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著者: 雷歌/らいと
2025-06-15 11:43:54
2356文字
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むそオリ
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【むそオリ/桃無】縁(えにし)は蒼天の如く
義勇軍時代。武勇を見せる無名に何か御礼をしたいと考える三人──
※主人公の名前は「無名」固定です
黄巾の賊が大地を蹂躙し、漢王朝の権威が地に堕ちた乱世。天下は血と混沌に覆われ、民草は嘆き苦しんでいた。
そんな中、
涿県
たくけん
の地に、桃園の誓いを交わした三人の男たちがいた。劉備、関羽、そして張飛。天下を正し、民を救うべく義勇軍を立ち上げたばかりの彼らの志に惹かれ、多くの若者が集った。その中でも、ひときわ異彩を放つ者がいた。
名を「無名」。
出自も、これまで何をしていたのかも、多くを語らない謎めいた人物だった。しかし、ひとたび得物を手にすれば、鬼神の如き強さで敵を薙ぎ払い、その戦いぶりは義勇軍の士気を何倍にも高めていた。武勇だけでなく、その人となりもまた人々を惹きつけてやまなかった。
義勇軍結成より以前のこと。とある村で腐敗した官吏軍と対峙した際、無名の弱き者を庇う姿や鮮やかな武勇を目にした関羽は、その人柄と腕前にいたく感服した。後に
義兄弟
きょうだい
らと出会った際にも、いかに素晴らしい人物であったかを熱心に語り、二人の興味を大いに持たせたのである。そして再会の折、関羽は無名を義勇軍へと誘い入れた。関羽の目に狂いはなく、無名は瞬く間に義勇軍の中核を担う存在となっていた。
ある日の昼下がり。激しい訓練を終えた義勇軍の拠点で、三人の
義兄弟
きょうだい
は膝を突き合わせていた。議題は、その「無名」のことである。
「近頃の無名の活躍は、まさに一等だ。何か俺たちから礼をしたいと思うんだが
……
」
口火を切ったのは、兄貴分である劉備だった。その温和な表情には、心からの感謝の念が浮かんでいる。その言葉に、普段は酒甕を片時も手放さない末弟の張飛が、珍しく真剣な面持ちで唸るように応えた。
「そりゃ俺も思うがよぉ。あいつには本当に世話になってる。でも正直、飯奢るぐらいしか思いつかねぇ
……
他のやつもやってそうだけどな」
「そうだな。無名の欲しいものも、俺たちは知らないしな」
劉備が苦笑すると、長い髯をしごきながら黙考していた関羽が、静かに口を開いた。
「ならば、武器の手入れに必要なものを贈るのはどうか。彼の得物は、常に血脂ひとつなく磨き上げられている。その心がけには、いつも感心しているのだ」
実用的で、いかにも武人らしい関羽の提案だった。しかし、張飛は不満げに太い眉を寄せる。
「それだとよ、兄者。あまりに色気がなさすぎねぇか?」
「色気、か?」
意外な言葉に、劉備は目を丸くした。張飛がそのような繊細なことを考えるとは思わなかったのだ。
「今後のことはわかんねぇけどよ」
張飛は、がしがしと頭を掻きながら、らしくない言葉を続ける。その大きな手は、どこか照れくさそうだった。
「この先も、無名とは仲良くやっていきてぇって下心もあんだろ? だったらもっと、こう
……
『この先もこいつらと付き合っていきてぇ!』て思わせるようなものにしねぇとよぉ
……
」
思わぬ深慮に、劉備と関羽は顔を見合わせる。
「翼徳。お前、そんなことまで考えていたのか」
「意外であったな。そこまであの者を気に入っていたとは」
感心したような兄たちの声に、張飛の日焼けした顔がカッと熱くなった。
「兄者たちだってそうだろ?!」
張飛の声が次第に熱を帯びる。
「武の腕がたつだけじゃねぇ、なんか話してると落ち着くし、あの真っ直ぐな眼に、こう
……
引き込まれちまいそうになるっていうか
……
!」
そこまで一気にまくし立てて、張飛ははたと口を噤んだ。自分を見つめる二人の兄の眼が、からかいの色を通り越して、慈愛に満ちた、あまりに温かいものであることに気づいてしまったからだ。
「っだー! もういい! むず痒くてかなわねぇ!」
たまらなくなったのか、張飛は勢いよく立ち上がった。大きな体が椅子を軋ませる。
「俺は普通に飯誘ってくるわ! 何があっても、俺たちと一緒にいりゃ食いっぱぐれることはねぇって思わせるのも手だろ!」
そう捨て台詞を残すと、大きな体を揺すってドタドタと足早に去っていく。その背中を、劉備と関羽は思わず苦笑して見送った。
部屋に残された二人の間にしばし静寂が流れ、やがて、関羽がぽつりと呟いた。
「どうやら我ら三人とも、無名殿にすっかり骨抜きにされているようであるな」
「まったく、その通りだ」
劉備は大きく頷くと、天を仰いだ。開け放たれた窓の向こうには、乱世とは思えないほど澄み切った青空が広がっている。
「無名
……
。なかなか恐ろしい人物と縁ができたものだ」
だが、その口ぶりとは裏腹に、劉備の表情はどこまでも晴れやかだった。関羽もまた、髯の奥で微かに口元を緩めている。
「しかし、兄者」
関羽が静かに言葉を継いだ。
「あの者もまた、我らと同じ想いでいてくれるだろうか」
「どうだろうな」
劉備は窓の外を見つめたまま答える。
「だが、あの眼を見ていると
……
きっと大丈夫だと思う。あの瞳には、俺たちと同じものが宿っている」
その時、外から張飛の笑い声が聞こえてきた。どうやら昼食の誘いは快く受け入れられたようだ。
「翼徳の作戦、成功のようだ」
「ああ。あいつなりに、一番自分らしいやり方を選んだんだろう」
二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
その心の内を映したかのように、乱世の空はどこまでも青く澄み渡っていた。始まったばかりのこの戦い、この縁がどこへ続いていくのか。今はまだ、誰にもわからない。それでも、悪い気は少しもしなかった。むしろ、この出会いこそが、やがて天下を動かす大きな力となるのではないか。そんな予感さえ、三人の胸に宿り始めていた。
桃園の誓いに新たな縁が加わろうとしている。それは蒼天の如く、どこまでも深く、どこまでも広がっていくに違いない。
end.
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