、と伊作は眼裏に、ある光景を思い浮かべた。彼女が貧血と下腹の痛みで苦しそうにしていたのを、手を引いて連れてきたのは勘右衛門だ。その後も、なんだかんだ彼女を心配して、毎月会っているらしい。
……そういえば、今日ね。保健委員の皆で、奥社の方に行ったんだけど」
「随分遠いところまでいかれましたね」
「うん。タソガレドキの姫さまが、ハンミョウの薬草の群生地をご存知で、紹介してくれたんだ。この時期はよくハンミョウが出るから、本当に助かるよ」
「そうですか……、」
「そこで、委員会の話になってね」
 話を続けながら、伊作は懐紙を折りたたんだ。
「ちょっと前に、六年の間で、五年生が僕たちと同じ実習をしたらどうなるかなって話になった時に、勘右衛門のことも話題になったんだけど、ちょっとなあなあになっちゃったから。その姫さまの意見も聞いてみたくて」
「勘右衛門について、ですか?」
「そう。そしたらね、勘右衛門には、勘右衛門の、見えている世界があるんだって」
 伊作の言葉を聞いた彼女が、瞬く。どこか遠くを見ている彼女に、きっと勘右衛門の姿があるのだろうと、伊作は笑みを深めた。
……ああ…………そうですね」
「やっぱり、そう思う?」
「はい」
「そっか〜。勘右衛門と同期の君が言うなら、そうなんだろうね」
 彼女は曖昧に微笑んだ。くノ一がそうやって微笑むときは踏み込んではいけないときだと知っているので、伊作はそれ以上言葉を続けず、「はい、お大事に」と懐紙に包んだ生姜を彼女に手渡した。
 保健室を後にした彼女は、下腹部の鈍痛を宥めるように、掌を置いて撫でさすった。痛みとだるさ、発熱したときのような火照りに、食欲はほとんど風前の灯だったが、同室のくのたまが実習だった彼女に合わせて起きていてくれて、粥を作ってくれていた。きっといつも通り、たらいに湯を用意してくれているはずだ。
 気を抜けばふらつきそうになる体を叱咤して、意識して足を前に出す。腑抜けたところは見せられない。動悸の部屋にたどり着くまでに、きっと勘右衛門が何食わぬ顔をして、どこぞの廊下で待っている。
 何度目かの独特な痛み、ぎゅう、と引き絞られるように引いて行く血の気、思うように動かない指先に焦って、戸惑ったところを、助けたのは勘右衛門だ。
 きっとひどい顔色をしていた。伝播したかのように勘右衛門の頬も引き攣ったのを覚えている。彼女が休んでいる間、新野に、山本シナに何を言われたのかは分からないが、依頼勘右衛門は毎月のように彼女の様子を見に来るようになってしまった。
 もう心配しなくても大丈夫と言ったのに、俺が来たいから来るのだと、毎月、飽きもせず。
…………
 嘆息する。視界に、見慣れた影が映る。忍ぶ気すら無いのだ。そんな勘右衛門に、彼女は苛立つことがあっても、結局諦めている。
 構ってもらえて喜んでいる自分もいることに、とっくに気付いているからだ。
「よう。保健室帰り?」
……うん」
 何気ない風を装って、彼女の前に立つ勘右衛門。彼女も立ち止まって、勘右衛門を見上げた。
 目端のきく人。機転のきく人。場の空気を読み、どの言葉が、どの語感が、どのように空気を流していくか、どのように己の意図するところにまで持って行ってくれるかを、知っている人。
 私と、同じことをしている人。
「痛みはどう?」
 きっと、勘右衛門も、彼女と同じことにに気が付いている。
「今月は、まあぼちぼち」
「痛む?」
「耐えられないほどではないかな。実習のときとかは平気だったから、幸運だった」
「そっか」
 和やかな会話だ。月のものに慣れぬ頃、保健室にたどり着けなかった私の手を引いてくれた頃から、月に一度、必ず様子を見に来てくれる、優しい同期。
 だからこそ、こちらも笑顔で言葉を返す。
 まるで、薄氷の綱渡りをしているような心地だ。少しでも誤って、踏み外した先に待ち受けるのは、未知という名の奈落だ。
「顔色、やっぱ悪いよ」
「暗いからじゃない?」
「ううん。唇の色も悪い」
 昔に比べて、勘右衛門は背が伸びた。見上げる度に想う。肩幅も大きくなって、厚みを増している。自分がこんなに華奢だと、嫌でも思い知るのだ。腕の細さ、足のしなやかさ。どれをとっても、膂力では絶対に、勘右衛門に敵わない。
 くノ一なら、くのたまならば猶更、誰もが通る道だった。忍たまへの、力への、羨望である。彼女たちには、絶対に手に入れることができない、理不尽なまでの彼我である。
「長屋まで送るよ」
「いいのに」
「送らせて。ね」
……
 続く言葉を、彼女は身失った。勘右衛門の提案を、優しい声音を、断りきれない。こういうところにも、嫌気が差す。苛立ちが募る。
 勘右衛門に、入り込まれている。勘右衛門に、心を許してしまっていることを、否応にも詳らかにさせられている気持ちだった。
 これまでに、たくさんの「痛む?」を聞いた。
 純粋に心配されているようなときは、いっそ腹立たしかった。何の気もなしにケロッと聞かれたときは、痛いに決まってんでしょ血が出るのよと凪いでいられて、勘右衛門を衝動のままに突き放せた。ぶっきらぼうにどうせ痛むのだろうと聞かれたときは、心配してくれたことが嬉しくて、その嬉しいのにも戸惑った。
 後になって思い返してみれば、探られているのだろうことは明瞭だった。次は絶対振り回されないと固く心に決めるのに、いざその日になって、ちゃんと決めた通りにできた試しはない。
「じゃ、手足冷やすなよ」
 おやすみ、という勘右衛門の声音は慈愛に満ちている。それに対して綺麗に微笑んで、おやすみ、と返す。
 なけなしの、風に吹かれて飛ばされてしまうような、意地だった。



 瞬きひとつで彼女の傍から離れた勘右衛門が、また今月も大した話ができなかったなあ、と落ち込んでいることなど、彼女は露ほども知らない。





 おしまい。