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めまめ
2025-06-15 23:17:51
2326文字
Public
鋼徹ワンドロワンライ
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第五回 鋼徹ワンドロワンライ
お題「うさぎ」
こう、と荒船が弱々しく呟いたのを、村上は聞き逃さなかった。
「荒船?」
急いでベッドに横たわる荒船の顔を覗きこむ。
「こう」
「うん」
か細い声の続きを聞くために耳をそばだてるが、荒船は、はあ、と鼻声混じりの苦しげな呼吸を繰り返している。
村上は荒船の額や首筋にタオルをそっと押しあてて汗を拭き取り、濡れた前髪を横にながす。ドラッグストアで買った冷却シートのフィルムを剥がし、虚ろな眼差しの荒船に声をかけた。
「ちょっと冷たいぞ」
返答はない。しかし荒船の頭がわずかに縦に揺れたので、「おでこに貼るからな」と再び声をかけてから、湿布のような匂いがするシートを額に貼りつけた。
冷却シートの全体を手のひらで押さえると、シートを貫通するように熱が伝わってくる。体温計の表示よりも、ずっと体温が高い気がする。もしかしたら、熱が上がったのかもしれない。ぐったりと目を閉じる荒船の姿に、村上はぎゅっと眉をひそめた。
代われるのなら、代わってやりたかった。
「荒船
……
」
閉ざされたまぶたがぴくりと震える。ごく小さく、村上の口の中でほとんど吐息のような呟きだったそれに応じるかのように、ゆっくり目をあけた。
「荒船、
辛
つら
いと思うけど、ちょっとだけ食べられるか? りんごを剥いてきたんだ。少しでも腹に入れたら薬も飲めるし」
風邪を引いて苦しんでいる荒船を不安にさせないよう、村上は咄嗟に笑顔をつくった。看病する側が辛気臭い表情をしていたら、彼はよけいな気を遣うだろう。なるべく明るい声になるように努めつつ、キッチンから持ってきておいたふたつのタッパーの蓋をあけて、中が見えるように傾けた。
「りんご、」
甘い薫りにつられたのか、荒船が上体を起こそうとした。普段よりも熱い手を引いて、起き上がるのを支える。
「ああ。
擦
す
りおろしたやつでも、固形のほうでも。どっちもある」
「食う」
「よかった」
フォークとスプーン差し出せば、荒船が少し迷うように目をきょろりと動かした。
「どっちにする? 食べやすいのは、擦りおろしたほうだと思う」
「
……
うさぎ」
端的な言葉に、村上は思わず「え?」と聞き返した。
「うさぎがいる」
櫛形にカットされたりんごを、荒船はじっと見つめていた。
「あ、ああ。それか。荒船がちょっとでも楽しめるように
今
こん
にやりかたを聞いたんだけど、オレにりんごうさぎはまだ難しかったみたいだ」
わざわざビデオ通話を繋いで今に指導してもらったくせに、うまくうさぎの形にカットできたのはひとつだけだった。何度チャレンジしても耳の部分の皮を途中で切り落としてしまい、少しどころかかなり落ちこんだ村上に『初めてだし、一個できただけでも成功よ』とフォローしてくれた今に礼を伝え、気を取り直してたったひとつの成功品をタッパーに詰めて持ってきたのだ。
その孤独なうさぎが、しっかり彼の興味を惹いてくれたらしい。
「うさぎがいい」
「わかった。
……
はい、どうぞ」
長く喋るのが辛いからか、短い言葉で意思を伝えてくる荒船へ皮つきのりんごが刺さったフォークを持たせてやる。荒船は目を丸くしてりんごうさぎをまじまじと眺めたあと、フォークを口に運んだ。そして食べる寸前で、
「こうとおなじだ」
と、風邪でやられた喉を震わせて言った。
しゃく、と白い歯が、うさぎの白い胴体を削った。まるで小動物のような咀嚼だった。『鋼と同じ』と表現したりんごうさぎがシャクシャクと荒船の中に消えていく。あれが彼の栄養となり血肉になる。村上は不思議と高揚を覚えながら、尋ねた。
「オレの星座と同じ、ってことか?」
荒船はりんごから口を離さずに頷いた。なるほど、と村上も頷く。六月十五日生まれの村上の星座はうさぎ座だ。不恰好ではあるが、うさぎの形にカットされたりんごを見てそれを連想したらしい。
村上は口元を手で押さえた。緩む頬を隠しつづける村上の様子に気がついていない荒船は、りんごで作られたうさぎに夢中になっていた。
りんごうさぎと擦りおろしたものを完食した荒船に風邪薬を飲ませ、汗をかいたTシャツから清潔なパジャマに着替えさせた村上は達成感から大きく伸びをした。これで多少は快適に過ごしてもらえるだろう。
ベッドに横になった荒船も、先ほどよりも幾分表情がやわらかくなっている。枕もとに片肘をつく村上のことを、そろそろと見上げてきた。
「鋼
……
誕生日なのに、悪い
……
」
「ん? 何が?」
「ドタキャンしちまって
……
」
今にも消えてしまいそうな声で、荒船が言った。
六月十五日の今日は、村上と穂刈の誕生日だ。去年は穂刈と同時に友人たちに祝ってもらっていたのだが、今年は彼らに事情を説明して、荒船とふたりきりで過ごすつもりで居酒屋を予約していたのだ。
荒船と、恋人になったから。
剥がれかけていた冷却シートのはしを指先で撫でつけると荒船が軽く首をすくめた。
「誕生日は来年もあるだろ。荒船の風邪が治ったら、一緒にかげうらに行こう」
うさぎは寂しいと死んでしまう。そんな話を耳にしたことがある。自分は星座がそれなだけで、当たり前だがうさぎではない。でも、もしうさぎだったとしても、寂しさに苛まれることはないだろう。孤独に膝を抱えた日々は過去になった。今では肩を並べて戦ってくれるひとたちも、くだらない話で涙が出るほど笑い合える友人たちもいる。そして、抱きしめてくれる彼がそばにいる。
明日もりんごうさぎを作ってやるからな、と笑いかけると、荒船は安堵したように「二羽、作ってくれ」と目を細めた。
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