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荒野ハチ
2025-06-14 22:41:17
3099文字
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小話
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真なる創世を知る前に
結局私は、人のためより君のため
「
…………
」
見慣れぬ光景だ___
少年にとって、一日全ての事を終え就寝するまでのこの時間は、彼の趣味である読書に耽る時間であると
日々少年と共に過ごしてきた中で得られた統計データがある
しかし、まだ読みかけであろう本は彼の横に畳んだまま置かれ、代わりにその手には小さな卓上用の暦。
少年の真剣な眼差しは本ではなく、今宵は暦に向けられているのだ
「
…
? アオガミ?」
私の視線に気付き、どうしたのかといった様子で少年が私の名を呼ぶ
「暦を真剣に見つめて、どうしたのだ。少年」
私も素直に、彼に疑問を伝えた
「あ、ああ
…
別に何もないよ。ただ、今までいろんなことがあったなって。それだけ」
「過去の出来事を思い返していたのか」
「うん。まあ、そんなとこかな」
少年が手招きをし、自分の横に座るようにとベッドに誘う。
僅かな距離ではあったが、私は少年の要望を叶えるべく彼の横へ移動し、ベッドに腰をかけた
「この日が、アオガミと僕が出会った日でしょ?」
そう言い、少年が指を差した日付。4月26日
………
それまで長い間ダアトで眠っていた私には暦という感覚は完全に失われていたが、
後に少年から話を聞き、その日が4月26日だったと知る。
以降この日は私にとっても特別な日である
「で、この日が縄印学園が襲撃された日かな
…
」
少年の日常が大きく変化した日。
多くの悪魔が現世へ襲撃し、それにより激甚な人的被害を被った
…
事件の中で人々に様々な感情を垣間見て、その複雑さを難解だと感じたが
故にそれを理解したいと考えるようになったのも
この頃だったと記憶している
「こうして振り返ってみるとさ、あの時から思ってたより経ってるんだなって。なんだか早いなぁって、
そんなことを考えてたんだ」
「日々が早く感じるということは、その良し悪しこそあっただろうが
少なくとも君の毎日が充実していたということなのだろう」
「
…
ん。そうかもね」
そう答える少年の表情がいまいち優れないように感じた。
暦を手に真剣に考え込んでいた原因が、まだ別にあるようだ
…
「
…
ちょっと大げさな話かもしれないけどさ。こう毎日が早いと、
人の一生なんて本当に一瞬なのかもしれないなって」
どうやらそれは、こちらが問わずとも少年の方から話してくれそうだ
…
だがその表情から察するに、恐らく少年にとって切実だと予想される話。
少年のペースで、決して話を急かさぬように
敢えて深追いはせず、ここは軽い相槌にとどめておく
「実際ゼウスは、自分の知恵を持った人間が再び生まれて来るまでの数百年を“ほんの少し”なんて言ってたしさ」
「表裏一体の関係にありながら、本来存在する次元が異なる人と悪魔とでは、知覚する時間の概念が違うのだろう」
「うん
…
そうだよね
…
」
少年の表情に変化は見られない
寧ろより深刻になったように感じる
「充実すればするほど日々がどんどん早く感じるなら、
僕の毎日はこれからどんどん加速していくばかりなのかな
…
とか」
「それは
…
君にとって恐ろしいことなのだろうか」
「
……
。」
ほぼ悠久な時を有する悪魔とは違い、人の生には限りがある。
その限りある時間が急速に失われていくと感じると
いくらまだ18と若いとはいえ、少年も不安になるのだろう
「
…
アオガミはどう?」
「私か?」
「やっぱりゼウスの言うように、アオガミにとっても人の一生なんてほんの一瞬だなって思う?」
おおよそ想定されていなかった少年の質問返しだったが
少年からの問いとあらば答えない理由はない
「私は武力を以て日本を守ることを目的に造られた神造魔人。
目の前の生を、その者が全うする筈だった長さに関係なく断ち斬ってきた。よって生の長短について考えたことなどない。
……
寧ろ、考えるべきで無いことだったとも言えるだろう」
「そっか
…
」
そうだ。
他人の死や自らの死、そんなことはそもそも考えにすら至らないことだった。
故に、そこに対する不安や恐怖も感じたことなど無かった。
……
かつての私なら
「
…
だが君には、どうか末永くあってほしい。そう願っている」
「
…
!」
ラフムとの戦いで命の危機に瀕したあの時
……
あれが初めて感じた死への恐怖だった
自身の死についてもそうだが、それ以上に少年の死を考えると非常に恐ろしかった。
そうだ
…
あの時初めて「失いたくない」のだと、自覚したのだ
「私が誰かの生について考えるのは、君が初めてなのだ」
「
……
」
「そして、その生の輝きが悪魔にとってほんの一瞬だというのなら尚のこと、守らなければならないものなのだと私は思う」
以前、兄の思いを聞いたことがあった
兄
…
ツクヨミは、我々神造魔人が持ち得ぬ人々の魂の多様な輝きに惹かれたのだと。
それを守るためならば自らの身を削ることになろうとも構わない。そう話していた。
……
今ならばその話も理解できる。
他でもない私もまた、この身を賭してでも守りたいと思えるほど心惹かれる輝きを
こうして見つけたのだから
…
兄弟故なのか、または偶然か。
己が大切だと思えるものを守るために戦うという答えを導き出した我々は、似ているなと改めて思う。
…
故に、己の大切なものを守るためならば
たとえ相手が兄弟であろうとも私は決して引かない。おそらく兄もそうだろう。
もしかすると万が一にも、“そういう可能性”が存在するのかもしれない
「アオガミ
…
」
少年のやや灰がかった白群色の瞳がこちらを見つめ、私の名を呼ぶ
「
……
恐ろしいよ」
「少年?」
「さっきの、話
…
」
普段は気丈夫な少年が力なく此方に寄り掛かり、私の懐に顔をうずめる
…
「アオガミとの時間がどんどん加速していくのが、怖い
…
」
「
……
」
4月26日______
少年との出会いは、あまりにも突然だった
終の決戦の最中に活動を停止し、20年近い眠りについた後
何の前触れもなく、ただ少年の気配を感じ再起動した。
いつの間にか私の中に構築されていたプログラム
「少年を守れ」という命令の元に、以降私は活動を再開し今に至るが
確かに、少年とのこの時間が今後も続く保証など何処にもない。
それこそまた、突然終わってしまうものなのかもしれない
それは誰にも分からない
……
だが___
「傍にいよう。
…
君が、“不要だ”と言うその日まで」
確かに保証はない。保証のない約束はできない。
しかし私の「少年を守りたい」という想いだけは、これから如何なる運命が待ち受けていようとも変わることは無い。
これだけは、理由がなくとも断言ができる
……
そう。それこそ君が、私が不要になるその日までは
「
…
言うわけない」
「
……
。そうか」
少年の言葉に僅かに安堵を覚える
あの時自覚してしまった「失いたくない」という想い
…
私もまた、少年との時間を手放したくないのだということ。
私の懐に顔を埋めたまま少年の顔は見えないが、深刻だった表情はどうやら解消されているようだと分かる。
呼吸も心拍も、先程よりも安定し落ち着いている。
「少年
…
」
胸の奥から、暖かく優しいものが泉のように湧いてくる感覚
…
この感覚がある時はいつも「守りたい」という思いも不思議と強くなり、力が漲ってくる
「君は、私の強さそのものだ。少年」
この力で、ずっと君を守っていたい
叶うのならば、君と共にこのまま永遠でありたい___
そう伝えるように
…
伝われと願うように
その細く小さな身体を そっと包んだ
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