紫輝
2025-06-14 09:35:26
3097文字
Public 水龍様と御伴侶の話
 

#09 水龍様の髪型は午前と午後で時々変わる

もう何を恐れることも隠すこともないのでナチュラルにいちゃつく、現代から1000年後くらいの世界で健やかに国家元首とその伴侶やってるリオヌヴィの話その9。髪引っかけちゃったヌ様とヌ様の髪を結い直すリ殿とちょうどそこに遭遇した共律官の話です。ヌ様の髪は毎朝リ殿が結ってるんですが、午前中おっちょこちょいで髪型崩してしまったときは昼休憩のタイミングで結い直しイベントが発生し、その際リ殿の気分で朝と髪型が変わることがあったりします。伝わらない設定でタイトル回収するんじゃない

※ご都合主義しかないので深く考えたら負けです

 この国は水龍に守護されし国だ。約千年程前、先代の守護者である水神様からそのお役を引き継いで以来、水龍様はこの国を導いて下さっている。御名おんなをヌヴィレット様。我々『人』と同じ姿で我々に寄り添って下さる、たっときお方である。
 水龍様には御伴侶がいる。この国が沈みかけた『予言の日』を、共に乗り越えた人だという。この国の秩序と工業の根幹である『メロピデ要塞』を今に繋がる形に整えた、当時の管理者。千年前よりその爵位を賜った人間はおらず、この先も現れないだろうと囁かれる『公爵』位を持つ方。水龍様と愛を交わしその生に寄り添う方の名はリオセスリ様。今日こんにちまでのこの国の平穏は、ひとえにお二方のご尽力によるものである。

* * *

あれ、イメチェンかい?」
 お昼時。入室するなり公爵様が首を傾げるのに、ヌヴィレット様が表情を曇らせる。
「そのほどけてしまって」
 ぽそりと返答するヌヴィレット様の御髪は、今はオーソドックスに一つにまとめて括られそのお背中を流れている。
「緩かったかな。ごめんな」
「ちが、違うのだ! 私が、その、引っ掛けてしまって
 せっかく君が結ってくれたのに。
 そうかいと瞬いた公爵様の申し訳なさそうな言葉に思わずといった勢いで立ち上がり首を振って必死に否定を紡ぐヌヴィレット様の頬を公爵様の指が擽って、かの方は快活な笑い声を響かせる。
「なんだ、そんなの昔からだろ? そんなに深刻になるなって。ほんと、あんたは毎回律儀にしょんぼりしてくれるなぁ」
 可愛いひとだなとさらりと口説き文句を落とし、公爵様はヌヴィレット様の銀糸に指を滑らせて。
「結い直そうか?」
 やわらかな声を響かせる。ヌヴィレット様の「是非頼む」を聞いた公爵様は、喜んで、と笑ってリボンに指をかけた。
「今日はどこに引っ掛けたんだい?」
「備品庫で棚の隙間を通ろうとした時に
 勝手知ったるなんとやら、ヌヴィレット様の執務机の引き出しを開けて取り出した櫛をその御髪に通しながらどこか楽しそうに公爵様が問うのに、ヌヴィレット様は歯切れ悪く答える。備品庫。確かにあの部屋はそこそこ狭いスペースにギリギリまで棚を詰め込み、ギリギリまで箱を置いてある。場合によっては衣服を引っ掛けかねない。
「髪が解けただけかい? 引き攣れたり痛みを感じたりは?」
「全く」
「そうかい。それならよかった。もしかしたらいつもより緩かったかもしれないが、お陰であんたの怪我を未然に防げた可能性があるな」
 俺の手柄ってことにしておこう。くつくつと公爵様が喉奥で笑うのに、つられたようにヌヴィレット様のさざめきを思わせる笑い声が執務室に響く。
そうか。君に護られたということであれば、今回に関しては自らの失態と少し前向きに対せそうだ」
 毎度のことではあるが、公爵様の言い回しは尊敬することしきりだ。その穏やかに深い音律で紡がれるかの方の言葉は、いつもヌヴィレット様をあたたかくやさしく包むように響く。声音も、内容も。公爵様が隣におられる時のヌヴィレット様はほとんどの場合において笑顔を含む穏やかな表情でいらっしゃるが、今日のように沈んだお顔をされていても、公爵様とお話しされているうちにそのかんばせには微笑みが戻るのだ。
 素晴らしいご関係だと思う。ずっと幸せでいらして欲しい。内心でふるえる思いを噛み締めている間に、御髪の結い直しは終わったらしい。どうだい、と掛けられた声に、御髪に触れたヌヴィレット様は首を傾げる。
「リオセスリ殿。このリボンは見たことがない」
「そりゃよかった。さっきここにくる途中に見かけてな。あんたに似合いそうだと思って衝動買いしちまったんだが、持ってると言われなくて安心したよ」
 言い方ぁ! と、不敬を承知で呻く。勿論声には出さずに。パートナーに似合いそうだと考えて即購入に至れる決断力と、さらりとそれを贈るスマートさ(これは現状も良い方向に働いたのだろうけれども)、加えて出所を問われた時の返答まで、相変わらず公爵様は「こういうパートナーが欲しい」「パートナーに対してこうありたい」を体現されている方だと思う。ヌヴィレット様が羨ましい。念の為補足しておくとこの『羨ましい』に『公爵様のパートナーになりたい』は砂粒一つも含まれていないので留意されたい。
 フォンテーヌいちスマートにプレゼントを贈られたヌヴィレット様はその柳眉を心持ち寄せたようだった。
「君がいつもそうやって私が気づかぬうちに私に贈り物を寄越すから、私は君に貰ってばかりだ」
「悪いな。あんたが好きそうだなぁとかあんたに似合いそうだなぁと思うとつい手が滑るんだ。毎度ちゃんと喜んでくれるから、それで俺の気は済んでる」
 私も君に贈り物をしたいのに、考えているうちに君からのそれが増えていく――どことなくむすりとした響きを持って執務室の空気を揺らしたヌヴィレット様の声に楽しげに笑った公爵様はもらってくれてありがとうとまで仰るので、心の中でそっと顔を覆った。同僚達の「そういう所!!」という声がする。ひとまず今現在目の前で繰り広げられている映影のワンシーンは彼らの所に大切に持ち帰る予定だ。
「私にも君に喜んで欲しい、君を喜ばせたいという想いがあるのだ」
 喜んで貰えて嬉しいと、君がよく口にするように。
 その銀糸を彩る役目を得た幸運なリボンを愛おしげに撫でながら口にするヌヴィレット様のお声はやっぱりむすりとしている。不敬は承知だがこれはもしかしなくても拗ねていらっしゃる、のだろうか。勘弁して欲しい。このままでは心の中の手のひらに顔が埋まるかもしれない。
 すぐにでも何か用意せねばとでも考えていらっしゃるのか、思案顔で口を閉ざしてしまったヌヴィレット様の前髪をついでだしな、なんて言いながら整え始めた公爵様がうーんとこれ見よがしに唸る。
「贈り物とはちょっと違うが、手っ取り早く俺が喜ぶ方法があるんだが」
「聞こう」
「今日の夕食、あんたが作ったハンバーグが食べたい」
 公爵様の言葉に食い気味に応えたヌヴィレット様は、ぱち、と、夜明けの色をした瞳を瞬き、ゆるりと笑んでうなずいた。
承知した。表面に焦げ目をつけたのちオーブンでじっくり焼き上げるとしよう」
「楽しみだ」
「付け合わせはブロッコリーと茄子と人参にして」
「華やかでいいな」
「ハンバーグにはチーズも入れる」
「おっとそれは反則だな?! 絶対美味しいやつだ。夕食が待ちきれないな」
 くすくすと楽しげな二つの声が、夕食について語り合う。眩しい。本日は肌寒い一日だが、ここだけ春のようだ。今私は幸せをおすそ分けされている。正直同僚も呼びたい。有難いことだが若干過剰摂取気味だ。
 パチン、と髪留めが収まるべき所に収まった音がして、ヌヴィレット様がありがとうと微笑んで。
「ディナーの前にまずはランチだな。今日はヌヴィレットさんが気になってるところに連れてってくれるんだろ?」
「うむ。野菜のポタージュが評判のカフェだ」
「肉もあるかな」
「勿論」
 椅子から立ち上がるために預けた手をそのまま腕に滑らせて、とん、と触れるだけのキスを一度。寄り添ったお二人が横を通る瞬間、公爵様の唇がぱくぱくと動き、親指が執務机を示す。“書類、机の上。お疲れさん”。薄氷うすらひの瞳をゆるめひらりと手を振られるのに、ヌヴィレット様のサインをいただきに来たことをようやっと思い出した。