kanaco
2025-06-15 09:23:37
5860文字
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【十二信】追いかけっこ

《十二信》追いかけられて逃げる十二と信一がキスするおはなし。
続きではなく「単作」ですが、人物としては『ひみつきち』『箱入りの男』と同じ十二くんと信一くんの想定です。

「わぁっ!十二、もっと早く走れってぇっ」
「ちょ、ムリぃ~っ!」

息を切らしながら叫ぶ信一に、切羽詰まった様子の十二が叫び返す。全速力で道を走り抜ける信一少年と十二少年は、迫りくる追っ手をどうにかして撒こうと必死に足を動かした。

「だいたい、なんだよあの犬はっ!」
「知らねぇよ!気がついたらメチャクチャこっちに向かって走ってきたのっ」
「何もしなきゃ犬は追ってこねぇ!」
「だってアイツ俺のポケットから落ちたおやつ食ったぁ」
「やっぱりお前じゃねぇか!」

「俺が龍兄貴からもらったビスケットだったのに!」と嘆く十二に「なんでポケット入れて持ち歩いてんだよ割れるだろしかも犬がそのまま食ったってことは直に入れてたってことぉ?」と信一が呆れ交じりのぼやきを返す。

さしずめポケットの中で粉々になったお菓子が零れ落ち、犬がそれを食べた。その上で同じお菓子の匂いが十二からしていると犬が認識し、その餌にがっついて十二に向かって駆けてきたというところか、と信一は推測した。不測の事態に飛び上がった十二が信一に助けを求めるように逃げてきたので、そのままの勢いで巻き込まれて一緒に逃げる羽目になったのだ。

特に運が悪かったのは、その犬がそれなりの太さがある首輪さえも引きちぎって脱走するほど力の強い、子供の目には恐ろしく映る大型犬だったということだ。10代半ばにあと少しで到達する年齢の信一と十二の体格に比べると、ずっと力強くて大きい黒犬である。うっかり噛まれたり圧し掛かられれば大人だって危ないのに、子供2人ではひとたまりもない。迫る犬の低いうなり声に焦りながら、ぎゃぁぎゃぁと喚きつつも信一と十二は必至に足を動かした。

もともと人通りが少ない道だ。今は黄昏時なのもあり、人の行き来がさらに少なく大人どころか誰も見つからない。九龍城砦まで逃げ帰りたいところだが距離がかなりあった。信一はチラリと十二を見る。小さな体を必死に動かしているものの、その顔は既に真っ赤になって息が上がっている。

十二は諸事情から体を壊し、それから抜けだすための治療とリハビリを越え、今では精神的にも安定をみせている。今日のように外にでることもでき、普通の生活は取り戻しつつあった。しかし体を蝕まれた影響はいくつか余波を残している。例えば同世代の子供と比べればずっと小柄で華奢であるし、何より体力が少なかった。

まずい、と信一は焦った。自分はとにかく、砦までなんて十二の体力が持たない。犬との距離はまだ取れているが、吠える声と駆ける足音は今だに迫っている。

どうしよ、どうする!?

そう迷った瞬間、隣を走っていた体がグラリとよろめいた。

「あっぶねっ」
信一はそう叫ぶと、慌てて十二の左手を力強く掴むと引っ張り上げる。十二が踏ん張って態勢を持ち直したのを確認すると、そのまま先行して手を引っ張りながら突っ走る。

「十二っ、がんばれっ」
言葉を返す元気もなさそうな汗だくの十二が、息を激しく切らしながらも信一の右手をギュっと強く握り返した。元来負けず嫌いな瞳はまだ諦めてはいない。不安定さがありながらも動く足は、信一が支える早さに必死に食らいつこうとしている。

それでも勢いは長くは続かない。信一の体力も削れ、十二の足元がおぼつかなくなる。

「くっそ」
信一が悪態をついた時、十二が再びよろめいて今度は大きくバランスを崩した。さらに悪いことに信一もひっぱられて態勢を崩す。信一は完全な転倒を阻止しようと、左足を踏ん張って咄嗟に十二の体を抱きしめるように抱え込んだ。

2人の体が一緒にグラリと揺れて近くにあった大型のゴミ箱にぶつかった。ゴミ箱がガラガラと音をたてて倒れ、蓋が外れて中から生ごみが飛び出す。物にぶつかった反動を受けて、信一と十二はなんとか道に転がらずに耐える。しかし足は完全に止まってしまった。これからまた同じスピードで走り出す元気がない。息も絶え絶えな十二が不安を訴えるかのように信一の服を掴んで瞳を揺らしている。

「あ!」と信一は叫んだ。
十二の手をもう一度掴むと強引に駆けだして、少し奥にあった右手の曲がり角...狭い路地へと飛び込む。

それから信一は足を止めるとクルリと態勢を整えて十二と向きあう。そしてなすがままの十二の背中を壁際へポンっと押しつけた。幼馴染の行動の意図が全く分からず十二は「へ?」と声を出す。

まるで秘密を打ち明けるように神妙な顔をして、信一は小声で言った。
「大丈夫、昨日映画で見た」

呆けた顔をする十二の両側の壁に信一の両手がそっと添えられる。腕の中に閉じ込められた状態の十二が「え、マジで何」と不意を突かれて目を丸くし、自分より背の高い信一の顔を見上げた。それから信一の美しく端正な顔が、ゆっくりと自分に近づいていくのをスローモーションのように見つめた。

ふに。

信一の形のよい薄い唇が十二のふっくらとした唇に触れてしっかりと重なる。柔らかい感触がダイレクトに伝わって、十二の思考がパタリと停止した。

「???????」

硬直する目の前の少年に口を押しつけたまま、信一は先ほどまで走っていた通りにずっと目を向けていた。そうして例の黒犬がトボトボと歩きながら、自分たちには気がつかずに真っすぐに道を通過したのを確認した。

信一はパッと十二から顔も体も離した。突然にとられた距離に十二が「あ」と声を出す。なんとなく惜しいような不思議なもどかしさはなんだろう。信一の方は何も思った風はなく、路地の入口までタタタと駆けて本当に犬がいなくなったのか再確認に行った。

「あー行った……切り抜けた~」
信一が安心したように溜息をつく。
「は?今、は??」
十二はそれどころではない。目を白黒させながら信一を見る。んん?と首を傾げた信一が「あ。そっか」という風に頷いて自分の行動理由を説明した。

「昨日さー、テレビでスパイ映画やってて皆で一緒に見たんだよ。スパイが敵に追われちゃって大ピンチになるんだけど、なんかこうやって追っ手を撒いてたんだよな。キスして顔を隠すことでカモフラージュすんの」
まさかうまくいくとは!

そう言ってニコニコ嬉しそうに笑う信一に、十二は困惑した。
(追ってきた相手、犬だけど
顔を隠すカモフラージュとか関係ねーじゃん。

しかし難は逃れたのは事実であるし、足を引っ張ったのは自分であるし、一から十まで守られた気しかしないしで否定の言葉をどうにか全て飲み込む。

何よりも。
「俺ら、スパイになれるかもな?」
そんな風にご満悦に愛らしく笑顔を見せる信一の気分に水を差す気は起きなかった。ぽかん、とする十二が言葉を見つけられず、結局は感心するように言う。

「おまえ、なんというか、すげぇな」
いろんな意味で。

信一がなおもキラキラと綺麗に笑うので十二は「まぁいいか」と思いなおした。そしてなんとなく自分の下唇を触る。

それにしてもと十二。
(なんかイイ)

あの時に触れた信一の柔らかいあの感触が、どうも後を引きずって仕方がなかった。



…………………………

「だぁ!十二、もっと早く走れってっ」
「走ってるってーの!!」

息を切らしながら叫ぶ信一に、切羽詰まった様子の十二が叫び返す。全速力で道を走り抜ける信一と十二は、迫りくる追っ手をどうにかして撒こうと必死に足を動かしていた。

もうすぐ来る十二の20歳の誕生日に向けてお揃いの何かを買おう。年上の信一が20歳になった時から付き合いはじめて、ちょうど2年ほどの月日が流れていた。記念にいいじゃん。アクセサリーなんかどうよ?そんなデート気分でご機嫌で街に繰り出したというのに、どこぞの敵対勢力の組員と鉢合わせて、このざまである。

なぜ自分たちが追われるのかの具体的な心当たりはない。九龍城砦組関連なのか廟街組関連なのか...どうせ両方であろう。しかし人通りの多い場所で相手が絡んできたため、そんな場所で暴れることはできず、ひとまず場を離れようと信一と十二は逃走を選んだ。そうして奴らはご丁寧にも追ってきたのだった。

なんか前にもこんなことあったなと信一が思考を巡らせる。すると並走する十二が「なんか前にもあったよな、こんなこと。子供の時にさー。しかもこの道じゃね?」と同じことを言う。十二にとっては“問題”の右に曲がる路地の入口が遠くに見えた。あの場で起きたセンセーショナルな出来事を忘れたことはない。

「ちなみにあれが俺のファーストキスですね」
謎に敬語で十二が言う。
「奇遇ですね、俺のファーストキスでもありますね」
やはり謎に敬語で信一が返す。

「へ、そうなの?」
「んー、正直あの時ファーストどうこう気にしてなかったんだよなぁ。だって別に、お前でいいもん」
わぁお!と十二が信一の発言に浮かれて気を取られた。その瞬間、足元に転がる大きな石に気がつかず、絵に描いたように見事に足を引っかけて態勢を崩す。
「あだっ……!」
「あ!コラっ」
信一はそう叫ぶと、慌てて十二の左手を力強く掴んで引っ張り上げた。十二が踏ん張って態勢を持ち直したのを確認すると、そのまま先行して手を引っ張りながら突っ走る。その背中を見た十二が目をパチパチさせて、それから懐かしさに目を細めた。

ヒョロヒョロの体格で体力もなかったあの頃とは違い、今や立派にその両方を手に入れた十二が、すぐに信一の隣に追いついて並走の形に自ら戻す。そうして嬉しそうに信一の手をギュっと握り返した。余裕の表情で隣に顔を向けると、にぱぁと笑い、空いている手の方でサムズアップする。

「キュン、ってきました」
「バカ言ってねぇで走れ!」

信一が呆れたような目を返す。十二はヘヘッとなおもご機嫌に笑うと、握ったままの信一の手にさらに力をこめて強引に引っ張る。

「おい!」という信一の声を無視して、右手に曲がり、例の路地へと飛び込んだ。

それから十二は足を止めるとクルリと態勢を整えて信一と向きあう。そして十二のすることになすがままに付きあう信一の背中を壁際へポンっと押しつけた。信一が十二の次の行動を知りえたように優美に目を細める。

背はまだ信一の方が高い。だからあの頃と同じように、少しだけ見上げなければならないのが十二は惜しかった。しかし鍛えて逞しくなった体は信一を包めるまでに成長した。今では信一の方が細身であるように見えるほどだ。

信一の両側に十二は「ダンっ」と大きく音をたてて両手をおいた。腕の中に閉じ込められた信一が、十二がゾクリとするほど艶やかかつ色っぽく笑ってみせた。まるで誘うように唇が少しだけ動きそこからチラリと赤い舌がのぞく。その笑みにますます気持ちを高ぶらせて、十二もその獣じみた瞳に欲と色香を纏わせて笑った。

あの頃とは違う。
もう自分たちの口づけには意味がある。

ふに。

あの時のように、十二のふっくらとした唇が信一の薄めの唇にしっかりと重なる。

もう何度も味わっている唇の感触だが、まったく飽きないから不思議だ。いつだって十二の感情を刺激する。柔らかい感触がダイレクトに伝わって、でも今じゃそれではもの足りない。もっと近くで触れ合いたい、寄り添いたいのだと深く口を合わせると、そのまま舌を差し込めば信一が待ちわびていたように自らの舌を絡めてくる。

ただし、十二が信一の目を夢中で見ているというのに信一の瞳は横に反れている。十二が唇を離してその視線の方を見ると、追いかけてきた男たちが6人ほど唖然としたままこちらの方を見ていた。

「あいつら、めっちゃこっちガン見してるけど」
見られても信一が恥じ入る様子もなく、そう言った。
「そりゃそうだろ」

犬じゃあるまいし、突然路地に曲がっても人間であれば気づける。それで路地に追いついたら、顔が割れている目的の2人の男がキスぶちかましていたら目立つに決まってる。しかも九龍城砦で美男子と名高い信一の、こんな美々しくあだっぽい表情が目の前で繰り広げられたら、俺だってガン見するわ、と十二は思う。

「そもそも子供の時だって、別にスパイのキス大作戦が効いたのじゃなくて、その前に生ごみバケツを倒して匂いを拡散したから助かったんだしなぁ」
「まぁそうだよな。でもあの時は俺、スパイの才能あるかもーって喜んだんだけどなぁ」
「お前って、本当にノンキなやつだよなぁ」
「なんかうまくいかねぇなぁ。この前に王九とやった時はうまくいったんだけどなぁ」

あ????

おい、今めちゃくちゃ聞き捨てならねぇこと言わなかったか?」
十二は信一が一瞬だけ(やばぁ、失言)と顔を歪めたのを見逃さなかった。
「ダーリン、ちゃっちゃとこいつら倒してさっきの続きしよーぜ」
そんなあざとい言葉を放ち、スルーさせようとするが十二としてはそうはいかない。
「誤魔化すんじゃねぇ、吐け。今すぐその事の顛末を洗いざらい吐け」
「あーはいはい、坊ちゃん。分かったからこいつら全員を片づけた後にしましょうぜ」

信一に促されてみれば、先ほどまでは2人を見て泡を食い固まっていたものの、気がついたくせに自分たちを無視しておしゃべりを続ける十二と信一に殺気立ってきた男たちがいる。

今はもう一般人がいる場所からは遠く離れた。ここは人通りも少ない道で、さらに路地の中だ。ここでならば気持ちよく暴れてもさして問題はないだろう。

「ったく、犬だって気を使ってスルーしてくれるっていうのによ」
「空気読んで欲しいよなぁ。こちとらロマンティックが止まらねぇんだからさ」
「俺は今、止まってるけどな?王九のくだりで」
つむじを曲げてしまいムスっとしたままの十二を見て、動じることなくケラケラと笑う信一が「ダイジョーブ、ダイジョーブ」と言いながら十二の肩に手を置いた。そしてご機嫌をとるように十二のまぶた上の黒子にチュッと可愛くキスをする。

「しょーがねぇなぁ」
単純なことにそれで気分を持ち直した十二は、ひとまずこのムカムカは八つ当たりで発散しようと、おあつらえ向きの可哀想な男たちにやっと真剣に視線を向けた。隣で同じようにやっと敵の方に注力した信一の横に並ぶ。

2人そろって不敵な笑みを浮かべると、追っ手たちにコイコイと全く同じ仕草で手招きした。