夜明 奈央
2025-06-14 09:43:49
3512文字
Public 中太SS
 

クリスマスチキンの定義

突発的にクリスマスを過ごすことになった15歳の中太とその後
2023年12月24日初出(投稿忘れてたっぽいです。すみません……)

 今日の中也は、朝からほとんど落ち着く間もなく働いていた。出勤すると同時に人手が足りないと言ってわけもわからないまま手伝いに駆り出され、指示されるままに東へ西へと奔走させられた。ひと息ついたと思いきや体調不良だという同僚の穴埋めに駆り出され、戻ってきた時にはとうに真っ暗になっていた。陽が落ちるのが早くなっているとはいえ、そんな時間からその日する予定だった全ての仕事に手をつけると思えば始める前から勘弁してほしい気持ちになる。
 誘われていたクリスマスパーティーにはとてもじゃないが行けそうになかった。泣く泣く断りの連絡を入れると、ありがたいことに励ましと「終わったら来いよ」とお誘いをもらったが、もう既にそんな気力はなくなってしまっていた。
 そうしてようやく仕事がひと段落ついたのは、もう日付が変わろうとしている頃だった。
 せっかくのクリスマスなのに。別に、敬虔なキリスト教徒でもなければサンタクロースを期待する無垢な子供でもない。一緒に過ごせなかったことで怒るような恋人がいるわけでもない。けれど、だからといって何もないただの平日として過ごすのは惜しい。
 せめてもの抵抗として、帰りにコンビニでチキンでも買って帰るべきだろうか。店に寄るのも面倒ではあったが、だからといって家に帰ってから何かを作るような気力もなかった。夕食は食べたが、腹が減っていてこのまま寝てしまうことはできそうにない。
 のろのろと帰り支度をしながら今後の予定を考えていると、ノックもなしに部屋の扉がガチャリと開いた。顔を上げると、珍しく驚いたような顔をした太宰と目が合った。
「まだいたの?」
「手前こそ」
 ぱちくりと瞬きを繰り返しながらも、太宰は真っ直ぐに中也の下へと近づいてきた。机の上に持っていた書類の束が置かれたから、これを届けにきたのだろう。ちらりと視線で書類のタイトルを確認すると、次の仕事の作戦書のようだった。まだ先のことだから、確認するのは明日以降でもいいだろう。
 こいつもこんな時間まで仕事をしていたのだろうか。腹立たしいことにこいつはあちこちの女を引っ掛けているから、とっくに仕事を終えてどこかの女とよろしくやっているのかと思っていた。
「もう帰るんでしょ?」
 閉じられたパソコンや羽織った外套から、答えは一目瞭然だろう。答えずにいると、「僕ももう帰るんだ」と続けられた。まさか家まで送っていけとでも言うつもりだろうか。瞬時に浮かんだ予想に、げんなりとした気持ちになった。己の腹を満たすのでさえ面倒になっているのに、とてもじゃないがそんなことごめん被りたい。しかし、太宰を納得させて振り切るのも無駄に労力を使う。どちらが面倒か天秤に掛けて、家まで送っていく方が僅かにましなように思えた。
 ついてくるなら勝手にしやがれ。無言のまま帰り支度を終えて部屋の外に足を向けると、太宰はその後ろを静かについてくる。
「せっかくだから、どこかでチキンでも買おうか」
 思いも寄らぬ言葉に視線をやると、「だって今日イブでしょ?」ときょとんとした目で見つめられた。それは、これから一緒に過ごそうというお誘いなのだろうか。それともただ寄り道をして、別々の家に帰るのだろうか。
「そういうの、興味あったのかよ」
「僕はないよ。でも君はそういうの気にするタイプでしょ?」
 太宰とそんな話をしたことはなかったけれど、その通りだった。
「もしかして、これから誰かと予定でもある?」
「ねぇけど……
 あったはずの予定は、さっき断ってしまった。
「じゃあ、これから2人でクリスマスをしようじゃないか!」
 太宰はふふふ、と楽しそうに笑った。その無邪気な瞳はまるでサンタクロースを待つ子供のようで、なんとなく断る気にはならなかった。

 けれど、「日付が変わる頃からの突発的なクリスマスにはそう簡単に対応できない」とすぐに思い知らされることになった。
 初めに寄ったコンビニでは、チキンは全て売り切れていた。ホットスナックだけではなくサラダチキンの類まで全てだ。太宰が苦い顔をしたのが居た堪れなくて、仕方なく次に寄った24時間営業のスーパーも似たようなものだった。あの時間に残っているようではほとんど廃棄確定だから、店の経営判断としては間違っていないだろう。
 その時点でお互いもう大部分のやる気は失ってしまっていたけれど、どうしても「普段通りでいいじゃん」とは言い出せなかった。だからといって今からまともに調理する気にもなれなくて、冷凍の唐揚げを選んだ。生以外の鶏肉がそれぐらいしかなかったのだ。中也の部屋には当たり前だがツリーもリースもない。味気ないクリスマスになることはほとんど間違いない。どうにか頭を捻って、レトルトのミネストローネとバゲットを追加した。思いついた最大限のクリスマスっぽさだった。
 太宰がふらふらとケーキコーナーに吸い寄せられていくので釣られて覗いたが、〝ケーキ〟と呼べるようなものは軒並み売り切れていた。悩んだ末に申し訳程度に生クリームが載ったプリンを買った。

 これは、クリスマスディナーと呼べるのだろうか? 家に帰って、買ってきた物を電子レンジで温めながら考える。とっくにイブの夜は終わってクリスマス当日だし、夕食というか夜食である。ああ、本場は25日が重要なのだったか。でも、クリスマスディナーといったら、なんていうかもっと、キラキラしたものであるべきではないか。
 理想のクリスマスディナーを頭に思い浮かべる。でもそれを太宰と一緒に囲む自分を想像するとどうにもおかしくて、自分たちにはこれくらいの味気なさがちょうどいい気がした。
「これ、開けようか」
 遊んでいるのかと思っていた太宰は、中也のワインコレクションのうちの1本を持ってきた。もう随分遅い時間だから、今から飲めば明日に差し支えるかもしれない。そんな理性が多少なりとも存在したが、結局はなけなしのクリスマスっぽさを演出したくて、答えの代わりに2脚のワイングラスを取り出した。
「乾杯」
 グラスを傾け、唐揚げに齧り付く。この頃には、なんだか楽しくなってしまっている自分に気づいていた。こんなクリスマスも、悪くない。
 それが、初めて共に過ごしたクリスマスだった。

* * *

 時は流れて数年後、どこで何をどう間違ったのか、示し合わせてクリスマスを共に過ごすような関係に落ち着いてしまった。どうしてこんなことになってしまったのか不思議で仕方がないが、後悔する気持ちは湧いてこないのだから、困ったものである。
「なあ、クリスマス、なんか食いたいもんとかある?」
 中也の顔をじっと見つめた太宰は、しばらく悩んだ後に「唐揚げとか?」と首を傾げた。途端、脳裏に駆け巡るのは初めて一緒に過ごしたクリスマスの夜だ。
「そんな気に入ったのか?」
「気に入ったというか、七面鳥って食べづらくない? あと2人じゃ多い」
 太宰が顔を顰める。言っているのは、去年のクリスマスのことだろう。そういう関係に落ち着いて初めてのクリスマスだったから、多少なりとも浮かれていた自覚はある。1度ぐらいやってみたいだろう、七面鳥。憧れて何が悪い。
「唐揚げぐらいでいいよ。クリスマスなんてそんなに興味ないし」
「そんなこと言いつつ、あん時だってクリスマスやろうって言い出したのは手前だろうが」
「そうだけど、あの時だって興味ないって言ったよ」
「そうだったか?」
 言っていたかもしれないが、太宰程の記憶力のない中也にははっきりと思い出すことはできなかった。お互い証拠なんて持ち合わせていないしどちらだってかまわないが、こうもはっきりと「興味がない」と言われればなんとなく面白くない気持ちになる。
「興味ないなら、何もしなくてもいいけど」
「クリスマスには興味ないけど、君が私以外と過ごすのはムカつく」
 太宰がわかりやすく唇を尖らせる。そんな風に素直に気持ちを吐露するようになったのは、ごく最近のことだ。だからまだまだ全然慣れなくて、すぐに気分が浮上してしまう。たぶんちょろいと思われている気がするけれど、それでも良かった。
「だから今年も手前のために空けてやってんだろ?」
「はいはい。だから私のために唐揚げ作ってね」
 雑に突き放されるのは気に食わないが、最近それは照れ隠しなのだろうと気づいてしまった。
「ちょっと、そのにやけ顔ムカつくんだけど」
 気づいてしまえば、この可愛くない態度も可愛く思えてしまうのだから、にやけ顔はいつまでも収まりそうになかった。


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