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いを
2025-06-14 22:22:58
1759文字
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刀神
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無花果の種が成る前に
青嵐
「おばあがまーしがーたーん」
今から20年ほど前に、電話口からそう伝えられた。淡々とした声だった。やまとことばで「祖母が死にそうだ」といっている。青嵐はくちびるを閉じてから、一度ため息を吐いた。もうそんな年齢だっただろうかと思い、「ああ」とだけ、答えた。
「
やーんかいむどぅい
家へ帰ってこい
」
「いや」
「
ぬーが
何故
」
「私が帰ることを、彼女は許さない。そういう約束だ」
そういい、電話を切った。その後
――
おそらく数時間後、だったと思う。日が昇る直前に、祖母が死んだという報せがきた。
葬式はでなかった。下緒院にも言わなかった。沖縄に帰らないのなら、休む必要もないからだ。ただその日は雲が重たく横たわり、太陽が照ることはなかった。
祖母の魂は、
ニライカナイ
楽土
へいけたのだろうか。今はもう分からない。分かる必要も無い。
――
自分には関わりのないことだ。祖母と、孫。ただそれだけの関係だった。祖母はあの狭く小さい集落唯一のユタであったから、ありがたく送られただろう。彼女の役目は、妹に託された。まだ中学生の彼女に。集落には学校などない。青嵐とちがい、彼女は学校に通わされていた。登下校は船しかなかった。人三人乗るくらいが精一杯の小型船だ。学校から帰ってきたあとは家でユタになるための修行を毎日こなさなければならないようだった。兄である青嵐が彼女の顔を最後に見たのはいつだったか、もう忘れてしまっていた。
家の中で、青嵐の立場は微妙な位置にあった。
妹よりも格段に力があるにも関わらず、男であることに祖母はとても残念がっていた。「お前が女だったら」というような言葉を、何度も聞かされた。女であったらなんだというのだろう。家の未来は安泰だとでも
――
そんな、ありきたりなことを言いたかったのだろうか。
男だからユタにはなれない。神に仕え、神と交信するのは女でなければならない。青嵐とて、分かっている。
さらに
白子
アルビノ
であることが、立場を悪くさせた。
昼は外に出ず、夜こっそりと家を抜け出して海辺にでた。祖母も家の者も知っていただろう。だがなにも言わなかった。叱ることも無かった。
勉強は教師を雇い、
必要とされる
・・・・・・
知識を施された。教師は女性で、祖母と同じくユタであった。彼女は読書家であり、時折小説を持ってきてくれ、青嵐に貸し出してくれた。当時少年であった照喜納青嵐はいつしか、小説家になることを夢みた。なれるはずもない夢を。大人たちに容易く踏みにじられる、稚い夢を。
「
やあてぃが、のおいずなよー
お前、なにを言うか
」
母が血走った目で言った。
目の前に散った原稿用紙のくずが暗い部屋の中で散っていくようすを、ただ呆然と見つめた。
ここには自由になる夢などなく、一生、この暗い部屋のなかで過ごすことがお前の幸せなのだと言い聞かせるように、もったいぶった言い方で青嵐へ伝えた。
けれどたしかに沖縄の日差しは強く、眩しい。この陽の下にでれば途端に肌が焼ける。それを哀れに思ったのか、夜だけは自由になれた。
夜の海は恐ろしくはなく、ただ静かに凪いでいた。
海に浮かんだ月を手に取りたくなり、青嵐は海へ入った。腰まで浸かったけれど、月などそこにはあるはずはなかった。そして罰のように強い波がたち、足をとられて小さなからだは海に沈んだ。
髪の長い、大和の着物を着た人間ではないだれかが引き上げてくれたことを覚えている。
あのとき海に沈んでいたら、純粋な
魂
マブイ
はニライカナイへ行けたのかもしれない。
――
だが私はもう、故郷になにも望まない。
触れられない場所に焦がれることはとても疲れる。
そうかもしれない。私は今、疲れているのかもしれなかった。
夜目が利くのはありがたいことだ。月も星もよく見える。夜に咲く花の輪郭もはっきりと。
花は在るべき場所で咲き、散るべき時に散る。私も、そう。
そして祖母も死ぬべきときに死んだのだろう。
普通の人間とは違う生き方をした彼女はその報いを受けた。彼女の血を引く私もまた同じだろう。
いまの道を選んだのは紛れもなく自分である事実を認め、その時まで生きていくしかない。それが私の運命で、刀遣いとしての矜恃であるからだ。
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