imotamusiko
2025-06-14 22:19:26
1026文字
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フジワラさん語り

重ため注意。

スピンオフ語り!!

かなり重ための愛を語るしほぼ自己満足なので(いやまぁ他のもそうなんですけど)読む人は胃薬必須です。


なんでこんなにフジワラさんが好きかって言うとですね。

私猫が大好きで、生まれてこの方猫を切らした事が2年くらいしか無いんですけど、
飼えばもちろん別れもあります。辛い別れもあったです。
そしてその猫たちは、死んだら天国へ行くのかな?
人にとって猫は牛や鶏と同じように、人の為の家畜なんだと思っていて(ひねくれててすいません)
人は愛することで人を愛せる。
その手助けをしてくれるのが猫と犬で、牛豚鳥は人の体の栄養となり、犬猫は人の心の栄養になる。

でも、猫には猫の愛があって、人間のひととなりを観察しながら、なんやかやとかけひきをしながら人間との生活を
成立させていくんですよね。
こんなふうにアホで小難しい事を考えている人間の側で、一緒にいてやるか、と。
一緒に居れくれ、愛させてくれ、侮らせてくれ、命を預けてくれ、世話をさせてくれ、死に目に会わせてくれる。

最後の最後まで、人生をかけて人間に尽くしてくれる存在を、私は尊敬している。簡単に出来る事じゃ無いですから。

そして私で無かった方が幸せだったかもしれない。たった1つの命を私に預けさせたという罪悪感もありました。
色んな都合の良い理由を捏ねても、その上で飼って行く事の、なんとおこがましい事だろうか。


そんな中、たとえ創作上の人物とはいえ、フジワラさんは救いの存在でした。
人との生活を終え、故郷に帰る。幸せな生活だったと振り返り。
今もどこかで(何なら猫でない姿で)仲間と暮らしているのかも。
見上げた空の星のどれかで、真っ暗な闇の中を、私たちでは到底追いつけない不思議な
技術の船で進んでいるかもしれない。

もしかしたら、私が大切にしてきた(これたと思っている)猫たちも、そんな風にどこかで生きていたら良いなって思ってしまうし、
そこで「あの家は最悪だった」とか「あの家はそこそこ良かった」とか言っているかなとか。
また別の目的に向かって進んでいき、自分が魂だけになってもたどり着けないような場所へ行くのかな。
そんな彼らの人生の一部になれたとしたら私の気持ちは救われる。

まぁそういう妄想を拗らせているわけですよ。
ふみちゃんのマリのマリさんにも似たようなものを感じています。
私の人生を救ってくれた猫たち、彼らの永遠に、私はなりたい。